眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#5 閑話 皆の秘密

パンドラズ・アクターは天空城を訪れていた。

 肩に掛けている軍服の外套を翻すように美しく歩く姿は実に絵になっている。

 白亜の廊下に鳴り響く軽やかな足音は彼の心に訪れた氷解く春を表すようだ。

 

 足音は響き続け、宝物殿の前に着くとようやく止まった。

 天空城――エリュエンティウの殆どの防衛機能は切られているが、宝物殿だけには僅かにトラップを残してある。と言うのも金貨はナザリックの生命線でもあるからだ。

 パンドラズ・アクターは手順に則ってその扉を開いた。

 防衛点検を終えたのである程度の金貨をここに戻す。

 どちらの拠点もまだこの先数百年と保つだろう。

 一月分毎に金貨をまとめた袋を置ききると満足気にそこを見渡した。

「精が出るね。パンドラズ・アクター。」

 開けたままの宝物殿の扉を叩く悪魔が一人。

「デミウルゴス様。この様な所に何か?」

 入る事を許す様に手で促すとデミウルゴスは当然何の遠慮もなくそこに入った。

「皆で作ったお世継ぎ様のお召し物を昨日お渡ししたから、その報告にね。君がここで選んでくれた素材達は実に素晴らしかったよ。御方々もお喜びだった。」

 ここに残されている素材やアイテムはアインズがいらないと決めたもの達だ。

 たまに鍛冶長とその手伝いをする炎の蜥蜴精霊(サラマンダー)達がメイドに頼まれてテーブルクロスになるものを探しに来たり、男性使用人に頼まれて新しい絨毯の素材を探しに来たりする程に――ナザリックの宝物殿に置かれているものと違って好き勝手する事を許されている。

「そうですか! それは何よりです!では次の素材の吟味を始めなければいけませんね!」

 パンドラズ・アクターは至高の四十一人の内の、生産に特化したあまのまひとつの姿になると整頓の終わっている棚へ向かって歩き出した。

「一歳を越えれば歩き始めるでしょうし、ドレスになるような物やレースを中心にピックアップするのが良さそうですね!」

 うきうきと素材を広げるとデミウルゴスは首を振った。

「それがね、ナインズ様は一歳の頃にはもう一人前の男として扱うそうで、男児の格好をさせるとアインズ様が仰ったんだよ。」

 パンドラズ・あまのまはオォ…と感嘆する。その身を構築する細胞が沸き立った。

「素晴らしいですね…、流石父上…。しかしフラミー様はご納得なのでしょうか。」

「そこは流石に至高の御方だよ。フラミー様もそうする事を望んでらっしゃる。」

「…それは…なんと…。」

 くるりと周り、あまのまひとつからパンドラズ・アクターの姿に戻ると、ほぅっと甘い息を漏らした。

「そう言えばデミウルゴス様はご存知ですか?フラミー様の誓いを。」

「ん?何かな?」

 これは知らなそうだ。

 パンドラズ・アクターはニヒリと動かぬ顔で笑った。ぜひ教えてやりたい。

 デミウルゴスもすぐに表情の変化に気付いたのか早く聞かせろと顎をしゃくって見せた。

「フラミー様は――もうリアルにはお戻りにならないんですよ。二度と。」

 両手で帽子に触れ、肩越しに忠義の悪魔を見やる。感涙にむせんでいる頃だろう。

 しかし――「…それで…?」

 続きは?と涼しい顔をしていた。

(…やせ我慢?)

 パンドラズ・アクターは首を傾げた。

 特にこの男は泣いて喜び、その場で踊り出すかと思ったと言うのに。

「…だからフラミー様はリアルへ行かれないんですよ?」

「そうだね。それで、続きはなんだい?」

「…以上です。」

 二人は何が起こっているのか解らず無言で見合った。

 先ほど置いたばかりの金貨が袋の中でザラリとわずかに崩れる音がした。

 それを合図のように会話を立て直そうとパンドラズ・アクターは再び口を開く。

「……フラミー様がリアルへ行かれない事が嬉しくないのですか?」

「いや、嬉しいけれど…。」

「…少しも嬉しそうじゃありませんね…。」

 腕を組んで首をかしげると、悪魔はポリ…と困ったように頬をかいた。

「…今更そんな当たり前のことを言われても…。」

 

「は?」

 

+

 

「ん?パンドラズ・アクターとデミウルゴスか、入れろ。」

 アインズはトロールの下へ行く為に、動きやすくも王様らしい格好をメイドと言う名のスタイリストと共に見繕っていた。

 頭を下げ、メイドが出て行くと眼前の目の覚めるような青い服を摘まんだ。

「…少し派手な気もするが、まぁ良いか…。」

 三年間毎日派手な格好をさせられて来たアインズは段々と派手な服もスルーできるようになってきていた。

 これも一つの成長だなぁと己を褒める。

 限界突破の指輪ができるまでは肉体の強化は叶わないが知識や経験を蓄える事はできる。脳みそのレベルアップは必須課題だ。

 バタバタと騒がしい足音が聞こえ出すと、あいつらがこんな歩き方をするなんて珍しいなとアインズはドレスルームの扉へ視線を送った。

 

