眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#55 第十階層 玉座の間

 何かを察したツアーにアインズは首を振った。

「…わかったよ。」

「頼む。」

 二人は頷き合った。

 アルベドとデミウルゴスを除く守護者達が首を傾げる中、アインズは大袈裟な咳払いをした。

「さぁ侵攻訓練の続きと行こうじゃないか。ツアーはここから一人で侵攻を続けてくれ。」

君の趣味(モモン)はもう良いのかな。」

「あぁ。フラミーさんと眺めさせてもらうよ。それから、悪いがここからは守護者を出させてくれ。」

「構わないとも。ただ、手加減はするけれど何かあっても恨まないでくれるね。」

「そうなる前に止めるから気にするな。お前はいつも通り挑め。」

 守護者の本気の戦いを見るにはアインズがいない方が良いだろう。

「アインズ様、出すのは双子でよろしいでしょうか。」

 アルベドからの確認にアインズは頷いた。

「私もそう思っていた。アウラとマーレの参戦を許す。後の者は観戦だ。仮想敵としてこれ以上の相手はいない。皆よく学びなさい。」

 そして双子を手招く。

「アウラ、マーレ。訓練だと思わず全てを賭け、本気でかかりなさい。苦戦はするだろうが、レベル的にも編成的にも勝てない相手じゃない。」

「わかりました!壊してやりますよ!」

「あ、あの、僕も、その、頑張ります!!」

 

 双子はやる気に満ちた顔をするとそれぞれ鞭と杖を手にカキンの左右に立ち、ツアーと向き合った。

「アインズ様。戦闘の余波が来てはいけません。フラミー様と共にあちらへお上がりください。」

 丁寧に頭を下げるデミウルゴスは尻尾が左右に揺れていた。

 貴賓席まで上がる頃には、ツアーと双子達、カキンの間から漂うものは本気の殺意へと変わっていた。

「…あれ大丈夫なんですか?」

 竜王から垂れ流される気迫はフラミーの背を震わせるには十分すぎた。

「いや、大丈夫じゃないでしょうね。双子とカキンには多分ツアーは倒せない。」

「じゃあ…守護者増やします…?」

 言葉の意味を探るようにフラミーがアインズを見上げると、アインズは首を左右に振っていた。

 戦いが始まるとツアーの始原の魔法によって生み出された剣は双子の服を容易に切り裂き、マーレの回復がひたすらに飛び始めた。

 着実に鎧が二人を下し始めるとアインズは側で様子を見ている守護者達に振り返りもせずに語りかけた。

 

「お前達はあれをどう見る。私は始原の魔法を使わずともフラミーさんと揃えばツアーを下そう。あの二人も、百レベルだが私達と何が違うと思う。」

 

「武器や装備の質の違いでありんすか?」

 シャルティアの言を受けると闘技場へ向けて顎をしゃくった。

「…もっと良く考えろ。始原の魔法によって生み出される武器の前では私の神話級(ゴッズ)アイテムですら紙以下だ。」

「では、連携でしょうか。」

 アルベドの言葉に首を振って見せる。この二人以上に互いの性能や動きを分かり合っている守護者は居ないだろう。

 すると、デミウルゴスは指を立てた。

「超位魔法。これを我々は持ちません。」

 アインズは再び首を振る。

「超位魔法はたしかに強力だが、それを使わずとも――時間はかかるだろうがお前達を引きずっていたとしても私達は鎧のツアーに勝つ。よく見なさい。この戦い、何かがおかしいと思わないか。」

 

 コキュートスはしばし戦う三人の様子を眺めると口を開いた。

「マーレガ範囲魔法ヲ使ッテイマセン。」

「そうだ。何故マーレは得意とする筈の範囲魔法を使わないと思う。」

「御方々ガ生ミ出サレタ、御方々ノ所有物デアルナザリックノ物ヲ傷付ケル訳ニハ行カナイ為カト。」

 

「そうだな。私もそう思っているんだろうと思う。もし私とフラミーさんがあれと戦うときは例えそれがナザリック内だとしても、エ・ランテルであったとしても排除の為なら容赦なく破壊し利用できる物は利用するだろう。この差は決定的だ。あれ程の力を持つ相手を前に建造物の破壊を躊躇えば殺されるだけだ。ナザリックはギルド武器(スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を壊されない限りどうとでもなる。ここはただの入れ物に過ぎない。お前達もよく覚えておきなさい。」

