翌朝アインズが起きると、フラミーはまだ眠り続けていた。
よく眠るなぁと思うが、
今フラミーが一体何週目で、どんな事が起こるのか分からないのだ。
それにここに居て貰えば危害が加わることはない。
幕から出ると、パンドラズ・アクターは一人義務付けられている朝食を取っていた。
開いている真っ黒の点の中にフォークに刺されたソーセージを入れ――引き抜くとそこにはフォークしかなかった。
まるっきりシステムが分からない食事風景だ。
テーブルにはパンドラズ・アクターが口をつけているものとは別に、おそらくアインズの分だと思われる食事もある。
立ち上がり礼をしようとするパンドラズ・アクターを手で必要ないと押し留めた。
アインズは大きく伸び、あくびをしながら檻の外にあるソファに向かい、息子の向かいに座った。
「はぁ。やっぱりここじゃよく寝れんなぁ。」
「慣れていただくしか無いでしょうねぇ。」
そんなにフラミーは長くここに引きこもるつもりなのだろうか。
いつも通り過ごすと言っていたが、やはり置いてけぼりにされれば少し気持ちも変わるものか。
アインズはダークドワーフの国で待つ知恵者二名との約束の時間まで後どれ程かと腕時計を確かめ、息子と朝食を取った。
「フラミーさんと話したかったが、仕方ないな。」
着替えや朝の支度を済ませ、出発の時間になってもフラミーは眠り続けていた。
「起きられるまであと二時間はあります。」
「その時間に起きると言ったのか?」
ちらりと時計を確認するが、いつもフラミーが起きる時間より随分と遅い。
「いえ、その頃に目を覚まされると解っているだけです。」
どういう意味だろうかとアインズは眉を顰めた。
取り敢えずフラミーが起きたら一時帰宅しようと決めた。
「まぁいい…。さて、二人を待たせるわけにもいかんし、私はそろそろ行く。今日も任せたぞ。」
「かしこまりました。ンンンン父っ上!」
任せると言う言葉を聞いた途端にハイテンションになってしまった息子を前に沈静される。
アインズはもう一度檻に入り眠り姫に口付け出掛けて行った。
パンドラズ・アクターは父を見送ると檻に入り、ベッドの幕を開いた。
丁寧に布団を整え、父が触って乱したであろう髪の毛を結び直す。
「これでいい。」
朝のお人形遊びを済ませると檻を閉め、よく見える場所に戻りぼんやりと眺めた。
「一度フラミー様の装備一覧も作った方がいいでしょうね。」
目録を作ることは趣味の一環だ。
自分が死んだ時の為に宝物殿の宝の目録も作っている。
そうだ。あれにフラミーも書きたさなければ。
バンドラズ・アクターは上機嫌に宝物殿の目録を取り出した。
数十冊あるうちの第一巻だ。
一番最初のページに挿入しようと決め、綴じている所を魔法で解きトントン叩く。
まずはデータを書かねばいけない。
目録用の紙を取り出し、夢中でフラミーのデータを書いていると、ンン…と檻の中から声が聞こえた。
もう効果の切れる時間が来たかと目録を書く手を止めた。
軽い足取りで檻へ向かい中に入る。
「フラミー様、おはようございます。」
「あ…ズアちゃん、朝になっちゃいました…?うぅ、ズアちゃんのベッド取っちゃってごめんなさい…。」
「いえいえ、こちらはフラミー様のものですのでお気になさらず。さぁ、ご朝食を。」
フラミーは私のもの?と首を傾げながら布団から抜け出しふかりと芝生に足を下ろすと、自分の格好がいつもと違うことに気が付いた。
僅かに透けている様子に恥ずかしくなり布団をたぐり寄せた。
「あの、これ。」
「よくお似合いです。」
パンドラズ・アクターはまたパチパチと数度手を鳴らした。
「ズアちゃんが着替えさせてくれたんですか…?」
「えぇ。ローブは眠るのに向いていないですし、何より物騒ですから。」
物騒ってなんだろうと半笑いのフラミーは自分の姿を見下ろし、もう一度見上げた。
「あの…お着替えの時…見ました…?」
「いえ、何も。」
パンドラズ・アクターは随分とさっぱりした声音で応えた。
それはそうかと
ところが何も手に触れない。
「あ、あれ、ない。ない!全部ない!」
フラミーが慌ててそこに両手を突っ込んでいると、パンドラズ・アクターは良いことをしたとでも言うような雰囲気で胸を張った。
「フラミー様の装備は全て私が回収いたしました。目録作成と手入れをしております!」
「あー…えっと…。」
何を言えばいいのか一瞬分からなかったが、言葉を絞り出す。