「ぢぢゔえ"!!!!!!」

「あ"い"ん"ず様"!!!!!」

 

 喉から血が出るのでは無いかと言うほどの叫びが響いた。

 息子二人はネクタイもジャケットもよれ、互いを引っ張り合うように現れた。

「なんだ?お前達が喧嘩か?珍しいな。」

 アインズはウルベルトと喧嘩したことなどないと言うのに、ついに子供達が親の手から大きく離れ始めたかと少し嬉しくなる。――と、同時に仲間の影を失うようで寂しさも感じた。

「どゔじで私だげに教えで下ざらないんでず!」「どうしてこの者がお情けを頂くことを容認されたのですか!」

 二人いっぺんに濁った声で言われても何の話かよく解らなかった。

「…なんだって?」

「どゔじで私だげに教えで下ざらないんでず!!」「どうしてこの者がお情けを頂くことを容認されたのですか!!」

 やはり聞き取れなかった。

「…落ち着け、一人づつ喋りなさい。パンドラズ・アクター、何を教えないって?」

 アインズは何だかこの話し合いは長くなるような気がし、ドレスルームから執務室に移動を始めた。

 息子はその後に、まるで陰を踏むように纏わり付いて喋り出した。

「どうして私だけに父上とフラミー様がリアルへ戻らないと言う事をお教え下さらないんです!!」

 噛み付くような勢いだった。ソファに座りながらアインズは口を開いた。

「何度も言っているだろう。私達はもうリアルへ渡る力は無いと。」

「デミウルゴス様達はもう三年も前にそれをお聞きになっているんですよ!?三年前!!私はこの三年間鳥籠を作り続けて来たのに!!」

 そう言うパンドラズ・アクターは当然のようにアインズの隣に腰を下ろした。

 デミウルゴスの鳥籠?という疑問が小さく聞こえた。

(…普通は対面に座るものじゃないか…。)

 人のパーソナルスペースに平然と侵入してくる息子に瞠目する。

 何故あれ程までに鈴木悟の残滓を引きずっておきながらこうも自分と乖離した事をするのだろう。

 

「あー…転移した時にお前は宝物殿にいたか。しかしルプスレギナの時や天空城でだって似た事を言っただろう。」

「聞いていません!!ルプスレギナの時とはなんですか!?それに天空城では私はずっとフラミー様と一緒にいたのですよ!?」

 ズズいと身を乗り出すパンドラズ・アクターにアインズは押されるような形で後ろに仰け反った。

「あ、ああ…そうか。あの時はお前本当によく働いたからな。また頼――」

「アインズ様!!御身の被造物とは言え、もうパンドラズ・アクターをフラミー様のお側に置くのはおやめください!!」

 立って様子を見ていた悪魔はアインズ達の座るソファの背もたれに手を付き――やはり身を乗り出した。

「デミウルゴス様!!あなたはずっと父上とフラミー様とお過ごしになって、究極の幸福の中のうのうと暮らして来たと言うのに!!」

 空気が変わった。

「私にも苦悩があった!それに私は――」

 喧嘩する二人を何なんだと交互に見ていると、デミウルゴスの口から続いて出た言葉に、アインズと様子を見ていたメイド、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)は硬直した。

「――君のように一度たりとも口付けを頂いたことなど無い!!」

 騒めく室内。それでこの悪魔はこんなに怒っているのかと頭を抱えたくなる。

「…パンドラズ・アクター、お前はなんでそんな事を話しているんだ…。」

「だってデミウルゴス様がずっと前から全部知ってたって言ったんですもん!!」

 ――誰だ、お前。

 アインズがそんな突っ込みを入れる間も無く悪魔が反駁する。

「別に私達だって君から隠そうとなんて一度も思った事はない!まさかそれを知らない者がこのナザリックに存在するなんて思いもしないだろう!!」

「それでよく叡智の悪魔が務まりますねぇ!?私はこの事実を知ってあなたに一番に知らせたと言うのに!!お陰様で私は三年間、いえ、生み出されたときから一秒たりとも心の休まる日はありませんでしたよ!!」

