眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#7 浅慮の一撃

 ミノタウロスの国から丸一日かけて北上すると辺りには低木林が広がり始めた。

 乾燥に強い陽樹が決してなだらかとは言えない大地に生え、これまで見てきた鬱蒼とした森とは違う――光が届く木の群れを成していた。

 乾燥はしているが近くには小さな水場もあり、ミノタウロスの国よりも雨が多く降る様子だった。

 

「陽光聖典の話によるとこの辺りのはずなんだが…。」

 アインズは木の間を縫うのが難しくなると馬車を仕舞い、辺りを見渡した。

 未だ町らしきものは見当たらない。

 生命感知(ディテクトライフ)にはここに暮らしている動物達が山のように引っかかり、この魔法の弱点を感じる。

 

(やっぱり陽光聖典は連れてくるべきだったかな…。)

 

 フラミーのいない旅に休憩を必要とする者を連れて来る気にもなれず、アインズは今回守護者しか連れてこなかった。

 陽光聖典は以前――アインズ達が転移してくるよりもずっと前にトロールの集落がトロールの国と呼ばれ始めた頃に討伐に出かけた事があると言っていたのだ。

 今からでも陽光聖典を呼び出すか悩んでいると、シャルティアが何かを言いたそうにアインズを見上げた。

「――どうした。何があるなら言ってみるがいい。」

「アインズ様。ここは妾にお任せくださいまし。見事トロールの国を見つけてみせんしょう。」

「ほう。ではシャルティア、お前に任せよう。やれ。」

 アインズの返答を聞くと、シャルティアは優雅に頭を下げてみせ、自分の影へ手を差し伸べた。

 

「――<眷属召喚>。」

 

 シャルティアの陰から黒い毛並みの狼達が溢れ出た。瞳は赤く、その狼達が単なる狼ではないことを物語っていた。

 十匹がシャルティアの前に揃い、興奮するようにへっへっと真っ赤な舌を出して呼吸する。

吸血鬼の狼(ヴァンパイアウルフ)!この林のどこかにいるトロールを探してきなんし!」

 たった七レベルの者達はシャルティアの簡潔な命令に遠吠えを上げ、木漏れ日が差し込む林の奥に向かって一斉に駆け出していった。

 

 シャルティアがしばしお待ちくださいと頭を下げると、秋の風に撫でられるようにシャルティアの銀髪が揺れた。

 同時に色付き出した黄色い葉が舞い、風の行方を視線で追う。

 アインズは微笑みを浮かべ、今日もまたユグドラシルでは感じられない自然の豊かさを感じた。

「…世界は本当に美しいな。」

 この美しい世界に我が子は産まれてくる。

 いつもなら「本当ですね」と優しく返ってくるはずの言葉も今はない。

 守護者達にとって世界はナザリックを彩る為の付属品に過ぎず、この世界の者にとってはあって当然の空気のような――いや、見飽きる分空気よりも価値が低いかもしれない。

 アインズは柔らかな風の中しばし目を閉じた。

 

(ここで産まれる事は幸福だが、不幸でもある…。)

 

 ナインズは果たしてこの美しさを理解できるのだろうか。

 教えて感じる物ではないと、残念ながらこの三年間でアインズは学んだ。

 今頃フラミーは最古図書館(アッシュールバニパル)で今後閲覧制限を掛ける書物を集めている頃だろう。

 そして生み出す絶対禁書――リアルがどんな場所でどんな歴史を積み重ね、どんな技術を持って世界を穢し続けたのかを残す――自分達と世界への戒めの書の制作の始まりを迎えているはずだ。

 それを書くことは自分達の知識を深め、科学への足掛かりを破壊する為にも必要なのだ。

 

(…私達もいつかはリアルを忘れていくだろう。その時には何度でもそれを開かなければいけない。)

 

 息を大きく吸い込む。

 遥か遠くから届く風の香りは複雑で、アインズはそれを表現する言葉を持たなかった。

 

「――アインズ様。」

 

