眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#20 法国の決定と漆黒の剣

 夜明けから始まった会談も、ツアーの乱入やフラミーの蘇生作業によって、既に昼間になっていた。

 

 魔力がすっからかんの一行は、伝言(メッセージ)でオーレオール・オメガに神都神殿前に続く大通りへと門を開かせた。

 

 メイン通りに突如現れた闇に一時パニックになりかけた法国民達は、そこから現れた自国の高位の神官達を見て安堵した。

 そう言うことも、我らの神殿なら出来るだろうと納得したのだ。

 一般の者達では見たことがない聖典部隊を引き連れ進んで行く様は人類の守護者然としていて、この行進の噂は一気に神都中を駆け抜けた。

 通りに面する家や店から続々と人が顔を出し、素晴らしいパレードを一目見たいと噂を聞きつけた街中の人々が集まってきていた。

 

 歓声すら上がり、中には子供に花を持たせて聖典部隊へ渡すように走らせる親もいた。

 ――しかし、続いて現れた獅子の顔の天使、アンデッド、さまざまな異形に何が起きて居るのかとざわめく。

 その後、闇の神官長と、南方の衣装に身を包む尻尾の生えている男が出てきて、それぞれ一言告げる。

「スルシャーナ様を教え導いた神々のご降臨です」

『我々が通り過ぎるまで跪きなさい』

 自然と膝をついてしまう自分の体に人々は驚くも、恐怖はなかった。

 その様子に満足したように神官も男も再び進み出した。

 追うように闇から現れたのは幾枚も重なり合う翼を持つ、紫の肌をした女神だった。

 その美しさ、決して人ならざる者の威光に方々からは再び感嘆の声が上がった。

 そして――更に出てきた死の化身は、誰もが学校で習い、日々感謝を捧げてきた神そのものだった。

 深く神々しい黒き後光を背負った――スルシャーナを導いたと言う神は威厳に満ち溢れた様子で、神とはこのように歩くのかと思わされた。

 続いて再びアンデッドと天使が神を守るようについて出て来ると、大神殿へと行進は消えて行った。

 姿が見えなくなると人々はワッと声をあげ、抱きしめあい、今日という祝福の日に感謝した。

 昨日闇の神殿と光の神殿に祈りを捧げに行った者達は、自分達こそ神を呼んだ敬虔な信徒であると声を高くした。

 

 この日は"約束の日"と呼ばれ、後に神殿や、大聖堂へと必ず参拝に行く日となった。

 そして誰もが一生に一度はお伊勢参り、ならぬ一度は"約束の地"参りを夢見た。

 約束の地に建てられた神殿の中にある、美しく切り出された巨大な岩に触れると神聖魔導王の叡智を分けてもらえると、世界でも指折りの聖地になる事を、今はまだ誰も知らない。

 

+

 

 ニグンは神と共に自分の出立の時に土の神官長で、六色聖典の長でもあるレイモン・ザーグ・ローランサンから指令を受けた"長の間"に来ていた。

 縦長のステンドグラスがいくつも嵌められ、外からの光が複雑な色となり部屋に長く落ちた。

 静謐な空間で跪き、神々の言葉を待った――。

 

「面をあげよ」

 自分はこれから断罪されるかもしれない。

 それでも、最後にもう一度神の威光に触れられた事に、ニグンは心から感謝した。

「ここに、国を守り続けた具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)を連れて来るのだ」

 神の言葉に軽いざわめきが起きた。

 スルシャーナの従属神のことを言っているのは確かだが、あの従属神は唯の一度も神殿最奥から出てきたことはない。

 しかし、出来ませんとは言えない神官長達が静かな足取りで部屋を後にした。

 

 皆の呼吸する音だけが部屋に響いた。

 皆顔をあげても良い――つまり、神を見ても良いと言う許可を得ている為、じっと神々の姿を見つめた。

 闇の神の瞳には赤い命そのもののような灯火があったが――しばらく見つめているとふっと消えた。

 光の神も静かに目を伏せていて、そうしていると二柱はまるで彫像のようにすら見える。

 生命体ではありえないほどの、一点の隙もない完璧な美が並ぶ。

 その場に揃っている者達に神聖な不可侵の存在であると思い知らせるようだった。

 身に付けている物も実に素晴らしく、ニグンは何故あの時もっと早くこの存在達が神だと理解できなかったのか、ただただ悔しかった。

 光の神に至っては森妖精(エルフ)と罵ってしまった。

 光っているわけではないが、眩しい。そう思った。

 ニグンが目を細めていると――扉が開く音がし、従属神は現れた。

 見たこともない剣を携えて。

 

