眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#14 誕生祭 前編

 今日、神都大聖堂には数え切れない人間、亜人、異形が集まっていた。

 

 当然この男、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスも現れた。

 一時は肌色に輝き始め、絶望的だった頭もすっかり黄金を取り戻し、三騎士を連れ歩く様はもう皇帝ではないと言うのに、皇帝としての威厳に満ちている。

 自然と人が頭を下げたくなる、そんな姿だ。

 

 すぐ隣を歩くバジウッドは一番にその場の感想を口にする。

「すごい人数っすねぇ。三週間前に通達された会だとは思えない。」

「当然だろう。前々からフラミー様が今月お産まれになると仰っていたのだから、皆それに備えて今月は仕事を減らす努力をして来ているはずなんだから。」

 ニンブルは頷きながらジルクニフの隣を歩いた。

「しかしお産まれになる時が事前にお解りになるなんて…さすが光神陛下ですよね。」

「…やはり生を司る神だと言うことだな。」

 ジルクニフは神々の結婚式の時と同じくらいか、より多くの人が集まっている様子を見渡した。

 神の子が産まれ、二週間。

 この会は突然の招集のため忙しい者は無理をしなくて良いと慈悲深い文言が添えられていたが――

(来なければデミウルゴス殿に教育(・・)されても文句は言えまい…。)

 デミウルゴスに教育(・・)を施されてきた男はデミウルゴスを心底恐れている。

 

 あちらこちらにいる知り合いと適当な挨拶を交わしながら、ジルクニフは前へ前へと進んでいく。

 特別場所を指定されている訳ではないが、身分というものは明確に存在しているため、自分で相応しいと思える場所へ向かうのだ。

 今日は何と竜王達も何人か訪れていて、大聖堂の柱の間を縫うように巨大なその身を置いている。

 一番前へ来れば、やはり州知事や国を預かる者達がすでに揃っていた。

 ジルクニフはラナーと目が合うと目礼した。

(おぞましい女だ…。前王の崩御と共に国をさっさと売り払ったのだから…。)

 最近リ・エスティーゼ王国がリ・エスティーゼ州になったのは記憶に新しいが、ラナーの兄、ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフが州知事に着いた。

 ジルクニフの中で、ザナックは圏外の存在だったが、メリットのためならば非情な動きが取れると評価を上方修正した。

「今の世の中、神聖魔導国に属さぬ者達は衰退するか…。」

 

 ため息まじりに言葉をこぼしていると、ラナーのそばにいた数人がこちらへ向かって来た。

 冒険者たちだ。

 ジルクニフは関わるつもりもないため腕を組んで正面を見据えた。

 

「ニンブルさん!バジウッドさん!それから、えっと……ナザミさん!」「よう三騎士!」「半年ぶりだな。」

「これはアインドラ嬢、ガガーランさん、イビルアイさん。」

「蒼の薔薇!元気そうだなぁ!」

 ニンブルが丁寧に頭を下げると、バジウッドは豪快に手を挙げ、ナザミは頷いた。

「皆さんは航海には出られなかったんですか?」

「えぇ。それが、防衛点検で傷付いた武具の修理が間に合わなくって。」

 ニンブルはゴキブリルームを思い出し首を傾げた。

 ちなみに、あれ以来ニンブルはゴキブリを見てもまるで動じなくなった。それどころか自分に会いに来た恐怖公の眷属じゃなかろうかと念の為に失礼しますと一声掛けてから殺し、死体は庭に埋めている。

「もう半年なのに…それ程までに深手でしたか…?」

「俺らの方がよっぽど深手だったけどな…?」

 バジウッドとナザミは死者の大魔法使い(エルダーリッチ)との激闘に装備を相当酷い有様にしていたが、ゴキブリルーム行きになった者の装備はそんなに激しい破損ではなかったように思う。

 

「それがなぁ。殆どのアダマンタイト級が一気に鍛冶屋に装備を持ち込んだせいか、どこも稀少鉱物(アダマンタイト)が足りねぇんだよ。一軒あたりにあるアダマンタイトがアリンコみたいな量だ。」