「ありがとうございます…。でもお手入れも目録も良いですから返して下さい。こんなかっこじゃここ出られないです…。」
「なるほど!ではベッドでお食事ですね。」
「えっ!そうじゃないでしょ!?もう!」
パンドラズ・アクターはぷりぷり怒り始めたフラミーを他所にセバスから貰ってきた食事の一つを魔法で温め、トレイに載せるとベッドに運んだ。
「さぁ温かいうちにお召し上がり下さい。」
「…食べたらローブだけでも返してください。朝になっちゃったなら私パトラッシュ達のお散歩に行かなきゃいけないんです。」
布団を胸元で抑えたままフラミーはアインズはどうしたんだろうともそもそ朝食を取り始めた。
眺めながら今日は宝にどんな手入れをしようかと悩むパンドラズ・アクターは大して人の話を聞いていない。
ベッドの端に腰掛け、寝ている間に背で潰されていたフラミーの翼を撫で付けた。
「むぅ、なんですか?」
「いえ、お気になさらずお召し上がりください。」
フラミーの重たそうな翼を広げてどこからともなくブラシを取り出す。
滑らかな触り心地の翼は切り落として剥製にして飾っておきたい程だ。
決してボサボサなわけではないが羽の一枚一枚を整えるようにブラッシングして行く。
食事が終わったフラミーは翼を揺らした。
「じゃあ、私もう行きますね。取り敢えずローブ貰っていいですか?」
「いえ、それは困ります。さぁ、反対側もしますのであちらを向いてください。」
「あの…でもアウラ達が待ってるかも…。」
「ではご連絡いたしましょう。」
パンドラズ・アクターは一も二もなく
これでよろしいでしょう。と満足げに頷くとフラミーを持ち上げた。
フラミーは驚きに一瞬アッと声を上げ、落とされないように首にすがった。
「ズアちゃん…遊んで欲しいんですか?」
「そうですね、遊んで欲しいです。」
「うーん。そうかぁ。」
ベッドの真ん中に移動させると後ろに座り再びブラッシングを続けた。
普通なら同じ布団に乗るなどとてもしないだろうが、宝のメンテナンスの為ならば仕方がない。
髪型も後で変えても良いかもしれない。
なんて素晴らしい時間だと宝との触れ合いにパンドラズ・アクターから花が落ちては消える。
これはやはり宝物殿にあるべきだ。
パンドラズ・アクターはご機嫌だった。
「さぁこれで綺麗になりました!」
「ありがとうございます。じゃあ私もしてあげます。」
「は?」
フラミーは寂しさが爆発している様子のパンドラズ・アクターの帽子を取ると数度その頭を撫でた。
「ねぇ、ズアちゃん。遊ぶにしても服は返して貰わなきゃ本当にここから出られないですから、返してくれません?」
パンドラズ・アクターはポヤポヤと花を咲かせ、「それはそれは何よりです。」と動かない顔でニコリと笑った。
困った子だなぁと漏らすフラミーに再び帽子を被されると、全てが済んだとでも言うようにパンドラズ・アクターはベッドを離れ、淹れておいた紅茶を昨日と同じカップに注いだ。
ナザリックの管理のために一度玉座の間へいかなければならないため
フラミーに一杯を渡し、何度も頭を撫で付けた。
「あの…私ズアちゃんよりよっぽど大人なんですけど…。」
不服そうにしている手を取り口に寄せさせ、飲ませる。
「存じ上げております。何も知らない、何の力もない子供だったらどれ程良かったか。」
フラミーは再びの強烈な眠気にまさかこれのせいかと口を離そうとすると、頭を軽く掴まれ、そのまま飲まされた。
「ンッ…、待ッ……!」
「美味しく淹れられましたから、残さずお飲み下さい。」
喉が数度鳴り嚥下されて行く。
「――おい!!何やってんだ!!」
遠くで声がした気がしたがフラミーは口の端から垂れる紅茶を、拭くこともせずに意識を手放した。
パンドラズ・アクターはくてりと脱力したフラミーを支え、カップをベッドの下に置く。
「引き続きお眠り頂いただけですよ、父上。」
二時間で目覚めると言わなければ良かったなと思いながらパンドラズ・アクターはフラミーをゆっくり寝転がらせた。
「お眠り頂いたってお前、まさか昨日も――」
「はい。こちらのマジックアイテムの効果でお眠り頂きました。」
ティーセットを指し示し、あっけらかんと言い放つ埴輪にアインズは信じられないものを見るような目をした。
「お前、自分が何をやっているのか分かっているのか!?」
