眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

169 / 426
#39 探索者

 アインズ達の出発数日前――。

 

 イビルアイは幾つものポイントを飛び、休み休み海上都市ル・リエーを目指していた。

 長距離転移は大量の魔力を消費し、尚且つ転移失敗の危険もあるためだ。

「今日はここまでにしておくか。どれ。地図の更新もしなくちゃいけないしな。」

 見えている範囲を地図に書き込む。

 現在の冒険者の仕事は魔物殺しの傭兵ではなく、未知を既知とする世界を広げる探索者だ。

 海上都市には殆ど人間は行かないし、イビルアイも百年以上訪れていない。

 その為この辺りの地図は殆ど更新されていなかった。

「……やっぱりラキュースも連れてくるべきだったかなぁ。」

 地図の精度は冒険者達のセンスに掛かっている為、複数チームで行動することが多い。

 他の者が持ち帰った地図を持って再度同じ場所に出向き、書き直しを行う事もある。

 イビルアイの地図は下手だった。

「ええい!まぁ良い!また来れば良いだけの話だ!」

 苛立たしげな声を上げるとイビルアイはその日の野営の準備を始めた。

 日中は暖かい日もあるが、夜は未だ真冬のように寒い。

 テントを張り、その周囲に<警報(アラーム)>を掛けて行く。

 命が懸かっている為、付近に大きな魔物の足跡が無いか等の確認も怠らない。

 万全な様子に一人満足すると、墨汁で出来たように黒く見える広い海の脇で火を起こした。

 鍋に少量の海水を汲み、火にかけ煮沸消毒する。

「<水創造(クリエイト・ウォーター)>。」

 すっかり海水が湧くと今のままでは塩分濃度が高過ぎる為真水を追加する。

 干し肉を取り出し手の中で器用に切っては鍋に投入し、魔物の足跡確認の際に摘んでおいた大量の菜を千切って行く。

 食材が煮えるのを焚き火を眺めながらじっと待った。

(…一人の飯なんていつぶりだろうな…。)

 近頃はずっと仲間と行動していた為わずかな不安感と孤独感がその身を包んだ。

 パチパチと薪が弾ける音がいつもより大きく聞こえると、イビルアイはいよいよもって今の自分が一人ぼっちのように感じた。

「っち。とっとと食って寝よう。」

 主に日持ちする事を考えられて焼かれた、カチカチのパンを手の中でバキンっと折ると、ごった煮に浸し、柔らかくしてから口に放り込んだ。

「…ふむ、悪く無いな!」

 思ったよりも美味に出来上がっている肉と菜の煮物を木の器に取り、食事を進めていく。

 綺麗に全てをよそい、平らげ一人の晩餐を済ませた。

 

 ごそごそと小さなテントに身を収めると仮面を外し、黒いマントでそっとその身を包む。

 その瞳は赤く、口の端には牙がチラリと見えていた。

 イビルアイは吸血鬼――アンデッドだ。

 本当は食事も睡眠も必要ないかもしれないが、自分を人間の世に留める一つの手段として欠かす事なく必ず行う儀式だ。

 リグリットにも人であるためには人として生きる必要があると強く勧められている。

「陛下…。きっと陛下の事をリトルに私が正しくお伝えします…。」

 その手の中には七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)と神王が向き合う神々しい写真が握られていた。

 イビルアイはこの写真が一番好きだ。

 自分と同じアンデッドの身で竜王と対等に渡り合うその瞬間を思うとそれだけで自分は世界に許される存在のように感じる。

 イビルアイの心はいつも片思いだ。

 元から手に入る人だとは思っていないが愛が溢れて行く。

 結婚式と戴冠式の記念写真もコレクターとして持ってはいるが、蒼の薔薇で借りているエ・ランテル一区にあるコンドミニアムの自室に置いてきている。

 ガガーランには女神に嫉妬なんかしてどうするといつも笑われるが――「仕方ないじゃないか…。生まれて初めての…恋なんだから…。」

 イビルアイはマントをギュッと掴むと目を閉じ、夢に落ちた。

 

