「ここは――いつもの場所かな?」
「あぁ。やはりお前レベルの者がいると来れてしまうものだな。勿論内部構造が分かっている私が居て、尚且つ守護者が一人も動かないと言う条件は付くが。」
モモンとツアーは
内部構造がわかっているのはズルいかも知れないが、誰かが外でプレイヤーに囚われ記憶を覗かれて侵入される可能性もなきにしもあらず。これは訓練の内としてきちんと前向きに受け止めなければいけない課題だろう。
「ここが最奥ですか?」
――ちゃっかり付いてきたエルヤーの疑問が届く。そこには兎に角走り続けた
内部構造を知る者への対策訓練をしたとは言え、弱者にここまでのルートを知られたままにしておくのは危険だ。モモンは後でこの男から内部構造の記憶の消去をしようと決めた。
「いえ。ここはまだ最奥ではありませんが――」
闘技場へ続く門がけたたましい音を立てて上がるのをちらりとみてからモモンは続けた。
「――恐らくツアー以外にとっては最奥になります。」
「…つまり、ツアー殿レベルでなければ勝てない相手がいると。」
エルヤーは挑戦的な目でツアーを捉えた。
ここまで共に戦ってきて、モモンは自分と互角か、わずかに上だと踏んだが、ツアーはよく分からなかった。いつもモモンと背を預けあい戦っているといつの間にか戦いを終えている。しかし、モモンに対し強者への敬意を感じる以上やはり自分と互角程度だろうか。
「面白いですね。ここは私が出ても?」
モモンはツアーと軽く頷いた。
「もちろん。どうぞ。」
三人の剣士と三人の奴隷は踏み出した。
薄暗い通路を抜け、闘技場に出るとそこには晴天が広がっていた。エルヤーはそこで初めてここが地上だと気付いた。
「モモン殿、ここはどこですか?」
「ここはナザリック地下大墳墓、第六階層の
「……地下?」
空を見上げた。すると、天にキラリとなにかが光った。
「モモンさーん!」
「あは!フラミーさん!」
モモンは女神を見るや否や数歩走って両腕をいっぱいに空に伸ばし、女神はその中に飛び込んだ。親子にしては濃厚すぎる接触ではないだろうか。
どうもきな臭い。しかし、それも仕方がない事かも知れない。
なんと言っても女神は――「穢らわしい耳長ですね。」
エルヤーは吐き捨てた。女神の神話は一つも目を通したことがない。はっきり言って興味など欠片もないのだ。
そして世界は闇に閉ざされた。鉛のプールに落とされたように重苦しい空気がエルヤーの身の回りを包み、激しい圧力に膝を降りそうになる。
あまりの衝撃に驚き空を仰いだ。
(――気のせいか。)
空は未だ輝くように晴れ渡ったままなのだから。
一度落ち着かなければ。フーと体の中の全ての空気を一度送り出し、清々しいほどに新鮮な空気を取り込む。
脳の隅々までリフレッシュしたようだ。しかし、一瞬で大量にかいた冷や汗がべたりと身体中に残った。
すると、空からは更に黄色い竜が現れた。
「――難度百とはこういう事ですね。」
先ほどの
(私はそんな雑魚とは違うんでね。)
フンと不敵な笑いをこぼし、ちらりと
「おい。あれはなんという竜だ。」
「す、すい、すいません…。わ、私の知らない竜です…。」
「ッチ。役立たずが。」
相変わらず何の役にも立たない
地に倒れこみ、出血箇所を抑えてむせながら泣く姿に充足感を覚えた。
この数時間、モモンとツアーからは自分に強者への敬意はまるで向けられていない。特にツアーには常に見下ろすような態度を取られ続けている。
他の
この竜がかつて竜狩りのパルパトラが倒した緑竜と同等かそれ以上の竜である事を強く望んでしまう。
エルヤーはこれまで様々な魔獣を相手取って来た。これが集大成になるかも知れない。
眼前の黄色い竜の見事な鱗で自身を彩る様を想像し、恍惚の表情を作った。
「モモン殿、ツアー殿。この私の戦いをしかと目に焼き付け、後で地上で評判を高めてくださいね!」
「貴様如きに倒せたらな。」
「面白いことを言う人間だね。」
モモンからの一言に顔を歪め刀に手をかける。そしてツアーが亜人か何かだと言うことに今気が付いた。
――なんと不愉快な。
人間の自分へとって許される態度ではない。
エルヤーは一気に刀を鞘から引き出すと竜に向かって駆け出す。
「ッチェイ!!」
両手で刀を持ち振り上げ――「――っぁば!?」
何が起きたのかも分からないまま、いつの間にか肩には大穴が開いていた。
まるで空間そのものが抉り取られたような一瞬の攻撃。しかし、急所は外されている。
激痛に血を吐き、口の端には赤く泡立った唾液が浮かぶ。
「おい!!何やってんだ!!奴隷ども!!さっさと回復しろ!!」
しかし、癒し切れない。
エルヤーの視線は癒しの女神へ向かう。
「お前もだ!!早くしろォ!!」
「え?あ、私もです?<
途端に肩から痛みは一切なくなっていた。失われた血すら取り戻したようだった。
非力そうだがそこだけは役に立つようだ。
「くそやろう……。」
「……不敬よ。」
「な、喋れる竜か。ふふ。じゃあ間違いなくパルパトラの竜より格上だな。」
「殺さないように手加減をと仰せつかっているけれど、やめたわ。」
「そういうのはこれを見てからにしてもらいましょう。獣とは違って戦士には武技というものがあるんですよ!」
痛みも完全に消え、エルヤーは再び闘志に燃えた。
「武技!<能力向上>、<能力超向上>――そして、<縮地改>!」
自慢の武技達だ。
本来<能力超向上>はエルヤーのレベルでは使えないが――(それを習得できるからこそ天才!!俺はやはり、強い!!)
