「…モモンガ!」
聞く者を不快にさせる声だ。
「モモンガ…スルシャーナがかつて呼んでいたアインズのもう一つの名か…。」
ツアーは初めて会った時その名を聞こうとしてフラミーに咎められたことを思い出す。
力あるプレイヤー達の中に厳然と存在するモモンガ――アインズ・ウール・ゴウンと言う存在の大きさを再認識する。
スルシャーナはアインズ・ウール・ゴウンのモモンガを崇拝していた。
その姿を丸っと真似る程に、熱烈な信者だったのだ。
「プレイヤー!!誰に許可を得てモモンガ様のその尊き御名を口にする!!」
アルベドの声音はドロドロとした熱を発するようだ。
「ツアー、オ願イ。コッチニ付イテ!アインズ・ウール・ゴウンノ者ガ居タラ、人間モプレイヤーモコノ世界デ誰一人トシテ平穏無事ニ暮ラス事ハ出来ナイ!――特ニモモンガノ生存ハ許シチャイケナイ!!」
アインズは想像して来たパターン通りのプレイヤーの言い分に蔑んだような笑いを漏らした。
「ゲームと現実の区別が付かない何て恐ろしいな。」
「本当ですねぇ。それにしても、やっぱりモモンガさんの名前ってすごく警戒されてますね。」
フラミーは無名のプレイヤーだが、アインズ・ウール・ゴウンの中身がモモンガだと思うだけでこのプレイヤーのように襲い掛かって来る者は今後も現れるだろう。
「まさかその名前がこんなに有名なんて思いもしませんでしたよ。ははは。」
アインズが既に半ば決別したその名前を前に困ったように短い笑い声を上げていると、リトルは想像したよりも和やかな雰囲気に何度も瞬きした。拍子抜けだった。
「…モ、モシカシテ…プレイヤーヲ襲ウ気ハ…ナイ…?」
「まったく。私が無差別にプレイヤー狩りをすると思っているのか。」
「ソ、ソウ…ソウダヨネ…。モウ現実ダモンネ…?私、テッキリアインズ・ウール・ゴウンノメンバーガ居タラ、プレイヤーキルガ永遠ニ続ク地獄ノ世界ニナルカト…。」
「そうか。まぁ、そう思われても仕方ないとは思っていた。しかし、ク・リトル・リトル、お前はもう何も心配するな。」
その声音は向けられた者の心を潤すようだった。
「アインズ様!?まさかフラミー様に手を上げた者にご慈悲を!?」
アルベドの中に言い知れぬ感情が広がっていく。
慈悲深い事と無差別に許しを与えることは違うはずだ。
「モモンガ――…サン、誤解シテスミマセンデシタ…。」
リトルはずっと構えていた短いワンドをそっと下ろした。
アインズの眼窩に燃える赤い輝きはそれを追った。
「気にすることはない。お前は世界の心配をする必要なんて最初からなかったんだ。心細かっただろう。プレイヤーとして一人残って。」
「ッ…心細カッタ……。誰モガコノ身体ヲ恐レテ、人間ダッテ解ッテクレル人モ居ナクテ…。」
「そうか。我がナザリックは異形の地だ。もう安心して良い。我がナザリックに於いて、最大の慈悲をやろう。」
アルベドの瞳は輝いた。
「ワ、私ヲギルドホームニ連レテ行ッテクレルノ…?」
「最初からそのつもりだよ。リトル。」
親鳥を見つけた様にリトルはヨタヨタとアインズに向かって歩きだし、アインズもゆっくりとその身に近付いた。
そして、陽だまりのような優しさを持って、その肩を叩いた。
「<
瞬間、ドサリとリトルは転がった。
「ッア…アァッ…!」
体が凍りつく。リトルは動かぬ口を震わせた。
「死に行く者が今後の世界の行く末を案じてどうする?ク・リトル・リトル。」
アインズは腕輪を輝かせるとしゃがみ、崩れるリトルに再び手を伸ばした。
「ッヒ!」
「<
「ッァアアァア!!ツアー!!!」