 再び眼窩に赤い灯火を取り戻し、シャルティアへ視線を送る。

「御思案のお邪魔をして申し訳ありんせん。」

「いや、気にするな。それで、見つかったか。」

「はい。眷属が死にんした。おそらくその場にトロールがいるかと思いんす。」

 シャルティアの何も感じていないと言う声に頷く。

「そうか。向かおう。」

 三人は再び探索を始めた。

 シャルティアの先導に従って進むと、やがて林に紛れるように立つ木の塀が目に入った。

 アインズはローブの乱れを直しつつ、スキルを発動させる。

「<上位アンデッド召喚>。」

 蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)を四体呼び出すと空を指差す。

「お前達は上空で待機し、逃亡者が居れば捕獲しろ。」

 蒼い馬と、それに乗った禍々しい戦士は頭を下げると非実体へと変わり、木々の伸ばす枝をすり抜け青空へ向かって駆け上がって行った。

「さて、念のための包囲網の完成だ。コキュートス。」

 

 コキュートスが心得たとばかりに頷き、門へ近付いて行くとシャルティアは首を傾げた。

「このまま門を破壊して回収を始めるんじゃありんせん事でありんすか?」

「私は何も戦闘や破壊を望んでいるわけでは無いからな。」

 別にアインズは戦闘が好きなわけでは無い。

 神聖魔導国にトロール国の吸収もしたいし、大人しく老人を差し出すならそれで良い。

 ナザリックや国の為になる事ならどんなに残酷な事でもするが、特別残虐なことを好むわけでも無い。

 道の端を歩くアリをわざわざ踏み潰しにいったりはしないし、巣に水を注ぐような真似もしない。

 シャルティアは残念そうだった。

 

「トロールヨ!コノ場所ヨリ西ニ遥カ広ガル、神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国ガ王、アインズ・ウール・ゴウン陛下ガ参ッタ。門ヲ開ケ、案内ノ者ヲ出スノダ!」

 コキュートスが先触れとして門を叩くと、一枚の巨大な扉は縦に押し上げられるように開きだし、人間の身長を優に超える、三メートルはあるかと思われるような大柄なモンスターが一体姿を現した。

 その者は以前トブの大森林で見たトロールと同じく、醜悪だ。

 大きな鼻と耳を持つ顔は知性を感じさせるものではない。

 小さなベストのような物で上半身を辛うじて隠し、腰には動物から剥いだ皮をその姿のまま巻き付けていて、腰骨のあたりに熊の顔がチョンとついている。

「ふぁふぁふぁふぁ!今日は弱き者がよく顔を出す!」

 一歩踏み出そうとしたコキュートスをアインズは止めた。トロールのこの習性にはもう慣れている。

「弱き者か。シャルティアの眷属を倒したのはお前だな。我々は――」

「死になんし。」

 アインズが全てを言い切る前にトロールの頭は吹き飛んでいた。

 あぁあとため息をついていると、トロールの頭部を失った切断面はぶくぶくと肉が膨れ上がり、再生を始めた。

「シャルティ――」

「なんだ!?何が起こったんだ!?」

 注意をしようとするとザワつきと共に、トロール達が集まり出し、門の中からはぼんやりと不潔な臭いが流れ出してきた。

 リアルの貧民街でも何度か嗅いだ、風呂――スチームバスにすら入れない者達の臭いだ。

 

 中の様子を伺うと歪な形の平屋が立ち並び、建築もうまく行っている様子はない。

 しかし、住まう者が大きいため人間で言うところの二階建てくらいは大きさがある。

(あれは独自の文化、と言うには些か乱暴かな。)

 アインズは街を覗き込みながらローブの袖で鼻を覆った。基本的に神聖魔導国では亜人や異形の持つ独自の文化は継続させ保護するが、その街は単におつむが足りないだけという雰囲気だ。

