眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#12 閑話 ツアーからの祝い

「ソーレオボッチャマ、ゴ覧下サイ!爺ノコノ(チカラ)コブヲ!」

 第五階層の錬成室にコキュートスの嬉しそうな声が響く。

 アインズはツアーの鎧の様子を確認し、フラミーはロッキングチェアで揺れていた。

「あ〜。」

 さも納得したような声を出しているナインズにコキュートスのテンションは最高潮だ。

「オォ!爺ハオボッチャマヲ必ズヤ守リキッテ見セマスゾ!!」

 ナインズにも魔法の装備を着させて居る為、氷山の錬成室でも問題なく過ごしていられる。

 子供達の微笑ましいやり取りをフラミーも時折あくびを漏らしながら眺めた。

 フラミーは未だに睡眠無効や疲労無効アイテムを使わず、朝な夕なに授乳している為常に眠そうだった。まつ毛の端に真珠のような涙が一粒輝いた。

 その隣で、ナインズの乗せられている揺り籠を揺らすメイドの顔は実に晴れ晴れとしている。「私、お世継ぎ様のために働いてる!!」とでも言うようだ。

 メイドはアインズ当番、フラミー当番、ナインズ当番と三人もいる。当然籠を揺らす権利はナインズ当番にあるようだ。

 

 アインズはナインズが生まれてからと言うもの、トロールの実験以外には殆ど外に出かけていない。

 外出を拒否し続け、約二週間だ。

 アインズに外出を強要する者などこの世にはいないので何の問題もないのだが。

 

「――こんなもんか。」

 アインズはツアーの鎧がすっかり直ったことを確認するとこめかみに触れた。しばし応答を待つ。

「…ツアー。私だ。鎧が直ったから、試着を頼む。」

 試着という表現で合っているのかは分からないが、伝言(メッセージ)を切ると鎧は即座に動き出した。

「アインズ、助かったよ。」ツアーはそう言いながらフラミーへ手を挙げ「やぁフラミー。…あ…ん?」何かに気が付いたような声を上げた。

「こんにちは、ツアーさん。いらっしゃい。」

「どうだ?良いだろう。私が破壊した鎧に近付くように、うちで使いたかった常闇の素材もどっさりと使って修復してみたぞ。」

 

 ツアーはフラミーに振り掛けた手を数度握ったり開いたりしてから頷いた。

「あぁ、これは素晴らしいね…。少し鎧を動かしてみても――いや、待て。」

 切羽詰まったような雰囲気だ。

「ん?不具合か?」

 勿体無い病のアインズが惜しみなく素材を使ったと言うのに。

 ツアーはアインズの問いに答えもせず、ナインズが入っている籠へ足早に近寄り、コキュートスに接近を止められながら中を覗いた。

 

「君がアインズの子か。素晴らしいじゃないか。フラミー、よくやったね。」

「はは、ありがとうございます。」

 照れ臭そうに笑うフラミーの両手を握り数度振ると、再びコキュートス越しに籠の中を覗き込んだ。

「君は確かナインズと言ったかな?来週お披露目があると触書きが回ってきていたが。」

 真っ直ぐに話しかけられるナインズは、ぽかんと口を開け、ジッとツアーを見た。

「どうかしたのかい?ナインズではないのか?」

「ナインズですよ。まだ喋れないですし、言っていることも多分あんまりよく分かってないです。」

「何?産まれてもう二週間だろう。」

 目を見張るナインズの腹をフラミーがこちょこちょと撫でると、くちゃっと嬉しそうな顔をし、手足をジタバタさせた。

「…頭はあまり良くないみたいだけれど、愛らしくはあるね。」

 ツアーの言い分にアインズは溜息をついた。

 

もう(、、)二週間じゃなくて、まだ(、、)二週間だ。霊長類は爬虫類と違って喋るには後一年はかかる。ナインズの頭が悪い訳じゃない。」

 パパは大変不愉快そうだった。

 

