「……スルシャーナ、君なのか……?」
そんなわけが無いと理性ではわかっている。
しかし、法国の神官に跪かれるこの存在がスルシャーナであってほしいとツアーは願いを口にした。
「ツアー……」
目の前の死が友しか呼ぶことを許していないその名で語りかけてくる。
しかし――呼び方も、外見も、その身に纏う物もスルシャーナによく似ているが別人だ。ドラゴンの鋭敏な感覚が否定する。
周りにいる者達にこの姿が"ツァインドルクス=ヴァイシオンの物"だとは知られたくなかった。何か適当な名前を――そう、例えば"リク"を名乗りたかった。だが、全ては遅い。
神官長達はツアーの想像通り、
「君は一体何者なんだい。その力、ぷれいやーだということは間違いなさそうだね」
「おお、やはりぷれいやー様!神だ!」
沸き立つ法国の連中の様子にツアーは苛立たしくなった。
「君は、いや。君達は世界に協力するものかな」
聞いてみたが、正直そうは見えない。
ほとんど全員から邪悪な波動を感じる。
見た目だけは清らかそうな輝く翼を背負うスルシャーナ似アンデッドの隣の者も、根は悪だろう。
(……しかしスルシャーナもそうだった)
かつての友の中にはその邪悪さと、無垢なただの"ヒト"を併せ持つ者が多くいた。
そして皆一様に激しく葛藤していたのだ。
「流石にこれまで六大神、従属神、八欲王、十三英雄と多くの存在に会ったことがある者は違うな。ツァインドルクス=ヴァイシオン。私達は世界に協力する者でいたいと、そう思っているよ。しかし、私は自分の愛する子供達を、仲間を守る義務がある。それを背負っている事だけは今ハッキリ言っておこう」
子供というのは従属神達のことだろう。
しかし何を勘違いしてか、村人や法国の者達が感涙にむせんでいた。
「そうかい。それを侵されなければ、世界を蹂躙しない、と。そう誓えるかな?」
「誓えるとも。我がアインズ・ウール・ゴウンの名に今誓おう」
「なに……?」
ツアーが低い声で返すと、アインズは今の返事は何かおかしかったかなと内心焦った。
この竜王はこれまで幾人ものプレイヤーを葬ってきた危険な存在だ。敵対はしたくなかった。
「アインズ様が、その尊き御名前に誓うと仰っているのです。これ以上の誓いはありません」
アルベドの助け舟に心の中で感謝し鷹揚に頷く。
「そうか、だからか。君がその服も見た目も、なにかとスルシャーナに似ていた筈だね」
「似ているだと?」
アインズは苛立たしい気持ちになった。
この見た目も装備も誰かを真似した事はないと断言できる。
何百何千とある外装を自分で選び、ビルドしたものだ。
「スルシャーナはひこうにんふぁんくらぶに入っていると言っていたよ。君を崇める宗教だろう?」
「何のことかさっぱりわからないな」
本当にわからないアインズはますます苛立たしくなった。
「おかしいな。スルシャーナはアインズ・ウール・ゴウンのひこうにん魔王を崇め、それを真似てヒトからアンデッドの身になったと聞いたよ。そしてこの世界に渡ったと」
神官達が「やはりスルシャーナ様は人の身から神に昇りつめた方だ」と興奮している。
ツアーはアインズに向かい、歩みを勧めて話した。
「初めて聞いたときは意味がわからなかったけれど、六百年経ってようやく分かった。君にはほかに本当の名前があるんだろう?アインズ・ウール・ゴウン」
アインズがこいつは何を知っているんだと目を細めると――
「待ってください」
隣に立っていたフラミーがふわりと岩から降りた。
「今アインズさんはアインズ・ウール・ゴウンを名乗っています。この名前はアインズさんが全てを守るという誓いです」
そこまで大仰なものではないが、間違いでもない。
皆が戻ってきたら、きっとこの名を返して元の名前で再び生きていくことになるだろう。
それまではこの名を背負ってアインズは全てを守らなければならない。
「……君もえぬぴーしーではなくぷれいやーなのかな」
ツアーの目の前まで進んでいくフラミーの後ろ姿から、アインズは目を離さなかった。
「プレイヤーです。悪いですけど、その名前は言えないですし、言わないでください」
ツアーの前で立ち止まり、杖を握りしめるフラミーの瞳はアインズを全てから守ろうとでも言うようだ。
モモンガの名前が知られれば、真っ先にモモンガはプレイヤー達に狙われるだろう。
「……君はまるで従属神だね。良いとも。今日は漆黒聖典を追ってみて良かったよ、ゴウン」
フラミーの頭越しに声をかけられると、アインズは不機嫌そうに返した。
「私のことはアインズと呼んでくれ。そしてこちらはフラミーさんだ」
「そうかい。では、アインズ。そしてフラミー。まさかこんな所で今回の揺り返しを見つけるとはね。また会おう」
そう言い残した鎧は後ろへ飛び上がって人々を越え、どこかへ向かって荒野を疾走していった。
アインズは敵対するとも友好的とも言えない竜の後ろ姿を複雑な気持ちで見送った。
「ニグレド、あれの監視はやめておけ。バレれば後が怖い」
虚空に向かって呟いておくのを忘れない。
しかし、いつか仲間にできたら良いなとレア物収集欲が高まるのを感じる。
「……まずはお友達から、か」
友達にもなっていないが。
フラミーはアインズの声に振り返るとはははと笑った。
立ち去ったツアーの背中を皆が呆然と眺める。
闇の神官長はフラミーの笑い声で我に帰ったように体勢を戻した。
