アインズは知恵者二名に殆どの事を任せっきりにしていたが、それなりに働いていた。
意味深な頷きならお手の物だ。
「さて、今日はそろそろ一度帰るか。」
「ではこちらはお任せ下さいませ。」
アルベドとデミウルゴスが頭を下げるのを見ながら、アインズは僅かに心配になる。
「良いか、いつも言っているがもし――」
「「
でございますね。と二人が笑うと、アインズは頷き二人に向けて腕を伸ばした。
「そうだ。ここはまだ我々の場所ではない。気を緩める事なく過ごすんだ。」
骨の身で大人二人を抱き締めるとそれぞれの背を数度叩いた。
「心得ておりますわ!御身は何の御心配もされませんよう。」
「どうぞごゆっくりお休み下さいませ。」
二人は骨にしばし縋るとそっと離れ頭を下げた。
「お前達もちゃんと寝るんだぞ。」
揃った良い声でハイ!と返事をする二人に骨の身で笑いかけ、「良い子だな。」と言い残すと偉大なる支配者はナザリックへ戻った。
「…アルベド、君が大人しくアインズ様から離れるなんて珍しいじゃないか。」
アルベドはパッと顔を明るくした。
「ふふ。フラミー様がお世継ぎ様とお待ちなのよ。早くお帰り頂いてこそじゃないの。」
ただのビッチではなく、統括として生み出されただけはあった。
二人は闘技場での一件でフラミーが命を宿しているということにはっきり確信を持った。
「そうだね。ああ…なんて素晴らしい…。」
何なら別に一緒にお出まし頂かなくてもと言うアルベドに、分かる分かると数度頷く。
そしてくいっと眼鏡を押し上げ、統括と話す時の自分に切り替えた。
「アルベド、これが終わり次第通達されるでしょうから、御方々のために手始めにナザリックでパーティを開いてはどうでしょう。」
「いいわね。でも勝手に僕達に伝えることはできないわ。私達で何か素晴らしいものを考えておきましょう。」
「ふふふ。腕がなりますね。」
悪魔達は幸せそうに笑った。
アインズはスパリゾート・ナザリックで一汗流し、第九階層を軽い足取りで歩いていた。
フラミーの部屋をノックしながら押し開ける。
「こんこーん。フラミーさーん。」
天井の
上機嫌に寝室に向かおうとするとメイドが近付いて来る。
いつもなら黙って通してくれるというのに、何の用かとアインズは立ち止まった。
「アインズ様。本日フラミー様はこちらにお戻り頂けておりません。」
「何?では私の部屋か?」
それはそれで可愛いと思いながら自室で眠るフラミーを想像する。
――寂しかったなんて言われたりして。
支配者は骨の身でなければだらしない顔をしていただろう。
「いえ、パンドラズ・アクター様と宝物殿に行かれております。」
途端に気分は急降下だ。いや、任せると言ったのは自分だった。
アインズは半日フラミーを守りきったであろう自分の創造物を心の中で褒める。
「そうか。では迎えに行こう。」
メイドが頭を下げるのを横目で見ながらアインズは宝物殿に飛んだ。
そして、いつもと違う様子のその場所に首を傾げた。
「節電か?」
宝物殿は薄暗くされ、まるで夜のようだ。
これまで四六時中煌々と明るく照らされ続けてきた宝物達も今は眠りについているようだった。
アインズはスタスタとパンドラズ・アクターの部屋に向かい途中大量のフラミー像を見つけ苦笑する。
旅に出る前に訪れた時にもあったが、あの時より随分ピカピカになっている気がする。
毛の流れを再現した細い溝に取り切れない埃のようなものがどれもあったが、今ではまるで「今日作りました」とでも言うような状態になっている。
アインズはてっきりこれらは足首に翼を付け足して神殿に返却される物だとばかり思っていたが、神殿には一から作り直した新しい像が設置された。
もう用済みの像だと言うのに捨てる気配はまるでない。
「まったくしょうがない奴め。」
そう言いながらしばしフラミー像を眺めると、行き場がないなら後でひとつ貰って帰ろうと決めた。
「…これはいくつもある事をデミウルゴスに知られたら欲しがられるな。気を付けなければ。」
そしてお気に入りのひとつを選び、アインズはフラミー像の首に自分の物の印としてリボンを結び付けた。
「これが一番可愛い気がする。」
ふふふと笑いながら数度お団子を撫でてやると管理者室、応接間へ向かった。
応接間の壁には相変わらず引き伸ばされたアインズとパンドラズ・アクターの写真と結婚式の日に撮った僕が揃いきっている写真が並んで掛けられている。
しかし、そこには誰も居なかった。
それどころかテーブルとソファも置かれていない。
「…今度はどんな遊びだ。」
アインズはそっとこめかみに触れた。
フラミーの線を探し、呼び出そうとするが繋がらない。
眠っている時にはよくある事だ。
ここでパンドラズ・アクターがフラミーを見守っている以上何の焦りもない。
アインズは応接間を立ち去り、再び金貨の山に戻ってくると落ち着いて魔法を唱えた。
「<
二つの反応は宝物殿の端にあるようだった。
アインズはそちらへ向かって金貨の山を縫うように歩いた。
最後の山を越えると、巨大な丸い檻の中に反応はあった。
檻の外にはそれぞれ応接間においていたはずの応接セットが置いてあった。
初めて見る光景にどんどん近寄れば、眠るフラミーの髪を編み込むパンドラズ・アクターの姿が見え、何やってんねんと心の中で悪態を吐く。
「パンドラズ・アクター。」
「――父上、お帰りなさいませ。」