先程は近寄り方が悪かった。
今度は一気に竜へ肉薄し更なる武技を発動する。
「<空斬>!!」
輝く斬撃が空を切りながら竜へ向かう。
(反応もし切れまい!!)
竜がそれに気を取られている間に接近戦で急所を叩けば確実に勝てる。
エルヤーは頸動脈へ向かって思い切り刀を振り下ろした。
そして――「ぃギャァああぁぁああ!!!」
刀を握った両腕が、まるで水の入った袋を落としたようにドシャリと言う音を立てて後方に落ちた。
「う、うで!うでぇぇええ!!ちゆだ!ちゆをよこせぇ!!」
奴隷達の瞳には酷薄なものが浮かび、動く様子がない。
あとで三人とも殺すと決め、耳長女神の方へ視線を送る。
「ちゆだあああ!!」
耳長は寄って来ると回復魔法をかけ、腕は癒えた。
立ったまま覗き込んでくる。
――こんな生き物に上から見られるなんて。
「もうお終いにした方が良いですよ。カキンちゃんは強いですし、私達も協力してくれる点検隊の皆さんを殺したい訳じゃないですから。ここまで来たのは凄いですけど、あなたじゃ勝てないです。」
「チィ!!治癒しか脳のない耳長の癖に偉そうな事を言うな!!」
目障りだ。人間の神じゃない癖に。
もう竜と戦いたくて堪らないと言うようにしているモモンがツアーに取り押さえられている。
一撃でも竜にお見舞いしなければ納得行かない。
エルヤーは起き上がり様自分を見下ろしていた耳長女神の腹へ蹴りを入れた。いつも奴隷達にやっているのとは違って本気ではない。
――離れろと言う意思表示程度。
――転ばせてやると言うちょっぴり意地悪な考え。
しかし、ひ弱な筈の耳長はぴくりとも動かなかった。
まるで大地そのものに足を付けたかのような――。
「クゥ、クズがぁぁあぁあぁああ!!!」
突如モモンから放たれた、津波のような感情に思わず数歩後退し、ぺたりと尻餅をついた。
憤怒だ。怒りがまるで物理的な重みを持って襲ってくる様だった。
「今のは良くないね。君が悪いよ。」
穏やかな口調とは裏腹に、ツアーからも怒りを感じる。
「はぁ、落ち着いてくれ。僕が始末するからとにかく君は落ち着くんだ、モモン。」
モモンはまるで深呼吸をするかのように何度も肩を動かし、激しく言葉を続ける。
「黙れツアァァ!!こいつは俺のぉ!!俺の最も大切な
永遠に続くような怒りの波動は、ふと突然消滅した。
激しく燃え盛っていた炎が海に落とされたかのように一瞬で消え去った。
あまりに異様なモモンの様子に巨大な杭を打ち込まれたかのようにエルヤーは呆然と固まり続けた。
「――常闇と違って利用価値もないと言うところが更に不快だな。」
「そうだね。ともかく落ち着いてくれて嬉しいよ。」
「チッ、好きで落ち着いたと思うか。――来なさい。」
モモンは女神を引っ張り寄せかき抱き、一瞬信じられないほど優しい声を出した。
「…痛くない?」
「痛くないですよ。」
数度女神の頭を撫でるとモモンは剣を抜いた。
「おい、貴様立て。」
見えている体の何百倍も大きくなったように感じる相手を睨みつけながら、エルヤーは立ち上がった。
「…そんな耳長に育てられたなど恥ずかしくないんですかねぇ。」
「無駄口叩けんようにしてくれるわ。クズが。」
途端に眼前に迫った漆黒の鎧に一瞬圧倒されかけるが力量はそう離れていないはず。
猛烈なスピードで大上段から繰り出されてくる大剣を刀の背で撫でるように受け流す。
キィーーッと不快な音が鳴り響きながら剣が滑って行き、軽く弾くとエルヤーはスゥッと息を吸い敢えて懐の中へ飛び込んだ。
これだけ大きな剣を使っていれば胸の中こそが弱点だ。
髪がわずかに持っていかれるが気にせずに懐剣を取り出し――腹部分の装甲の薄そうなところへ目星をつける。
(――ここだ!!)