 

 アルベドは双子を庇うように優しい声を出した。

「アインズ様。そうは仰っても、これは訓練ですし――」

「アルベド…私は本気でやれと二人に言った。本気の防衛点検の為にエリュエンティウから殆ど全ての金貨を回収して来たとも私は以前話した筈だぞ。ツアーはこの場所にある程度の敬意を払っているし、双子に手心を加えているが、プレイヤーが来れば絶対にこんな甘い戦いにはならん。」

 フラミーがアインズをつつくと、怒ってませんよ、とアインズは微笑んで見せた。

 守護者はこれまでアインズの中で保護の対象だったが、今後は共に戦えると思えるレベルまで成長してもらう事は必須だろう。

 肝心なタイミングでナザリックの物の破壊を恐れて力を加減するような事があってはいけない。

 

「お前達が何を護る為にここにいるのか私達に教えてくれ。」

 責めるような口調ではなく、互いの存在の確認の様な、どこか優しさすら感じさせる柔らかさでアインズは尋ねた。

「御方々をお護りする為です。」

 守護者達はアルベドの返答に合わせ頷いた。

「では侵入者撃退のためには手段を選ぶ必要はない。竜のツアーは――いや、本気で挑んでくるプレイヤーはこんなものではないのだから。」

 守護者達の真剣な瞳に映る双子とツアーの戦いは限界を迎え、アインズはそこまでだと叫んだ。

 フラミーが闘技場へ降りて双子とカキンを回復に行くと、アインズは控える叡智の悪魔に振り向いた。

「デミウルゴス、一人だけ選べ。次はお前の階層だ。」

「…では、アルベドを。」

 リアリストだなとアインズは笑った。

 意思疎通力、火力を取るならコキュートスだ。

 しかしコキュートスは指輪を持たないし、ここまで敵が来ているなら残るのはアルベドのみ。

 デミウルゴスとアルベドは短く言葉を交わし七階層へ飛んだ。

「ツアー!次へ降りるぞ。」

 傷付き歪んだ鎧はまだやるのかいと苦笑を漏らして闘技場からアインズを見上げた。

 双子はアインズに注意を受けながら悔しい、もう一度やらせてくれと泣いた。

 しかし「全てを理解したお前達が勝てる事はとっくに分かっている」と笑う支配者に、双子は涙を拭くと次は必ずここで止めて見せると誓った。

 

 その後ツアーは第七階層に踏み入れたが、三魔将とデミウルゴス、アルベドに叩かれ、鎧の完全破壊と溶解を恐れ音を上げた。

 七階層は火山が一つ半壊し、溶岩が流れ出していた。

「…アインズ、僕は報酬はいらないと言ったが――」

「解っている。鎧はこちらで直して返そう。悪かったな。」

 今にも崩れそうな鎧を立たせる後ろには既に回復された悪魔二人がいた。

「アルベド、デミウルゴス。」

 傷は治っても裂かれた装備は直らず、戦いの凄まじさを物語っていた。

「よくやったな。」

 二人は支配者の言葉に深く頭を下げ、わずかに震えた。

 

 一方宝物殿で金貨の動きを見ていたパンドラズ・アクターは叫んでいた。

 

+

 

「こ、ここが…。」

 イビルアイ達点検隊と、荷物番をしていた冒険者達は報酬の支払いを受けるため鏡を潜った。

 その先は五メートルはあるだろうかと言う高い天井が美しい円形の前室。

 目の前には生と死が審判を下さんとするような模様が描かれた荘厳な扉――。

 この扉がなければこの場所が前室だとは思いもしないだろう。

 王の玉座だと言われても何の違和感もない程の前室には十人が腕を広げて並んでも尚足りないような大きなオシャシンが飾られていた。

「すごい…。これがナザリック…。」

 さっきまで点検に潜っていた場所とのあまりの違いに――いや、潜っていたところも素晴らしい作りではあったが――点検隊達は口を開けて辺りを見渡した。

 もう二度とこんなものは見られないだろうと皆が全てを目に焼き付けようと必死だ。

 暫しそうしていると、後ろからボロボロの白金の鎧が足を引きずるように現れ、聖典達は騒然とした。

「お、おい!ツアー!お前大丈夫か!?」

「大丈夫だよ。アインズが直してくれると約束してくれたからね。」

 痛みがないと分かっていてもあまりの様子に心配せずには居られない。

 蒼の薔薇の仲間達も口々にツアーを案ずる声を上げた。

 そして、その後ろには不愉快な男が連れていた奴隷森妖精(エルフ)が三人。

 持ち主はいないようだ。

 

