眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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試される海上都市
#36 リトルの呼び声


「こ…これは……。」

 ツアーは見たことも聞いたこともない黒い湖の前で立ち竦んでいた。

「あぁ、ずいぶん美しくなっただろう。最初はビーストマンの国も残そうと思って居たんだがな。色々あってこうしたよ。」

「色々…。」

 アインズとツアーの間で結ばれている"仲間と子供という領域を侵されなければ世界を蹂躙しない"という約束は何よりも尊く、常に正しく守られ続けている。

 ドラウディロンが悪魔を召喚し、フラミーの消滅を願ったと聞いた時にはかなり警戒したが、ドラウディロンが州知事になったと言う話から世界は許されたと思ったのに――その願いの代償はきちんと支払われて居た。

 ツアーはアインズに昔言われた言葉を思い出す。

(神と交わす約束の重さを思い知るんだ。ツァインドルクス=ヴァイシオン。)

 なんたる重さか。

「油断したよ…。竜王に連なる者が悪いことをしたね…。」

「ん?ドラウディロンか。お前が謝ることじゃないさ。しかし、竜王と言えばお前の親戚達の嫁攻撃を何とかしてくれ。お前も私がフラミーさん以外を嫁に取るつもりなど毛頭ないと分かっているだろう。」

「何?君に直接連絡があるのかい?」

 決して親戚なわけではないが。

「あぁ、ある。全く毎日毎日火山の噴火口に手紙を破棄するデミウルゴスの身にもなれ。」

「すまなかったね…。近々ある竜王の集会で話しておくよ。」

「理解が早くて助かる。」

 ツアーは若干焦っていた。

 常闇もドラウディロンも含め、竜王はアインズにちょっかいを出しすぎだ。

 竜王の血は根絶だと言わせる前に手出しを止めさせなければ。

 

「アインズさーん!そろそろ行きますかー?」

 春先の薄氷が張る湖を覗き見ていたフラミーが兜を脱いだ鎧姿のアルベドと共にこちらへ手を振っていた。

 最強装備のアルベドの腕には強欲と無欲まで嵌められている。

 海上都市ル・リエーにいるク・リトル・リトルと言うプレイヤーはまだ百レベルに到達していない様子だが、フラミーを守らせるならアルベド以上に適役はいまい。

 デミウルゴスとパンドラズ・アクターにナザリックを任せ、アルベドは始めて正式に旅のお供を命ぜられた。

 アインズは伽藍堂の鎧をそこに残し、フラミーの下へ行った。

「はい。そろそろ行きますよ!お魚見えました?」

「あ、アインズさんも良かったら見て下さい!ちっちゃい子達。皆浮草の影でうろうろしてます!」

「ふふ、どれどれ。デミウルゴスとコキュートスにちゃんと育っていると教えてやろう。」

 二人でしゃがみ込んで魚を指差す姿を見ながら、アルベドはヤル気満々だ。

 ドワーフの国は途中参加だったし、天空城でもすぐに帰されてしまったのだ。

 デミウルゴスに、もっと迫れば良いと説教したことすらあるサキュバスは無敵だ。

「まぁアインズ様!フラミー様!私もご一緒に!!っえいっ!」

 二人の間のギュムッと入り込むと、愛と恋にはさまれ恍惚の表情をした。

「くふふふっ。」

「お前なぁ…。……まぁ、アルベドは留守番ばかりだからな。楽しみなさい。」

 アインズはアルベドの頭をポンポン叩くと立ち上がり、ナザリックへ転移門(ゲート)を開く。

 ツアーも湖に近付いてチラリと眺めたが――別段特筆すべき事もない普通の魚が泳ぐ様子に何を面白がっているのか分からない。

「フラミー、海上都市にも魚は沢山いるよ。なんなら歩いている。」

 歩いていると言う不可解な表現に、アルベドは何を言っているんだとわずかに首をかしげた。

「ツアーさん、この子達はうちで生み出されたお魚なんです!だから可愛いんですよ!」

「あぁ、なるほど。生命創造もやり過ぎには注意してくれるね。」

「え?あ、そうですね…?」

 相変わらずわかっていないツアーが満足げに頷くと、フラミーは苦笑した。

 

