眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#17 神話の軍勢

 従属神との謁見を行った法国の一行は「アインズ・ウール・ゴウン様の降臨を感じる」たったそれだけ告げられ、一も二もなく出立の準備をしに再び大神殿内を駆けずり回り、深夜にも関わらず法国神都を発った。

 あの従属神が"様"を付けて呼ぶ者が神でないはずがないのだ。

 

 王国領に戻る道中、神官長達は馬車の中で大いに悩み、頭を抱えた。

「あぁ……戦う前に神だと分かればよかったと言うのに……。スルシャーナ様……」

 闇の神官長、マクシミリアン・オレイオ・ラギエは特に思い悩んでいるようだった。

 同じ馬車に乗せられたニグンはギュッと拳を握りしめ震えていた。

「も、申し訳ありません……。全ては我々陽光聖典と私の失態でございます……」

「もっと頻繁に従属神様にお伺いを立てるべきだった……」

 神官長達は誰もニグンを責めなかった。

 責めなかったが――神に喧嘩を売り、日付の指定だけ受けて一体何時に神が再臨するのかも聞かず、神を法国に連れ帰ることもできず――ニグンは身も心もズタズタだった。

 責められずとも、本人が自責の念に潰れてしまいそうな様子だ。

「ああ……。私は……私は……。うおおぉぉぁぁ!」

 ニグンが頭抱えて叫び出すと、神官長達は今にも発狂しそうなニグンを眠らせた。

 

 法国一行が約束の地に辿りついたのは、日付変更直前、真夜中だった。

 流石にこんな時間には現れないだろうとは思うが、すでに失態を犯している身だ。備えすぎるくらいが丁度いいだろう。

 遠くにある村を一瞥し、落ち着きを取り戻したニグンは団員に混ざり野営の準備をした。

 犯してしまった大失態を何とか取り戻そうと、嘆いている場合ではないと働いた。

 体を動かしていると発狂しないで済みそうだった。

 

 テントを建て終わり、幾人かが見張りとして交代でキャンプの周りに立つ。

 夜明けよりも早い時間、神官長とニグンの元に見張りが駆け込んできた。

 全員眠りが浅かったようで、飛び上がるように起きるが――見張りの言葉は期待していたものではなかった。

 

「ゴ、ゴブリンに囲まれました……!」

 

 いくらなんでもそんなものが神の使いだとは思えなかった。

「戦闘準備だ!」

 陽光聖典の制服のままで寝ていたニグンはテントを後にすると、ギュッと手袋を着けた。

「各員!戦闘配備!」

 陽光聖典の隊員達がゴブリンを迎え撃とうと、いつものように陣形を組む。

 そして、ニグンの指示のもと天使が召喚された。

 次々と辺りに天使達が降臨すると、既に気づかれたと理解した様子の隠れていたゴブリン達が姿を見せた。

 それは見たことのないような――知性を感じさせるゴブリンだった。

 ゴブリン達は皆きちんと装備を整え、木の棒などではない、剣や斧などを手にしていた。

(……こんなところで文明を築いているだと)

 ニグンは苦々しげにゴブリン達を睨み付けた。

 すると――ゴブリンの後ろにはクワやオノ、ナタ、貧相な弓を抱えた人間が続いた。

 

「貴様ら、何のつもりだ。いや、操られているのか……?」

 ニグンが目を細めると、醜きゴブリンが一歩前へ出てきた。

「おたくら、こんな所で一体何をしでかそうってんだか知りませんがねぇ。うちの姐さんの村を襲った人らの仲間たちにちーと似すぎちゃいないかって、村で結論が出たんですわ」

 あまりにも流暢な喋りだった。

 ゴブリンは大抵知能も低く、下品な生き物だと言うのに。

 法国の面々はここでなんとしてもこのゴブリン達を殲滅させなければならないと思った。

(少なくとも、この言葉を話すゴブリンだけは――)

 そう思っていると、また別のゴブリンが口を開いた。

「違うんなら違うでいいんですがね。もしまたあの村を襲おうって言うなら、こっちとしちゃ黙ってられないわけでしてね」

 まさかこのゴブリンは、カルネ村の者によって使役されているとでも言うのだろうか。

 しかし、そんな術者がいるならばあの急襲の日に現れなかった理由がわからない。

 

(……あれを機に護衛の冒険者を雇ったか?それも、召喚や使役に長けたような)

 

 ニグンは悩んだが、これだけ知能の高いゴブリンを使役できる者は人類の砦となり得る貴重な人材であると位置づけた。

(ゴブリンなどと話すのは癪だが……)

 心を決める。

「――確かに、あそこの村に手を出したのは我々だ。しかし、今日は村に行こうと言うのではない」

 ニグンの言葉に、対峙する全てのものから激しい憎悪が沸き立つのを感じた。

 

 いつもならば、無視するそんな感情に、法国の面々は初めて向き合った。そして、慎重に言葉を選び語り出す。

「……あの時はすまなかった。我々も、それこそが人類の為だと信じて疑わなかったのだ。取り返しのつかないことをしてしまったと、深く反省している」

 様子を見ていた神官長達も出て来ると、ニグンの隣に並び共に頭を下げた。

「私達が決めた事です。申し訳ありませんでした。ただ、そうしなければ人類に未来はなかった――と、思ってしまったのです」

 共に謝るその姿は、村人を一層苛立たせるだけだった。

 人類のために自分たちは殺されなければならなかったなど、聞いて納得できる者がいようはずが無かった。

 

