「久しぶりのお出掛けでありんすね!」
「ソウダナ。マタオ役ニ立タネバ。」
シャルティアとコキュートスはミノタウロスの国の王宮、中庭で支配者の到着を待った。
トロールの大捕獲を行うのが今回の主目的と聞いているシャルティアはやる気に満ち溢れている。もりもりだ。
ちょうど一年前、昨年の秋に行われたドラウディロンの悪魔召喚作戦の時のように手順の多い難しい作戦よりも、捕獲!帰還!とはっきりしている作戦は実に気持ちがいい。
コキュートスも亜人担当係となり早三年。
二人とも
「それにしても、おんし、本当にナインズ様に爺と呼ばせる気でありんすの?」
コキュートスは四本の腕を天高く掲げた。
「アア…オボッチャマ!爺ガ必ズヤ屈強ナル戦士ニオ育テイタシマス…!」
興奮し始めた様子にこの話を振ったことを僅かに後悔したが、シャルティアはそれよりも戦士?と首を傾げた。
「アインズ様とフラミー様の御子が純粋な戦士になるとも思えんせんね。なったとしても妾のようなクラスの御方になるんじゃありんせんこと?」
シャルティアは信仰系魔法詠唱者だ。それも単体で物理攻撃、魔法攻撃、補助、治癒、回避が可能で、索敵を除く全てを行うことが可能なクラス編成の所謂"ガチビルド"。
「ソウダトシテモ物理攻撃、回避ハオ教エ出来ル!」
「…勝手な事をして番外席次とか言うあの頭のおかしな女のように弱くなってしまったら大変でありんすから、アインズ様によくご相談しなんし。」
珍しくシャルティアが冷静なのには訳がある。
美しく柔らかなショタの時代をすぐ様筋骨隆々に育て上げられては困るのだ。
シャルティアの一番の理想は骨の時のアインズだが、以前アインズが子供の姿になった時には下着が少しまずいことになった。
(きっとあのままのお姿でお育ちになるはずでありんす…。)
でへへと怪しげな笑いを上げていると、ポンと頭にひやりとした手を乗せられ、シャルティアは恋する乙女のような花咲く笑顔に変わった。
「シャルティアの言う通りだな。一郎と花子の間にも子が出来たが、実験は恐らく間に合わんのだから。」
「アインズ様!!」
今日も美しい骨の
アインズは娘の抱擁に背を叩くことで応える。
離れましょうねと言う意思表示も込めてトン、トン、と数度叩くがまるで木に張り付く蝉のように離れない。
この娘もいつか父性への求めをすっかり満たしたら、こう言うこともなくなるだろう。
アインズはチラリとコキュートスへ視線を送った。
すぐ様コキュートスはシャルティアを支配者から剥がすと、まるで普段アインズがフラミーにするように、その身を抱き上げた。
「――んん。しかし、教えん事には強くもなれんからな。コキュートス、期待しているぞ。」
シャルティアを腕に座らせたコキュートスは嬉しそうに頷いた。
「オ任セ下サイ。必ズヤ御方々ニ御納得頂ケルヨウオ教エ致シマス。」
三人はミノスの待つ謁見の間へ向かって歩き出した。
実はアインズはコキュートスにはかなり期待している。
アルベドやデミウルゴスに教育をさせればそれはそれは賢い子に育つだろうが――喜び勇んで皮を剥ぎに行くような子供にはなってほしくない。
『お父さんお休みの日には牧場で皮剥ぎしようよ!』
なんてキャッチボールの勢いで言われては困る。
しかしそうなればフラミーは恐らく大喜びで出掛けてしまうだろう。
『じゃあ明日はお父さんとどっちが早くたくさん皮を剥げるか勝負ですね!』
なんて――アインズは想像しただけで頭が痛くなりそうだった。
かと言ってパンドラズ・アクターを投入すれば――『ンンンン父っ上!』こう言い出すだろう。
ナザリックは最強の集団だと思っていたが、こと子育てに関しては弱すぎる。
しかしそんな中でコキュートスとセバス、ユリはナザリックの良心だ。
「……本当に期待しているぞ。」
アインズは修復されたヒエログリフの書かれている巨大な観音開きの扉の前に着くと、トンと爺の肩を叩き、爺は熱さすら感じさせる吐息を漏らした。
扉が開いて行くと、不遜な態度のミノタウロスがアインズへ向かって頷く。
「ミノス王よ。その後どうだ。」
「神王殿よ!よくぞ参られたな!さあ、お前たちは出て行きなさい。」
それだけ言い合うと、控えていたミノタウロス達がはけて行くのを四人はじっと待った。
そして扉がズンっと閉まった瞬間、ミノスは地に身を投げた。
「神王陛下!よくぞいらっしゃいました!今日はご視察ですか?」
「あぁ、ミノス。お前も大変だな。今日はここからトロールの国へ行こうと思っているんだ。すぐに出掛けるから何も気にしないでいい。うちの国の紋章のついた馬車を走らせるから念のため顔を出しただけだ。」