 翌日、イビルアイは一人テントの中目を覚まし再び転移を始めた。

 海上都市へ向かう大橋の前に着くと、二百年前を思い出し手を前に組んだ。

(リーダー…。真なる神が来てくれたぞ…。きっとあの時のような悲劇は二度と訪れない。)

 同胞を手に掛けた痛みに今際の時まで苦しみ続けた心優しき仲間を悼む。

「よし。行くか。」

 イビルアイは橋へ踏み出した。

 一人でぽちぽち歩いていると、途中ヒトデ頭の亜人の馬車に拾ってもらい、入都した。

 

 いつ来ても酔いを感じる揺らめく都市はかつて突然この海に現れた時から何一つ変わっていない。

 リーダーが死に、ク・リトル・リトルが眠りに着いて以来何者も住まない死の街だったが、いつの間にか亜人達が勝手に生活を営み始め、誰に統率されるわけでもなく、海上都市は息を吹き返すように機能し始めた。

 それまで海底で暮らし、文明らしい文明を持たなかった彼らはこの都市に上がってから一気に文明開花の時を迎えた。

 大きく変わったことは二点だ。

 火を使うようになったこと、硬貨を用いて近隣国家と貿易を行うようになったこと。

 全ては地上の魔物に侵される事なく生活できるこの場が無ければ叶わなかった事だ。

 亜人達はこの恵まれた都市を与えてくれたと大いなるク・リトル・リトルを崇拝し、どんな用向きにでも応じようと言う気概がある。

 そして彼らは供物と称して硬貨を捧げ続けている。

 ある場所に備えるとそれは消え、供えずにいると建物が崩れるのだ。

 

 相変わらず不気味な館に着くと、どうせ寝ていて反応も無いはずなので勝手に扉を開く。

 ここはいつも鍵一つ掛かっていない。

 しかし、その代わり、扉は閉まると決まった手順を用いなければ開かれない。

 しかも内部には気色の悪いカエル頭の人間がガニ股で立ち尽くしている。

 こいつらは触れたり、間違えた手順で扉を開けようとするとデカすぎる鳴き声を上げて動き出す。

 けたたましいドアフォンにはこれまでも何人もの侵入者が殺されたことがあるせいで部屋の中には血が散らばった跡がガビガビに乾き、更に片付ける者が居ないせいで死体は転がっているままだ。

 既に白骨化が始まっているものが多いが死と恐怖が臭いになってその場には充満している。

「…相変わらず臭いな…。」

 仕方がないのでイビルアイは転がる死体を部屋の隅に片付けた。

 未だ白骨化し切っていない死体に触れると、それはずるりと崩壊し、中からは白いウジがボロボロとこぼれ落ちた。

  腐敗した臭いと、ウジの糞が生み出す凄まじい刺激臭が辺りに広がって行く。

「何で私がこんな真似をしなきゃならないんだ。」

 イビルアイは涙目だ。

 しかし、ここを神々が訪れるならこの状況は絶対にいけない。

 途中嘔吐しながらもイビルアイは何とか死体を片付け、正しい手順によって扉を開くと山の下に向かって亡骸を捨てた。

 山の下から悲鳴が聞こえるが無視し、再び館に戻ると二階へ上がる。

 カビとホコリの匂いだ。

 窓は全てはめ殺しの為開かない。

 自分の荷物を適当なゲストルームに置いて一階に戻ると、飛行(フライ)で浮かび上がり、カエル頭と接触しないように気をつけて地下へ続く大階段を下って行った。

 

