「父上、それで、本日は何を?」
久々に軽く執務を行ったアインズは宝物殿を訪れていた。
フラミーもナインズも連れていない為パンドラズ・アクターのテンションは普通だ。いや、普通の人よりはよほど高いが。
「明日のナインズのお披露目のために
それを聞いた瞬間、パンドラズ・アクターは目をキラリと光らせた。アインズが嫌な予感がすると思った瞬間片手を天高く掲げた。
「
全ての動きがオーバーアクションだ。アインズは見事に鎮静され、骨の顔を手で覆った。
「…それしないと
別人のように情けない声を出した後、ンンッと咳払いをする。
「――まぁいい。兎に角早く取って来なさい。」
「かしこまりました!」
「あー…帰りたいなー…。」
アインズは相変わらずナザリックにいても早く帰りたい病だ。
今頃フラミーとナインズは第六階層のお散歩中だろう。
(九太、寂しがって泣いてないかな…。)
支配者は息子を思って寂しくなっていた。
一方その頃息子は、きゃいきゃいと嬉しそうな声を上げていた。初めて笑う事を覚えた日から毎日のように笑い続けている。
第六階層の湖の中に立つ水上ヴィラへ続く桟橋で、フラミーはナインズの入るベビーバスケットを置き、橋の下へ足を垂らして座った。
桟橋の足に水がぶつかる音が響く。
飛んでいたヴィクティムも直ぐそばに降りてバスケットを覗き込み、うっとりと幸せそうな顔をした。
「お水の音するね〜。聞こえる?ほら、ちゃぷちゃぷって。」
フラミーはバスケットの中に声をかけ、中で何かを蹴るように足を延ばして楽しそうにするナインズを優しい瞳で眺めていると、双子達が駆け寄った。
「フラミー様!いらっしゃいませ!ナインズ様もご一緒ですか?」
フラミーはいつも気配を察知してアインズなのか、フラミーなのかをすぐに当てる守護者が、ナインズの気配だけは察知出来ないことに、散歩に来るようになってからずっと不思議に思っていた。
「あ、あの、今日もお散歩ですか?」
「そう、明日はお外に出るし、少しでも慣れなくちゃね。」
二人は桟橋に膝をつき、ヴィクティムと反対側からバスケットを覗き込み、キャッキャと嬉しそうな声を出すナインズに表情を緩めた。
「ふふ、可愛いお兄ちゃんとお姉ちゃんが来てくれて嬉しいみたい。なでなでしてもらう?――してもらおっか!」
アウラとマーレは明るい笑顔で目を見合わせ、失礼しますと一声かけてからそっとナインズに手を伸ばした。
頭を撫でられ、腹を撫でられ、ナインズのご機嫌は最高潮だ。
「わ、わぁ…。や、柔らかいです…!そ、その…ふわふわです!」
「優しくしてあげてね。」
フラミーが微笑ましく子供達を眺めていると、三名の守護者は突然同時にハッとナインズから顔を上げた。
ナインズへ深々と頭を下げてから立ち上がり、フラミーとナインズに背を向け膝をついた。
(アインズさん、戻って来たのかな?)
フラミーは三人が畏まる方向へ視線を向ける。するとやはりアインズが斜め後ろにパンドラズ・アクターを従え現れた。
手を振るとアインズも手を振る。そして、ナインズは泣き出した。
「あら?どしたの?」
ベビーバスケットを揺らしてやるが泣き止むどころか更に泣いた。
「いらっしゃいませ!アインズ様!」
「あ、あの!いらっしゃいませ!」
「あぁ。二人とも楽にするといい。それにしてもどうしたんだ、ナインズ。そんなに泣いて珍しいじゃないか。」
アインズが覗き込むと引き付けを起こしたように激しく泣き、フラミーは
「ナインズ、抱っこか?どこでも寝る子なのに…。」
「本当ですね…。ナイ君どしたの?さっきおっぱいも飲んだじゃない。あんなにご機嫌だったのに…。」
「あの、父上。」
パンドラズ・アクターから届く遠慮がちな声に、アインズは今は待ってくれと言わんばかりに手を挙げ激しく泣くナインズに白く細い骨の手を伸ばした。
そして伸ばした手をキックされると、僅かに傷ついた。
「父上、あの…。」
「パンドラズ・アクターよ、今は九太がご機嫌斜めなんだ、ちょっと待ちなさい。」
「あの…ンナインズ様はアンデッドの御身が恐ろしくて泣いてらっしゃるのでは…?生者としての本能で…。」
アインズは骨の口をパカリと開け、すぐさま人になった。
「九太君、お父さんだぞ?怖くない怖くない。怖くないよー?」
次第にナインズが落ち着き始めると、アインズはバスケットの中に顔を突っ込んで腹に顔面をうりうりと擦り付けながら、骨はしばらく封印しようかと思った。
しかし、骨の身は仕事中にはとても便利だ。書類の中身が分からない時や焦った時に人では顔に出てしまう。
(…骨を封印するのと同時に執務も封印すればいいか。)
とは思うが、そうもいかないのが支配者だ。
それに、お父さんは何のお仕事をしているのと聞かれた時に無職、自称支配者などとはとても言えない。
(やっぱり働こう…。)
支配者は気持ちを入れ替え、腹をふがふがするのをやめた。
ナインズももう少し大好きなふがふがをされたそうに髪を掴んでいたが仕方ない。
「パンドラズ・アクター、フラットフットさんになりアウラと共にナインズのレベルの看破を行え。二人とも十レベル相当になったら教えろ。」
アインズは非常に真面目な顔でそう言うとパンドラズ・アクターから強欲と無欲を受け取り、両手にはめた。