ミノスも王になり早ニ年と少し。パンドラズ・アクターに鍛え上げられ、なんとか王をやっている。ちなみに王様レッスンは今でもたまに行われているようだ。
「そうですか…。お陰様で魔導国羊とアンデッドの奴隷が浸透し始めたので是非国を見て行って頂きたかったのですが…。」
この男はアインズに惚れ込んでいる。自分の望みの全てを叶えようと動いてくれている偉大な王に、本当はあんな不遜な態度では一秒たりとも話したいとは思わない。
しかし賢王の子孫の偽りの死をもって無理に王座へとついたこの男は国民や側近に王らしい姿を見せなければいけなかった。
王となったミノスは、もうナザリックの者達の前でしか以前の少しガサツな優しいだけの何でもない一般のミノタウロスにはなれない。
それでも、彼はこの仕事がどんな事よりも尊く価値のある事だと分かっているので満足している。
そして彼はナザリックの者によく懐いているが、パンドラズ・アクターによる目撃者の圧倒的殺戮を目にしているので、畏敬の念も忘れていないようだった。
「視察にはまた来よう。そうだ、次はうちの子でも連れてな。」
アインズが骨の顔で楽しそうに笑うと、ミノスは目と口を開いた。
ミノタウロスの表情も今ではよく読み取れる。これは驚愕と歓喜だ。
「御子が!!おめでとうございます!!ミノタウロスの風習では人間を一頭送るもんですが――」
「いや、必要ない。気を使うな。」
ビッと素早く手を挙げ断るアインズに、ミノスは何て思い遣りのある王だろうなぁと、本当の王という者の素晴らしさを噛みしめる。
「ありがとうございます。お祝いは近々何か送らせていただきます。」
楽しみにしているよとアインズは軽く挨拶を済ませると、深々と頭を下げるミノスに見送られ謁見の間を後にした。
「さて、海上都市へ行って以来の馬車だな。」
アインズがナザリックから馬車を取り出すとコキュートスがゴーレムの馬を繋げ、移動は始まった。
赤茶けた四角い建築物が並ぶ中を馬車が行く。
アインズは窓から外を眺めながらもう三年か――と、これまでを振り返る。
この大陸も残すところトロールの国、西方三大国、トブの大森林の地下に広がるとされる大空洞、一度訪れた事のある都市国家連合で制覇だ。
そろそろ隣の大陸の様子の確認も始めなければいけない。
世界征服への道のりはまだまだ長い。
隣の大陸へ行く為に船で移動すれば、陸に着くまでは転移の鏡を載せなければナザリックには帰れないだろう。
いや、厳密にはナザリックには帰れるが、転移魔法では動き続ける船には戻れないだろうし、だだっぴろい何もない海を記憶することも難しい為振り出しだ。
しかし転移の鏡を持ち歩くような真似をして奪われたり潜られたりすれば、いとも簡単にナザリックへの侵入を許す事になってしまう。
(行くなら数日間、いや、下手をすれば数十日間は帰れないかもしれない…か。)
父になってしまう前にさっさと一度海を渡っておくべきだったとアインズは僅かに後悔した。
しかし、それと同時に未知を既知へと変えていくときの喜び、友人達との多くの冒険、乗り越えてきた危機がアインズの伽藍堂の頭蓋の中を照らす。
ギルド"アインズ・ウール・ゴウン"はそう言う集まりだった。
(…やはり行かねばならないな。)
海を渡りさえすれば
とは言え、未踏の新大陸にプレイヤーや竜王がいたとしたら?恐らく竜王は確実にいるだろう。
そして彼らはこれまでの事を考えると非常に喧嘩っ早い。十分な調査を行ってから海を渡りたいところだ。
(こんな時のための冒険者だよな。航海手当を払って…船の貸し出しをして冒険者の調査団を出すか。)
アインズはそれは中々いい案では無いかと一人頷く。帰って来たらエ・ランテルの冒険者組合長のプルトン・アインザックの下へ行こうと決めた。
神としての姿で会ったのはザイトルクワエと戦って以来なのでもう三年も前の話だ。
しかし人の身を手に入れてからはモモンとしてたまに会いに行ってエ・ランテル市市長に就いたパナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイア、魔術師組合長テオ・ラケシルと共に四人で食事したりしている。
優しいおじさん達との触れ合いはアインズの中に残る鈴木悟と言う名の小市民の残滓を癒す。
「よし。当面の目標は決まったな。」
大陸制覇、隣の大陸への渡航、時間逆行魔法の細かい操作と完成、絶対禁書の作成。
覇王はまだまだやる事があるようだ。
アインズは再び外の景色へ視線を戻した。
父ちゃん…王様で忙しいのは分かるけど、ちゃんと子育て手伝ってくださいね!!
閑話だけでなくもっと、と言うことなので完結後ですがちょろりと冒険に出ちゃったりして。
次回 #7 浅慮の一撃