激痛と力を吸い取られる感覚にリトルは叫んだ。
「これで暫くは起き上がれんな。お前は望み通りナザリックへ連れて帰ってやる。我が異形の地にはお前に良く似た種族の者がいるから安心しなさい。ニューロニストと言うんだがな、きっと仲良くできるとも。」
囁き掛け満足したアインズは立ち上がり、大した力を感じさせないプレイヤーから平然と背を向けるとアルベドを手招く。
自分が攻撃を受ける可能性など皆無と言わんばかりの態度で。
アインズの側に寄ったアルベドは先程とは打って変わって恍惚とした表情で正統なる支配者に視線を送った。
「強欲と無欲に吸わせろ。ツアーの前だ。慈悲深く行え。」
「畏まりました。お任せくださいませ。」
輝かんばかりの天使の微笑みだ。
アルベドがバルディッシュを持ち上げ、作業のように振り下ろすと、ゴロリと首が落ちた。
「呆気ないものだな。さて、死体の回収を――」
すると、アインズは視界がぐにゃりと歪んだような錯覚を覚えた。
経験値も強欲に向かって出てこない。
「――アルベド!!構えろ!!今のは幻覚だ!!やつは<
「アインズ様!?」
流石にプレイヤーなだけあって往生際が悪い――。
急ぎフラミーに手を伸ばし――はたと気付くと、自分の中でポタポタと腰から血を流すフラミーがいた。
すでにアインズが立つ場所は館ではない。
真夜中のそこは、何か強大な力で抉られたであろう一本の長い谷だ。
「こ、この記憶は…!」
アインズが振り返ると――『もう起きたと言うのか!?貴様これだけ力を使えば数日は眠って来たと言うのに!!』
アインズがこの世で最も憎む竜王がいた。
「ゆ、夢だ…これは幻覚だ…!!」
分かっていても地面が揺らぐ。
幻術使いはユグドラシル時代、極めなければ脅威ではなかったが、肉体と記憶があるこの世界では脅威以外の何者でもない。
精神攻撃として認識されなくても内発的に精神的な痛みを感じる。
「フ、フラミーさん…フラミーさん!!」
思わず呼び掛けてしまう。
これは幻の筈だが、もしもそうでなかったら――「父上!!」
あの日と同じようにパンドラズ・アクターの声が響く。
『一撃を凌げば良いと思ったのが甘かったか!!』
常闇の声音にアインズの背筋は無数の針が突き立つように凍りついた。
「この世界の攻撃…痛みはあるのか!?」
実際にダメージがなくとも、食らったと言う思い込みや痛みを感じたと言う思い込み――ノーシーボ効果で人間は十分に死ねる。
ユグドラシル時代には攻撃になり得ない物が、現実となり効果をそのままにその身を蝕もうと襲う。
幻術の
「モモンガ。想像ヨリモ最悪ナプレイヤーネ。」
リトルは落とされた首から不愉快そうな声を出すと、アイスクリームの様にどろりと溶けて消えた。
アインズはドサリと膝をつき床に転がった。
「アインズ様!!」「アインズ!!」
「アインズさん!?防ぐための符は受けてるのに…!エントマ、目覚めさせて!!」
館に特殊な能力があるのかもしれない。
「はぁい!!今すぐぅ!!」
エントマが符を出し、アルベドがアインズを抱きかかえると、アインズは喘ぐように声を上げた。
「フ……フラミ…さ…ごめ…なさい……いつも……俺の……俺のせいで……ごめん……。」
絶望の記憶だ――。
フラミーはすぐに何を見せられているのか悟る。
アインズに符が張り付くのを見ながら、フラミーの身には血液が逆流するように凶悪な感情が流れた。
「許さない。」
「フラミー!!待て!!その感情に飲まれるな!!」
ツアーの鬼気迫った声が響くがフラミーには届かなかった。
