眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#2 眠らぬ墳墓の

「「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!!」」

 

 モモンガとフラミーは向き合っていたが、続いて来た唱和に驚きを隠せぬまま、声の主を探してゆっくりと振り返った。

 NPC達はさっきまでと同じ格好のまま控えている。

 

 先に平常心を取り戻したのはモモンガだった。

 モモンガの頭の中には、様々な問題を引き起こした続けた、ギルドの中で最も手のつけられない問題児の名前が浮かんだ。

「──るし★ふぁーさんのイタズラにしてはソフトでした……よね?」

 モモンガへ向き直ったフラミーは半笑いだ。

「こんなコマンドがあったんですね。るし★ふぁーさんならこのまま何かが爆発してもおかしくなさそう。衝撃に備えろ、なんちゃって」

 

 そして向き合っていたモモンガは硬直する。

 

「フラミーさん、なんで口が動いて……」

「え?何言ってるんですか?口……?口が──動いてる……」

 顔を触りながら感触がある事、口が動いていることに驚愕し、フラミーは慌て始めた。

「もしかして、ユグドラシルⅡ始まったんです?」

 聞かれてもモモンガには分からない。

 急ぎ現状を確かめようと動き始めたモモンガは、GMコールがきかない事、ゲームのログアウトや設定を開くことができるコンソールが開かないことに焦りを覚えた。

 中空をコツコツと叩くように手を動かすモモンガの挙動と、身体中をせっせと触るフラミーは誰が見ても()()()()()しまったような雰囲気だ。

 

「どうかなさいましたか?」

 

 透き通るような女性の声に、二人はまるで練習したかのようにピタリと合った呼吸で視線を向けた。

 

「どうかなさいましたか?モモンガ様……?フラミー様……?」

 そしてもう一度同じ問いが届く。

 モモンガもフラミーも、誰の発した問いなのかを理解すると、唖然とした。

 その声は間違い無く、NPCたるアルベドのものだった。

 

「GMコールがきかないようで──いや、ようなんだが……」

 なんとか絞り出した声が震えていない事に安堵しながらモモンガは答えた。

 

「……お許しを。GMコールと言うものに関する問いに、この私にはお応えする事ができません。どうか無知なる私に、この失態を払拭する機会をお与え下さいませ」

 

 モモンガはフラミーと目を合わせた。

 お互いなにかを言おうとするも、何とも言えない空気が視線の間を流れ、モモンガは耐えきれずセバスの方へ視線を彷徨わせた。

 

 するとセバスと目が合い──

「申し訳ございません。私もGMコールが何たるか存じ上げません」

 まるで生きているかの如くセバスも会話に参加してきた。

 

 モモンガは一言も物言わず茫然自失となっているフラミーの様子を見ると、逆に冷静さを取り戻すことができた。

 ここが例えユグドラシルⅡだったとしても、現実だったとしても、何にしても情報と備えは必要だ。

 モモンガの心の中は「俺がなんとかしなくちゃ」と言う言葉でいっぱいだったが、やらねばならないことはすぐに分かった。

 

「セバス。ナザリック地下大墳墓を出て、周囲一キロ程度の範囲を確認せよ。もし知的生命体がいれば戦闘行為は避け、友好的にここまで連れて来い」

「かしこまりました、モモンガ様。直ちに行動を開始いたします」

「……いや、待て。念のため戦闘メイド(プレアデス)を連れて行け。何かがあった時の保険になる。必ず一人には情報を持ち帰るようにさせろ」

「承知いたしました」

「よし、行け!行動を開始せよ!」

「は!」

 

 力強くも紳士的な声が響き、セバスはモモンガとフラミーへ跪拝する。それと同時に戦闘メイド(プレアデス)へ振り返ると、「聞いていましたね」と声をかけた。

「はい。セバス様」

「行きましょう」

 戦闘メイド(プレアデス)達を伴い、巨大な扉の向こうへ消えていった。

 

 ──嫌がられなくて良かった。

 モモンガが安堵するのもつかの間、すぐ隣に立っていたアルベドが顔を覗き込んだ。

「それで、モモンガ様。私はいかがいたしましょうか」

 

 何で俺に名指しで聞いてくるんだ、と焦りからか無意味な感想を抱く──と、ふと気持ちは落ち着き、モモンガの中にはもう焦りはなくなっていた。

「今から一時間後に第六階層アンフィテアトルムに集まるよう、各階層守護者達へ連絡を取れ」

「畏まりました。そのように取り計らいます」

「よし、お前も行け」

「それではモモンガ様、フラミー様、御前失礼いたします」

 アルベドが優雅に玉座の間を後にすると──扉が閉まりきった直後に「命令キター!!」と雄叫びが聞こえた気がした。

 