パンドラズ・アクターは顔を上げもせずにせっせと髪を編み続け、毛先までそれを済ませると結わいて髪をそっと離した。
美しい小ぶりの髪飾りをぽつぽつと長く太い三つ編みに着け満足そうにし、少し眺めたかと思うとごそごそと布団の中に手を突っ込んだ。
「おい!お前何やってんだ!」
まさかの人選ミスかとアインズは檻に近づく。
「いえ、眠りの体勢に。」
布団の中からフラミーの手を取り出すとそっと腹の上に組ませた。
見つめる黒いだけの瞳からは、パンドラズ・アクターなりに大切にしようと言う想いが伝わってきた。
「美しいですね。」
「そうだな。フラミーさんはいつも綺麗だ。それにしても入り口はこれじゃないのか?」
アインズは入り口らしい所を押したり引いたりしてみると首を傾げた。
「あ、私にしか開けられません。」
「じゃあ開けなさい。もう部屋に帰るから。今日は一日ご苦労だったな。」
パンドラズ・アクターは意味が分からないと言うように首を傾げた。
「ヘヤニカエル?」
「あぁ。寝室に連れ帰る。ほら、あまり話していると起きてしまうだろう。」
フラミーは余程疲れているのか穏やかな寝息を立て続けていた。
体が変化しているのだから仕方がないし、近頃はフラミーは本当によく眠るのだ。
「ご安心を。こちらでお眠り頂きますし、先程セバス様より取り急ぎ二回分のお食事もいただいて参りましたので。何の御心配もありません。」
パンドラズ・アクターが指し示す先にはアイランド式のミニキッチンの傍にワゴンが二台置いてあった。
「そういう話じゃないだろう。」
「…ではどういう話で…?」
パンドラズ・アクターは掛け布団のシワを撫で、取り除けるシワを全て丁寧に取り除くと、ベッドから離れて天蓋に着く幕を引いた。
「これでお休み頂けます。今後父上もこの中で営まれればよろしいかと。」
「馬鹿を言うな…。さ、おふざけはおしまいだ。私達は帰る。」
「何を仰っているのですか?今後フラミー様がこちらをお出になるご予定はございません。」
言われている意味が解らずアインズは目の前の息子を戸惑う様に見つめた。
もしやフラミーが守護者に妊娠している事がバレないようにここで過ごしたいと言ったのだろうか。
妙に納得行くとアインズはうーむと唸った。
「…じゃ、私も今日はひとまずここで寝るか。」
「初めからそうなされば良かったのです。」
パンドラズ・アクターは若干不機嫌そうに頷くと檻を開けた。
「全く。なんなんだかな。」
アインズは檻に入り、ゆっくりと天蓋の幕を開けると、穏やかに眠るフラミーに顔を綻ばせた。
「父上、つかぬ事をお聞きするのですが――」
若干水を差されながらベッドに腰掛け、人形のように眠る人を撫でた。
「なんだ?」
「父上はりあるへ渡る力を今失われてらっしゃるのですよね。それはいつお戻りになるので?」
何度も念を押して聞かれがちな質問に苦笑する。
「あぁ。もうリアルへ渡る力は戻らないと思うぞ。」
「……そうですか。」
これまで守護者達はそう言うと狂喜乱舞したと言うのに自分の息子はまるで違う反応を見せた為、アインズは軽く首を傾げた。
「なんだ?どうかしたか?」
「いえ。何でもございません。さぁ、お休み下さい。」
パンドラズ・アクターは檻の外に出ると扉を閉めずにソファに座り、闇から何かを引き抜いた。
アインズは目を細めた。それはフラミーの杖だった。
もくもくと杖を磨き上げて行く。
「…メンテナンスか?お前もちゃんと寝ろよ。」
アインズは幕を閉めると布団をめくり、想像とまるで違う格好のフラミーにギョッとした。
その人の身に纏う白いドレスは美しいが紫の皮膚が一部透けて見えていた。
見てはいけないものを見たような気分になり、めくった布団を一度戻す。
(…あいつは見たのか…?)
そっと幕の隙間から外を見るとパンドラズ・アクターは一生懸命に杖を磨きご満悦の様子だった。
明日起きたらあまりそういう格好を寝室の外でしないようにと、フラミーに危機感のなさを注意することに決める。
そして人の身になるともそもそと布団に潜り込みフラミーを抱きしめ眠った。
パンドラズ・アクターは檻の外でフラミーから回収したあらゆる装備を磨き、手入れしながら悩んでいた。
てっきりアインズはあの旅をフラミーの最後の外出とし、後はここにしまい込むつもりなのかと思っていたが、どうもそうでは無いらしい。
ナザリック内に留めておけば良いと結論付けているようだが、パンドラズ・アクターはそうは思わない。
父はフラミーがりあるへ行く準備をしている事を知っているのだろうか。
いや、知っているからこそのこの間の旅の会話か。
(もしまたリアルに行く事が出来るようになったらその時には何が何でも迎えに行きますから。)
絶対的な力を持つ父すら渡れなくなってしまった今、フラミーが他の至高の三十九人と同じようにナザリックを離れてしまえばおしまいだ。
誰も二度とフラミーを迎えには行けないだろう。
昔から父はフラミーを閉じ込めようとはしなかった。
監視で済ませれば良いと思っているなら大間違いだ。
「…
パンドラズ・アクターは強い決意に拳を握った。
アインズ様、ちゃっかりそこで寝るんだね〜。
そして息子への絶対的信頼感!
天空城、大活躍だったもんね…。
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