「ツアーはあのウズルスとか言うやつと最後まで一緒だったのか?モモンは一緒じゃないみたいだが。」

「あぁ。あの人間はアインズが罰すると言ってコキュートス君がどこかに連れて行った。許さないそうだよ。」

 周りで歓声じみた声が上がる。

 イビルアイも流石神はきちんとしているとまた何段階も評価を上げた。

「それからモモンは――まぁ、なんと言うか帰ったよ。」

「帰った?あぁ。あいつはここが家だもんな。どうだった?強かったか?」

モモンは(・・・・)まぁまぁだね。」

「ふむ。やはりそうか。」

 イビルアイがうんうんと頷くと、ラキュースに小突かれた。

「イビルアイ、あなたモモン様が弱い方がいいの?」

「別にそんなことはない。ただ光神陛下の偉業を自分のことのように語らせたままにしておく姿勢が嫌いなだけだ。」

「…モモン様はそんなんじゃないわよ。」

 ラキュースがモモン様モモン様と言っているのを聞くとガガーランは「俺も恋とかしてみてぇなぁ」と呟いた。

「あ、ラキュース!モモンは好かないが私と一緒にナザリックでいつか暮らす日を目指さないか!」

「…べ、べつにそう言うわけじゃ…。」

 そういう訳だろうとイビルアイは仲間ができたことに喜びクックッと奇妙な笑い声を上げた。

 

 和気藹々と過ごしていると、メイドから声がかかり一行は審判の扉を潜って玉座の間へと進んだ。

 何とかきれいに並び頭を下げて待つと神々は現れた。

 玉座に女神を抱いて座る神王の様は神話の一頁のようだった。

 その後労いと感謝を述べられると、荷物番をした冒険者達と点検隊に礼金が支払われた。

 点検隊は到達した深度や潜っていた時間の長さなどで追加報酬も出された。

 皆多額の報酬に目を剥いたが――植え付けられたトラウマを思えばこのくらいが妥当かと点検隊は苦笑した。

 荷物番の者達は日向ぼっこをしていただけなのに報酬を貰い、更には神々の居城の見学も叶い、今回の仕事は美味しすぎたなとプライドもへったくれもない事を思った。

 帰った荷物番達は、神話の世界のような壮麗な宮殿の話を、今回選ばれなかった者達や立候補しなかった者達に散々聞かせ続けた。

 次の点検はいつだろうと皆が憧れその地に想いを馳せた。

 そんな中イビルアイはやっぱりここでいつか暮らすと決意を新たにしていた。

 イビルアイの挑戦はまだまだ始まったばかりだ。

 

 客が引き上げ、ツアーの鎧が転がる玉座の間ではアインズが唸っていた。

「…帰りたくないと言われてもな…。」

 見すぼらしく汚ならしい、怪我だらけの森妖精(エルフ)達を前に困惑していた。

「神王陛下……どうかここで…ここで働かせて下さい…。」

「精一杯おつとめいたします…。」

「どうか…何も望みません…。」

 今ナザリックは新たな者の受け入れは一切容認できない。

「悪いがそれは聞けん。アーウィンタールが嫌ならエイヴァーシャーはどうだ?」

 森妖精(エルフ)達は黙ってしくしく泣いた。

 一応この者達の上司を奪った者として責任を感じない訳ではないが、話が進まない様子に辟易する。

 フラミーはアインズの上から降りると森妖精(エルフ)に近寄ろうとし――アインズに止められ、さらにデミウルゴスとアルベドに道を阻まれた。

「…皆さんはエイヴァーシャーの生まれじゃないんですか?」

「いえ…エイヴァーシャーには親も兄弟もいますが……この耳では…。」

「耳を治してやればエイヴァーシャーに行くか?」

 アインズのその声に顔を見合わせている森妖精(エルフ)達は何を言われているのか解らないと言うようだった。

「…耳を治しても帰らないのか?」

 全員が慌てて首を振る。

「い、いえ!!治していただけましたら、すぐにでも…帰りとうございます!!」

 これ程古い傷を癒せるのかと三人が震えているのを他所にフラミーから無造作に大治癒(ヒール)が送られ――三人は全ての傷から解放された。

 奴隷だった森妖精(エルフ)達は声を上げ、喜びに震えながら泣いた。

「さぁ、お前達はエイヴァーシャー行きだな。」

「アインズ様、もうご計画に出られるのですか?」

 転移門(ゲート)を開く為玉座の間を後にしようと思ったところでアルベドに呼び止められ、隣ではデミウルゴスが「あぁ…なるほど…それで…」と何かに納得している。

(ご計画って何だ!?)