 ただ、首すら差し出すと言うような相手達に斬りかかるような真似を村人達はできなかった。

「……お、俺たちは……俺たちは家族を奪われたんだぞ!!」

「それを人類のためって……あんたらは俺たちが人類じゃないって言うのか!!」

「その服、スレイン法国の神官だろう!!」

 村人達が怒りをぶつけようとするが、法国の者達はただ黙って頭を下げた。

 行き場のない感情を地面にぶつける者、叫ぶ者、再び涙を流す者。

 それらを前に神官長も、陽光聖典も、下を向き続けるしかなかった。

 これも神がここを指定した理由かとニグンは唇を噛んだ。

 

 そして日が昇りはじめる。

 あまりの眩しさに、聖典の誰かがそちらを向いた。

 それに引かれるように、一人また一人と昇り行く日へ目を向けていった。

 誰も視線を戻さないことに違和感を感じ、ついにはニグンも朝日を見た。

 

 日の出と共に現れたのは、魔法の防具に身を固めた大量のアンデッド。

 見たこともないような多くの大天使達。

 向こうには太陽すら掴めるかと言うような巨大なゴーレム。三十メートルを超える巨体は、どこから取り出したのか平べったい巨石を抱えていた。

 ゆっくりと動き出し、あたりの鳥達が一斉に飛び立つ。

 巨大ゴーレムは、巨石をブーメランのように放り投げた。

 

 思わずニグンも神官長達も顔を覆ってしまった。

 村人達は逃げ出すかと思えば、足がすくんでしまったようで呆然と立ち尽くしていた。叫ぶ暇すらない。

 夢だろう。こんなのは夢だ。

 それが村人達の総意だった。

 

 凄まじい地響きと共に巨石が着弾する。

 土砂が舞い散り、あたりは土煙に覆われた。

 

 もうもうと立ち込める土煙の中、アンデッドと天使達が動き出し、道を作る。

 平べったい岩は大人の男の身長ほどの高さに、二十五メートル程の幅、奥行きも十メートルくらいだろうか。

 それの前に続々とアンデッドが集まり、二段の階段を作り出す。

 声を出せるものなどいるはずもない。

 

 土煙の向こうからは、腰から黒い羽を生やした異形、憎っくきエルフの王の血を引くであろう双子の闇妖精(ダークエルフ)、銀髪の少女、空中を滑るように移動する赤子の慣れ果て、尻尾を生やした男…。

 

 それらが巨石の上へ立つと、跪き顔を下に向けた。

 

 最高神官長はピンと来て叫んだ。

「全員!!礼!!」

 陽光聖典と神官達はザッと跪いた。

 訳もわからずオロオロとする村人達に構っている余裕などない。

 それぞれ自分の姿勢が失礼に当たらないかと、それだけが気がかりだった。

 

「ゴウン様!?」

 若い女の声が響く。

「ゴウン様だと…?」

「見ろ!!ゴウン様だ!!」

「ああ……仮面が……!!」

 カルネ村の人々が口々にその尊き名を口にする。

 

「すごい!すごいすごい!やっぱりゴウン様は、神様だったんだ!!」

 

 村にも岩が落ちる衝撃が伝わったのだろう、気づけば殆どの村人が着の身着のままその野に出て来ていた。

 

+

 

 その夜、時間を指定しなかったことをアインズはどうしようかと悩んでいた。

 召喚しておいた天使達にも時間制限はある。

(明日は一応いつでも出れるようにしろって言ったし……。法国の奴らが来たら出るくらいでいいよな……。もう伝達したし、今更だよな……)

 そんな事を考えていると、ノックが響く。

 お付きのメイドが扉へ近づいた。

 細く扉を開け、外と数秒会話をすると扉を閉めてこちらへ来た。

「アインズ様、アルベド様とニグレド様が入室のご許可をお求めです」

「ニグレドだと……?入れろ」

 メイドがすぐに扉へ踵を返していく様子を見送った。

 ふわふわと揺れるメイド服に作成者達の並々ならぬこだわりを感じるが――アインズはこのやり取りがめんどくさかった。

 すぐに開かれた扉から姉妹は入って来た。

「失礼いたします、アインズ様。夜分遅くに失礼致します」

「気にするな。私は睡眠不要の身。それで、ニグレド。お前が来ると言うことは何かあったか」

「は。それが、法国の者どもが、指定の場所に着いたようです」

「え……?」

 

 ニグレドの言葉に時間を指定しなかった己の思慮の浅さに頭を抱えたくなる。

「彼らの到着後すぐにナザリックを発つというお話でしたが、フラミー様がお休み中ですので、どのようにするのが良いかとご判断を頂きたく参った次第でございます」

 アルベドの言葉は最もだ。

 昔フラミーは趣味がユグドラシルと昼寝だと言っていた記憶もある。

 それに今は女性を起こす時間ではない気がする。生えているが。

 目の前のこの姉妹にもちゃんと寝て欲しいと言う思いが沸き立つも、ニグレドの睡眠は監視中断を意味するため口にできなかった。

 

「――アインズ様。あの者たちはいくらでも待たせておけばよろしいかと」

 悩んでいる様子のアインズに気付いてか、続くアルベドの提案は魅力的だった。

「そうだな。では、私もニグレドと共に監視に着きタイミングを見極めるとしよう。夜が明ける頃までな」

 そう言って腰を上げたアインズにアルベドが興奮し始める。

「んな!ね、ね、姉さんと一夜を共にすると……!?アァアインズ様!!私も、どうか!!私も共に!!そうです!三人!三人では如何でしょうか!?」

 

 おかしな様子にまた始まったと思うアインズだった。




ちょっとーちょっと統括さん頼みますよ〜。

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