本体を探す。
「<魂と引き換えの奇跡>。」
それは主に魔将達が持つ悪魔の特殊能力。
ただし本当に魂を引き換えにするわけではない、一日に一度発動できるスキルだ。
そうと知らないツアーはその言葉にゾッと背を震わせた。
フラミーの瞳は別の生き物のようにキョロキョロと動き、目的の人物を探し――ぴたりと地下へ下る階段で動きを止めた。
周囲にはツヴェーク達の再召喚が行われているのか、次々と呪われた生き物がその場に現れだしたが、茶番に付き合うつもりはない。
「任せます。守りなさい。」
二人が頭を下げるのを尻目にフラミーは階段を下った。
アインズは目を覚ましたが、魔法は使っていないと言うのに多くの魔力がその身から抜けた錯覚に口もきけないまま震えるようにフラミーの背に手を伸ばした。
「ふ…ふら……。」
ツアーはそれを見るとアインズに軽く手を挙げすぐさま下り行く背を追った。
ジメッとした地下室に下っていくと、トーチには所々火が灯されていて、地上階からツヴェークを殲滅しているであろう音が響きだす。
中央の石造りの台の上には金髪の少女が眠り、それの傍にタコ頭は優雅に腰掛けていた。
「何!?見エテイルノ!?」
「<
フラミーの叫びの様な詠唱とともに、リトルの身体はブクブクと膨れ上がり下腹部を爆散させた。
「ッアァ!!」
リトルは腹から滝のように臓器と粘液を撒き散らすと腹を抱えて唸った。
「この気配……リトル…。」
階段を降りてきたツアーの目には飛散した血液とハラワタだけが映ったが、薄ぼんやりと捕んでいる気配の位置から何が起きているのかを正確に掴んでいた。
「――あれは…インベルン…?」
未だ不可知化するリトルへフラミーは杖を振りかぶり、投げつける様に魔法を送り出す。
「<
腕が木っ端微塵に吹き飛び、骨や指が周囲に散らばる。
「ヤ、ヤメテ!!」
「やめない、許さない。」
フラミーの瞳は見る者を凍りつかせるような色をしていた。
「ん……んん………。」
血の飛沫が掛かると少女は唸り声を上げた。
「<
足で魔法が炸裂すると、リトルは床に崩折れ、ついに不可知化を維持できなくなり姿を現した。
「死になさい。あなたには反省が必要よ。」
床で液体にまみれるリトルは片手と片足を失い、フラミーを見上げながらガチガチと歯を鳴らしていた。
「ア…アア……同ジプレイヤーナノニ……!」
「知ってる。」
リトルも同じプレイヤーだと言うのに最初からこちらを殺す気でいたのだ。
今更そんな申告が何の役に立つと言うのか。
「さようなら。」
魔法を使う価値すらない。
フラミーは穢らわしき生き物の脳天が吹き飛ぶ様を想像しながら、杖を目一杯高く持ち上げ――背後から抱き締められた。
「フラミーさん。良かったぁ。」
優しく包み込むような声がフラミーの耳朶を打った。
鬼神のようになり掛けていたと言うのに、途端に世界を癒すような慈母の笑みを浮かべた。
「アインズさん!大丈夫ですか?嫌なもの見せられたでしょ?」
アインズは夢が夢で良かったと思いながら優しいフラミーを抱き上げた。
「大丈夫ですよ。ただの悪夢だったんで何ともありません。それよりフラミーさんがなんともなさそうで良かった。」
ツアーはなんともない筈があるかと先程までのフラミーを思い出しながら呆れた。
「後でどこか悪くなったらいけませんから、帰ったらシャルティアの所に行きましょうね。」
「分かりました。フラミーさんがそれで安心するならそうします。」
敵前だと言うのににこりと微笑み合う二人は蕩けている。