「あ、あの、モモンガ……さん?」

 二人だけになった玉座の間に少し怯えたような、頼りなげな声が響く。

「はい。フラミーさん……」

 答えたモモンガの声はこれまでと違い、威厳に満ち溢れるものから温和な雰囲気のものへと変わっていた。

 

 フラミーはいつものモモンガの声に安堵し、ほっと息を吐いてから続けた。

「ここ、本当にユグドラシルなんでしょうか?落ちれないですし……こんなの電脳法違反です。でも……まるでゲームじゃないみたい……」

「本当、ゲームだとはとても思えませんね。コンソールも出ないですし、運営とも連絡取れないですし……」

 仮想世界では電脳法によって五感の内味覚と嗅覚は完全に削除されており、触覚もある程度制限されている。また、DMMO-RPGなどで相手の同意なく強制的にゲームに参加させることは営利誘拐と認定されているのでログアウトは簡単にできるはずだ。

「私達、どうなっちゃうんでしょう……」

 モモンガはフラミーの中に不安が広がっていくのを手にとるように感じた。

「ともかく、ここが何なのか、どこなのかNPCが調べに行ってくれましたし、大丈夫ですよ!俺は今、NPC達に取った態度が正解だったのか分からなくて怖いです。セーブポイントがあればやり直したいなー、なんて、はは」

 モモンガは己の不安を隠すために努めていつもと同じような言葉を選んだ。

「あは。モモンガさん、凄くカッコよかったですし多分大正解ですよ!こう、魔王って感じでした!行動を開始せよ、なんて私言ったことないですもん!」

「普通に生きててそんな事言うタイミングないですもんねぇ。俺も初めて言いました」

「ふふ、モモンガさんはウルベルトさんやペロロンチーノさんと一緒にしょっちゅう言ってそうです!」

「あー、そうかも知れないですね。ははは」

 少し愉快な気持ちに乗って二人で笑い合うと、突然モモンガの笑い声は消え、素に戻ったような雰囲気を感じてフラミーは首をかしげた。

 

「はは──ん?どうかしました?」

「あ、いえ……なんか、さっき驚いた時もそうだったんですけど、感情に大きな動きがあると感情が一気に消えちゃうみたいな感じがして……」

「えぇ?何ですかそれ、怖いですね。アンデッドのスキルみたい……」

 ハッとしたようにモモンガが声を上げる。

「ここが現実だったら……俺、本当にアンデッドになっちゃったのか……?」

「じゃあ……私も悪魔になっちゃった……?」

 顔を見合わせ沈黙すると、フラミーの呼吸音だけが聞こえ続けた。

 

「私、悪魔になっちゃって生活していけるのかな」

 間が空いてから漏れ出た素朴な疑問に、モモンガはさらに疑問を返す。

「フラミーさん、ここでその体で生活していくつもりなんですか?」

「あ、その……お恥ずかしながら、リアルに戻れないなら戻れないで、と言うか、落ちれないなら落ちれないでもういいかなーと言いますか。ははは」

 所在無げに言うフラミーにモモンガは瞳の灯火を一層赤くした。

 

「フラミーさんは絶対帰りたいと思ってました。最近仕事順調って言ってましたし」

「あ、うーん。順調は順調でも、今まで泥の中歩いてた感じから泥舟に乗り換えられた程度なんで……。正直、孤児院育ちの私はここで生活していけたらいいなーなんて、思っちゃったりして」

 ははは……と笑うフラミーに、解る!と声を上げそうになったモモンガだったが、どこかと線が繋がる感覚が届き、こめかみをそっとおさえた。

 地表部に出たセバスから<伝言(メッセージ)>が来たようだ。

「──私だ。──うむ。──うむ。──そうか……」

 ナザリックの外には信じがたいことに草原が広がり、野うさぎが踊っているような状況らしい。

 一体ここはどこなのだろう。

 ユグドラシルの頃、周りは毒の沼地だったはずなのに。

 

「──分かった。もう少し調査を続けろ。四十分後には第六階層にある円形闘技場(アンフィテアトルム)に来て説明の続きをしろ。いいな」

 セバスの了承を聞き届け、モモンガは伝言(メッセージ)を切った。

 なんとフラミーに説明しようかと考えていると、その肩につんつん、と指が触れた。

 

「モモンガさん、今の独り言とっても危ない人です」

「え!?ちょっと!違います!違いますからね!!今セバスから伝言(メッセージ)が来て、それで──」

「ふふふ、わかってますよ!冗談です。ユグドラシルの時の伝言(メッセージ)モーションと一緒でしたもんね」

「まったくもー」

 イタズラそうに笑うフラミーにモモンガは懐かしさを感じた。

 

