眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#51 第一階層 アンデッド

 イビルアイは墳墓を降り始め、妙な悪寒に襲われ続けていた。

 神々の統べる地の防衛点検――それも難度八十から百と鍔迫り合いが出来る者のみを集めた史上最も派手な依頼が、やはりまともな訳がないと言うことか。

 双子を含めた各アダマンタイト級から来ている探知能力に優れた者達が前を行き罠の確認を続ける。

 ――だと言うのに、後に続いている聖典達も当然のように更なる罠の確認をしている。

 

「…すごい光景ね。」

 ラキュースの呟きに頷く。

「今ここにはこの世で一番力が集まっていると言っても過言ではないだろう。気を緩めるな。死なないように注意して下さるとは言っているが、この死の匂い…。死なない方が不思議だ。」

 聖典達が確認に次ぐ確認を行うのも当然だ。

 冒険者を信じているとか信じていないとかそう言う次元の話ではない。

 あまりにもここには死の匂いが漂いすぎている。死の神がいるのだから当たり前と言えば当たり前だが。

 空気が重い。

 辺りにいる者達も空気の重さを感じているようで、皆の呼吸が浅くなっている。

 冥府へ繋がる階段を降りている自覚がどんどん広がっていく。

 

 すると茶化したような、ガガーランの声が響いた。

「しかしイビルアイ。無いとは思うがもしお迎えに来て頂いたらお前はここに暮らすんだろ?せっかくの物件の内見なんだ。隅々までよく見ていけよ。」

 仮面で顔は見えないが、意図的に不敵な笑みを作る。

「そうだな。せっかくだからどこに自室を頂くか吟味させて貰おう。」

 辺りに笑い声が上がる。

 こう言う時には飲まれた者から死んでいくのだ。既に生きて出られると思っている冒険者は皆無。

 全員が感情をコントロールし如何に生き延びるか考え始めた。

 笑いは人を支える。ガガーランは良い女だった。

 ただ、聖典の視線が物理的な力を持って背中に刺さってくる気がするのだけが問題だ――。

 

「冒険者風情が陛下の下に侍るつもり?馬の骨よりも価値のない生き物がよく言うわね。あなた達どうせ直ぐに死ぬでしょ。」

 極寒の台詞に冒険者達は振り返った。白黒女だ。

「――この世のあらゆる者がそれを望んでいるわ。私も頂けるなら陛下のお子を頂きたいもの。」

「そうか。私はお子は――」持てない。既に死した身だ。「とかそう言うことは考えたことは無い。しかし夢を見ることは自由だろう。私はいつか陛下に望んで頂くさ。」

「ふん。何百年かかるかしらね。」

「何百年だって待つさ。」

「そう。死した後に死の騎士(デスナイト)として侍るくらいはできるかもしれないわね。復活を拒否したら昇華させて頂けるわよ。」

 まるで世界の闇を捉え続けたような瞳に、イビルアイは僅かに震えた。

「番外、やめーや。蒼薔薇に絡んだところで何のメリットもねーだろ。それより占星千里より前に出るな。」

 猫のような女と長髪の青年が番外を少し後ろで手招いている。

「ッチ。ここにはまだ何もないって言うのに、弱い者の下に着くのも骨が折れるわね。じゃ、精々生き残る事ね。」

「そうさせて貰うよ。陛下のお顔を拝見するためにもな。」

 歩くスピードを落として聖典の中に消えていく。

 嫌な女だと思ったが――冒険者達の闘志はうなぎ登りだ。

 生き延びる為の消極的な雰囲気から、張り合うような、自分の価値をここで見出そうと言うような侵攻に変わっている。

 神が待つと言う最奥を目指してやると言う地表部の空気にすっかり戻っていた。

 面白い。イビルアイは叱られている様子の女に僅かな感謝を乗せた笑みを送った。

 

「あんたって奴はなんですぐに絡むんかねー。」

「うるさいわ。弱いくせに神の御所に住むなんて言うから注意してやったまでよ。スケルトンの餌にしなかっただけ感謝してほしいわね。」

 クレマンティーヌはやれやれと溜息をついた。

「…スケルトンは餌食わねーだろ。」

 

 それと同時に溜息をつく者が一人。

「番外席次……。」

「あれは盟約の子供か。教育は終わったのかな。」

 モモンは頷いた。

「……あぁ。その通りだ。どうだ。」

 もっとちゃんとやれと言われる気がする。

 モモンはツアーの説教が始まる気配に面倒くさいと二度目の溜息をついた。

 しかし、ツアーの反応はモモンの想像とは違った。

「良いんじゃないかな。」

「何?良いのか?」

「良いんじゃないか?モモンは満足していないのかい。」

「あ、いや。伸び代がまだあるかなと思っていただけだ。一先ずこれで教育は終わっている。」

 そうかそうかと頷く竜王は満足そうだった。

(何がこいつの琴線に触れるのかよくわからんな…。)