「アインズ・ウール・ゴウン様。スルシャーナ様が貴方様を崇めていた事はよくわかりました。して、私たち闇の神殿に仕えし者も、闇の神官ではなく、ひこうにんふぁんくらぶの神官と名乗りを変えた方がよろしいでしょうか」
最悪だ。
それがアインズとフラミーの総意だった。
いや、スルシャーナも恐らくそんな事は望まなかっただろう。
アインズは口が開きそうになってしまったのをなんとか抑えた。
法国へ行く約束はしたが、アインズとフラミーはその前にカルネ村でやることがあると告げた。
一行はぞろぞろとカルネ村へ移動した。
遠くから聞こえてくるクアイエッセの狂信的な言葉の数々と、ニグンの初めて声をかけられたのは自分だと言う声、それに競うように村人達が自分達こそ神に選ばれ救われた者だという主張達。
――アインズはやはり神になるという選択は間違いだったんじゃないかと思っていた。
だが、アインズとは裏腹に守護者達は上機嫌に小さな声でヒソヒソと何かを話していた。
「ほぅ……。さすがはアインズ様……。プレイヤーの中にもアインズ様を崇める者がいたんでありんすね……」
「全くだね。そしてアインズ様はこうなることを全てお読みになっていたかと思うと……私達ももっとお役に立てるように頑張らなくてはいけませんね。しかしあの従属神は全く。そんな事も知らなかったとは所詮は下賤の者ですね」
「アア……我ラガ神ノ素晴ラシサヲモット多クノ者ニ知ラシメタイモノダ……」
「ぼ、ぼくはもっとフラミー様の素晴らしさも皆に教えたいです!」
「あたしも!アインズ様が至高の御方々の中でも素晴らしい御方なのは分かるんだけどさ!」
「そうね、アウラもマーレも、勿論コキュートスの言うことも尤もだわ。もっと知らしめましょう。そして、いつかはお世継ぎが必要になって!!あぁ!なんて素晴らしいの!!」
アルベドが暴走しかけるのをデミウルゴスが制し、なんとか乱れずにカルネ村に進む――。
なんとも恐ろしい会話は背に降り注ぎ続けた。
「フラミーさん、本当に俺このままじゃ神様なんですけど……」
ヴィクティムを大切そうに抱えるフラミーはそれが何か?と顔に書いてあるようだった。
「え?はい。神様ですね!これで一気に私達のアインズ・ウール・ゴウンが広まりますよ!」
少しフラミーと感覚がずれてきた気がする。
ヴィクティムがいるため、あまり踏み込んだ話ができない。
フラミーは神様神様!と嬉しそうに歩みを進めた。
そして、カルネ村の墓地に着いた。
「じゃあ、実験ですね」
「はい!やっぱり神話には復活がつきものですしね!」
神話など殆ど知らないフラミーは上機嫌にそう言った。昔、タブラ・スマラグディナに横からあれこれと話されたが、フラミーの中に残る神話の情報は少なめだ。
墓地に対して多すぎる野次馬達が、丘の上や木の上などさまざまな所からアインズとフラミーの様子を窺っていた。
ヴィクティムと多くの儀仗兵は村についてから一度
守護者達は僅かに離れた、いつでもアインズ達を守れる距離から様子を眺めた。
フラミーは墓の盛り上がりに向けて白いタツノオトシゴの杖を向けた。失敗はしたくない。
故に、選択したのは第九位階の――「<
ゴォッとその翼は燃えるように輝いた。
前髪が目に見えない力により起こされた風によって揺らされる。
その光景の神々しさに、村人達は言葉を失い、黙って見つめた。
――しかし何も起こらない。
まさか、復活魔法は流石に使えないのか……と、どうやってこの状況を誤魔化せば良いのかわからないフラミーはぐるりと聖典、神官、村人、を見回した。
すると目のあった人々が法国も村人も関係なく集まりだし、慌てて墓を掘り始めた。
若干緊張感なく「ひぇ〜やっちゃったぁ」と思うフラミーを余所に、復活したばかりで力が入らない様子の村人が土から引っ張り出された。
あたりはドッと歓声に包まれた。
蘇生された者の家族は泣いてフラミーに礼を言い、這いつくばってその足に口づけをしようと近づくと、爆音と煙を上げてアルベドが村人の前に立ちふさがった。
「神聖なるフラミー様のお体に触れることは許されないわ。感謝は別の形で表しなさい」
極寒の瞳だったが、そんなもの気にもせず村人は何度も礼を言い、すぐに引き下がった。
村人の収穫だ。などと思いながら、フラミーは次々に人々を生き返らせ、墓地は掘り返されていった。
これなら別に第七位階の
三割程度までなんとか生き返らせたところで魔力がほとんど底をつき始めるが、まだまだ死者はいる。
一体何人殺したんだ陽光聖典。
忌々しい隊員達は喜びに聖歌を歌っており、幸か不幸かフラミーの視線に気が付かなかった。
フラミーは疲れ果てた体でフラフラとアインズの下へ行くと耳打ちした。
「アインズさん、実験はここまでにします……。もう良いですよね?これだけ大盤振る舞いしたんですもん」
しかし、答えは非情だった。
「ダメですよ。フラミーさんももっと崇められる神様になってください。ほら、魔力あげますから。シャルティアの分もあるんで多分全員行けます。さ、早く戻って下さい」
アインズはフラミーの手を取ると自分の魔力を小さな器に大量に流し込んだ。
フラミーは魔力が戻ったというのに紫の顔を青くして戻っていった。
フラミーのテンションとは裏腹に、人々のテンションは上がり続けた。
非公認ファンクラブの神殿
非公認ファンクラブの神官
非公認ファンクラブの信徒
非公認ファンクラブ聖典
非公認ファンクラブの神官長様…それだけは…それだけはやめて下さい!!