眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#10 誕生日

 フラミーは今日も最古図書館(アッシュールバニパル)と自室を行き来していた。

 適度な運動が必要だとペストーニャに言われている為、転移の指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を使わずに歩く。

「フラミー様、御本は私が持ちますので、どうか…どうか…。」

ソショクヤマブキダイダイウスイロ(わたしも)ウスイロキハダアオムラサキタイシャ(もちます!)!」

 ヴィクティムと本日のフラミー番のインクリメントが周りで冷や汗をかいていた。

「大丈夫ですよ!ちょっとくらいは動かないと!」

 フラミーは第十階層から第九階層へ続く階段をトントン上った。

「ん?フラミーさん!」

「あ、アインズさん!おかえりなさぁい!」

 フラミーが本を抱えたまま人懐こい顔をして走り出すと、僕達はあわあわとその後をついて走り――アインズもあわあわとその身に向かって走り手を伸ばした。

「――っあ。」

 大きな腹で足元が見えていないフラミーが最後の段に躓くと、悲鳴が上がる。

「な!!<完璧なる戦士(パーフェクトウォリアー)>!!」

 アインズは床がえぐれるのではないかと言うほどの力で床を蹴るとズザザッとフラミーの前に身を投げた。

 バラバラと本が散らばり、ゴチンっと最後の一冊の本の角がアインズの頭頂部に落ちた。

「わっ、あはは。すみませ――」

「すみませんじゃないです!!大丈夫ですか!?お腹は!!これじゃナザリック内でも――」

「っあ…痛っ…。」

「え!?」

 異変に血が凍る。

 フラミーは大きな腹をぎゅうぎゅう押した。

「いた…んん……あれれ…。」

「う、嘘だろ!?インクリメント、ペストーニャを呼べ!!」

「は、はい!!」

 アインズはフラミーを抱き締めると震えた。

「フラミーさん!フラミーさん!!た、たのむ…かみさま…!」

 唸るフラミーの背を何度も摩り、中で順調に育っているであろう我が子にまだ我慢してくれと何度も心の中で頼み、神だと言うのに神へと祈りを捧げた。

 泣いてしまいそうだった。

「アインズ様!フラミー様!」

 あ、わんを付けもしないペストーニャがスカートの裾を持ってバタバタと駆けてくる。

 アインズは今にも死んでしまいそうな程に青くなった顔を上げた。

「ぺ、ペス!!フラミーさんが――」

「あ、もう何ともないです。」

「っえ!大丈夫なんですか!?」

 フラミーのケロッとした声が響く中、ペストーニャがフラミーの腹に手を伸ばすと、アインズは一度身を引いた。

 ハラハラしすぎてアインズは気持ち悪くなっていた。

 胃がひっくり返って中身どころか臓物が出てきてしまいそうだ。

「フラミー様、こちらに違和感がありましたか?それともこちらでしょうか、あ、わん。」

「お腹側です。ここの辺り。」

 それを聞いたペストーニャは頷くと、嬉しそうにワンッと一度吠えた。

 アインズと僕はビクンッと肩を揺らし、ペストーニャは軽く頭を下げた。

「フラミー様、これはおそらく前駆陣痛でしょう。本当の陣痛へ向けての準備でございます、あ、わん。午後や激しい運動をされた後に出やすいですが、問題ございません。今後も起こりますが、歩いたり体勢を変えると治りやすいので、そのようにご対処頂ければ幸いです、あ、わん!」

