眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#41 魂の救済

 イビルアイはズルリと何かに引き寄せられると、地面に激突した。

「ッイ…っつつつ…。」

 何か夢を見ていたというのにルームシェアしている友人達は人の起こし方がなっていない。

「ティ…ティナ…だからいつも普通に起こせと――」

 イビルアイが目を開くと眼前には剣に止められた漆黒の美しきバルディッシュがあった。

「っひ!?な、なん――リトル!?」

 血塗れのリトルは震えながらイビルアイの腕を掴んでいた。

「なんだと…?」

 その訝しむような声は――「し、神王陛下…。」

 そしてはたと思い出した。

 ずっと見せられていた、神王が無限に生を摘む夢。

 それを見たイビルアイの感想は単純だ。

 神に戦争を挑むなど愚か。襲われれば誰でも身を守る為に戦う。

 以上だ。

 敢えて他に言うとしたら、一層リトルの叛逆を止めなければと思ったくらいだろうか。

 だと言うのに、間に合わなかったようだ。

 バルディッシュを振り下ろしているのは、式典などの公式の場でしか姿を見せない、守護神の中でも最も謎に包まれた優美な天使。

 それを止める鎧の友人と――神王に慈しまれるように抱き上げられている女神。

「ツアー!キーノヲ殺サレタク無カッタラ下ガラセテ!!」

 興奮したように下ガレ下ガレと繰り出される言葉に今自分とリトルが置かれている状況を飲み込む。

「すまない、アインズ。思わず手が出た。」

「いや、これはレアものだ」と神が不思議な言葉を発したのが聞こえた。

 続けて「もったいないな」という呟きも。

 確かにリトルはこんな真似をしてもったいないとイビルアイが思っていると、リトルは頭から生えているぬめった触腕をイビルアイの首に沿わせた。

「あ!待て!それを殺すな!」

 あれほど恋焦がれた神王が自分の身を案じてあれほど焦った声を――。

 イビルアイのつま先から脳天目掛けてときめきの電流の様なものが駆け抜けると、その身は震えた。

 薄い胸に手を当てると、心臓は動いていないが、激しく鼓動が鳴り響いている錯覚を覚える。

 まるで吟遊詩人(バード)の歌う物語に登場する姫君になったかのようだ。

「……がんばれ、あいんずさま…。」

 イビルアイは敬虔な信者がそうするように、胸の前で手を組み祈った。

 自分の白馬の王子様が魔神になりかけている友人を浄化してくれることを。

 

「アルベド、一度下がれ。」

 神王がゆっくりと片手を伸ばすと、アルベドはリトルを刺激しないように下がった。

「アインズ様。あの者は…?」

「動カナイデ!!」

 途端にギリリと首を締められ、イビルアイは苦悶の表情を浮かべた。

 痛みも苦しみも生前より余程少ないが、自分より圧倒的強者に首を捻られ痛みを感じずにはいられない。

「やめろと言っているだろう!」

 なんて声を出すんだろうとイビルアイはすぐさま痛みも忘れときめいた。

 自分のために怒りを感じてくれている神をドキドキと眺めていると、神はゆっくりと手を前に差し出した。

 その姫を渡せと言わんばかりに。

「<心臓掌握(グラスプハート)>。」

 涼しげな声が響くと腕と首を掴まれていた力は途端になくなり、ベチャりとイビルアイの肩にリトルの頭が乗っかった。

「り、リトル…?」

「アルベド、すぐに目覚めてしまうがスタンしたはずだ。今度こそとどめを――」

 すると大きな真円の青白い発光する玉がひゅるりとリトルの体から抜け出て、アルベドが軽く片手を上げると手のひらに吸い込まれて行った。

「あ…――あぁ!魂の…救済…!」

 イビルアイの脳裏にはエ・ランテルに王国民が攻め入った時の光景がありありと浮かんだ。

「…え?」

 神王は命を悼む様にアルベドの手のひらに暫く視線を落とし続けた。

 ツアーがそっと胸に手を当て頭を下げると、イビルアイも急ぎ友の死を悼む為目を閉じた。

 心の日記をめくれば十三英雄と呼ばれ、共に世界の危機に立ち向かった日々が――過酷ながらも仲間と言う心強い存在に支えられた日々が――立体的になってその胸の中を螺旋の様に駆け巡った。