「そんなにかかるとはね。早く始原の力について教えたいけれど、難しそうかな…。」

「話しかける事は自由だが理解はできんだろうな。」

「そうかい。まだ幼いから大きな力には育っていないけれど、普通の竜王が産まれて来る時よりも強大な力を持っているような気がするよ。成長に合わせ力は更に大きくなるだろう。早いうちに実験したいところだね。ドラウディロンのようにナインズも生贄を必要とする可能性は十分にある。」

「…そうか、混じり気から生贄を必要とするかもしれんか…。」

 力を暴走させ、ナザリックの者を生贄にされたり、ナザリックを破壊されては困る。

「そう言う事だね。最悪ドラウディロンの家系の二の舞だ。」

 ツアーが鋭い目付きで揺りかごを注視すると、ナインズは三角の口を開き、一言「あ」と漏らし、顔を歪めていく。

「あぁあぁ。お前がドラウディロンの二の舞なんて言うから――」

 第五階層に泣き声が響いた。

 

「おいで、ナインズ。ツアーさんは別にナインズの悪口を言った訳じゃないんですよ。」

 フラミーに抱かれ、ナインズがわんわん泣く様子にツアーは困ったなと鎧の首の後ろを撫でた。

 すかさずコキュートスが四本の腕にガラガラを持ちフラミーとナインズの前でワタワタする。途端に第五階層は賑やかだ。

「アア!オボッチャマ!」

「…実験はもう少し先になりそうだね。」

「あぁ。あまり焦らないでくれ。」

「わかったよ。」

 ナインズが泣き止む様子がないと、フラミーは立ち上がった。

「お腹空いちゃったのかな。ご飯だね。」

 フラミーが部屋の端へ向かい出し、背のリボンに手を掛けるとアインズは慌ててツアーの兜を外した。

「な、なんだい。」

「見るな!!」

「いや、別にそこに僕の目が付いているわけじゃないんだけれど。」

「何!?とにかく見るな!!」

 フラミー当番とナインズ当番の二人のメイドが幕のようなものを急いで取り出し、フラミーと男性三人の間の視界を遮った。

「あれは何をしているんだい?」

「どう考えても授乳だろうが!お前には過ぎた光景だ。」

 頭のない鎧は腕を組み、なるほど、なるほど、とどこかからか声を上げた。

 アインズはツアーの兜を戻し、急ぎ幕の中へ向かった。

 

 幕の中のフラミーは半端にローブを脱ぎ、寒そうだった。

 魔法で出したであろう椅子に座り、二対の翼で腕の中のナインズを包み、もう二対の翼で胸が丸出しにならないよう隠しながら授乳している。

 装備が取れたと認識されては凍えてしまう為、アインズは急ぎローブを脱いで露わになっている肩に掛け、さすった。

「飲んでます?」

「飲んでますよぉ。早く大きくならなきゃいけないって思ったかなぁ。」

 ふふ、と笑うフラミーの胸はたっぷりと大きくなっている。

 ナインズは手でモニモニと大きな胸を押しながら必死に乳を飲んでいた。

「…九太、ツアーの言うことなんか聞かないでいい。ずっと赤ちゃんでも良いんだぞ。」

 乳を吸う頬を撫でながら、ゆっくり大人になってほしいと思う。

 アインズの頭の中には幸せの花が咲き乱れていた。

「ふふ、本当ですね。いつか反抗期なんか来たらやだなぁ。」

「九太はきっと反抗期なんかないですよ。」

 アインズは目尻を下げ、ぽやぽやと幸せそうな顔をしたが、後に青年になったナインズに、やれ「シャキッとして下さい」やれ「べたべたし過ぎです」と叱られるたびにこの日の自分の言葉を思い出したらしい。そして、「お前、それは反抗期なのか?」と愛する息子に首をかしげるとか。

 ナインズは満腹になると眠った。

 アインズはフラミーの露わになっている胸をしまう手伝いをし、三人で幕を出た。

 

「眠ったのかい?」

「眠りました。本当手間のかからない子ですよ。」

 ツアーは幸せそうに笑うフラミーの腕の中のナインズを覗き、そっと頬を押す。

「…柔らかいね。空気の様だ…。」

「前にも言ったが、お前の手は冷たいんだからあまり触るんじゃない。」

「しかし冷えは感じないんだろう?ここは随分気温が低いが平気そうじゃないか。」

「だめだ。ナインズは可愛くて柔らかくて泣きやすいんだから。」

 可愛くて柔らかい情報は必要なのだろうか。

 余計な情報を挟まずに息子を語れない支配者はコキュートスを手招いた。

 

