「だから、護衛はいらんと言っているだろう。」
アインズは呆れたような仕草で頭を掻いた。
「お待ち下さい!地表部までのお出掛けとは訳が違います!たったお二人で遠方にお出掛けになるなんて!」
アルベドが嫌だ嫌だと首を振る横で、デミウルゴスも然りと頷いていた。
十歳の子供にだって留守番くらいできるだろう。
「…じゃあナザリックが見えるところなら良いのか?」
二人は目を見合わせると、まるで練習してきたかのように声をそろえた。
「それでもナザリックをお出になるならせめて
妥協案を出してもうんと言わない。
天空城であれ程成長したと思った守護者達だったが、未だに三歳児だ。
「お前達…それじゃあ二人の旅じゃないだろう。」
そもそも何故二人で出掛ける必要があるのだろうかと首を傾げている。
「アインズ様?ナザリックでお二人で過ごされては如何でしょうか?」
この地より良い場所など無い。言外に含まれるナザリックへの絶対的なものを感じる。
「はぁ。今夜はここまでだ。また明日にしよう…。」
堂々巡りだ。アインズは疲れた。
すでに時刻は深夜二時を回っている。
「かしこまりました。」
二人を残してアインズは自分の執務室を後にした。
あの二人を言い包められる者がこの世にいるだろうか。
うんうん唸ると、ふと気付いた。
「あいつならなんとかできるんじゃないか?」
アインズは
「お断りいたします。」
パンドラズ・アクターはぴしゃりと言い切った。
「…私より強い者などこの世にいようはずがないと言うのに。お前もか…ブルータス…。」
ぶるーたす?とパンドラズ・アクターが首を傾げるとアインズはつまらなそうにソファに身を沈めた。
「以前も申しましたが、父上がお強いのは百も承知ですが、フラミー様をお守りする者がそれではおりません。」
「私がいるだろう。」
「父上が敵を葬っている間にフラミー様に何かが起こらないとお約束頂けますか?天空城でフラミー様に起こった事をよくお考え下さい。」
それはそうだがと口籠るアインズは結局この知恵者も説得できる様子がない。
「そもそもナザリックで人払いをすれば宜しいではないですか。」
またそれかとアインズは実に不愉快そうに息子を見た。
ここでは払った所でどうせ見られてると地表部から帰った時のことを思い出す。
フラミーを部屋に帰し、着替えるため自室に戻るとノックが響き、出れば深々と頭を下げる悪魔。
下等生物の侵入を許した謝罪と、防衛機能の追加御礼にアインズは全部見てたんかいと顔を覆った。
「――ナザリックは確かに素晴らしい場所だが、たまには出掛けたくもなる。」
つまんないとでも言うように立ち上がると説教したりなさそうな――いや、何か別の事を考えていそうな息子を残し第九階層に転移した。
溜息をつきながら、フラミーの部屋の扉を開け、寝室の扉の前できちんと行儀よく立つ本日のフラミー当番に軽く手を挙げる。
天井にはびっしりと
当然自分の後ろにも付いて来ているし、寝室以外では常にこれだ。
寝室に入ったとしても外の気配を気にすることはある。
そっと寝室の扉を押し開けると、フラミーはベッドでもたれるように座って寝ていた。
手元にはドラウディロンからの手紙。
膝の上に転がるモノクルと手紙をそっと片付けてやる。
手と耳がぴくりと動くとフラミーは目を覚ました。
「ぁ、あいんずさん、おかえりなさぁい。」
「ただいま。」
この小さな箱のような空間は二人の家だ。
そっと唇を触れさせるとここでしか見せない表情を見せ合った。
しょっちゅう人前でとろけている二人だが心持ちはちゃんとしている――つもりだ。
「どうでした?」
期待するような視線が痛い。
「…なんとかします。」
アインズが首を竦めて見せるとフラミーは困ったように笑った。
翌日、アインズは第六階層で朝の日課の仔山羊の散歩をしているフラミーを眺めながらどうしたもんかなぁと悩み――凄いことに気が付いた。
「フラミーさんフラミーさん。」
手招くと、フラミーは愛らしい仔山羊十匹を連れぞろぞろと寄ってきた。
「はぁい。」
人懐こい瞳にアインズは心をほぐされる。
九十レベルを超える歩く災害達も幸せそうにメェェェェと声を上げている。
「パトラッシュ、おにぎり君。出かけるぞ!」
「という訳で私達はそこまで出掛けてくる。」
知恵者三名は安心しきった顔で頭を下げ、二人と二匹の背を見送った。
「御方々直々に生み出されたあの二匹なら問題ないね。」
「普段の生活にも
「普段から仔山羊じゃ、お世話が大変じゃないの。」
それもそうかと知恵者達は頷きあった。
「ねぇ、パンドラズ・アクター。あの仔山羊達はあなたの兄弟だと思うべきなの?」
アルベドはアインズやフラミーが直々に生み出した僕の順位を決めかねていた。
「…それはないでしょう。」
「そうよね。」
「さて、御方々がお帰りになるまでに今度の侵攻訓練のまとめを行おう。」
デミウルゴスの提案にNOと言う者もおらず、知恵者達は第六階層の水上ヴィラへ移動した。
