カルネ村から程近く。
まるで神話の世界から取り出してきたかのような見事な装備に身を包む一行がいた。
――漆黒聖典。
人類の守護者達は遠くに見える巨大なゴーレムと、それが投げた巨石の起こす地響きを感じていた。
あの存在こそが漆黒聖典、第七席次・占星千里によって予言された
近くに危機が迫っていない事が分かり、全員が一度戦闘態勢を解いた。
その瞬間――ゴーレムは闇に吸い込まれるように消えていった。
「これは……なんと言うことだ……」
呟いたのは、黒く長い髪にまだ幼さの残る顔立ちの漆黒聖典の第一席次、隊長だ。
その手には玲瓏な鎧とは正反対な、どこか見窄らしさすら感じさせる槍。
それはどちらもかつて神が残したものだ。
隊長は先ほどのゴーレムが
だが、本体が居なければ神の残した力を使うこともできない。
「少しでも情報を得るためにゴーレムのいたと思われる地へ向かうか――投げられた岩の下に向かい、着弾地点の確認に行くか――。どちらにするか……」
隊長が自問するようにつぶやく。
「近いですし、一先ず岩の落ちた方を見に行きますか?」
第五席次・一人師団、クアイエッセ・ハゼイア・クインティアが進言する。
「そうじゃな。あれだけのモノじゃ、恐らく急いでも後から行っても、残った痕跡に変わりはあるまい。」
隊長が返事をするよりも早く応えたのは神の秘宝に身を包む老婆、カイレだった。
「――良いか?」
カイレの問いに、隊長は肩をすくめてみせた。
「それはもちろん。カイレ様がお決めになったのなら。――皆、行くぞ」
鶴の一声で漆黒聖典の向かう先は決まった。
「面をあげ、アインズ様とフラミー様のご威光に触れなさい」
ねじくれた角をいただく女が黒い翼を広げて告げる。
法国の面々が顔を上げれば、カルネ村の者たちが言っていた通り、目の前には闇の神と、それに並ぶように天使が立っていた。
ニグンの話では天使は従属神だと言っていたが、その立ち位置と様をつけて呼ばれている様子から言って神だと思われた。
闇の神は何か言おうとしたが、何も言わない。
黒い翼を持つ女はそれに気付き、辺りを睥睨すると、尻尾を生やした男に何やら伝えた。
『跪きなさい』
男から深みのある声が聞こえたかと思うと、後ろから村人が跪く音が聞こえる。
「すごいね!すごいね!」
「ゴウン様のお仲間なのかな!」
膝を折ることに何の違和感も感じていない村人の興奮が法国の面々にも伝わった。
「アインズ様のお言葉を賜ります」
その言葉を聞き、ごくりと誰もが唾を飲んだ。
それは、当の"アインズ様"本人さえも。
(お言葉を賜る、って、相手が俺に来てくださいってお願いしてくるんじゃなかったのか!?俺が何かを言わなきゃいけないのか!?)
混乱と焦りが最高潮に達すると、アインズは鎮静された。
「――んん。まずは、ニグン・グリッド・ルーインよ。お前の的確な働き、まさしく私の望むものだ。よくぞこの場に私の望む者たちを連れ戻ってくれた」
ニグンは目を見開き、頬を紅潮させて叫ぶ。
「ははぁ!!全ては我が神のため!!」
こわい。端的に言って、アインズはそう感じた。
「うん……。神官長達もよく来てくれたな」
「は。御身がお望みとあらば即座に。よくぞ我らのためご降臨くださいました!」
全員なんとなく暑苦しさを感じる。アインズは本当に神様の立場に居ていいのかと後戻りができないこの状況に早くも尻込みし始めていた。
そもそも単なる会社員に神様になれと言うのは無理があるのではなかろうか。
この名を広めるための手段のはずが、途中で中身が一般庶民であるとバレてしまえば、名前に傷を付ける事になる。
アインズが思考の海に沈んでいきかけると、法国の者たちとアインズのやりとりを見ていたカルネ村の村民達のざわめきがアインズを引き上げた。
「ゴウン様の配下の方達なの……?」「じゃあどうして村を……」「そんな……」「そんなの嫌だよ」「あんまりだよ」「お父さん、お母さん」「やだぁ!」「やだよぉー!!
ざわめきは次第に大きくなり、泣き出す者も見受けられると、アインズはそちらへの言い訳も用意していなかったことに思い至った。
(こ、これ……ほんとにどうすんの?)