 まさかこんな事が…と嘆く声が耳に入ると、仲間の命の濾過を行ってくれるのがこの神とその配下の天使で良かったと心から感謝の想いが溢れた。

 感謝は打ち寄せる海の波のようにいつまでも優しくイビルアイの――そしてツアーの胸を満たした。

 

「アインズ、慈悲深い死をありがとう。」

「……え?あ、いや。そうだろう。」

 未だ死の痛みを感じているのか神王は僅かに震えているようだった。

 イビルアイが魔神のようになってしまった友人の亡骸をそっと自分から退けると、神王は優しい視線を向けた。

「あぁ、お前、無事のようだな。」

 軽く笑いかけるような声にイビルアイの存在しない心臓は再びドキンと跳ね上がった。

 顔がまるで沸騰したかのように熱くなるのを感じる。

「どれどれ…。」

 言いながら神王の手はイビルアイに伸び、顎を掴まれ、軽く口を開けさせられる。

「あっ!」

 心臓が口から飛び出るかと思った。

 これまでバカにし続けて来た吟遊詩人(バード)達の物語が再生されていく。

 人質として捕まっていた姫君は救われると、王子に幸せな口付けを送られてハッピーエンドだ。

 常識で考えれば戦地で命を奪い死体の転がる横で口付けなどアホの所業だ。

 しかし――(すまない!世界中の吟遊詩人(バード)達よ!本当の王子というのは――いや、この方は王だが!王というのは戦いの後には姫君に口付けを行うものなんだな!うわ!なんだこれ!最高じゃないか!!)

 だが、イビルアイの歓喜は一気に落ち込む。

 彼女が夢見たのは優しくも熱い口付け。

 

 しかし現実は――

「あ、あの…陛下…?」

 骨の手に掴まれ軽く口を開けさせられたまま顔を左右に振らされる。

 ただの安否確認だったようだ。

 しかし不平不満を言える立場ではない。

 仲間が恐らく相当な無礼を働いたはずだと言うのに許し魂を救済してくれたのだ。

 それに仲間を失った悲しみも未だあるし、安否確認はやはり嬉しい。

 

「なるほど。やはりな。」

 神がそう言うとツアーは少し焦ったようにそばに寄ってきた。

「すまなかった。インベルンが君の情報をリトルに漏らした正体だとは僕も思いもしなかった。どうか許してやってはもらえないだろうか…。」

 イビルアイの背筋はぞっと震えた。

 アルベドとメイド姿の亜人から激しい敵意を感じる。

「陛下…。私は陛下の情報を漏らそうと思って来た訳では…。」

 瞬間、髪がぱらりと落ちた。

「待て!エントマ!!」

 踏み込んだメイドの一刀。

 その右手の甲にはブロードソードにも似た長い蟲が張り付いていた。

「貴女のせいでぇ、フラミー様が悪夢を見タんダぁ!コロスゥ!!」

「落ち着け!剣刀蟲(けんとうちゅう)を仕舞え!」

「へ、陛下…。」

 メイドの虫の剣はイビルアイの額に当てられたまま動かない。

「…まぁいい。あー、インベルン、お前には他に仲間はいるのか?」

 これは尋問だ。

 他に神に逆らう仲間は――「い、いません…。一人も…。ツアー、そうだよな…?」

 ツアーは腕を組みよく考える。

「いないね。これが最初で最後だ。」

「そうか。やはり極めてレアだな。お前は今どこで暮らしているんだ?」

「あっ、い、今は私はエ・ランテルに!」

「何?うちの国民だったのか。」

「陛下と聖王国に共に行って戻ってからは王国より拠点を移しました!」

 神王は「共に聖王国に…」と呟き、かつての壮絶な戦いを思い出しているようだった。

 すると女神がもぞもぞと動くとその腕から離れ、イビルアイに剣を突き付けるメイドを後ろから抱き上げ回収していく。

「エントマ、私は何も覚えてないから大丈夫だよ。」

 メイドは女神に抱きついて背を震わせている。何も表情は変わらないが、まるで泣いているようだった。

 激しい罪悪感を感じ、よそ見をしていると――「……イビルアイ…?」

「あ、はい!」

 すぐに呼ばれ、意識を神王に戻す。

 何か言いたげな雰囲気だ。

(もし…お許しいただけないとしたら…私は…私は……。)