「オオ…!コノ程度ノ敵ニ、オボッチャマノ体ヲ触ラサセタリハシマセンゾ。」

 コキュートスはいつもより大仰な仕草でツアーとフラミーの間に立ち塞がった。

「サァ、我ガ剣ガ恐ロシクナイ者ハカカッテクルガイイ!」

「触る触らないは置いておいて、僕の鎧のリハビリに付き合ってもらっても良いかもしれないね。」

 ツアーが剣に手を掛けると、コキュートスは嬉しそうに白い息を吐いた。

 

「ツアー、その剣はまずい。私の私物を貸すからこれを使え。」

 適当なデータ量の剣を取り出し、ツアーへ放る。

 ツアーは受け取った剣を鞘から抜くと興味深そうに眺めた。

「コキュートス、鎧をあまり傷付けないように戦いなさい。せっかく修理が終わったんだからな。」

 なんなら鎧の上から鎧を着せたいくらいだ。

「カシコマリマシタ!デハ、ツアーヨ。イザ尋常ニ勝負。」

「あぁ、頼むよ。」

 二人は錬成室を出た。

 

 剣戟音が鳴り響くとナインズはハッと目を開けた。

「怖くないぞ?九太はツアーより強くなるんだからな。」

 そっと小さな耳を塞いでやると、超音波のような声を上げてから笑った。

 初めてのナインズの笑いに、アインズとフラミーは一瞬驚いたが、肝の座っている様子に一緒に笑った。

 アインズはナインズの耳を塞ぐのをやめ、いそいそと二人の戦いが見えるところにロッキングチェアを移動させる。

 初めての爆音が楽しいのか、ナインズはフラミーの腕の中で大爆笑していた。

 アインズは持ってきた椅子に座ると、フラミーを持ち上げ、自分の上に座らせた。

 暫く観戦するとフラミーは翼でナインズを包みすやすやと眠り出し、アインズは自分達の周りに静寂(サイレンス)を掛けた。

 途端に静かになったが、ナインズは楽しげに笑い続けた。

 自分の大きな声を楽しんでいるようだが、アインズはご機嫌なナインズの口に指を入れた。すぐに吸い始め静かになる。

「九太、フラミーさんが寝てる時は静かにしないとだめだからな。」

「あ〜。」

 やはりわかったような声を出す。知ったかぶりの支配者達の子供は知ったかぶりがうまいようだった。

「ふふ。九太は本当に賢いなぁ。ツアーは何も分かって無いんだよ。数年後には九太の賢さを知ってきっと謝りに来るぞ。」

 床を蹴り椅子を前後させながら語る支配者の声は穏やかで、随分と若々しい。

 一生懸命指を吸ったナインズはやがて眠りに落ちたが、優しい父の指を握ったまま離さなかった。

 

 その後コキュートスの必死の食らい付き虚しく、強化されたツアーの鎧は勝った。

 ツアーはリハビリを終えると、勝ったと言うことでナインズに触れる権利を一応与えられ、慎重にナインズの腹を撫でた。ちなみにコキュートスも冷たいからあまり触るなと言われている。

「じゃ、僕はこれで。フラミー、何か困ったらいつでも来るといいよ。君の存在はナインズが正しく育つためにも必要だ。」

「はーい!頑張りますね!」

 ツアーは手を振り、一歩闇へ足を踏み入れると「あ、そうだ。」とぴたりと止まった。

 何かな?と首を傾げていると、巨大な竜の上半身が中から出てきた。

 アインズが思わず杖を抜くと、ツアーは白金(プラチナ)の美しい鱗をごっそりと置いた。

「こ、これは…?」

「お祝いだよ。昔約束しただろう。これと常闇の素材を使って、ナインズの為に新しい制御の腕輪を作るんだね。」

 

 アインズはそれじゃと帰る友人に、また来てくれと晴れやかに手を振った。




あらぁ〜良いお友達!

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