 へなへなと崩れ、ぺたりと床に座ったアインズが倒れそうになると、ヴィクティムがちっちゃな手でその背を支えた。

「よ、よかった…。」

「ただ、二分程度で治らない時や、出血や粘液が出るような場合はまたお呼びください、あ、わん!」

「はーい!」

 ペストーニャは本当は付きっ切りでいたいが、過度な刺激や接触を禁止する旨を厳命されている為、なるべく呼ばれた時にしか参上しないようにしている。

 フラミーにプレッシャーを与えないための措置だ。

「では、アインズ様、私はこれで。フラミー様をお願いいたします、あ、わん!」

 床に座る支配者にペコリと頭を下げるとペストーニャは立ち去って行った。

 フラミーが座るアインズへ手を伸ばすが、アインズは掴まず一人で立ち上がった。

「…フラミーさん…。」

「は、はひ。」

「あなたは謹慎です!!」

「っえ!」

 アインズはフラミーを抱えると自室へ向かった。

「アインズさん、でも運動しないと。」

「九階層と十階層のバリアフリー化が済むまでダメです。全ての段差を無くすまでは俺の部屋にいて下さい。」

 メイド達が次々と扉を開けていくのを潜る。

 そして殆ど「支配者の練習」でしか使っていない自分の寝室に辿り着くと、ベッドにそっと、そぅっとフラミーを下ろした。

 そこにいてと言うと、収納を開け、布団やクッションをぽいぽい取り出していく。

 メイド達は二人が揃っている時に寝室に入ってはいけないと言う命令を律儀に守り、扉の外からやります!と声を上げた。

 アインズは誰にも触らせたくない為自分で作業を進める。

 十二単を着る女雛のようにフラミーを布団で包み、その手にクッションを持たせると、ふむっと満足げな声を上げた。

「アインズさん、これじゃ動けないですよぉ。」

「すぐに済ませますから。俺はちょっと水上ヴィラに行きます。大人しくしてるんですよ!」

 アインズが転移していくと、フラミーはつまらなそうに頬を膨らませ、本を持ってきたヴィクティムとメイドを手招いた。

 

+

 

「バリアフリー、でございますか。」

「たしかに危険ですわね。」

「ンンンンなるほど。宝物殿からも何かお出ししましょう。」

 西方三大国の情報を共有していた知恵者三名は頷く。

 水上ヴィラはたまに守護者達と食事を取る以外、すっかり有識者達の会議室と化していた。

「十階層と九階層を繋ぐ階段はもう使わせないとして、ほかの段差は根絶しろ。」

 拠点の操作でそれを行うと、また金貨の使用枚数が変わってしまうし、元に戻せない可能性もあるため物理的手段だ。

「かしこまりました。では早急に鍛冶長と男性使用人達を呼び、取り掛かります。」

「頼むぞ。…はー。もう本当に――」

 アインズは三人が囲むちゃぶ台の脇に座るとドサリと身を投げた。

「――幸せな悩みだなぁ、ははは。」

 その呟きに知恵者達も楽しげに笑った。

 

 九階層と十階層のバリアフリー化が始まると、アインズは徹底的に段差チェックを行った。

 半端な傾斜は逆に躓くため、神都大聖堂の建築にも携わった人間の設計士達を呼び出して傾斜角度の確認をさせたり、鍛冶長に助言をさせたり、本格的だった。

 設計士は九階層に来るとあまりに見事なその場所に飲まれ、ぽかんと口を開けたが、この場所に自分達も携わるのだとすぐに表情を引き締めた。

 

+

 

 アインズはある冬の日の夜、ベッドに身を放り出し、座るフラミーの正面から腹を抱えるように耳を当てていた。

「聞こえます?」

「聞こえますよ。」

 もうじき。もうじきなのだ。

 全てから二人を守ると誓った日から結局ナザリックに閉じ込めるように冬を迎えてしまった。

「フラミーさん、寒くないですか?」

 体を起こし、顔を伺うとフラミーは引っ張り寄せるようにアインズに口付けた。

「こうしてるからあったかいです。」

 アインズはそれは良かったと顔を綻ばせ、フラミーが取ろうとした本を代わりに取って渡した。

「――どうぞ、でもフラミーさん、まだ寝ないですか?」

「ちょっとこれだけやっちゃおうかなと思います。」

 

 フラミーはしばらく熱心に本を書いた。

 隣で資料を読んでいたアインズはちらりとフラミーの顔を見ると、「そろそろお終いにしましょう」と告げた。

「ん…もう少し…。」

「さっきもそう言いましたよ。」

 アインズはフラミーを抱き寄せると背をぽんぽん叩く。

 手を振ると備え付けの永続光(コンティニュアルライト)は消え、フラミーが杖の先に灯した永続光(コンティニュアルライト)だけが二人を照らした。

「あぅ…もう少しだけ…。」

「じゃあせめて一分くらい休んでから続きやって下さい。」

「一分なら…。」

 静かに背を叩いているとアインズの胸の中からは穏やかな寝息が上がった。

「やれやれ。」

 随分疲れているようだった。

 いつも頼りにしているデミウルゴスに相談できる内容ではないし、外でアインズが働くならばとフラミーは日中机に噛り付くように一人、禁書作成に励んでいる。

 当然アインズも禁書作成には携わっているが、フラミーの方がその割合はずっと多い。

 それにここの所はずっと貧血のようにフラフラしている。

 起こさないように注意して横向きに寝かせてやると、アインズは随分と大きくなった腹に手を当てる。中でも眠っているのか、静かだった。

「…おやすみ、文香さん、九太。」

 布団を掛け、自分も潜り込むとそっと目を閉じた。

 