「そういう訳でアダマンタイトは一組も航海には出られなかったみたいだ。皆刃こぼれした剣や歪んだ鎧を持つ仲間を連れて前人未到の地に行くほど愚かじゃない。」

 ガガーランとイビルアイの言に三騎士はあぁ、と声を上げ納得した。

 

 その隣でジルクニフは会話を聞きつつ、三騎士の装備のために大金を積んで、いの一番に直させて良かったと思った。

 平和な世の中だが、ボロボロの装備を纏わせて護衛を連れて歩くのはジルクニフの感性的には避けたい。

 

「はぁ、神王陛下のお役に立てる機会を逃してしまったなぁ…。」

「また第二団、第三団と航海団の予定はあるらしいので、そこに向けて備えるしかありませんね。」

「あああ!第一団が一番褒められるだろうし褒美も多いに決まってるのに!出航も陛下が見送って下さったらしいじゃないか!」

「イビルアイ落ち着けよ。」

「落ち着いていられるか!くそー!私も――陛下、それでは行ってまいります――」イビルアイは手を胸の前で組むと、パッと腰に手を当てた。「――あぁ気をつけて行ってくるんだぞイビルアイ――」そしてすぐ様手を胸の前で組み直す。「――はい!きっと御身に隣の大陸を捧げてみせます!なんてしたかった!」

 仮面をかぶっているが百面相だった。

「神様が一人一人と挨拶交わしてるわけがねぇだろ。」

「…んん。そろそろ私達はラナーの下へ戻ります。」

 憤慨するイビルアイを二人が引きずるように戻って行くと、ジルクニフは苦笑した。

 

「…神王陛下は稀代の女たらしだな…。」

「まぁ、残念ながら人間の時の神王陛下は陛下より相当かっこいいですしねぇ。」

「バジウッド、だからエルニクス様を陛下と呼ぶのはやめろって言ってるじゃないですか。」

「おっと。」

 態とらしくバジウッドが口をつぐむとジルクニフはじっとりと視線を送った。

 

「それにしても、モテすぎるって言うのも怖い話ですよね。」

 ニンブルの言わんとする事にすぐに思い至ると、ジルクニフは再び苦笑した。

(…ドラウディロン・オーリウクルス…。嫉妬に狂い神王ではなく女神を消そうとした元女王か。)

 今日も元女王は来ているし、聞く話では女神に多大なる温情をかけられ、罪の清算の機会を与えられているとか。

 普通なら極刑にされてもおかしくはない――いや、極刑にされない方がおかしいだろう。

(余程オーリウクルス殿を大切に思っているのか、神としての余裕か…。)

 ジルクニフは神も大変だなとぼんやり思った。

 解散せずに残っている自分の後宮ではそういう事が起こらないように気を付けようと思いかけるが、皇帝でなくなった自分を奪い合う程に熱心な者もいないかと余計な心配をやめる。

 暫く下らない話をしていると拡声の魔法を使った神官が口を開いた。

「神々がお見えになります。皆様ご静粛に。」

 ジルクニフは跪く時、数人隣にいるドラウディロンの横顔を見た。

 

+

 

 神の入場を遠くから精一杯の背伸びをして見る若者、フィリップ・ディドン・リイル・モチャラスは己の事をリ・エスティーゼ州の中で上から数番目に持っている(、、、、、)男だと思っている。

 

 元々貧しい貴族の三男として生まれたフィリップだった。長男と次男のスペアとして生きてきた。つまりスペアのスペアだ。

 そんなスペアのスペアの下に最初の幸運は訪れた。成人前に次男が病で他界したのだ。

 これでフィリップはスペアにまで繰り上がった。貧しい農夫から執事くらいにまで地位が上がったのだ。

 

 ここまではよくある話だが、持っている(、、、、、)フィリップには更にいい事が起こる。

 神聖魔導国、ザイトルクワエ州エ・ランテル市との戦争に長男が出かけ、命を奪われたらしい。

 しかし、兄は神の力により復活した。帰って来た兄は猛烈に勉強し、忌々しい事に昨年領主へと相成った。が、周りの領主達の殆どは死に、不思議なサラサラとした灰を落とす死者の大魔法使い(エルダーリッチ)となった。