 フラミーとツアーが微妙に噛み合わない話をする中、アインズがナザリックから馬車を持ち出すと、アルベドはそれにゴーレムの馬を繋げて移動は始まった。

 いつもはキャンプ要員を連れていくが、フラミーの栄養状態を万全にしようと言う全会一致の意見により食事の度にナザリックへ帰る事が決まっている。

聖典のいない旅は久々だった。

 馬車の中ではツアーがク・リトル・リトルは如何に無害かを語り、アインズはそんな話にも聞き飽き始めた。

 どんなに素晴らしい人物だと言われても自分の目で確かめなければそう言う情報は一つも受け入れるつもりはない。

 

「そう言えば、リーダーが死して以来リトルは出てきていないと言っていたが、リーダーは寿命か?」

 

 リーダーは人間種だったようで、スレイン州では十三英雄のお伽話は割と人気がある。

 転移当初は非常に弱かったと言う話からして、キャラを作り直した事があるのか、チャットに精を出すタイプのプレイヤーだったのか、どちらかだろうとアインズは睨んでいる。

 

「寿命…と言うには早すぎる死だね。とにかく彼は蘇生を拒否し、灰になった。」

「また復活の拒否か。なぜだ。私は絶対に受け入れるぞ。」

 

 隣に座るフラミーの手を握る。

 しかし、それを聞いて一番安堵したのはアルベドだろう。

 フラミーは二人の間に立てられている「共に生きる」と言う誓いを固く信じている為当たり前のことを言われたに過ぎない。

 ちなみに正面に座るアルベドとツアーはお互いギリギリまで離れ、アインズとフラミーの様子とは正反対だ。

 

「彼と共にこちらへ渡った仲間(ぷれいやー)達が精神の変容に耐え切れず闇に落ちた。彼は泣きながら共に歩んできたぷれいやーを殺したよ。ショックだったんだろう。」

 アインズは、唸った。

「…もし俺とフラミーさん、どっちかが死ぬ争いをする時には俺が真っ先に死にますから、後で起こしてくださ――」

「嫌です。それなら私が死んだほうが良いですよ。アインズさんの始原の魔法で起きれば喪失もないんですから。」

 確かにデスペナルティを思うと殺す側に回った方がいいかもしれない。

 若干不穏なことを考えたアインズだったが、気持ちがいいものではないので思考を破棄する。

「…俺が言い出したことですけどやめましょう。そもそも前提条件おかしかったですね。」

「そうですよぉ…。怖いこと言わないでください。」

「君たちは安心感があるね。ただ、世界を再び蹂躙しない為にも、アインズ。フラミーをちゃんと守ってくれ。」

「分かっている。お前に言われるまでもない。ところでリーダーはお前の始原の力で復活できたんじゃないのか?友達だったんだろう。」

 そう言われたツアーは物思いにふけるように馬車の窓の外へ視線を投げた。

「――僕はありのままの世界を受け入れる。僕はリーダーにはとても感謝しているけれど、本人が拒否するなら無理に起こそうとは思わない。」

 それは一見冷たいようだが、ツアーなりの優しさのように感じた。

 

 その後、馬車は三日三晩進んだ。

 馬車の中は実に和やかだった。

 フラミーはアルベドとツアーに評議国の執務について分からない事を聞いたり、アインズはツアーに散々あの山が綺麗だの月が昇っただのと自然の美しさを聞かせた。

 ツアーは生まれた時から当たり前にあるそれらを前に、いまいち分かったような分からなかったような反応をしていたが――それを語る時の人の身のアインズの横顔は悪くないと思った。

 疲労を免れることができる四人に肉体的な休憩は不要だったが、気分転換の為に馬車が止まればツアーが火を起こした。

 他にも自然が好きだと言う支配者達に花を摘んで渡してみたり、アインズに教えられながらフラミーの髪を一緒に三つ編みにしたり、アルベドに存在を鬱陶しがられたりとそれなりに面白おかしく過ごした。