可哀想なツアーは本当に疲れる、と竜の身に無駄に流した冷や汗を拭った。
ただ、以前激怒している者も二人いる。
「こ、こ、この!!下等生物がぁああぁああ!!」
ビリビリと空気を震わせながらアルベドが絶叫し、階段の途中にいるエントマも両手を上げてシャー!!と威嚇音を鳴らしていた。
「下等生物風情がよ、よ、よくも!わ、わた、私達の最も愛するアインズ様とフラミー様に!!私のチョー愛しているお方々にィィィィ、ゴミの分際で悪夢を見せただとぉぉお!!!真実の名を口にするだけでは飽き足らずゥゥゥ!!身の程を知れぇ!!」
「い、いや、別にモモンガって真実の名じゃないけど…。」
アインズのドン引きもいざ知らず、統括の激昂は続く。
「フラミー様の御意志通りこの世界で最大の苦痛を与え続け、発狂するまで弄んでやるぅぅう!!四肢を酸で焼き切りィィ、性器をミンチにして食わせぇぇえ!!何度も回復してやるわぁぁぁ!!!」
アインズとツアーはブルリと震えた。
特にツアーは自分も恐らく膝をつかせたリストに入っているであろうことに思い至ると、元々苦手なアルベドが更に苦手になった。
「ああぁぁあ!!!憎い!!憎い憎い憎い!!許さない!!許さないぃぃ!!」
アルベドは黒い鎧の胸のあたりを掻き毟るように腕を蠢かせていた。
十三英雄――魔神を一撃で葬った事すらある最高位天使
非公認魔王モモンガ――非公式ラスボスを抱える惡のギルド、アインズ・ウール・ゴウン。
最大限の警戒を行なったが、まるで足りていなかった。
この世界で最も強いのはツアーだ。
その次はリーダー、そして続いて自分――不可知化と幻術を用いて今まで負けた事はなかった。
黒い全身鎧の下で何か凶悪な物が蠢くのを感じる。
かつて対立した仲間やザイトルクワエの枝よりも強大な力を前にリトルは何もできない。
自分を優しく守ってくれる仲間との思い出の地を、これから汚すであろう化け物を眺めるだけだ。
「ア、アア…。」
これを止めることができる尊き支配者はそっとアルベドの肩に手を置いた。
「アルベドよ、私達は無事なのだ。何をそう憤る。お前はいつもの微笑みを絶やさない慈悲深い姿の方が魅力的だぞ。」
鎧の下で真実の姿を見せ始めていたアルベドはピタリと止まった。
「みりょ、ミリョ、魅力的!!くふー!!――ありがとうございます、アインズ様。」
胸に手を当て頭を下げる様子はいつものアルベドだ。
ナザリックの日常から背を向けるようにツアーは友人を見下ろした。
「…リトル、本当にすまないね。僕は君に心からの謝罪を送るよ。本当は君にもアインズに協力して貰って、共に世界を守りたかったんだけれど…残念だよ。」
「ツ、ツアー。オ願イ、タ、助ケテ…アインズ・ウール・ゴウンハプレイヤーノ…世界ノ敵ナノ……!」
「あぁそうだね。僕もそう思っていた。でも、今ではもう――これらに敵対する者が世界の敵なんだ。」
「何ヲ言ッテルノ!!目ヲ覚マシテ!!ツアー!!ツァインドルクス=ヴァイシオン!!誇リ高キ竜王!!」
愉快そうにやり取りを見ていたエントマはツアーの腕を引っ張った。
「ゔぁいしおんん、そろそろぉ、いいかなぁ。お別れの挨拶は終わったかなぁ?」
「あぁ。残念だけど、僕からは以上だよ。」
「じゃあ、死になさい。」
アルベドは"いつもの微笑みを絶やさない慈悲深く魅力的な姿"でバルディッシュを振り下ろし――リトルは背後で眠る少女に手を伸ばした。
ベドちゃん激おこまる
ドミニオンオーソリティで倒せる様な魔神倒して、ザイトルクワエの枝倒してドヤッてた人達だから…十三英雄…。
次回 #41 魂の救済