 ふわふわと夢に落ちるか落ちないかと言うタイミングでアインズの意識は引き戻された。

「ッン……。」

 フラミーの苦しげな声が聞こえ、いつもの前駆陣痛が始まったかと体勢を変える手伝いをする。

「っんん…あいんずさん…。」

「少し歩きます?」

「う、うん…少し、歩く…。」

 手を取りベッドから足を下ろすと、フラミーはアインズに手を引かれて寝室の中をうろうろと歩いた。

「んん…良くなったみたいです。」

 フラミーがへらりと笑うと二人は再び床についた。

 そして眠りに落ちようとすると――「鈴木さん…。」

「ん、はい。すずきです…。」

 また鈴木かぁと苦笑しかけ――痛みだ。明確な痛みを訴える顔をするフラミーがいた。

 その下腹部には――水とわずかな血。

「っあ!?待ってて!!」

 アインズは唸るフラミーを置いて寝室を飛び出すと、えーとえーとと、決して理性的ではない頭をフル回転させ、メイド達の部屋へ転移した。

 メイド達は眠っている者もいれば、何か作業をしている者もいて、何で全員休んでいないんだとアインズは心の中で軽く悪態をつく。

「アインズ様!こ、このような時間に!アインズ当番は何を――」

「すまない、すまないが、ペス!!ペストーニャ!!あ、えーと、それから…それから…!」

 気配を感じたペストーニャと戦闘メイド(プレアデス)達が一般メイドの部屋へ駆け込んで来る。

「アインズ様!?」

「ああ!お前達!!」

 両腕を広げ、全員を抱き締めるようにすると、アインズは何も説明もなしに寝室へ再び転移した。

「あっ!フラミー様!あ、わん!」

「ぺ、ぺす…。」

 アインズがだらだらと脂汗を流すフラミーに手を伸ばそうとすると、ユリとナーベラルが腕を掴んだ。

「アインズ様、お外でお待ちを!」

「お産まれになったら、すぐにお呼びいたします…!」

 

 寝室を追い出され、一時間、二時間、三時間と時間が流れていく。

 寝室の前でうろうろしていると、メイド達から話を聞きつけた守護者達がどんどん集まって来ていた。

 第九階層に踏み入れることを許されている僕達も集まる。

 誰も口を開かなかった。皆が皆祈るようにし、ただその時を待った。

 ふと、部屋の中からフラミーの痛みに悶える大声が響き、静寂は破られた。

「…っあぁ…フラミー様…。」

 デミウルゴスがガタリと立ち上がる。

「フラミー様…。」

 シャルティアも続いて立ち上がるが、すぐ様膝を抱える様にしゃがんだ。

 二人は嗜虐趣味があると言うのに、フラミーの声を聞いて泣きそうになっていた。

 双子が抱き合う横でコキュートスがガリガリと頭をかき、アルベドは両手で顔を覆っていた。

 

 泣く者、慰める者、頭を抱える者、皆が震えているようだった。

 アインズはうろうろと歩き続けながら、自分の持つ七一八の魔法へ考えを巡らせる。

(不死者の接触(タッチ・オブ・アンデス)で麻痺させれば――いや、それで産めなくては意味がない…。大治癒(ヒール)で回復させれば――だめだ。産道が閉じるようなことがあればお産の邪魔だ…。)

 

 廊下側からノックが響く。

 アインズは雑に叫んだ。

「入れ!勝手に入れ!!」

「失礼いたしま――」

 数時間遅れて現れたパンドラズ・アクターは部屋に入った瞬間、そこに響く痛みに耐える声に硬直した。

「ふ、フラミー()――ま…。」

 震える足で一歩一歩進み、自分を呼んでくれた以前喧嘩した叡智の悪魔の隣に座った。

 

「あぁ!くそ!!私は無力だ!!」

 アインズが叫ぶと――中から幼い泣き声が聞こえた。

 扉に全員の視線が注がれる。

 泣き声が響き続け、しばしの時間が流れると扉は開かれた。

 

 アインズは中を見るとハッと口を押さえ、突き上げてくる感情を止めることも出来ずにボロボロと泣いた。




200話、10月1日ですね!
ナインズ様ご生誕おめでとうございまーす!!

次回#11 閑話 最後の条件

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