十レベル分なら神の子のクラスがマックスになるだけなので、まずは育成などあまり考えずに注いでも問題ないだろう。
ビーストマンの国で経験値を回収した時からずっとこの経験値は産まれる我が子に与えようと決めていた。
明日には外に出るし、少しでもレベルを上げておきたい。アウラとパンドラズ・フットがナインズをジッと注視する。
「さぁ、ナインズ。レベルアップの時間だぞ。」
アインズは白く清浄なガントレットの手を開いた。
中から魂が出てはナインズへ向かっていく。
ナインズはジッと見つめることはできるが、まだ物を目で追う力はない。
青白い玉が体に入るたびに手を動かし、愛らしく笑った。
「父上、間も無くです。」
「――アインズ様!十です!」
アインズはゆっくりと手を握り、経験値の排出を終えた。
「ふぅ…十レベルあれば一先ずゴールド級冒険者程度の力は持てたはずだ。」
「…早く三十レベルくらいにはなって欲しいですね。」
三十レベルと言えばアダマンタイト級冒険者を超える、英雄の領域だ。害される確率はぐっと減るだろう。
フラミーは言いながらナインズを抱くと、お?と声を上げた。
「ちょっと体に芯が通ったみたい。」
抱きやすくなったと笑うフラミーからアインズもナインズを受け取る。
「本当ですね。あぁ…お前はこうやってすぐに大人になっちゃうのか…。」
アインズは息子の頬に自分の頬を擦り付けた。はやくも寂しかった。
「父上、お寂しくなったらこの直属の息子であるパンドラズ・アクターを愛でて頂ければと思います!」
相変わらず聞き覚えのない直属の息子を吐いたパンドラズ・アクターはフラットフットから姿を戻していた。
アインズは考えておく…と応えると、ナインズをバスケットへ戻し、フラミーの手を取り立たせた。
「さぁ、もう一つやらなきゃいけない事を済ませましょう。」
「そうですね!」
パンドラズ・アクターは指示されるでもなくナインズの入るバスケットを手に持ち、お伴しますとでも言うように嬉しそうにしていた。
そしてナインズを覗き込んではポヤポヤと花を撒き散らす。「ンナインズ様、兄上ですよ。」と話しかける姿は不覚にも愛らしかった。
双子を残し、三人と、ナインズのバスケットに寄り添うヴィクティムは第十階層へ飛んだ。
そこではアルベドとオーレオール・オメガが膝をついて待っていた。
「お待ちしておりましたわ。アインズ様、フラミー様。ナインズ様もご一緒でしょうか?」
やはりここの守護者達も、ナインズを感知できないようだった。
オーレオールはアインズが前に立つと、叩頭する。
「アインズ様、フラミー様。この度はお世継ぎ様のご誕生誠におめでとうございます。本日は頼まれておりましたこちらを。」
跪いたまま、巫女服のような袖で手を隠し、演舞でも踊るように恭しくスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを差し出した。
直に触れることも畏れ多いとでも言うような仕草はその神器の扱いに相応しいだろう。
アインズはそれまで持っていたレプリカの杖を仕舞い、真実のギルドの証を受け取る。
「この儀式を済ませたら、これは再びお前が管理しろ。しばし待て。」
「畏まりました。」
フラミーはパンドラズ・アクターの持つバスケットの中からナインズを抱き上げ、玉座に寝かせた。
「ナインズ…皆にお願いしますって。」
「それじゃあ、ギルド投票を始めます。」
数日前、支配者二人はセバスにナインズを任せ、円卓の間を訪れていた。
「はい。お願いします。」
フラミーが頭を下げると、アインズも頭を下げた。
二人の間には真剣な空気が流れた。
「では、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンへの新規加入希望者、ナインズ・ウール・ゴウンの情報を上げます。彼は異形種ではありますが、社会人ではありません。ですが、ギルドとの紐付けを行わなければ、彼が将来転移魔法を覚えた時、ナザリックの防衛システムにより弾かれてしまいます。他にもギルドメンバーであればスルーできるような罠にかかる危険もあり、今後ナザリックで暮らしていく上で彼のギルド拠点との紐付けは避けては通れない道かと思われます。…我々も彼を早いうちから執政に関わらせ、社会人の条件に合うよう努めます。」
アインズはナインズを本当に赤ん坊のうちから一人前として扱わなければいけないのかもしれない。
「以上を踏まえ、ナインズの加入を認めない方、挙手願います。」
誰も動かない。
「次に認める方、挙手願います。」
モモンガとフラミーが手を挙げる。
「欠席無効三十九名、賛成二名でナインズ・ウール・ゴウンの加入は認められました。皆さんご協力いただき、ありがとうございました。」
二人は頭を下げ、軽く手を振ると円卓の間を後にした。
アインズはナインズを四十二人目に加えた。
「な、ないんずさま…。」「んんん…これは…!」「わぁ…。」
守護者達の喘ぐような声が響く。
「――ナインズ。お前は"アインズ・ウール・ゴウン"に相応しい者にならなければいけない。私が助けになるが、お前も努力をするんだぞ。」
アインズは覚悟の言葉を紡ぐと、ギルド武器をオーレオールに再び渡した。
ゴールド級新生児!!
次回#14 誕生祭
ジルジルのその後がまだだった!