 当然フラミーも何の事とわからない顔をしている。

 アインズは闘技場での貫禄を完全に失い、やだよーと心の中で震えながら努めて冷静な声を出した。

「…フラミーさんは解っていないようだから、教えてあげなさい…。」

「わ、ごめんなさい。私ついて行けてないです…。」

「まぁフラミー様!宜しいのですよ!お二人で霜の巨人(フロストジャイアント)の里の吸収の旅にお出になられたのは記憶に新しいですが――」

 別にあれは霜の巨人(フロストジャイアント)吸収の旅ではない。

「エイヴァーシャー大森林に残る、最後の者達。ダークドワーフ国を取り込むご計画をアインズ様はずっと進めてらしたのです。」

 はぇ〜とよく分からない声を上げるフラミーの口から続いて出た言葉は――「アインズさんって本当賢いですねぇ!」だった。

 そうじゃない。アインズは後でよく言って聞かせようと決めた。

 フラミーを言い訳に説明させたのは失敗だったと少し後悔し――すごいすごいと言うフラミーに少し気を良くした。

 デミウルゴスは何も知らされていなかった様子のフラミーをちらりと見て続けた。

「今回あのエルヤー・ウズルスと行動を共にされたのも、その奴隷を殺してしまわないのもダークドワーフ達を懐柔する計画の一端なのですが、恐らく数日のお出かけになるでしょう。」

 何も分からない。この二人は絶対に連れて行こうと決めた。

 森妖精(エルフ)達は利用するようなことを言われて大丈夫なのかと、ちらりと様子を伺えば――その瞳には見慣れた崇拝の色があった。

「もとより…お助けくださるご予定で…。」

 そして、視界の端には何を着て行こうかなと呟くフラミー。

「待って下さい。フラミーさんも行くつもりなんですか?」

「え?アインズさん行くんですよね?」

 アルベドとデミウルゴスも困ったような顔をしている。

「……パンドラズ・アクター。」

 控えていた息子はいつもと同じ調子で颯爽と立ち上がった。

「フラミーさんは今回ナザリックに置いていく。お前に任せるから守るんだ。」

「かしこまりました!このパンドラズ・アクターに――」

「あ、ナザリックから出してはいけないからな。」

「――……お任せを。」

 ハイテンションだったがいつもと違い平坦な声を出すと、まっすぐ腰を折るだけの最敬礼に切り替えられた。

 パンドラズ・アクターになら任せられる。

「アインズさん、もう置いてかないって言ったのに…。それにいつも通り過ごすって…。」

 膝に乗せているフラミーが囁くような声でアインズに言うと、アインズはそっと首を左右に振った。

「フラミーさん。別に向こうに何がいるって訳じゃないですから、これは散歩みたいなものですから。」

「だったら尚の事私も一緒に行きたい…。」

 気持ちは分かる。この季節、この状態のフラミー。

 去年の常闇との戦いの時と殆ど同じ状況のように感じるのだろう。

「お留守番してて下さい、良い子だから。それに転移門(ゲート)でちゃんと戻りますから。あなたはいつも通りナザリックで過ごすんです。」

 暫く背を叩いているとフラミーは頷いた。

「…わかりました。しょっちゅう帰って来てくださいね。」

「当たり前じゃないですか、毎秒帰りますよ。」

「それじゃお出かけじゃないです。」

 支配者達は丸い笑い声を上げた。

 

 支配者は休む間もないなと心の中で愚痴りながらアルベドとデミウルゴス、奴隷だった森妖精(エルフ)三名を伴い出掛けて行った。

 信用できる息子に全てを任せて。




濃縮還元頑張っちゃいそう!

次回 #56 ナザリックの最秘宝

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