 隣を歩くエルヤーは唸るモモンをジッと見た。

「モモン殿はツアー殿との付き合いは長いんですか?」

「ん?あぁ、そうですね。この中では一番長いかもしれません。」

 約束の地で会って以来かと思うと、ツアーとの付き合いは転移二週間程度から始まっている。そう思うと――

「生まれた時から一緒のようなものか…。」

 これがこの世界の幼馴染。モモンは苦笑した。

「…ほう。一層楽しみですね。」

 ウズルスが不敵な笑みを浮かべ自分のチームの中に戻っていく背を見ながら、ツアーは偽りの匂いがしない「生まれた時から一緒」と言う言葉に記憶を刺激される。

 これまですっかり忘れていたと言うのに、力を奪われた日に起きながらに見た不思議な夢をふと思い出したのだ。

 まだ生まれたばかりの様な若く幼い自分に、何の力も持たない人間の子供が名乗るのだ。

 そして、いつか立派な竜王(ドラゴン)になると告げると人間は笑う。

 まるで、全ての竜王が力を失う事を知っているかの様に。

 確か名前は――――いや、思い出せない。

 この存在は時すら操る。

 本当に生まれた時から見られていたのだろうか。

 点在的に未来と過去を覗けるのだろうか。

 だから、初めて会った時に、今と同じ様にツアーと呼びかけてきたとでも言うのか。

 

 ツアーはまるで迷宮に放り出されたような気持ちになった。

「…アインズ。君は何者なんだ…。」

 アインズは小さく、「…モモンさん。」と不愉快そうに答えただけだった。

「そうじゃな――いや、始まるね。」

 思い出した夢と不思議な確信はバラバラに散り、消えた。

 ツアーはつい今さっきまで思い出していた全てが消失するのと同時に腰の剣を引き抜いた。

 殿(しんがり)だというのに誰よりも早い反応を示す。

 まだ事態を飲み込めていないが、ツアーの様子を見た聖典達も武器に手を掛け始めた。

「お前、中々やるな。もしかしてお前一人で十分だったか?」

「僕一人じゃあらゆる力とは言えないね。」

「それもそうだ。」

 ――ここに出てくるのはスケルトンの筈。

 モモンは余裕を持って背の剣に触れた。

 

+

 

