眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#49 出発準備

「モモン。あなた少し頭を下げるのが遅いわよ。」

 番外席次の不愉快そうな声が響く。

「すみません。次は気をつけます。」

「フラミー様に可愛がられてるからって気を緩めない事ね。」

 モモンが吐き捨てられていると、ニグンは笑った。

「ははは。モモン殿は聖典に入っていませんからね。息を合わせるのも難しいことでしょう。それより、モモン殿は普段はこちらに?」

「そう…ですね。はい。普段は一応フラミーさ――まのお側で仕えています。」

「なるほど…羨ましい限りですなぁ。」

 全聖典も誠にその通りと頷いている。

 特にレイナースと番外席次はそれを聞きながら顔を寄せ合い、ヒソヒソと何かを噂している。

「護衛ならあんな雑魚そうな戦士より私の方がよっぽどお役に立てるのに。」

「身の回りのお世話なら男より私のが余程お役に立てるのに。」

 ねーと珍しく意気投合している二人にクレマンティーヌは呆れたような視線を送った。

「…息子同然の男に嫉妬してどーすんだか…。まー何でもいーけど…。ネイア、始まりまで後どのくらい?」

「えっと、後一時間ありません。」

「本気で攻め込めって言われてるし、確認にでも行くかねー。」

「お伴します!」

 二人は墳墓へ向かった。

 漆黒聖典や陽光聖典からも何人かが後を追って来る。

 墳墓の周りには、冒険者だかワーカーチームだか解らない者達が壁を覆う土に上がり、見える範囲の内部確認を、行なっていた。

 

「随分命知らずが集まってんねー。」

 クレマンティーヌの想像を大きく上回る参加者だ。

 二人は正面の門から墓所をうかがった。

「本当ですね。一番参加者が多いのはバハルス州だそうですよ。アーウィンタールから三組、他の小都市からアダマンタイト級冒険者チームが二組です。」

「ん?アーウィンタールから来てる三組はアダマンタイトじゃないわけ?」

「はい。ワーカーチームが二組と、エルニクス州知事から命じられた三騎士が来ているそうです。」

「はーん。ワーカーチームねぇ。元帝国は陛下方のお力を見たことが無い者が多すぎんだろうなー。」

 治めていたのが賢帝だったせいで、あの州で暮らす者は良くも悪くも一度も神々の力を見たことが無い。

「勘違い野郎がいないといいんだけどねー。」

 クレマンティーヌから漏れ出た深い溜息にネイアは本当ですねぇと軽く笑い声を上げ――、友人を見つけた。

「あ、イビルアイさん。それに蒼の薔薇の皆さん!」

 手を振ると蒼の薔薇の面々も手を振り返した。聖王国で共に過ごした貴重な日々がネイアの胸に広がる。

「イビルアイ…私はあいつ嫌ーい。」

「はは、皆さんそう言いますよ。ヴァイシオン評議員を連れて来たって。」

「それが普通の感覚。陛下方のご結婚式にも来てたけど、あいつ自分の立場解ってんのかねー。」

 クレマンティーヌが睨み付けると、蒼の薔薇は慌てたように頭を下げた。

 