「よく来たな、パン――んん。具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)よ」

「ンァインズ様。再び拝顔の栄に浴する事ができ、恐悦至極にございます。一日も早く神々の城に戻る事を、どうかお許し下さい。そして、こちらを……」

 神々の居城へ帰りたいと願う従属神は、ようやく本当の自分を取り戻したかのように喜び、舞っていた。

 差し出す剣を真なる闇の神が受け取ろうとするが――「神よ!!」

 咎めるような声が響いた。その声の主はカイレだった。

 神々の行いに口を挟むカイレに、ニグンは苛立った。

 苛立ったのはニグンだけではなかったようで、静かに控えていた全ての従属神からも隠しきれない怒りの波動を感じた。

『だまり――』

「よいのだ、デミウルゴス。なんだ、カイレよ」

 

「それは六大神の残した我らが神殿最奥を支える――世界に匹敵すると言われる剣。それをどうされてしまうのでしょうか」

 どうするもこうするも、神々の持ち物が神々に帰っただけだ。

 神官長もやめないかと声を荒らげる。

 ニグンは必要があれば今すぐこの老婆を殺す覚悟をした。

 

 そして、光の神が告げる。それは死刑宣告のようにも聞こえた。

「破壊します」

 

 崩壊だ。

 

「それではこの神殿が壊れてしまいます!そうなっては法国の力が弱まったと森妖精(エルフ)に悟られ、戦線は街にまで及んでしまうかもしれん!どれだけの被害が出るか想像もつかぬほど、あの国の王――デケム・ホウガンは卑劣な男なのです!!」

 カイレは壇上に控える双子の闇妖精(ダークエルフ)を視界に入れたまま食い下がった。

 神官長達もどうなってしまうのかとオロオロし、カイレを諌めることが正しいのか迷い始めた。

(……未だ神々を神々だとわかっていないのか!?)

 堪り兼ねたニグンは神の前だが、許可を取ることも忘れて立ち上がった。

「貴様!!神の決められたことに歯向かうというのか!!」

 カイレは決して低い身分の存在ではないが、ニグンは指先を突きつけ、なおも続けた。

「この神殿の崩壊を以って、これまでの法国の罪を濯ごうと言う神々のご慈悲に気付けないような貴様が!これまで神殿の中枢にいたのかと思うとヘドが出る!!貴様には神の秘宝を身に纏う資格など――ない!!」

 

 ニグンは既に誰よりも神の真意を悟るのに長けていた。

 

 カイレの言い分も最もかも知れないと黙った神官長達だったが、成る程とニグンに加勢する。

 

「ルーイン隊長、少し落ち着かれよ。――カイレ様。貴女様はニグン・グリッド・ルーインがあの約束の地で受けた神の洗礼を知らなかったのだから仕方ないのかもしれませんが、神々は常に我らのことを考えてくれております。我ら法国は、ただただ驕っていたのです」

 

 ニグンは約束の地での事を思い出しながら熱を吐き出すように深呼吸をすると、優しく語り出した。

「私たちは神の前では無力な生き物にすぎません。そこには権力も、生まれも、強きも弱きも、何一つ介在する隙はないのです。カイレ様」

 先ほどとは打って変わって――神の洗礼を受け、真意に近付いた者だけが浮かべる事を許されるような慈悲深い笑みにあふれていた。

 

「これまでの法国を壊していただきましょう。それしかありません」

 全員がニグンの言葉に静かにうなずいた。

 中には、本当にこれで良いのかと心の中で自問する者もいたが。

 

 人々の混乱が収まると、闇の神は室内を見渡した。

森妖精(エルフ)の国との事は心配する必要はない。今後あの国は、この二人が象徴となろう。そして邪王は地獄に落ちることとなる」

 

 その淀みない言葉に、安堵の声が誰かから漏れた。

 

「――私はこれから、人も亜人も、異形も、全ての者たちが幸せに暮らす、そんな国を作る事をここに宣言する」

 

 神は、人だけを救うのをやめた。

 これまでとまるで正反対の方針に恐れを感じたが――皆ニグンの受けた洗礼を信じることにした。

 神の前では全ての命が無力であり、そこには権力も、生まれも、強きも弱きも、何一つ介在する隙はないのだ。

 