 シャルティアへの注意は後回しにし、アインズはトロールへ告げる。

「我々は使者だ。この国をまとめる者に会わせろ。」

「スケルトン!人間!!ギガの息子ギグに何をした!!」

「私はスケルトンではない。良いから早く指導者を出してくれ。」

 ギャンギャンとトロール達が騒ぎ話が進む気がしなかった。

「アインズ様、恐ラクコノ者達トハ、(チカラ)ヲ見セナケレバマトモナ会話ハ成立シマセン。」

 コキュートスからのアドバイスの向こうに武人建御雷を見る。

「ふ、言うことを聞かせるために一発殴るのは悪い手ではない、だったか?」

 ぷにっと萌えも似たような事を言っていた。

 武と知と言う両極端な二人だったが、やはり良いチームだった。

「ハイ。此奴ラハシャルティアガ首ヲ刎ネタ瞬間ヲ見テオリマセン。教エテヤッタ方ガ良イカモ知レマセン。」

「では妾が足を落としんしょう!」

「ココハ私ガ。」

 二人、どちらが力を見せると話し合い始めると、周りを取り囲んだトロール達が手を伸ばしてくる。

 捕まえてこのまま指導者の下へ連れて行ってくれればそれはそれで良いかと思っていると、守護者二名は即座に空間から武器を取り出し、振るう。

 伸びてきた手の殆どが落ちると血が吹き出そうとした瞬間――コキュートスの切った痕は凍り付き始め、アインズに血が掛かることは無かった。

 そして再生を始められずにトロールが悶える。実に見事な判断力だと感心した。

 

 一方シャルティアが切った所は血が吹き出し、本人もアインズの半身も血に塗れた。

「アハァッ!」

 愉快そうなシャルティアの声を聞きながら、アインズは呟いた。

「…ここではコキュートスに任せよう。」

「アリガトウゴザイマス。」

 それを聞いたシャルティアはハッとアインズを振り返った。

「あぁ!アインズ様!!失礼しんした!!」

 ふわふわのタオルを差し出すシャルティアに苦笑する。

「シャルティア、お前は竜王国でフラミーさんにも血を掛けていただろう。」

 アインズは骨の顔を拭くと汚れたローブを摘み、血生臭い自分を見下ろした。

 頭蓋骨の中や肋骨の中に入ってしまった血はタオルで拭くのは難しい。

「は、はい…。」

「誰かといる時はやり方を考えなさい。最初に首を刎ねてしまったのも悪手だ。トロールは再生能力を持つのだから腹くらいに収めておけばすぐに恐れをなして中へ案内しただろう。」

 周りは阿鼻叫喚だが、冷静な説教が続く。

 シャルティアは防衛訓練で手を出したりと、ここに来て後先考えずに力を奮うと言う弱点が見え始めていた。

「何かが起きた時、一瞬で良いから考えを巡らせろ。闇雲に力を見せれば良いと言う物でもない。」

「申し訳ありんせんでした…。」

 途端にしょんぼりしていた。

 

 フラミーがいれば「でも頑張って偉かったですよ」なんて隣からフォローが入るのだろうか。

 アインズが鞭だとすればフラミーは守護者の飴だろう。

 それに、フラミーは「そっちじゃない」ではなく「こっちだよ」と言うタイプだ。

 

 シャルティアの謝罪を聞いていると途端にトロール達が騒がしくなった。

「ガ!!」「ガだ!!」「ガよ!!」

「蛾…?」

 一瞬何を言われているのか分からなかったが、トロールを掻き分けて現れたトロールを見た瞬間全てを察した。

「ガか。ガよ、お前がここの指導者だな。」

 その者は他の者より更に巨大な体躯をしていた。

 そして端整な顔付きにはある程度の知性を感じさせる。

 短い髭をたくわえる顎を撫で、アインズをじっと見た。

「そうだ。俺がここを取り仕切る、ガだ。我々に何の用だ、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)。」

(死者の大魔法使い(エルダーリッチ)か、惜しいな。…こいつがルーインの言っていた集落から国まで成長させた指導者か。)

 話せば分かりそうだ。

「――我が名はアインズ・ウール・ゴウン。神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国を預かる者だ。」

「なにぃ?俺は旅をしたがそんな国は見たことも聞いたこともないな!どうせチンケな臆病者の国だろう!」

 

 アインズは少しカチンと来た。




思ったより賢くなぁい…

次回#8 若返りの実験

一方その頃ふららは――

【挿絵表示】

ユズリハ様より頂きました!!しゅてき❤︎


ちなみにトロール以前一度説明出てきてるけど、皆もう忘れたましたよね!!!

試されるミノタウロス編 2-#22 忌むべき生き物
トロール達は力こそ全てだと言う種族で、数年に一度武道会を開いては勝者が政治を預かり持って部族を引っ張っていた。
それまでトロール達の集落を"国"などと呼ぶものはいなかったが、今回の為政者はどうやらあたりだったらしく、国と呼ばれるほどに大きくなり始めていた。

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