「おい!危ない!!」

 イビルアイは"その他チーム"の森妖精(エルフ)に向けて水晶の散弾を飛ばした。

 それまですぐ後ろには聖典達がいたが、冒険者達を追い抜いてさっさと行ってしまったため運良く目に入った。

 森妖精(エルフ)は悲鳴とともに転び、その上に魔法の装備に身を包んだ高位のスケルトンがガタリと倒れた。そして黒い靄になって消える。

「ツアー!守ってやれよ!!」

 余裕を持ってアンデッドを駆逐する友人に思わず叫んだ。

 しかし、イビルアイの熱量とは裏腹に、鎧からは実に涼しい声が返った。

「ん?僕は今回誰も守るつもりはないよ。」

 内心で舌打ちする。死んでも復活させてもらえる約束だが、この森妖精(エルフ)達は恐らく復活を拒否するだろう。待つのは本当の死だ。

 その傍で"竜狩り"も半数が死に既に瓦解している。

「おう、ラキュー!切りがない!ここで立ち往生は避けたいから先に行くからな!!」

 朱の雫――アズス・アインドラから声がかかる。見ればアダマンタイトチーム達はどれももう行きたそうにうずうずしていた。

 次から次へと出てくる高位のアンデッドを着実に葬りながらこちらを伺っている。

「伯父さん、行ってください!」

 一行はラキュースと手を振り合うと通路に広がる深い闇に向かい、同時に剣戟音も遠のいて行った。

「あなた達大丈夫?もう出た方が良いわ。あなた達には着いて来られない。」

 パルパトラも頷き、三人に手を伸ばす。

「わしらはもう出る。おぬしらも一緒に出るとええしゃろう。」

「――私の持ち物を守っていただいた事には感謝しますが、あまり甘やかさないでくださいね。」

 これまでブレインと背を預けあい戦っていたエルヤーから放たれる不愉快な言葉に場の温度が下がる。

「俺たちももう行こうぜ。」

 ガガーランは一刻も早くエルヤーから離れたいような雰囲気だったが、あまり力が分散しては危険だ。

 イビルアイは不愉快だとしても残ってしまった以上奥まで進むならこのチームと別れないのが正解だと思う。

「いや、ツアーと行こう。私達だけじゃ次の階層に辿り着けるかもわからない。」

「ツアー様と一緒なら多分良いところまでいける。」「追加報酬も期待できる。」

 双子もアンデッドを始末すると黒い靄の中で立ち上がった。

 ツアーとモモンの手によってあちらこちらで黒い靄が上がる中、ラキュースも同意とばかりに頷いた。

「皆さん、次の手合いが現れる前に進みましょう。」

 しかし、同意の声が上がる前にゆらりとラキュースの背後に影が立った。

「ラキュース!あぶねぇ!!」

 ガガーランが刺突戦鎚(ウォーピック)を振るうと、それは漆黒の巨大な剣によって止められた。

 ガギンッと金属同士がけたたましい音を立てる。ガガーランの手にはじぃん…と鈍い痛みが走った。

「何すんだ、モモン!」

 これだけの力が加われば、剣は欠けたり折れたりするはずだと言うのに、モモンのグレートソードは刃こぼれ一つしていなかった。

 モモンはラキュースの肩を片手で抱えると凄まじい力で刺突戦鎚(ウォーピック)を払い退け、新手を蹴り飛ばした。

「落ち着いてください。あいつは、疫病爆撃手(ブレイグボンバー)。倒せば爆発します。」

 片手に持っている剣を投擲すると、蹴った疫病爆撃手(ブレイグボンバー)に突き刺さり、ブクブクと体を膨らませ爆発した。

 激しい爆発に森妖精(エルフ)が尻もちをつく。

 しかし、壁や床はまるで傷付く様子はなかった。

「あ、ありがとうございます…。モモン……様…。」

 ラキュースの瞳に映る色にイビルアイは不愉快だったエルヤーの事も忘れニヤリと笑った。

「じゃあ行くか。モモンと(・・・・)ツアーと一緒にな。」

 

+

 

「だっていうのに……結局はぐれてるじゃないかよーー!!!」

 イビルアイの絶叫が響いた。

 蒼の薔薇、ブレイン、三騎士は大量に湧いた死の大魔法使い(エルダーリッチ)から走って逃げていた。

 金属鎧からけたたましい音が上がる。

「モモン様ともう少し一緒にいたかったぁー!」

 こんな状況だと言うのにラキュースには緊張感があまりない。

 ツアーとモモンは本当に誰も守る気が無いようで二人で涼しい顔をしながら狩り、どんどん先に進んで行ってしまった。

 同じく誰も守る気のないエルヤーもうまいことそれに付いていき、見事にパーティーは分裂だ。

 最初にいなくなったパルパトラは人をまとめる力はある程度あったのだろうとその才に拍手を送りたい気分になる。

「とにかくどこかの部屋に入るぞ!一度にアレだけの相手は無理だ!」

 ガガーランが叫ぶと、全員が通路の脇にある扉に次々手をかけるが、どれも鍵がかかっていて開かない。

「イビルアイ!飛んでお前の暮らす部屋を決めてこい!!」

 イビルアイは即座に頷きドアの開く部屋を探し始める。

 すると、三騎士の不動・ナザミが無言で死の大魔法使い(エルダーリッチ)の行く手を塞いだ。

「あ、おい!ナザミお前死ぬぞ!!」

「バジウッド、今は任せるしかないでしょう!」

「…俺もここで足止めするからニンブルは蒼の薔薇と行け!少しは功績残さねぇとまた陛下の頭がさみしくなる!」

「だから陛下呼びはまずいですって!」

「今はそんなこと良いから!!」

 ニンブルは迷ったようだが蒼の薔薇とブレインに必死に追いつき、「見つかったぞ!」と叫ぶイビルアイが示す部屋に駆け込んだ。

 

「はぁ、どうする!アレだけの量の死の大魔法使い(エルダーリッチ)を出されては戦闘どころじゃない!」

 イビルアイは飛んでいたから良いが、全員がぜいぜいと息を切らしている。

「扉から少しづつ迎え入れて叩けば数は減らせるはずだ!」

「そ、それで進めると良いんだけど…。」

 全員が息を整えるようにフーー…と深く空気を吐くと、床に光の紋章が浮かび上がる。

「ま、待て!これは――転移の――――!!」




次回 #52 第二階層 黒棺
当たり前なんだなぁ!
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