「…まだ許されてない…。」

 あれから二年も経つと言うのにイビルアイは神の部隊に未だに嫌われている事に肩を落とした。

「だからよぉ、ツアー様の襲撃は結構根深いんだって。」

「でもツアーはあの黒竜から陛下の事を身を呈して守っていたじゃないか…。」

 誰もが見たはずなのだ。あの空に流れた映像を。

 その後ツアーの死を悼み、自らその手で復活させてくれた。

「それにこの会にも呼ばれているみたいだし…。」

 ふらふらと墳墓の影へ歩いて行ってしまったが、確かにあれはツアーだった。

「まぁな。でもお前もツアー様が陛下と二人になろうとしたらどうする。」

「止める。」

 即答だった。

「…そういう事だよ。お前の中でも根深いんじゃねぇか。対象がイビルアイにまで及んでるだけで皆気持ちは変わんないと思うぜ。」

 納得いきすぎる答えにイビルアイはダァー!と頭を掻きむしった。

 今回海上都市でも無礼を働いていたようだし、十三英雄の地に落ちた評判を取り戻すにはまだまだ掛かりそうだ。

 折角神御自ら直々に手元に置きたいと言って貰えたのだから、周りの者からの評価を上げる様に努めなければ。

 ――神が手元に置くといえば――。

「あ!そうだ!!それよりどうだ、アイツは!!」

 イビルアイはビシッとモモンを指差した。

「…情緒大丈夫か…。しかし、ありゃ確かに強そうだな。難度にしたら百三十ってところか。おい、ラキュース。お前はどう思う。」

 ルクルットを完全に蹴散らしたラキュースは少しだけ疲れたような顔をしていた。

「…そうね。あの身のこなし…、私は難度百四十と読んだわ…。」

「な、難度百四十…?そこまでの化け物戦士か。」

「…お前は難度百五十はあるだろ。そのお前に化け物呼ばわりはされたく無いんじゃねーか。」

 ガガーランはやれやれと空気を吐き出した後、「でも、それより…」と続ける。

「陽光聖典以外は初めて見たが、何ともすげぇ集団だな…。」

「本当ね。モモンが霞むようだわ…。」

 イビルアイも黙って頷き、モモンと話す漆黒聖典だと思われる者達を眺める。

 特に長い黒髪の美青年と、それが羽交い締めにする左右で瞳と髪色が違う乙女は、放つ気配一つで世界が歪んでしまうのではないかとすら思う。

 それ以外はガガーランでも何とかギリギリ渡り合えそうだが、この二名は別格だ。

 すると、一周し終えたのかツアーの鎧が墳墓の陰から現れ――モモン達へ向かって行く。

「…あいつ、聖典にちょっかい出したりしないよな…。」

 が、願い虚しくツアーが何かを言ったような雰囲気を出すと、途端にモモンに羽交い締めにされ引き摺られて行った。

「――………あああああ!!!」

 イビルアイはハゲそうだった。

 ハラハラと二つの鎧の様子を伺っていると、ツアーは顎に手を当て数度頷いた。

 モモンの疲れたという雰囲気がここまで伝わってくる。

「…ま、気長にイメージ回復するしかねぇな。」

 ガガーランが苦笑していると、不意にモモンがこちらを見た。

「お、おい来るぞ!モモンが来るぞ!」

「…イビルアイは怒られるかもな。」

「なんでだ!今回ツアーを呼んだのは私じゃないのに!」

 嫌だ嫌だと錯乱しかけていると、モモンは蒼の薔薇のそばにいた漆黒の剣の面々の前で立ち止まった。

 

「モモンさん!お久しぶりです!」

「ペテルさん、お久しぶりです。お元気そうで。」

 想像した事態に陥らなかったことに蒼の薔薇は安堵した。

 漆黒の剣と仲睦まじく話す様子をしばし眺め、ラキュースは一応同じアダマンタイト級冒険者だし、挨拶しておこうとモモンに話しかけた。

「モモンさん。私は蒼の薔薇の――」

「あ、どうも。アインドラ嬢。それにイビルアイにガガーランも。」

 まるで知り合いのような雰囲気で手を挙げられ、三人は目を見合わせ、すぐにどう言うことか察する。

 無礼な冒険者として名が通っているのかも知れないと。

 イビルアイは悲しげなため息を吐いた。

「…私達はそんなに有名か…会った事もないのに…。」

 あ、と鎧は口に手を当てた。

「あー…――神王陛下より、お噂はかねがね。」

「え?あ!そうか!!」

 イビルアイは土砂降りの中に放り出されたような気分だったが、途端に辺りは快晴の花畑だ。

「そうかそうか!陛下は、私の事をお話しになっただろう!」

「なりました。すごくたくさん聞きました。」

 微妙に棒読みな気がするが、喜びにジタバタするイビルアイの様子からラキュースとガガーランは帰ってきた時の会話を思い出す。

 