 翌日、法国中に触れが出された。

 それには一週間後に大神殿の一部が崩壊すると言う事から始まり、その日に法国は改名する事、これまで法国の犯した罪の数々。

 

 そして、神々の再臨が書かれていた。

 

+

 

 アインズとフラミーは約束の日の翌日から気晴らしの冒険者ごっこに出かけた。

 今回もやはりアルベドの猛反対にあったが、「これは必要なことだ」と言い張り――最後にはやはりデミウルゴスの謎の魔法の囁きをもって事態は収束した。

 二人は影の悪魔(シャドーデーモン)八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)と言った隠密能力に優れたしもべを警護に連れていく事を約束し、ようやくお出かけすることに成功した。

 

 冒険者組合では、デビュー戦――宿屋でモモンが格上の冒険者達を軽々と放り投げたことが噂になっていた。

 

(……悪かったからそんなに俺を見ないでくれ)

 

 モモンは居心地の悪さを感じながら、プラムと共に掲示板に向かった。

「良いお仕事あると良いですね!」

「そうですね。一週間は出ていられますし、いくつか受けても良いかもしれません」

 そう言いながら、モモンは掲示板の前に着くと、さてどうしたものかなと腕を組んだ。

 この世界の字はひとつも読めなかった。言葉は世界が翻訳こんにゃく(・・・・・・・)を食べているようで、自動翻訳されているので何とかなっていた。口の動きと聞こえてくる言葉が違うのだ。

 だが――こと、文字だけはどうしようもない。

 アインズは方針を決めると一枚の紙に手を伸ばそうとし――「えっ!ファンタジーなのに読めない!!」

 フラミーの大きな声にびくりと肩を揺らした。周りの人々から何事かと視線を送られる。

「プ、プラムさん。そんな大声で読めないなんてあんまり言わないほうが……」

 冒険者組合にこうして依頼の紙が貼られているということは、皆字は読めて当然な最低限の教育は受けているはずなのだ。それが読めないというのは、印象があまりにも悪かろうとアインズは冷や汗をかきそうだった。

「これじゃ、お仕事見つけられない……」

 フラミーがひぃーんと鳴き声を上げていると、背後から男の声がかかった。

森妖精(エルフ)さん、王国文字は初めてですか?仕事が決められないなら、よかったら私達の仕事を手伝いませんか?」

 

 それが冒険者チーム・漆黒の剣との出会いだった。

 

 報酬の折り合いがついた六人は揃って冒険に出た。

 街道に溢れ出てくるゴブリン狩りだ。

 辺りは清々しい風が吹き抜ける見通しのきく草原で、少し街道から離れたところに森がある。

 アインズとフラミーは初めて見る健康な森を見ると感嘆した。

「――トブの大森林は、プラムちゃんの生まれたエイヴァーシャー大森林とはまた雰囲気違うっしょ」

 フラミーはチャラチャラした雰囲気のルクルット・ボルブにそう言われると振り返った。

「私、森では生まれてませんよ」

「ん?そうなのか。じゃあ出身はどこ――」そう言い掛けると途端にルクルットの様子に緊迫感が漂った。「動いたな」

 ゴブリンとオーガが森からわらわらと出てくると、リーダーのペテル・モークがアインズへ声を掛けた。

「モモンさん、本当に半分お願いしてしまって良いですか?」

「もちろんです。プラムさんも良いですよね」

「はひ!頑張りましょうね!モモンさん!」

 フラミーが頷くと、アインズは動かぬ顔で笑い、背に掛けた二本の大剣を引き抜き駆け出した。

 

 そうしてその日はゴブリンやオーガを狩りに狩った。

 

