眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#53 第三階層 玄室

「ほーう。おんしらよう屍蝋玄室(ここ)まで来んしたね。」

 聖典は守護神を前に丁寧に膝をついた。

「恐れ入ります。何とかここまで来ることができました。」

 応えるは漆黒聖典隊長だ。

 強さという意味では番外席次が妥当だが、あまりこういうタイミングで彼女は喋らない。

 

「こちらではシャルティア様と鉾を交えるのでしょうか。」

「違いんすよ。本来なら手を出すところでありんすが、不在時という想定でありんすからね。おんしらが戦うのは吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)と――この子達。アインズ様とフラミー様が直々に生み出されし可愛い仔山羊。」

 二匹の黒い蕪のような生き物がトテトテとシャルティアの左右に現れた。

「ふふ。可愛いでありんしょう。昨日から配属になったばかりでありんすが、早速使ってみたら(・・・・・・)随分いい子達でありんしたよ。特にアインズ様が生み出したシャチョウは優秀でありんすね。フラミー様の執務(・・)のお手伝いをされる御身のご様子が目に浮かぶようでありんした。」

 仕事の話をしているのに妙に淫靡な笑いに見えるのはここに漂う色が付いたような空気のせいだろう。

 濃密で甘い香りは聖典達の脳みそを揉み込むようにくらくらさせた。

 仔山羊達はメェェェェと嬉しそうな鳴き声を上げている。

 これは確か人の恨みつらみを肩代わりさせる為に神より生み出される妖精のようなものだ。

 かつてエ・ランテルで王国民の恨みの塊として巨大なものが生み出されていた。

 

 聖典達は何となくそんな子山羊を切る事に躊躇してしまう。

「さぁ、やりんすぇ。エルビス、シャチョウ。行きなんし。」

「メェェェェェェ!」「メェェェェ!!」

 あまりにも可愛らしいばかりの小さな生き物に、第九席次・神領縛鎖が捕縛の魔法をかけようと手を伸ばした。

「え?」

 何かが手を撫でたと思い、視線を落とすと――そこには何もなかった。

 腕がドチャリと床に落ちる。

「ッ!!」

 しかし、無様に叫ぶほど弱くはない。

 神領縛鎖は相手の力量の読み違いにダラダラと汗をかいていると、陽光聖典達から回復魔法が飛ぶ。

 腕は後で神が治してくれるはず。今は使い物にならない自分がこんな前にいてはいけない。

 神領縛鎖は膝をつく事もせず、痛みが引き始めた腕を振って邪魔にならないところに向かって駆け出した。

 隊長はその背を追うように伸びた二撃目を止めるため前に出る。

「ッグ!!」

 柔らかそうな触手を止めたというのに、辺りにはまるで金属同士が打ち鳴らされたかのような音が響いた。

「――流石は陛下方の被造物!!」

「全くでありんすね。」

 その傍で陽光聖典と吸血鬼の花嫁(ヴァンパイアブライド)の戦いが始まると、シャルティアは実に楽しげに笑った。

「さぁ、眺めておりんせんでエルビスもやりなんし。シャチョウ一人じゃ苦しいかもしれんせん。」

 これまで一匹しか動いていなかった仔山羊は、もう一匹もピョンと一度跳ねると鳴き声を上げた。

 二匹相手はとても無理だ。

 隊長は番外席次に視線を送ろうとしかけ、仔山羊に弾かれた。

 壁に背を強打すると、なんたる重さと血反吐を吐く。

 

「あんたは所詮厩戸がお似合いよ。来なさい。しゃちょう、えるびす。」

 番外席次の不敵な笑みに誘われてシャチョウとエルビスは突進した。

「スゥーー…。」

 相手はおそらく自分よりも強者。番外席次は神経を研ぎ澄ませる。

 戦鎌(ウォーサイズ)を振りかぶり一匹へ向かって袈裟懸けに振り下ろす。

 二匹の触手によってそれは完全に止められると、玄室全体が揺れたようにすら感じる衝撃波が広がる。

 まるで自分の片割れを守るとでも言うように仔山羊達は触手を絡ませ合いながら、空いている触手を振るう。

 戦鎌(ウォーサイズ)は掴まれ、これを無理に取り返そうとでもすれば一瞬で首が跳ね上がるだろう。

 振るわれる触手が迫る中、そんな姿を幻視した瞬間番外席次はすぐ様戦鎌(ウォーサイズ)から手を離した。

 避けきれないなら受け身を取るまで――。

 番外席次は腕を顔の前でクロスさせるように組むと、体の力を抜いて後ろに跳躍する。その瞬間ガンっと激しい衝撃を感じ、目にも止まらないようなスピードで迫った触手に吹き飛ばされた。

 後ろに向かってダメージを逃したお陰で大した痛みは感じない。

 しかし、武器はもうない。

 守護神の前で無様な姿は見せられない。

 番外席次が顔の前で組んでいた両手を下ろすとキラリと二本の輝きが視界に入り、ニヤリと笑った。

 輝き――スティレットを受け取る。

「クインティア!あなた戦う気ないんじゃないの!」

「解ってんじゃーん!」

 自分の隊の隊長から届いたスティレットを握り直すと番外席次は再び駆けた。

「…今のうちに行くよ。」

「番外席次は置いていくの!?」

「役に立てると思うならレーナースは残りな。私はあんな化け物とはごめんだね。」

 漆黒聖典達は既にそのつもりのようで隊長を回復して館の先を目指そうとしていた。

 道は分からないがこの館の外には何もなかったのだから、この先へ向かうしかない。

 

 ――メェェェェェェエエ!!