 彼なりに歩み寄ろうと言う気概を感じ、アインズは少し微笑ましく思った。

 アルベドはベタベタしようとしたが、基本的に馬車で向かいに座っている支配者達に何かできるタイミングもなくハンカチを噛み続けた。

 なるほど手強い。アルベドはデミウルゴスの苦悩を理解した――気になった。

 デミウルゴスはベタベタできないと言う理由で悩んだ事はない。

 

 支配者達は転移する場所を記憶する為にも馬車の中で眠った。

 いや、アインズは骨の身になり飽かず空を眺めて過ごしたのだが。

 揺れる真夜中の馬車で、アインズは眠るフラミーの肩を抱いて空を流れる雲を見る。幸せだった。

「アインズ、君はまるで生まれたての赤ん坊のようだね。」

 手の中でフラミーの髪を弄びながらアインズは鎧を見た。

「…何を言っているんだ。お前も向こうの体で睡眠を取れ。明日には着く。」

 一日目は赤茶けた大地、二日目は山々を縫い、今日はずっと海の横を走っていた。

 真っ暗な海はどこか恐ろしく、名伏し難い何かが這い出てくるような気さえさせる。

 アインズはいつもは眺めるのが好きな筈の海も見ずに空を見続けていた。

「アインズ様は今日もお休みにならないのですか?」

 共に起きていたアルベドもアインズの様子を眺めていた。

「私はこうしている時間が好きなんだ。見なさい、あの雲を。美しいだろう。」

 アルベドとツアーは空を見上げたが、やはりなにの変哲も無い空だった。

 アインズの骸の眼窩には雲が透け月の光が落ちて来る様が、夜の木漏れ日の様に見えた。

「…君って奴は何ともわからない男だね。」

「ナザリックの星空の方が美しいですが、アインズ様が美しいと仰る物が美しく無い訳がありません!」

 まるで伝わっていない様子の二人に苦笑していると、フラミーが唸った。

「ん…んん……。」

「あ、起きてしまったかな。」

「うっ…んんっック……ザ、ザイトルクワエ…。」

 謎の寝言だ。

 微笑ましく眺めていると――「キーノ…逃げて…。」

「キーノ?誰だ?フラミーさん?」

「早く………早く……あぁ…リーダー……置いて行カナイデ……。」

 フラミーは呟き始めると尋常ならざる汗をかきはじめた。

「死ナナイデ…死ナナイデ…一人デナンテ…生キラレナイヨ……。」

「フラミーさん!どうしたんですか!!」

「そ、それは…まさか……!フラミー!起きろ!!それはリトルの夢だ!!呼び声を聞くんじゃ無い!!発狂するぞ!!」

 ツアーの突然の申告にアインズとアルベドは目を見合わせた。

「何だと!?お前あんなにリトルは無害だとか言っていたくせに!!フラミーさん!!起きてください!!」

「ツァインドルクス=ヴァイシオン!!あなた覚悟しておきなさい!!」

 揺すっても目を覚ます様子はなく、アインズは馬車の扉を蹴破るように外に出るとフラミーを抱えて闇の穴のように見えていた海にザブザブと入って行った。

 二人で顔まで浸かると、フラミーは大量の空気を吐き出し、すぐに海面に顔を出した。

「大丈夫ですか!?フラミーさん!?」

「ッアァ!!リーダー!!ヤダヨ!一人ニシナイデ!」

 目を開いているはずのフラミーにアインズは見えていないようだった。

「文香さん!!しっかりして下さい!!」

 アインズは精神攻撃に対抗させる為急いで自分の耐性の指輪を抜いてフラミーに入れた――が、変わらない。

 フラミーも当然様々な耐性を持っているし、プレイヤーのいる都市に向かうのだから最強装備だ。

 一体これがどういう攻撃なのか分からず、兎に角一度撤退しようかと思うと、暗闇の海にはいつの間にか無数のきらめきが浮かんでいた。

 拳大の光へよく目を凝らすと、それはヒキガエルのような生き物の瞳だった。

「な、なんなんだ……。」

 アインズは骸のはずの自分の呼吸が妙に浅くなっている事に気が付きもしなかった。




SAN値チェーーーーック!!(なおにわか

次回 #37 おぞましきものども

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