 これだけ調子が良いならもっと狩って行こうと野営をする事にした。

 焚き火を六人で囲み、パチパチと爆ぜる火を眺めた。

「モモンさんもプラムさんも本当にすごかったですね」

 魔法詠唱者(マジックキャスター)のニニャはそう言いながら、塩漬けの燻製肉の入ったシチューをアインズとフラミーへ渡した。

「そんな。あのくらい、皆さんもすぐにできるようになりますよ!」

 アインズはフラミーの言に相槌を打ちつつ、シチューをどうしようかと渡された器に視線を落とした。

「はは……そんな。お二人は何か――人に在らざる者のような……そんな雰囲気がありますよね」

 アインズの胸の中をドキンッとないはずの心臓が跳ねた。

「まさしく、英雄であるな」

 ドルイドのダイン・ウッドワンダーがうむうむと頷くと、フラミーはちらりとアインズを見てから口を開いた。

「私は森妖精(エルフ)ですから。人じゃない感じするんだと思いますよ」

 フラミーがそう言うと、確かにと漆黒の剣は笑った。

「――それにしても、空」

 見上げたフラミーの視線を追い、アインズと漆黒の剣も空を仰いだ。

 雲の隙間から星が瞬き、真っ白な月が雲に陰りおぼろな光を落としていた。

 美しかった。同じ夜空でも、毎日見るたびに違う姿をしていた。

 隣で星を瞳一杯に映すフラミーは感動しているのか睫毛が少し濡れていた。

 ――美しい。アインズはそう思った。

 

「曇りだけど、雨は降らなそうですね」

 ペテルが見えている事を告げると、ルクルットも感想を口にした。

「なんだかパッとしねぇ空だなー。プラムちゃん、明日はきっと綺麗だよ」

「今日も綺麗ですよ?」

「……そう?やっぱ、森妖精(エルフ)はちょっと感性違うのかな?」

 首をかしげるフラミーが納得いくようないかないような顔をしていると、アインズは腰を上げた。

「プラムさん、空見ながら食べましょう。あそこの岩、寄りかかると見易そうですよ。首、痛くならずに済みます」

 アインズがそう言うと、フラミーは嬉しそうに頷き立ち上がった。

「わぁ、良いですね!行きましょ!」

「皆さんすみません。食事が終わったらすぐに戻ります」

 二人は立ち去り、岩に背を預けて空を見ながら食事を始めた。

「……やっぱり、あの二人って出来てんのか?」

「種族を超えた愛であるな」

 ダインが顎髭をなでて温かい目をする中、二人の楽しげな笑い声が風に乗り微かに届いた。

 

+

 

 あれから更にもう一泊し、袋いっぱいの魔物の部位を詰めた一行は再びエ・ランテルに帰って来ようとしていた。

 法国では聞こえてこなかった霜の竜(フロスト・ドラゴン)の話や、見たこともない魔法に二人は胸を躍らせた三日間だった。

「まだまだ見所がたくさんあって良かったですね!モモンさん!」

「本当ですね。俺、ちょっと法国で世界を知った気になってました」

 夕暮れ、ハムスケと名付けられた大魔獣の背に乗る二人はエ・ランテルに戻りながらそんな話をした。

 

 すると、ルクルットが割り込むようにハムスケの下から声をかけてきた。

「二人は法国の出身なのか?モモンさんは南方の生まれかと思ったが」

「そう言えば確か法国は森妖精(エルフ)と戦争してましたよね?法国はもう勝ったんでしょうか?」

 ニニャの何気ない言葉に慌ててペテルが頭を下げた。

「ニニャ!すみません、冒険者の癖というか、つい新しい情報を求めてしまうんです。プラムさん、気を悪くしないでくださいね」

「え?あ、良いですよ。前にも言った通り、私は別にエイヴァーシャーの生まれじゃありませんし、どっちが勝つとか負けるとか興味ありませんから!」

 見たことのない残酷な表情に、やはり地雷だったと漆黒の剣は頭を下げた。

 

 とっぷりと日が暮れ、エ・ランテルの城壁門にたどり着けば、そこには長蛇の列が伸びていた。

「ん?なんだろう?」

 ニニャの様子から、これが当たり前の光景ではないことが見て取れた。

「誰か!!この中に冒険者はいないか!!」

 衛兵達の声に最後尾に並んでいたモモン達は顔を見合わせた。

 二人の心の中は「ドラマで見る"お医者様いませんか"のようだ」と緊迫感がまるでなかった。

「我々は漆黒の剣、冒険者です。何かあったんですか?」

 

 ペテルの問いに衛兵はその後ろの大魔獣を連れているのかと期待を持って応えた。

 

「中でアンデッドが大量に湧いているんだ。減るどころか次々と数が増えて行くせいでめちゃくちゃだ!頼む!加勢に行ってくれ!!」




ニグンさん、お利口さんだな〜!

次回、神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国

2019.05.20 ふまる様誤字修正ありがとうございます!
2019.06.04 kazuichi様 誤字報告ありがとうございます!適用させて頂きました!

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