 イビルアイはせめて、情報を漏らそうとしたわけでは無いと、それだけは分かって欲しかった。

 不安と孤独感に胸を締め付けられていると、何を言いたいのか理解した様子のツアーは島を支える盾を指差した。

「君が聞きたいことは分かる。ここのぎるど武器はあれだ。」

「え?ん、そうか。エントマ、回収しろ。」

 大人しくなったと思ったメイドがイビルアイへ殺気を撒き散らしながらギルド武器の回収に向かうと、ツアーはリトルの亡骸のそばにしゃがみ、そっと瞼を下ろさせた。

 許された様子に安堵しつつ、イビルアイも胸の前で再度手を組み、装備したままでいたポシェットの中から安眠の屍衣(シュラウドスリープ)を取り出すとリトルの身を包んだ。

 埋葬するまでに腐ったり虫が湧いたりしないようにという配慮だ。

「リトル。もっと早く僕が事情を話しに来ていれば良かったのかな。」

 イビルアイには大きな鎧の背中がいつもより小さく見えた。

(私の…せいか…。)

 ツアーはリトルの亡骸を抱え上げ、階段へ向かった。

「インベルン。君もここを離れるんだ。島は沈む。」

「え?そ、そうなのか?」

 急ぎその背を追うようにイビルアイも立ち上がる。

 するとリトルとの戦いでバラバラに割れた仮面が祭壇に丁寧に置いてあったことに気付き、破片をかき集めてポシェットにしまった。

 神々はアンデッドだからどうこうという存在では無いし、闇を司る神王はずっと前からアンデッドだと気付いていただろうし、今は何の問題もない。

 しかし、仮面は探知阻害の役目とこの赤い瞳、牙を隠す役目を果たしていたのでこのままではエ・ランテルには戻れない。

 早いうちに修理をしなければ。

「待ちなさい、ツァインドルクス=ヴァイシオン。それは今後ケイケンチを吸い上げる為にナザリックへ持ち帰るわ。」

 アルベドの声にピタリと止まり、振り返る鎧には眼光があるようだった。

 イビルアイはケイケンチとは何だろうかと思う。

「…インベルン。先に外に出ていてくれるかな。」

「え?で、でも――」

「良いから行け。」

「………分かった。でもお前、陛下に無礼な真似はしないでくれよ。私は二階に置いてある荷物を取ってくる。」

 心配しかないと思いながらタタタ…と軽快な足音を鳴らして階段を登っていった。

 

 ツアーは友人の亡骸を抱えたまま振り返る。

「アインズ。そんな八欲王みたいな真似をするためにリトルを殺しにきたんじゃないだろうね。それに、僕はてっきり君がナザリックで丁重に埋葬してくれるつもりだと思っていたから最終的に亡骸は任せようかと思っていたんだけれど。」

 アインズはあちゃーとでも言うように骸の顔に手を当てた。

「そのために殺した訳ではないとも。ただ、殺したならば有効活用した方が良いだろうと思ったまでだ。」

「戦うために必要だろうと骨の身でいる事は認めていたが、今すぐ人の身になれ。その体に精神を引き寄せられるな!」

「あなた、アインズ様にその口の利き方はおかしいんじゃなくて。」

 アルベドがゆっくりとバルディッシュを構えると、ツアーはリトルの亡骸を祭壇のような台へ下ろし、始原の魔法で生み出した剣を鞘から抜かずに腰から外した。

「アインズ様の崇高なるお考えを何ひとつ理解できないんだからあなたは大人しくしていなさい。」

「僕は次の揺り返しまで君達の行動を監督して行くことが最適解だと結論付けている。これは監督の対象だ。」

「よく言うじゃ無い。何の力も持たないトカゲのくせに。」

「何の力も持たない、ね。君一人に敵わない僕じゃ無いよ。」

「あら、私は一人だったかしら。」

「ゔぁいしおんん!わたしもいるよぉ!」

 エントマも含めた三人の間に漂う空気は互いを害する事への期待に溢れているようだった。

「さぁもう一度首を落としてあげるわ!」

「そうかい。この首なら何度落ちても構わないよ。」

「それは何よりね!!」

 ツアーは腰を軽く落とし、光のようなスピードで迫ったアルベドの一撃を抜剣せずに受け止めた。

 あたりには激しい衝撃波が広がった。




プレイヤー弱くてスタンどころか普通に逝ってしまった…!
次回#42 眠る彼女
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