フラミーに助けを求めようか悩みに悩み、鎮静されたところで――
『静まりなさい』
デミウルゴスがカルネ村の者達を黙らせた。
アインズはクリアになった思考を回転させ、法国の神様として何と言うべきかを導き出した。
「――カルネ村の村長よ。まずはあの日、現在の世界について多くの事を学ばせてもらった事を感謝する。そして、私の留守中に我が法国が迷惑をかけた事、心よりお詫び申し上げる。この事実は詫びても詫びきれないだろう」
アインズは悲痛な面持ちで地面を見る村人にこれ以上何を言えばいいかわからず、フラミーにちらりと視線を送った。
すると、変わってフラミーが口を開いた。
「村人の皆さん、私達も今回のこの事を見過ごすつもりはありませんよ。安心してくださいね」
村人達の表情は変わらない。
静かにするよう支配の呪言を受けた村人達は、静かにヒソヒソと絶望を口にする。
「安心してねって言われても……」「死んでしまった人たちはもう帰ってこない……」「罰を与えて下さったとしても、それが何になる……」
当然の感想だろう。
呟くような声の絶望が野を支配する。
そんな中、アインズとフラミーが最初に出会った乙女――エンリ・エモットがゆっくりと手を挙げた。
『どうぞ、話して下さい』
フラミーの許可を得ると、エンリは縋るような言葉を紡ぎ出した。
「天使様……。ゴウン様も天使様も……知らなかっただけなんですよね……?ゴウン様は、それに気付いて駆けつけてくださったんですよね……?だ、だって……だってあの時、天使様は『私が遅かったせいで』って、私達の傷を癒して下さったじゃないですか……!!」
涙ながらの言葉に、村人はあの日、確かに命を助けてくれた二人に「もう一度信じさせて欲しい」と目で訴えていた。
だが、応えたのは、法国の神官だった。
「そうです。全ては我ら法国の罪……。神々は何の許可も、指示も出されてはいません……」
その声は震え、今にも泣き出しそうだった。
周りからは神官長様……という囁きが漏れ出ている。
「マクシミリアン・オレイオ・ラギエよ」
突然声をかけられた闇の神官長は神が自分の名前を知っていた事への喜びと、これから来ると思われる叱責に肩を震わせた。
「はい。スルシャーナ様」
「私はスルシャーナではない。アインズ・ウール・ゴウンだ。お前は闇の神官でありながら、私の望まぬことをしたな」
「はい……。しかし、我ら人間はもう……こうする事でしか一つになれないと……そう思ったのです……」
「人が一つになるためになぜ人を殺す」
分かり切っているはずの問いを敢えて投げかける神に、ガゼフ・ストロノーフがいなくなれば王国の崩壊が進む事、王国はもはや腐り切っている事を必死に話した。
「そうなのか、いや。んん。そんなことは分かっている。そうではない。アルベドよ、私の真意を教えてやれ」
アルベドと呼ばれた黒い翼を持つ天使が一歩前へ出た。
「アインズ様は、なぜ自分へ深く救いを求める祈りを捧げず、人を殺して回ったのかと、そうおっしゃっているのです」
確かに、自分達は必死でスルシャーナへ、いや、闇の神殿へ祈りを捧げただろうか。
目の前に存在した従属神に数年に一度謁見し、供物を差し出し、聖歌を捧げるだけの日々に満足していたのではないだろうか。
本当の意味で、神を信じていたのだろうか。
そして、再臨を助けるだけの事をしただろうか。
「申し訳ございませんでした」
もはや謝ることしかできない。
闇の神官長は涙を流し、嗚咽し、謝り続けた。
「アインズ様」
「わかっている、アウラ。お出ましだ」
聖典も神官も村人もその言葉の意味を探ろうとアインズの視線の先を確認するように振り返った。
すると、遠くから馬に乗った複数の人影が見えてきた。
中には強大な力を持つ魔獣、ギガントバジリスクもいるが逃げ出す者はいない。
法国の人間は近付いて来る者達に覚えがあった。
村人はあまりにも非日常的な展開に感覚が麻痺し始めていた。いや、中にはアインズを守りたいと思うものも大勢いたのだ。
近づいて来た集団はまずは村人を見渡し、続いて法国の面々を見渡し、最後にアインズ達をよく見渡した。
徐々にスピードを落とし、一行は馬から飛び降りるようにして近付いて来た。
「最高神官長様!!それに神官長の皆様も!」
「頭が高いぞ!!早く、お前達も!!」そう怒鳴る土の神官長兼聖典長の言葉に慌てて列を作り跪いた。
「良いのだ、レイモン・ザーグ・ローランサン。」
アインズはせっかく覚えた名前なのでとりあえず流れがあれば全員呼んで、アルベド達に暗記した自分の成果を――ちゃんとトップも働いていますよ、というアピールをしたい気持ちでいっぱいだった。
アインズの言葉に法国に連なる者達が頭を下げる。
が、一人だけ――いや、正確には一人と一つだけはそうしなかった。
わなわなと手を震わせ、一歩一歩近付いて来るのは漆黒聖典、第五席次・一人師団。
「クアイエッセ・ハゼイア・クインティアか」
名前を知ってる者が立っていることにアインズは喜びを感じていた。
「スルシャーナ様!!!!」
そう言って駆け出そうとするが、アインズの視線は既にクアイエッセを捉えてはいない。
視線を追うようにクアイエッセはバッと振り返った。
そこには、白金の美しき鎧。
「……スルシャーナ……君なのか……?」
アインズはその鎧を知っている。
「ツアー……」
呟いてしまうと同時にアインズははっと口を押さえた。
つい
きちんとフルネームで呼ぶべきだった。
アインズはここまでうまく行ったのに、と失態に少し落ち込んだ。