アインズはフラミーの寝室――二人のベッドのすぐ傍に置かれているベビーベッドの縁からヌッと頭を出し、すやすやと眠るナインズをじっと見ていた。
「どうしたんですか?抱っこしないの?」
「………これが俺の子か…。」
「ん…?」
フラミーは言われている意味がわからず首をかしげる。
「………すごい…可愛すぎる…。」
アインズがこぼした言葉にフラミーはあぁ、っと笑い、まだ慣れない産後の体を起こした。
「あぁ!時間まで寝てて下さい!」
「ふふ、大丈夫です。」
フラミーは二人に近付くとごろりと転がり直し、アインズも安堵すると再びナインズに視線を戻した。
ナインズは霞のように、ほんの僅かにふわふわの銀色の毛を生やしていた。
瞳は金色で、縦に入る猫のような瞳孔がフラミーにそっくりだった。
顔には
産まれて数日、アインズは守護者と共に神殿へナインズの誕生を伝えに行くと、数時間の祝賀会を開かれ、「早く帰らせろ」と苛々したり――、国中が誕生祭で盛り上がる中軽い参賀で手を振り、「早く帰らせろ」と苛々したり――、冒険者の航海への出発式典に参加し、「早く帰らせろ」と苛々したり――、西方三大国の情報がまとめられた物を知恵者達に渡され、「早く帰らせろ」と苛々したり――、とにかく早く部屋に帰りたがった。
そして神殿には大量の供物と、祝いの品が届き続けている。
参拝客もいつもより随分増えたようだ。
供物の殆どはアインズ達にとって価値を感じないもので、無慈悲にも通称シュレッダーに入れられユグドラシル金貨へと変えられている。が、それがナザリックのためになるのだから信者も本望だろう。
アインズはナインズにチョンっと触っては幸せにプルルッと背を震わせていた。
「可愛すぎる!あぁ〜!可愛いなぁ!」
滑らかなふくふくの頬を何度もつつきながら顔の全ての筋肉を緩める。
こんな素晴らしい生き物がこの世にいるのかとだらしない顔をし、「えへえへ」と笑った。目に入れても痛くなさそうだ。いや、フラミーも目に入れても痛くなさそうなのだから、間違いなく痛くないだろう。
「ん……んぁ……ぁ……!」
しかし、つつきすぎたようだ。
ナインズは顔の部品を全て中心に寄せるようにし、への字にした口をゆっくり開いていく。噴火前の合図だ。
「あ、き、九太!泣かないでくれ!よしよし、父ちゃんだらしなかったな、ごめんね、ごめんね。」
支配者とは思えない声を出し腹をポンポン叩いていると――「んぁああぁあぁぁあ!!」
ナインズは決壊した。
「あらららら。おいで、ナインズ。よしよし。お父さんのつんつん気持ちいいでしょ?どうしたの?」
フラミーが泣き続けるナインズの頭を支えながら優しく抱き上げ数度揺らすと、徐々にボリュームが落ち、ナインズは泣きながら眠った。
アインズは、フラミーが自分を「お父さん」と指しているのがくすぐったすぎて再びデレッと笑ったが、何とか夫としての威厳を取り戻す。
「すみません…俺、触りすぎですか…?」
「んふふ、本当はもっと触ってほしいと思ってますよ。ちょっとだけ今はご機嫌斜めだっただけで。」
ナインズをあやすフラミーは天使のようだった。幸福だ。幸福が過ぎる。
「フラミーさん…聖母…。」
「えへ?なんですか?」
フラミーは照れ臭そうに微笑むと、そっと自分達のベッドにナインズを寝かせた。
起こさないように慎重に背から手を抜いていく。
「…九太、こんな母ちゃん…お前学校で自慢できるな…。」
「ははっ、お父さんだって自慢ですよ。」
二人はとろけたような顔をすると、息子の上で唇を合わせた。
今は起きないでくれと願いながらアインズがフラミーの顔を撫でていると、扉は叩かれた。
「…もうそんな時間か…。」
「早いですね。」
アインズはすぐにでも壊れてしまいそうなふにゃふにゃの息子をそっと持ち上げ、ベッドの中心に移動させた。
(これも宝物だな…。)
周りに大量のクッションを置くと、へらりと顔を緩めてからフラミーを抱き上げ、寝室の扉へ向かう。
まだ寝返りも打てないため落ちる心配もない。
フラミーは腹の膨らみが無くなったので若干違和感がある。