エルヤーは懐剣をその場所に差し込もうと全ての力を腕に集める。
――入った、そう思った瞬間とても人間では出し得ない速度で腹に蹴りを食らう。
弾き飛ばされるように無様に転がり、胃の内容物を吐き出した。
「ッウグぇぅぅ!!」
サッと口元を拭き、すぐ様顔を上げるとモモンがビッと手を振り――そこには人間の神がいた。
女神の元に戻るとその身を抱き上げた。
「蹴ったところで仕返しにもならんな。お遊びは終わりだ。」
「――へいか…。」
何が起こっているのか分からないが、戦う意思を感じなくなった事で緊張が解かれる。
周りの様子を気にする余裕ができたエルヤーは、自分の周りにいつの間にか大量の守護神が立っていたことに気が付いた。
「アインズ様。フラミー様。この者は如何いたしますか?」
「アルベドよ。お前は言われなければ解らんのか。」
その声は抑えきれない怒りに沸々と煮え繰り返っているようだった。
「全てだ。このナザリックにある全ての苦痛を与えろ。何年掛かっても構わん。その後は餓食孤蟲王にくれてやれ。」
言葉の意味を理解するとエルヤーは急ぎ立ち上がり、弁明を始める。
「陛下、私は陛下の下にいたスルシャーナ様の教えを――」
「黙りんせぇ。許可なく喋りんせんでくんなまし。」
ふと目の前に何かが通った気がした。
――あまりの痛みに意識を失いそうになり、再び地に膝をついた。
まるで顔が雷に撃たれたかのような、熱した油をかけられたような、猛烈な痛み。
エルヤーは鼻から下の顔部分がごっそり無くなっていた。
剣の腕を高める為に否応無しに様々な痛みを経験して来たが、生まれてからこれまで一度たりとも経験したことのない痛みだ。
喉の前方も失われている為叫ぶ事も出来ないまま、痛みに任せ意識を手放そうとした瞬間、顔は癒された。
「あ、あの、そんな、寝ちゃうなんて、だ、ダメです!」
ハッと顔中と首をよく触って己の無事を確かめ前を見ると、耳長の双子、耳長のメガネ。
エルヤーの目には、あまりの忌々しさと悔しさから涙が浮かんでいた。
急ぎ地表へ行ける帰還書を取り出そうとすると、ザリっと磨かれた革靴が音を立てる。
『何もするな。』
その声を聞くと体は凍り付いたように動かなくなった。
「さて、では楽しんで頂きましょうか。」
言葉とは裏腹に冷徹な響きのある声を発した耳長のメガネの額には大量の青筋が浮かび上がり、ピクピクと震えていた。
ガチガチと歯が音を立て始める。
ここにいる誰にも決して指一本触れることは出来ないと本能が悟る。
どこから間違っていたのか解らないまま、震えているとコバルトブルーの守護神に軽々と持ち上げられた。
「デハマズ、氷結牢獄カラ。」
「あぁ。どこからでも良いぞ。時間はたっぷりある。」
その後エルヤーを見た者はいない。
ツアーはコキュートスの背を見送りながら、また随分と命知らずな者がいた物だと溜息をついた。
「まったく…君は国民にもう少し自分達の力を解らせた方がいいんじゃないかな。今は力を知る世代がいるけれど、いつかそう言う世代が皆死に、新しい世代が今みたいに君達をよく分かっていない可能性もある。」
「解っている。そのために全入制の小学校を作ったんだ。こっちだって好きでフラミーさんに手を上げさせるか。」
アインズはフラミーを横抱きにして顔を顔に擦り付けていた。こうしているとまるっきり子供だ。
「むしろ今の世代が最も解っていない、と言うことかい。」
ツアーはフラミーの腹にわずかに土ぼこりが付いているのを見咎め手を伸ばした。
するとアインズは威嚇するような顔をした後足を一歩引いた。
「何もしやしない。汚れているだけだよ。」
どうも信用されていないなと思いながら、フラミーの腹を払う。
「あ、ありがとうございます。」
すると、ツアーの鎧はピタリと止まった。
「……フラミー、君は…。」
鎧の手をそっと腹に乗せた。
小さい。小さすぎるがこの力は――「ツアー。」
ツアーは自分の名を呼びゆっくりと顔を左右に振るアインズを見た。