 暗闇に閉ざされた地下室のトーチに火を入れて行くと、中央の祭壇の上でタコ頭の友人は横たわっていた。

 その奥にはこの島を支えると聞く真円の壮麗な盾が浮いている。

 盾には混沌が沸騰しているような奇妙な図が描かれていて、時を超越し塵一つ積もること無く輝き続けていた。

「リトル。私だ、起きてくれ。」

 イビルアイはかつての仲間に声をかける。

 彼女は自分の幻術に潜り込み幸せな夢を見続けているのだ。

「大切な話があるんだ、リトル。キーノだよ。」

 イビルアイは自分の本当の名前を告げながらリトルを揺すった。

「……ン……キーノ…ファスリス…インベルン…。」

「あぁ!おはよう。久しぶりだな。」

 グジュグジュと粘液を垂らしながらおぞましくも可愛らしい友人は起き上がった。

「久シブリナノ?眠ッテイタカラ分カラナイワ…。昨日会ッタバカリジャナイノ?」

「前に私がここに来たのはもう百年以上前だ。まさかそれ以来起きていないなんて言わないよな。」

 眠る彼女にとって常にリーダーが死んだ事は昨日の事のように想起され続ける。

 イビルアイは外に出た方がいいんじゃないかと思うが、彼女はこの穢らわしく醜い見た目で生まれたことを後悔している。

 何故こんな体を選んでしまったんだろうと昔嘆いていた事を思い出す。

 しかし、それを聞くたびに生まれる身は選べる物ではないだろうとイビルアイはいつも思っていた。

「貴女ガ以前ココニ遊ビニ来テクレテ以来、始メテ起キタワ。オハヨウ。」

 ブジュリと口だと思われるところから飛沫が飛ぶ。

「全く寝坊助だな。」

「フフフ。ソレデ、マタ遊ビニ来テクレタノ?ソウダトシタラ昨日(・・)トハ違ウ事ヲシタイワ。」

 イビルアイは顔に飛んだ粘液を拭き取ると、自分の最も大切にしている神王の写真を取り出した。

「いいや。今日は遊びに来たんじゃなくて、ここにある人が訪ねて来ることを前もって報せに来たんだよ。」

「アル人…?」

 カエルのような水掻きのつく手をゆっくりと伸ばして来る。

 このオシャシンが粘液に塗れるのは嫌だと一瞬思ったが、汚れたらまた買えば良い。

 オシャシンを受け取ったリトルは食い入るようにそれを眺めた。

「ふふふ。荘厳で美しいだろう。訪ねて来るのはそれに写ってるお方で――あぁ、こっちの竜じゃない方な。」

「コ、コ…コノ人ハ……。」

「神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下だよ。」

 グルリと顔が向けられる。

「アインズ……ウール…ゴウン………?」

「あぁ。陛下を付けろよ?そのお方がお前は危険な存在なんじゃないかと心配しているんだ。だから、ご来訪までにお前に陛下のことを――」

「キーノ!!!」

 イビルアイは突然の大声にびくりと肩を揺らした。

「な、なんだ。びっくりしたなぁもう…。」

「アインズ・ウール・ゴウンハ史上最悪ノプレイヤー集団ヨ!!」

「はぁ?全くツアーもそうだがお前もそう言う感じなのか。これじゃ陛下がお前を危険視するのも分かる。エ・ランテルの二の舞は二度と御免だとお思いだろうしな。良いか、この方は慈悲深く聡明だ。史上最悪なんて言葉からは一番遠い。」