「…お、落ち着け。二人とも頼むから落ち着いてくれ…。」

 アインズのモゴモゴと言う声はまるで息子達に届かなかった。

「そんな事を言って、フラミー様に究極のご温情をお掛けいただいて君はどうせちょっとやったぜと思っただろうに!!」

「そ、それはまぁ思いましたけど。でも仕方ない事です。フラミー様は私のいる場所がご自身の生きる場所だと仰って――」

「それは言ってないだろ!!」

 アインズは思わず参加した。

「仰いました!」

「あれは私に言ったんだ!!」

「それは確かにアインズ様に向けて仰ったんでしょうが、アインズ様ともあろう方が!何故!フラミー様が僕に口付けをする様な真似をお許しになったのですか!!」

「何故と言えば何故父上は私にだけリアルへ渡る力を失った事をお教え下さらなかったのですか!!」

 気付けば二人の怒りの矛先はアインズに向いていた。

「……んん。あー…。まずはパンドラズ・アクター。」

 何故教えなかったかといえば忘れていたからだ。それに当然知っていると思っていた。

 デミウルゴスの言う通りこのナザリックにそれを知らない者がいるなんて思いもしなかったのだ。

 しかし、それを馬鹿正直に言えばパンドラズ・アクターは家出する。最悪フラミーを連れて家出する。なんとなくそんな気がした。

「――それはな。」

「それは!」

「…お前なら分かると思ったのだ。私の生み出したお前がまさか私の力の変化に気が付かないとは思いもしなかったのだ…。」

 全てをパンドラズ・アクターのせいにした。

「……なんと…。」

 パンドラズ・アクターは迫っていた身を引くと、帽子を脱ぎ恥じ入るように視線を落とした。

「…申し訳ありませんでした…。」

「あ、いや、良いんだ。この世界に来て多くの事が変わってしまった。これは誰のせいでもない。良いな?誰のせいでもないんだ。」

(俺のせいじゃない…。)

 支配者は少し卑怯だった。

「ありがとうございます…。」

「うむ…。これからは何か心配なことや解らない事があれば何でも聞きなさい…。」

「……では、あの姿は私の何なのですか?」

 ――俺です。

「あれは…な。お前が私の創った者だと言う証明みたいなものだ。だからフラミーさんも、な。」

「やはり私だとお分かりになってンンンンキッスして下さったと。」

「ア"イ"ン"ズ様!」

 パンドラズ・アクターはアインズの隣でぽやぽやと幸せそうにし始めたが、デミウルゴスの怒りは膨らむ一方だった。悪魔の額に浮かぶ血管が怖い。

(怖いよ…。怖いよウルベルトさん…。何でもっと優しく創ってくれないんですか…。)

 もしウルベルトならどうだっただろう。モモンガの胸ぐらを掴んで「はぁ!?モモンガさんふざけんなよな!!」と言っていた気がする。そう思うと少しは優しいのだろうか。

「ご自分の創造物ならフラミー様のご寵愛を受けても良いとお思いなのですか!?」

 デミウルゴスの問いに我に帰る。

「そんな訳がないだろう!!」

 フラミーのパンドラズ・アクターへの口付けはアインズも緊急事態だったから許しただけだ。というか本心では許していないし、許し難い光景だった。

 しかしあの緊急事態の説明は――。

「では何故!」

「あ、ああ……あぁ〜…。」

 何故も何ももうどうしたらと思っていると、ノックが響き、扉は勝手に開かれた。

「皆さん喧嘩してるんです…?」

「…フラミーさん…。」

 言い争う声が外まで聞こえていたのか渦中のフラミーが顔を出した。

 慌てて左右の息子達が身なりを整え始めると、アインズは掴み掛かられる勢いだったのでホッと息を吐いた。

 腹を翼で支えるようにしているフラミーが部屋に入ってくると、デミウルゴスは立ち上がった。

 そしてフラミーと向き合い跪く。

「フラミー様…。」

「大丈夫ですか?デミウルゴスさん、喧嘩したの?負けちゃった?」

 整えきれていない頭で哀れっぽい顔をするデミウルゴスはちらりと支配者親子を見た。

「…負けました。どうか脆弱な私に…祝福をお与え下さい。」

「祝福?」

「…口付けを。」

「良いですよ。」

 様子を見ていたアインズとパンドラズ・アクターの声なき悲鳴が上がった。

 フラミーは跪く悪魔の耳に手を沿わせるように顔を包むと、その額へたまに双子に送るのと全く同じ、軽いキスをして笑った。

(あ、口じゃないんだ)とアインズが安堵の溜息をつくと、隣の息子も同時に全く同じ溜息をついた。

 アインズは同じことを思ったであろう、余計な事を喋ったパンドラズ・アクターの頭をスパンと叩いた。

「はい。ちゃんと仲直りするんですよ!」

「ありが…と……います…。」

 相手にされないと思っていたデミウルゴスが絞り出す。

「ったく本当にもう…。これでお前達仲直りしなかったら謹慎だ。それから、ここでの事は今度こそ絶対に誰にも言うなよ!こんなことが知られたらフラミーさんが何人いても足りん!!」

 

 その後デミウルゴスとパンドラズ・アクターは蹴り出されるように部屋を後にすると、二人熱い握手を交わし合い、BARナザリックへ向かった。




こう言うの久しぶり!!
ラッキー☆

#6 アインズの思案

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