 

 しかし、番外席次一人では止められて一匹。

 逃げようとする物を追う性質でもあるのか、止めきれていない仔山羊は狂ったように漆黒聖典へ向かった。

「っち、これじゃ無理か!」

 クレマンティーヌがニグンに視線を送ると、ニグンは分かっているとでも言うように叫んだ。

「B班!吸血鬼の花嫁(ヴァンパイアブライド)と矛を交えていない天使を走らせろ!!」

 漆黒聖典と真反対の方向へ天使達が向かい出すと、仔山羊は手近な所にいた漆黒聖典数名の足だけ砕いて天使へ向かって疾走した。

「ニグン、さんきゅー!おっ先にー!」

 クレマンティーヌが軽口を叩いて部下二人と共に駆け出す。

 ニグンが呆れたような顔をしたのをクレマンティーヌは捉え――その瞬間キュッと肩を鳴らして立ち止まると、レイナースとネイアの頭を押さえつけるようにしゃがんだ。

 

 三人の頭上を番外席次が吹き飛んだ。

「っつぅ……。」

「おいおい、あんたに止められないんじゃもう本当に――!」

 クレマンティーヌはその時見た。

 番外席次が止めていた仔山羊によって漆黒聖典が――、天使を追ったと思った仔山羊と吸血鬼の花嫁(ヴァンパイアブライド)によって陽光聖典が――、蹂躙されていく様を。

 

 これは、無理だ。

 

「あぁぁぁはっはっはぁ!!いいねぇぇぇぇええ!!」

 シャルティアは聞いたこともない声を上げるとその頭の上に血の球を作り出していた。

「シ…シャルティア様!?」

 慈悲深く、旧竜王国(ブラックスケイル)の民を救ったという乙女は――聖典の血を前にゲタゲタと笑い声を上げていた。

 吸血鬼の花嫁(ヴァンパイアブライド)も嬉しそうに笑うと、瀕死の陽光聖典を踏みつけた。

「デザァァァアトもあるしねぇぇえぇえ!!」

 大口を開けて叫ぶと、跳躍――。

 手を一閃し、陽光聖典の手首から噴き上がる血を、蕩けるような瞳で見つめ嬉しそうに舐め上げた。

 するとゴチンと痛そうな音が響く。

「っあ"ぁ"!?」

「シャルティア。君は何をやっているんだね。」

 その涼しげな声は「――で、でみうるごす…。」

「全く。フラミー様がご覧になってる前で恥をかかせないでくれるかな。守護者は手を出さないと言う御身のご指示を完全に無視して。」

「あ………ぁぁぁぁ!アインズ様に叱られるぅぅ……!」

 頭に大きなタンコブを作り、シャルティアは頭を抱えた。

 後悔してももはやこの悪魔がここに来てしまった以上遅すぎる。

「エルビス、シャチョウ。そのくらいにしておきたまえ。聖典はここまでだ。」

 二匹はまるで手をつなぐように触手を絡ませ合いデミウルゴスの下に寄ると幸せの鳴き声をあげた。

「…なんと可愛らしい。君達を殺してしまうように提案した事は本当に間違いでしたね。さぁ、ペストーニャ。聖典を。」

 闇からヌッと顔を出したのは人間の体に犬の頭部を持つメイドだった。

「はい。あ、ワン!」

 ペストーニャは瀕死の聖典達を回復して回った。

「おや?紫黒聖典(デザート)はまだ無力化されていませんでしたね。まだ来るには早かったかな。」

 クレマンティーヌは馴染みの守護神に瞳を覗き込まれ、ヒィッと絞り出すような悲鳴をあげた。

「ギ、ギブです!!」

「そうかい?別にまだ続けても良いんだけどね。」

 悪夢のような光景を目にした四人はブンブン顔を振った。

(と、とらうまぁ…。)

 四人は守護神とは優しいだけの存在ではないと確信し、震えた。

 

+

 

「シャルティアの玄室のバッドステータスの中では結構よくやったんじゃないですか?」

「本当ですわね。番外席次は九十レベル程度という話でしたが、砂漠でもしかしたら多少レベルが上がっている可能性もあります。後でアウラに確認させましょう。」

 ぐちゃぐちゃのビルドの九十レベルの癖に、ユグドラシルの最強ビルドの九十レベルの仔山羊を少しでも止めたのは賞賛に値するだろう。

 思わぬ収穫だとアルベドは嬉しそうだ。

「アインズ様に一応ご報告いたしますわ!」

「そうですね、お願いします!」

 アルベドが翼を羽ばたかせながら、浮かび上がりそうになりつつ伝言(メッセージ)を送る横で、フラミーはあくびをすると立ち上がった。

「ふふ。アインズさん、着実に罠に向かってる。」

 アインズがすぐにでも訪れるであろう円形闘技場(アンフィテアトルム)に向かって歩き出すとこめかみに手を当てた。

 

「あ、私です。コキュートス君。多分もう第五階層に点検隊は来ないので、良かったら第六階層に来てください。これから皆も呼びます。」

 伝言(メッセージ)の向こうの武人は心底残念そうな声を上げた。




確かに仔山羊達は大きかったからこれまで配置出来なかったけど、二匹づつくらい各階層に配ると良いかもしれませんね!
あ、でも第七階層と第五階層は暑かったり寒かったりで暮らせないのか…。

次回 #54 第六階層 アンフィテアトルム

シャチョウ、触り心地が革張りの社長椅子っぽかったらしいですよ。

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