「コノ写真ニ写ルノガ間違イジャ無ケレバ、アインズ・ウール・ゴウンノ中デモ特ニ最悪ヨ!!」

「話を聞け。そんなんじゃお前本当に陛下に殺されるぞ。」

 リトルの瞳には怯えにも似た何かが写っていた。

 べちゃりと肩を掴まれる。

 服越しにじわじわと粘液が体に沁みてくるのを感じ、怖気が走った。

「キーノ、アインズ・ウール・ゴウンハ他ニ誰ガココニ渡ッテ来テイルノ!」

「どう言う意味だ?陛下には兄弟でもいるのか?」

「違ウ!!コノ骸骨ノ仲間ノプレイヤーハ他ニ誰ガイルノカッテ言ッテルノ!!!」

 再び粘液が口から飛んでくると、イビルアイの頬にぺちょりと着いて糸を引いた。

「ったく興奮するなよ。もう。ぷれいやーは後お一人だ。」

 するとリトルは決意のような表情を作り、二人ナラ…と呟くと立ち上がった。

「キーノ。先手ヲ打ツ!――ナザリック地下大墳墓ハ何処ナノ!」

 ナザリック、それは神々の生み出したそのままの姿でただ一つ現存すると言う祝福された幻の大地の名だ。

「分かる訳ないだろう。第一先手を打つって、なんで戦いたがるんだよ!お前が神に仇成す存在なら、仲間とは言え容赦せんぞ!!」

「目ヲ覚マシテキーノ!!コレハ神ナンカジャナイ!!」

 イビルアイの目の前には火花が散った。カチンと来た。

 その身の回りには水晶の槍が無数に浮かんだ。

「陛下は私達アンデッドを救済してくれる真なる闇の神だ!!お前みたいにここにたまたま現れてたまたま現地の奴に崇拝されるようになった偽物の神とは違う!!あの方は正真正銘の神なんだ!!」

「キーノ!!神ト正反対ノ存在ダッテ解ンナイノ!?」

「神王陛下はアンデッドの地位を確立してくれた!!陛下に着いていけば、いつか私は普通の女として暮らせる!!それに――あのお方を怒らせれば世界は創り変えられてしまう可能性だってあるんだぞ!!」

 イビルアイのそれは願いと――恐怖だった。

「魅了ニデモ掛カッテルトシカ思エナイ!!単ナルプレイヤーガ世界ヲ創リ変エルナンテ――!!」

「単なるぷれいやーじゃない!!ツアーはすでに陛下が世界の一部を創り変えたと言っていた!!私は今の世界を愛しているし、陛下が愛する世界を陛下の手で破滅させたくない!!」

「ツアーマデ騙サレテルノ!?アインズ・ウール・ゴウンガ居タラプレイヤーガ、人間ガ安心シテ眠レル日ハナクナルンダヨ!!コノ先モ百年置キニ大戦争ニナル!!」

 それを聞いたイビルアイは少しも心を動かされた様子はなかった。

「――モウ良イ!私ハ一人デデモヤル!!」

「っち!!陛下に手出しはさせんぞ!!リトル!!お前はもはや――魔神だ!!」

 

 イビルアイは身の回りに浮かべて置いた水晶の槍を放ち、それは即座に弾かれて仮面に当たった。

 バキンッと仮面が粉々に砕けて落ちる。

「解ラセテアゲルワ!!」

 思わず仮面の破片に手を伸ばすと――イビルアイはいつのまにか見知らぬ荒野に立っていた。

 

「こ、ここは!?なんなんだ!?リトル!!私を起こせ!!」

 すると、遠くから数え切れない人間、亜人、異形がこちらへ向かって来るのが見えた。

 全員から命を懸けようと言う執念のような物を感じる

「っち!ダメージを食らえば死ぬかも知れん!!」

 どの者が纏う装備も見事と言う言葉では言い表せないほどのものだ。

「<水晶防壁(クリスタル・ウォール)>!!」

 目の前に水晶の壁が現れ、突進してくる者達は――壁もイビルアイもすり抜けてイビルアイの背後に向かって駆け抜けていった。

「な、なんなんだ本当に…。」

 呆然と振り返ると、そこには死の神が腕を広げていた。

「し、神王陛下!!いつの間に!!私は陛下に――な!?」

 死の神の腹の中に浮かぶ赤い玉から、血のように赤い光が迸ると、全ての者達は次々と倒れ死んでいった。

「そ、そんな!神に刃向かうから!!なんでお前達はそんな真似をしたんだ!!」

 数え切れない死体が転がる荒野で、イビルアイは叫ぶ。

 背筋がぞくりと震え、顔を上げると、慈悲深き死の神は死体の山の中で高らかに笑っているようだった。

 

「へ、陛下…?」




イビルアイ、それはアインズ様に特大ブーメランだ。(真顔

次回 #40 呆気ないものだな

以前裏にガガーランとイビルアイの下らないエ・ランテルお写真事変を書きました。
全年齢です!
https://syosetu.org/novel/195580/23.html
当然読まなくても問題なく本編行けます!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。