+

 

「それでな!!手元に置きたいなんて言って貰っちゃったんだよ!!」

 双子は冷たい視線を送っていた。

「良い夢を見せて貰えたようで何より。」「幻術使いのリトル様は最後にイビルアイに貢献した。」

「な!本当に言って頂いたんだ!この仮面もその為に直して下さったんだぞ!」

「なーイビルアイ。本当にそう言われてたとしてよぉ…。」

「な、なんだよ。」

「手元に置きたいって、お前が吸血鬼だから、人の血を吸わないように監視したいって意味じゃねぇの…。」

 イビルアイは脳天から雷が落ちてきたかと思った。

 一瞬で真っ白な灰になるとよたよたと数歩下がり、皆で買いに行ったお気に入りのソファに倒れた。

「…そ、そんな筈は…。」

「いや…だって、なぁ…?あんまりにも分不相応だろ…?」

 イビルアイの心にグサグサと大量の矢が突き刺さる。

「ッウゥ…。」

「そうよね。それに仮面を直すって事は少なくとも神の地ではなく人の世にいろって事でしょう…?」

「ッッッアアア!」

 一瞬雷撃(ライトニング)を食らったようにビビビッと体を震わせると、頭から湯気を出し始め、イビルアイはブツブツ陛下と言い続けるだけの生き物に成り下がった。

 

+

 

「なぁ、陛下は別に私を危険人物だなんて思っていないよな!?」

 モモンは己の蒐集物であるイビルアイに詰め寄られた。

「危険人物?あぁ。そう言うことか。少しも危険だなんて思ってませんよ。」

 リトルに情報を流すのなんのとエントマと揉めかけた事を気に病んでいるのだろうか。

 イビルアイは憑き物が落ちた様にイヤッホー!と拳を掲げた。

「じゃ、私はこれで。」

 当たり前のようにモモンとも知り合いだと思い込んでいたが、蒼の薔薇とはまだ未接触だったようだ。

 あまりここに長居しているとボロが出る。

 折角コキュートスやテスカ、一郎二郎兄弟に鍛えられた腕を確かめられる良い機会だと言うのにここでバレては最悪だ。

 腕試しの為、完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)ではなく魔法職のまま挑む。

 モモンはもう一度軽く漆黒の剣に手を挙げると颯爽とその場を後にし、ツアーの下に戻った。

 

 赤いマントのかかる背を見送ると、呆れたようにガガーランは口を開いた。

「…おい、イビルアイ。盛り上がってるところ悪りぃんだけどよ。」

「あ?なんだ!私はやはりいつか陛下にお迎え――」

「頂けるとはまだ限らないじゃないの。」

 ラキュースに遮られた言葉に何故!とイビルアイが視線で訴える。

 いつの間にか戻ってきた双子はイビルアイを見てやれやれと首を振った。

「甘い、イビルアイ。」「いつだって甘ちゃん。」

「っく!なんなんだ!お前ら!」

「…まだ気付いてねぇのかよ…。危険人物じゃないだけで、仮面を直して頂いた真意は聞けてないだろ…。」

「ねぇ、考えてみたら…手元に置きたいって…闇の力の下に、つまり貴女の今の体のままで人の世界に――闇を抱いてなお光の中で生きろって言う陛下のいつもの教えなんじゃないの。」

 イビルアイは愕然とし、二人を見つめる。

 当然仮面をかぶっているが、その下の表情は丸わかりだ。

 流石神官の端くれと双子がまた一つ神の教えを見抜いたラキュースに喝采を送る。

「おいおい、お前ちょっと神様に期待しすぎなんじゃねぇのか。」

 ガガーランが墳墓へ視線を送り、釣られるように墳墓を眺めた。

「うわあああああああ!」

 イビルアイの怒鳴り声にも似た絶叫に、蒼の薔薇の面々は笑い声をあげ、モモンはツアーのそばでびくりと背を震わせた。




流石深読み冒険者達…!!
片想いに戻っちゃったね。

次回 #50 よーい、どん!

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