アインズはナインズが生まれた夜、寝ながらフラミーの腹に触れ、腹が小さくなった事を忘れて慌てて飛び起きた。
「まだ私の事も抱っこしてくれるんですか?」
妊娠中は宝物のように大切にされてきたが、もうナインズは生まれたのだ。
「え?しない選択肢があるんですか…?」
付き合う前からフラミーを持ち運んでいた男は心底不思議そうに首をかしげた。
「ふふ、ないです。」
フラミーは嬉しそうに笑い首に腕を回した。
寝室を出ると、全守護者とパンドラズ・アクターがソワソワと落ち着かない様子で控え、その顔には「ナインズ様は?」と書かれているようだ。
「ナインズは寝てるので皆静かにお願いしますね。」
フラミーの通達に、皆が静かに半開きにされた扉の中を覗こうと首を伸ばした。
「それじゃあ、始めるか。」
アインズのその一声で守護者達は表情を引き締めた。
「アルベド、イツァムナーは呼んであるな。」
「は。部屋の外に待機させております。」
「よし、入れろ。」
アルベドがメイドへ目配せすると、メイドが扉を開け、本を抱いたイツァムナーが部屋に入った。
「………イツァムナー、御身の前に。」
「よく来たな。さぁ、クラスの確認ができる魔法の検索を。」
イツァムナーはやる気に満ちた瞳をして頷き、
ナインズが一体どんな種族の者なのだろうと二人は話し合ったが、よくわからなかった。そこで、この集まりだ。
イツァムナーの検索を待っていると、寝室へ首を伸ばしていたシャルティアは遠慮がちに支配者達を見上げた。
「アインズ様、フラミー様…。妾、その…ナインズ様のご尊顔を拝しとうございんす。」
もじもじと赤い瞳で見上げるシャルティアは実に可憐だった。
「良いですよ。起こさないようにね。」
フラミーは気軽に立ち上がるとシャルティアに手を伸ばした。
「あ、ぼ、ぼくも!!」「あたしも!!」「爺モ…。」
「…んん、私もできれば…。」「私も見とうございます!!」
「ンンンン私も!!」「
守護者が一斉に声を上げると、結局皆でそろりそろりと寝室に入った。
ベッドを囲み、覗き込めば、三角の小さな口を開けたり閉めたりするナインズが静かに眠っていた。
「す、すごいね、お姉ちゃん。」
「うん。こんな…こんな……すごい…。」
双子が感嘆していると、アインズは再びちょんっとナインズの頬を押した。
「…はぁ。本当すごいよな…素晴らしいよ…。」
支配者は骨抜きだった。
「可愛いですよね。皆、どうか可愛がってあげて下さいね。」
フラミーは眠るナインズの頭を数度撫でるとほぅ、っと優しい息を吐き、ベッドに頬杖をついた。
見ていたパンドラズ・アクターは「はわわ」っと妙に愛らしい声を上げた。
「…ソノ様ニ柔ラカクテハ…心配デゴザイマスネ。」
ぶしゅーとコキュートスの冷たい息が広がる。するとナインズは目を開け、一瞬きょとんとすると、すぐに顔をシワシワにして泣きだした。
「あらら。」
「あ、ああ!コキュートスが失礼いたしました!コキュートス、あなた不敬よ!!」
「オ、オボッチャマ!申シ訳アリマセンデシタ!」
「コキュートス、君はナインズ様にあまり近付かないでくれ!」
あわあわとどうしたものかと思案し、シャルティアはナインズへ指差した。
「ど、どうしたら――あ!わかりんした!<
「は!?お前そんなあやし方が――」
しかし、何も起こらなかった。
「――やはりナインズは人ではないのか。」
アインズは泣き続ける我が子の様子に妙に納得してから頭を支え、そっと抱き上げた。
「ナインズ、コキュートスは悪い奴じゃない。」そう言いながら尻をポンポン叩くと、尻はズッシリ重かった。
「……あ、お前、出したのか。」
「お腹冷えちゃったかな?<
フラミーが臀部を指差すと、ぐっしょりと湿り、重くなっていたそれは途端に乾いた。
「良かったなぁ、ナインズ。フラミーさんが綺麗にしてくれて。」
アインズは顔を綻ばせるとナインズの霞の頭に鼻を当てふんふんと匂いを嗅いだ。再び眠り始めるとベッドに戻す。
そして、支配者らしい咳払いをひとつ。気を抜くとすぐにデレデレになってしまう。
「それで、お前達はナインズはどんな種族だと思う。」
有識者会議は囁きの中始まった。たった一人、強い確信を持ってコキュートスは発言する。