「分かっております。これが最も良い方法なのです。起きてらっしゃるフラミー様から装備を奪うことは困難ですし、それに私はこれから玉座の間へ行きナザリックに変化がないかアルベド様の代わりに統括業を行わなければなりません。その間にどこかへ行かれたりしては困りますので。」
最も信頼するNPCの思わぬ言動にアインズは信じられないと何度も檻の中の二人を交互に見た。
「やりすぎだ…。そこまでの事を私は望んでいないと分かっているだろう!」
パンドラズ・アクターは可愛らしく首を傾げた。
「…ふざけるんじゃない。」
「いたって大真面目でございます。父上はそろそろ目を覚まされた方が良い。」
「お前のせいですっかり目は覚めている。」
動かない顔の二人は――多分睨み合っていた。
「…お前にはもうその人は任せられん。」
「ご冗談を。フラミー様にはどこよりも安全なこの場所で生涯暮らし続けていただきます。これこそが父上の本当の望みのはずです。」
「俺はそんな事を望んだことは――」本当にないだろうか。
旅から帰った日だってフラミーを寝室に閉じ込めようと思ったし、無様な最重要課題ではどうやってこの宝を仕舞い込もうか悩み、一番にここを思い出した。
アインズの逡巡を肯定と捉えたパンドラズ・アクターは腕を伸ばした。
「さぁ、父上。兎に角今はお戻り下さい。向こうでお二人がお待ちなのでは?」
「…いや、行けない。フラミーさんをここから出さない事には。」
「父上とは言えさせませんよ。」
「っち、誰に似たんだ。頑固者が。」
「父上でしょう。」
アインズは渋々杖を引き抜き、脅すようにパンドラズ・アクターへ向けた。
「フラミーさんを出せ。私は本気だぞ。」
「落ち着いて下さい。ここは宝物殿です。宝を置くために存在する何者にも侵されない聖域。あるべき場所にようやく宝が収まっただけではありませんか、父上。」
パンドラズ・アクターの言う事はいちいちアインズの小さすぎる決意を揺るがす。
それはそれで、と思ってしまうのだ。
特に今のフラミーの体を思えばここに閉じ込めておくことの有用性は痛いほど分かる。
――しかし、アインズはフラミーと共に学んできた。
「…ダメだ。その人は宝だが生きているし、意思がある。それを縛り付けるような真似は…ダメなんだ。それに安全だとしてもこんな箱庭のような世界ではフラミーさんは幸せにはなれん。」
「箱庭なりの幸せを生んで見せますのでご安心下さい。私たちは父上の
「フラミーさんの自由意志を奪った先にあるのは地獄だぞ!」
「父上の仰りたいたい事はわかります。しかしこうしなければ、この先に待つのは確実なる絶望です。これまでそうやって何もかもを失って来たではありませんか。」
アインズは常闇に残された心の傷に触れた。
「…次こそは失わないさ…。」
そしてこのやり取りに眩暈を覚える。
これではまるであの日の――始原の魔法を奪い取った日のツァインドルクス=ヴァイシオンと自分の会話そのものだ。
それも、自分がツアーでパンドラズ・アクターが自分だ。
パンドラズ・アクターは丁寧にフラミーに布団を掛けると溜息をついた。
「…父上、ずっとそう仰って何度後悔してきたか分からないではないですか…。」
「それでも…だ。それでもフラミーさんを出せ。出さないなら、これを始原の魔法で吹き飛ばす事になるぞ。」
アインズが籠を叩きながら腕輪を輝かせるとパンドラズ・アクターは叫んだ。
「おやめください!父上だってフラミー
アインズはその呼び方に一瞬何と話しているのか分からなくなった。
「お、お前…フラミーさんって…。」
本当にこのNPCは自分自身だと言うのか。
「なのに何故自由を与えようとするのですか!」
「…多分それが愛だからだ。お前にだって本当は分かってるはずだろう!」
何度も仕舞おうとしては踏み止まったアインズは哀れな影に手を伸ばした。
自分が分かったのだから、分かるはずなのだ。
「今までその愛に応えた者達は一人もおりません!フラミー
「平気なもんか!フラミーさんが外に行くたびに私だって怖い!」
「そう思うなら、
パンドラズ・アクターの身はまるで静かな湖面に石を投じたように揺らめき、姿を変えていく――。
すぐにそれが何になるのかアインズは悟った。
「なんでわかってくんないんだよ!フラミー
泣いて叫ぶその優しい目をした男は――鈴木悟そのものだった。
「…俺達の望みはそんなことじゃないはずだろう…。」
次回 #59 親子
濃縮還元……(;ω;)可哀想………。