至高の御方々の執務室を使う訳にも行かないし、アルベドの執務室はアインズ人形だらけだし、三人で何かを決めるときはヴィラを使いがちだ。
到着すると、パンドラズ・アクターはアインズの姿になり大量の情報隠蔽魔法を唱え――
「…パンドラズ・アクター。何をしようと言うのかな…?」
「仕事をしながら少しだけ父上達のご様子を見ようかと。」
あっけらかんと言い放つ埴輪を前に悪魔達は目を見合わせ、二人はすぐに埴輪の左右からギュムッと顔を寄せて鏡を覗き込んだ。
父親譲りのびっくりの監視態勢だ。
そして付け足すように「仔山羊を置いて
鏡の中、支配者達は一体のゴーレムの馬に二人で跨り、その後ろを仔山羊がちょこちょこ走って付いて回っていた。
「さて、どこに行きますかね。」
「どこまでも。」
あてのない旅だ。
気の向くままに行って、侵攻訓練までに帰ってくればいい。
街や国は何者なのかバレるとすぐに鬱陶しいことになるし、この愛らしいペットが百パーセント間違いなく馴染めないのでやめた。
新婚旅行と言うにはおかしな状況だが――二人はそれでも満足だ。
疲労しない馬の上から飽くことなく景色を眺めた。世界は美しい。
ナザリックも見えなくなりしばらく経つとアインズは馬を止めた。
不要だと分かっているがフラミーに両手を伸ばし、そっと馬から下ろしてやる。
未だそこは草原が広がっているが、徐々に木が生えているところも見え、アゼルリシア山脈に随分近付いた。
白いふわふわのシロツメクサがびっしりと咲く場所に座り、昼食にする。
フラミーは持ってきた細長いパンに切れ込みを入れ、ハムや野菜をぎぅぎぅと挟み込んだ。
アインズもツアーに教えられたように焚き火の木を組むと魔法で火を点け、冒険者御用達のパーコレーターに湯を沸かして副料理長から貰ってきた粗挽きの珈琲豆を入れる。
お互いの用意したものを渡し合うと二人はニヒリと笑い合った。
フラミーに妙に懐く、アインズに生み出された筈のパトラッシュがヘッヘッとその前に寄る。
「ふふ。可愛い。」
フラミーは自分のサンドに挟まるハムを取り出すとパトラッシュに一枚やった。
おにぎり君はアインズとフラミーの間に収まり、二人の肘掛になりながら花をはんで食べていた。
「こいつら、本当生み出して良かった…。」
「本当ですねぇ。」
おつむが足りない仔山羊達は守護者感がないと言うのに文句なしの強さだ。
犬を連れた旅に感覚が近い。
食べ終わる頃には二人仔山羊に寄りかかっていつまでも下らない話をした。
これまで知らなかったお互いのリアルでの生活やお気に入りだった液状食料、もう知ったところで意味はないが住所、電話番号、勤め先――。
知らない事がまた一つ減ると、静かなその場所で小鳥のように何度も互いをついばんだ。
人目がない方が照れ臭いのはなぜだろう。
「文香さん、もしまたリアルに行く事が出来るようになったら――その時には何が何でも迎えに行きますから。だから――」
「待ってます。あなたの事、絶対に待ってます。」
そんな日は来ないだろうが、約束は幾つ交わしても良いだろう。
アインズは言いたかった事がすぐに伝わったことに、へらりと表情を緩めた。
また伸びたフラミーの前髪をさらりと分けながら、この人からは何か不思議な魔力のようなものが出ているのではないのかと思う。
この魔力の及ぶ範囲にいると、アインズはもう、どうしようもなく――幸せになるのだ。
「…尊いわ。」
支配者達の挙動を見てアルベドは恍惚の表情を浮かべ鼻血を垂らしていた。
仕事をしながらチラリと見る程度の予定だった為流石に音声まで拾うような真似はしていない。
が、誰も何も手についていない。
「フ…ミーさ…。」
デミウルゴスはパンドラズ・アクターから漏れた声に片眉を上げた。
「パンドラズアクター?」
「何か…?」
こてりと首をかしげる至高の存在の被造物が考えていることは闇に包まれている。
すぐにパンドラズ・アクターは鏡に視線を戻し――鏡の中の支配者の口に合わせるように、何かを小声で呟き続けた。
「…君は何をやっているのかな。」
「いえ。父上の全てを心に留めております。今後父上になる時の参考にしようかと。」
「――そうかい。」
デミウルゴスはしばし影を観察したが、何一つと見破れなかった。
いつの間にかヴィラには全守護者がぎっしりと収まり、全員で鏡をのぞいていた。
「ねぇ、だからさあ。本当にこんな事してて良いの?」
アウラの疑問は最もだが、叡智の悪魔の意見はこうだ。
「仕事は進めているよ。」
「ソウカ。ソレナラバ問題無イナ。」
問題ありだ。
監視は夜になっても続いた。
二人がアゼルリシア山脈を登り始め、
まるで友人の家に集まって映画を鑑賞するような姿だ。
「デミウルゴス、コーラを取りなんし。」
「…自分で取りたまえ…。」
「あ!!ドアが開いたわよ!!」
「…オニギリ君ダ。」
「あ、あの、み、皆さんここで寝るんですか?」
「あたしは今日は寝ない!」
「あ、デミウルゴス様。私にもコーラを。」
「自分で取りたまえ!!」
守護者達は要塞の外観を一晩眺め続けた。