「
「そうだろうな。」「そうでしょうねぇ。」
アインズとフラミーは頷いた。
「アンデッドでも無いようでありんすし…。」
「あ、あの、
「マーレ〜。耳は尖ってらっしゃるけど、アインズ様とフラミー様が
ひーんとマーレが汗を飛ばすと、デミウルゴスはメガネを中指で押し上げた。
「やはり、悪魔、でしょうね。」
「そうよね。私もそうだと思うわ。」
知恵者悪魔二名はにやりと笑った。
「という訳で、我々は恐らくナインズ様の一番の――いえ、守護者の中では一番の理解者になるでしょう。」
「くふふっ。この先お世話をするのは私達で決まりね。」
勝ち誇ったような二人の笑顔をよそに、パンドラズ・アクターはフラミーを覗き込んだ。
「…ンンンンナインズ様に触れても宜しいでしょうか…?」
「良いですよ、優しく触ってあげて下さいね。」
許可を得ると、そっとナインズの口へ長い節くれた指を差し出した。
「っはぁ!」
唇に触れた途端あむあむと指先を吸われ、パンドラズ・アクターは昇天した。
シャルティアとコキュートスは勝手なことを言う悪魔二名に不満をぶつけていた。
「ふふ、ズアちゃんったらアインズさんみたい。」
「えっ!?俺、こんなでした…?」
アインズも同じ事をして昇天していたが、本人に自覚はないようだった。
アインズが煙を吹き出すパンドラズ・アクターへ「こんなかなぁ」と顔を向けていると、イツァムナーが扉の縁をコンコン叩いた。
「………基礎種族を確認する魔法ならあった。」
「何!そうか!さぁ、試してくれ!」
イツァムナーがページに触れ、風のようなものが僅かに本の中から吹き出す。アインズはフラミーが祈るようにしているのを見ると、そっと肩を抱いた。
(…異形種であってくれ…。)
機械的な呪文詠唱音が流れ、風は止んだ。
「………わかった。ナインズ様の種族は――」
「「「種族は!」」」
ずずいと守護者達が身を乗り出す。
「――………神の子。」
アインズは我が子に視線を落とし、誰の子だって?とイツァムナーに問い直した。
守護者達はそっちだったか〜と、惜しがるような声を上げ、まぁそれはそうだよねと納得している。
ナインズを起こさないようにある程度気を配った声量だが、非常に興奮しているようだった。
「………ナインズ様の種族は神の子。人でも亜人でもない、あらゆる者と一線を画した異なる種族。」
「神の子だなんてそんなクラスがあるのか…。それに俺たちの子なのに――まてよ。」
アインズはふと恐ろしいことに気がついた。
「……
アインズがナインズへ視線を落とそうとすると、フラミーは慌ててナインズを抱きかかえた。
「や、やめてください!あなた何考えてるんですか!!」
フラミーの戸惑いと怒り混じりの声に皆が視線を上げ、ナインズはその腕の中で目を大きく開けていた。
「あ、いや!フラミーさん、別に
落ち着いて話しかけてもフラミーの目はまるで敵を見るようでアインズはただただ焦る。
(頼む、そんな目で見ないでくれ。)と何度も心の中で頼む。
「フラミーさん、本当だから…。」
噛み付くような顔をされるばかりだ。
「文香さん、本当に。俺が二人にそんな事させる訳も、望む訳もないでしょう…。」
その名にフラミーはふと自分を思い出したような顔をした。
「そ、そう…ですよね…。」
「そうだよ。おいで…。」
ナインズを抱えるフラミーが胸におさまると、アインズはホッと息を吐いた。
しかし、この先どうやってフラミーに最後の条件を消化させれば良いのだろうとアインズは深く悩んだ。
フラミーとナインズの眠る寝室、アインズは一人自分の
「神…神のクラス……。」
そんなものを持っているモンスターなど聞いたことはないし、出会った記憶もない。
アインズはパタリと
「…やっぱりワールドエネミーにいたんだろうなぁ。」
まるで転移を期待したくない生き物に思いを馳せた。
デレンズ様、不用意な事言いがち
一定数以上の信仰を集めた二人から生まれると神の子クラス!!
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