 新たな形で命を与えられたと言う死んだ領主達は公正な手腕で領地を治め、派閥争いなども無くなった。

 

 するとどうだろう。貧しく特別な生産品もなかったフィリップの領地は途端に潤い出したのだ。

 フィリップの身に纏うものもずいぶんよくなった。

 小遣いも増えあちこちに遊びに行けるようになった。

 兄は忌々しいが、毎日来る日も来る日も書斎で執務を行なっている様子を見ると笑えてくる。

 

 面白おかしく日々を過ごしていると、リ・エスティーゼ王国が神聖魔導国へと名を変え、フィリップの住む地は区へと姿を変えた。

 兄は自動的に区長となり、相変わらず働き詰めだ。

 貴族制度もなくなり、守る地も国に奪われたと父は憤慨したが、兄に「今の繁栄は誰のおかげだ」と諌められ、不敬だと叱られていた。

 鬱陶しい親子喧嘩もティエール州知事とヴァイセルフ州知事から直々に手紙が届くと、すっかりなくなった。

 以来父は幸せそうだ。

 

 そうして、幸運が訪れた。

 神の子の誕生祭へ兄が出発する日、働き詰めだった兄が倒れたのだ。

 この日の為に執務を圧縮して来たのに、神々に礼を言うチャンスなのにとぐずり、何としても出かけると言い張ったが、とても一人で行ける様子ではなかった。

 父は高齢で神都への何日もかかる道のりに体がもたないと言うし、そこでフィリップは支えになると言い、共にこの場にやって来た。

 区長の弟など普通はこんな場に立ち会うことなどできはしない。

 フィリップは大いに滾った。

 この場で自分を神々に印象付け、田舎臭い育った地ではなく神都で暮らすのだ。

 

(そうだ!俺ならできる…!神聖魔導国は身分ではなくその頭脳や持つ技能で幾らでも高官へと召しあげるのだから!)

 

 これまで溜め込んできた領地経営のアイデアを神に売っても良い。

 自分の存在はどう考えても国益になる。

 フィリップの目には田舎臭い地元を兄に押し付け、この壮麗なる都で活躍する自分の姿が見えていた。

 

「兄上、陛下方にご挨拶に行きましょう。」

 自分の持つ最も高価な装いに身を包むフィリップは得意げだ。

 一方の兄は青い顔をしてふらふらしている。

(これほどの場でみっともない顔をしやがって!俺ならあんな仕事くらい毎日毎日遅くまでやらずとも簡単に片付けると言うのに!)

 早く動けとイライラしていると、兄は首を振った。

「いや、まだご挨拶に伺っては失礼だろう…。」

「急がなくては失礼なのでは?」

「立場でご挨拶の順番も決まってるんだ。あまり早く行っては州知事の皆様や、他の区長殿、亜人王殿に失礼になってしまうだろう…。」

 フィリップはギリリと手を握った。

(神聖魔導国は身分制度を持たないんだぞ!だと言うのにこいつは奴隷根性が骨の髄まで染み込んでいる…!)

 軽蔑する視線を送りながら、飲み物を配って歩いている給仕の神官から酒を受け取る。

「う、うまい…!」

 フィリップはこれまで飲んだあらゆる酒の中でも随一のうまさのそれをグラスの底まで舐めるように飲んだ。

(瓶を持って来れば良かったな。そうすればこれを持って帰って我が区で売れたのに。――あ、いや!これからは神都で暮らすんだからそんなことを考えなくても良いんだ!)

 神都にはこれほどうまい物が溢れているのかと思うと、今後の生活が楽しみだ。

 フィリップが神都での暮らしについて夢想していると、兄は隣の区長の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)や見たこともない者達にぺこぺこと頭を下げ始めた。

 お陰様でなんとかと言っているが――(区を世話してるのはそいつらではないだろう!)

 しかし、フィリップは今こそチャンスだと気付いた。兄が下らない者達との会話に勤しんでいる間にこっそりその場を離れる。

(やった!出し抜いてやった!)

 

 フィリップは神の下へ急ぎ向かった。




ウワァ!ついに出たぁ!フィリップぅ!
まぁた長くなったので前後に分けました〜

次回#15 誕生祭 後編

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