「それにしても、ゲームじゃなさそうなのに魔法が使えるんだなぁ。実は俺、自分の中にある魔法の感触みたいなものをずっと感じてるんですけど──フラミーさんはどうですか?」

「私もです。……なんだか、少し怖いですよ」

 その感想は当然だ。

 今しがた会ったNPC達は従順だったが、他のNPC達も一様に味方であるとは限らない。

 それはつまり、ユグドラシルで行われていたものと同等の戦闘を「生身」で行うことを意味する。

 

 モモンガは「そうですよね……」と骨の手を口に当てた。

「……とりあえず、俺も伝言(メッセージ)使えるか試してみてもいいですか?いつでも連絡が取れる状況っていうのは安心できますし」

「そうですね!送ってみて下さい!」

 フラミーはドンっと胸を叩き、モモンガはこめかみに触れ、唱えた。

「<伝言(メッセージ)>──」

 ──すぐにフラミーもこめかみに触れた。

 二人の間にはたしかに線が繋がる感じがした。

「『はひ!私です!』」

 空気の振動で耳に届く声と、直接脳内に響く声が二重に聞こえた。

「すごいな。本当に繋がった」

 フラミーはむむ……と唸ると、じっとモモンガを見つめた。

「──あれ?もしかして、そっちは繋がってないですか?」

「『あ、いえ!繋がってます!口に出さなくても聞こえるのかなってちょっと思ったんですけど、聞こえないみたいですね』」

 モモンガはなるほどとうなずいた。

「俺も試してもいいですか?」

「『そしたら──』」フラミーはそう言うと、くるりと背を向け玉座下に続く三段程度の階段に座り込んだ。「『どうぞ!右手か左手上げてって声に出さずに送って下さい!』」

「行きますよ」

 モモンガは心の中で話しかける。

(聞こえてますか?右手上げてくださーい)

 しかし何も起こらない。

(ジョークでスルーするのは無しですよ?)

 しかし何も起こらない。

「ダメみたいですね」

 モモンガがそう言うと、フラミーは振り返りこめかみから手を放した。

「魔法とはいえ流石にゲームの時と同じでしたね」

「本当ですね。でも、他の魔法もゲームのままだと思って挑むのは危険な気がします。ここで暮らして行くなら色々チェックしていきましょう。……これから会うNPC達の様子も」

 フラミーはモモンガの言いたい事に思い当たると、呟いた。

「私、どのNPCにも勝てる気がしないです」

「大丈夫。ぷにっと萌えさんの楽々PK術を伝授されてる俺達なら、少なくとも逃げ切れますよ」

 

 二人はその後NPC──階層守護者と呼ばれる者達にどんな態度で挑むべきか、敵対されたらどうするかと様々な会議を行った。

 

「じゃあ、取り敢えず反旗を翻されなかったら、モモンガさんが社長って感じでいきましょうね!」

 モモンガは渋面だ。いや、表情は変わらないが唸り声があからさまに渋っている。

「いやー……順位みたいなの嫌なんですけどねぇ。ずっと遊んできた友達ですし……」

「でも、友達同士で起業したって誰か一人は社長になるんですから!これは逃れられない運命なのねん!モモンガさんは社長さんなのねん!」

「それ何の真似ですか?なんか納得行かないですけど……仕方ないなぁ…」

「えらーい!モモンガさん、社長さんなのねん!」

 ふざけるフラミーを見て、この人歳下だもんなぁと昔交わした会話を思い出した。

 思い出に浸りかけたところで、モモンガの腕からは妙に幼い作られたような声が響きだした。

『モモンガお兄ちゃん。時間だよ。モモンガお兄ちゃん。時間だよ』

 骸骨の腕から萌えボイスという頓珍漢な光景とは裏腹に、モモンガの頭の中は途端に緊張で塗りつぶされた。

「じゃあ、約束の十分前ですし、掛けられるバフをお互い全部掛けて──第六階層、上がりますか」

 これから会う階層守護者と戦う事になるような最悪の場合、逃げに徹するとはいえ、命が掛かるかと思うと流石にいつも冷静なギルドマスターでも恐れるなと言うのは無理があるだろう。

 

 そんなモモンガの様子を知ってか知らずかフラミーも応えた。

 

「はい!あ、じゃない、行動を開始せよ!!」

 

「それ俺のやつー」

 




2019.06.20 KJA様 誤字のご報告をありがとうございます!適用しました!

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