眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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試される西方三大国
#16 デミウルゴスの出張


 神聖魔導国が神の子に沸くその頃――。

 

「どうも近頃ビーストマンの国から連絡がないと思ったら、その手中に収めたと?」

「手中に治めたと言っては、もしかしたら語弊があるかもしれませんねぇ。」

 

 バンゴー連邦議長の目の前の男は眼鏡を中指で押し上げた。

 雪の降る日に書状を持ち現れたその使者はこの辺りでは見ない亜人だった。

 聞けばこの大陸の半分を治める新興国家、神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国の者だとか。

 あらゆる種族を支配下に入れ統治しているというのは眉唾話だが、その男にはそれを信じさせるだけの凄味があった。

 耳障りの良い声や紳士的な仕草は実に理性的であり、その者の身なりは身分の高さを物語るようだ。上等な魔法の絹で作られた赤い三つ揃えの衣装だ。

 

「語弊と、いうと…?」

「我が国の旧属国と戦争をしていたので――そう、消滅した、と、言った方が正しいかもしれません。ですが、できればこちら、ビーストマン連邦には降って頂きたいところです。広さ、人口、どれをとっても土に還すには勿体無い、そうは思いませんか?」

 

(消滅だと…?)

 

 ここ、ビーストマン連邦。

 竜王国の側に存在したビーストマンの国とは違い、まさしく大国と言うに相応しいものだった。

 文明的であり、神聖魔導国同様に州制度を用いた国家運営は、ビーストマンの中でも、毛の色――民族ごとに構成される五つの州と三つの自治区からなる連邦制だ。

 民族は主に日に焼けたような茶色の者、輝くような黄金色の者、乾いた血のような茶褐色の者、花のように赤い者、そして最後に黄土色の者。

 総人口は三大国の中でも随一であり、その軍事力は目を見張るものがある。

 

「…降ることは受け入れられない。ビーストマン連邦は、ビーストマン国のように脆弱ではない…。我々も貴国同様にこの大陸の覇権を争う大国なのだから。しかし、聞く限りでは貴国も相当なる大国。ここはひとつ――友好国、と言うことでは如何かのう。」

 バンゴー議長はじっくりと、相手の逆鱗に触れないように言葉を紡ぐ。

 この部屋には連邦議員、州知事などが集まっているが、誰もが相手の目には見えない力のようなものを感じ取り、騒いだりはしなかった。

 老年のバンゴーは議長の座に就き長い。議会だけでなく、国民からの信頼も篤く、選挙によって選ばれ国のトップとして働いている。

 

「友好国ですか…。我々は貴国が降っても、自治権を認めると言うのに。何が気にくわないのでしょうね。我が君の望みは併呑、もしくは属国化、これのみです。貴国は良くも悪くも育ちすぎ(・・・・)ていると仰せですので。」

 

 バンゴーは一瞬感じた強い殺気に毛を逆立てた。悟らせまいとゆっくりと毛を撫で付けて行く。

 普通ならば国は育っていれば育っているだけ併呑する価値があるはずだが、目の前の者はまるでそれを嫌うかのようだ。

(良くも悪くも育ちすぎている…?制御しきれないと言うことか…?)

 そうであれば、国力は同等と見ても良いかも知れない。

 

「使者殿――いや、デミウルゴス殿と言ったかの。我々とて、突然来られて降れと言われても、これまで先人達が他の大国から守り続け、大きく育てたこの国をそう易々と他所にくれてやることなどできる筈もないのだ。このまま議論が平行線のまま続けば行き着く先は戦争しかあるまいよ。」

 

 これは脅しではないと眼光を鋭くする。

 しかし――「我々にはその準備もあります。」

 返ってきた言葉はあまりにも軽かった。

 

「…戦線をすでに二つ持っているとはいえ、我ら連邦の民は強いぞ。友好国として共に互いを育て合う関係の方がメリットは余程あると思うがのう…?」

 

「ふふ、面白い事を言いますね。我が神の統べる神聖魔導国にメリットをもたらせると?」

 できるものならばやってみせろとでも言うような声音に議場にいる若く血気盛んな者達がグルル…と喉を鳴らした。

 バンゴーは今はただただ我慢してくれと願う。老人の単なる勘だが目の前の者の力は千のビーストマン兵力にも匹敵する、そう思えてならなかった。

 

「当然。友好国として我らと手を組んでくれるのならば…残りの二大国――セイレーン聖国とワーウルフ王国を手中におさめる事も容易になるだろう。貴国が我々と共に戦ってくれれば、勝利した暁にはそれを差し出すことを誓おう。我が国は二カ国との戦争を終え、静かに暮らせる。デミウルゴス殿はその――ゴウン魔導王殿に二国を手に入れたと報告ができる。そして我が国と貴国は、大陸二大国として君臨するのだ。」

 

 ビーストマン連邦は常駐兵力として数万を抱え、更に国民総兵力として数十万も常に動ける。

 そんな国がセイレーン聖国とワーウルフ王国を飲み込みきれないのには訳がある。

 セイレーン達は力こそ弱いが魅了の力を持つ声を前に兵が思うように進まず、ワーウルフ達は、噛まれた者の中から稀に水を恐れるようになり狂って死ぬと言う――水狂いと呼ばれる呪いにかかる者が出てしまうので防御に転じがちなのだ。

 しかし、どちらの国もビーストマンの兵力を前に二の足を踏んでいる。

 三国の覇権争いはこのままでは永久に終わらないだろう。

 

「面白いですね。いい余興かも知れません。御方にお伺いを立ててみましょう。」

「おぉ、やってくれるか。」

 

「ただし。」

 

 抜けかけた力を再び体に走らせる。

 

「まずは御方にこの国を見ていただかなければいけません。育ちすぎ(・・・・)ていることには変わりないですから。」

 

+

 

「バンゴー議長!いくらあの使者が力あるものだと言っても、戦争で手に入れた国を見も知らぬ新興国家にみすみすくれてやるなど!」

「戦争が終わって静かに暮らせると仰ったが、セイレーンは大切な食料。取られては戦争相手が結局ワーウルフから神聖魔導国に変わるだけです!」

「それに二大国として君臨するとは仰っておりましたが潜在的な敵を育てるだけでは――」

「わかっておる、わかっておる。もし本当にそんな事になれば相手の力の強大さを前にこちらは呑み込まれるだけだ。」

「で、ではどうなさるので…?」

 ガタリと一人が立ち上がる音がした。音の主――中でも金色の毛を持つ屈強なビーストマンは自慢の牙を見せつけるようにニヤリと笑った。

「セイレーン聖国とワーウルフ王国へ神聖魔導国をぶつけ、力を削ぎ、後ろから討つ。そうですな、バンゴー殿。」

「ギード将軍の言う通り、これしかあるまい。」

 使者程の者は恐らくそう幾人もいないだろうが、直接戦争してはならないように思えた。

 

「ふふふ…。議員皆様方!バンゴー殿のこの案、うまく行けば大陸の半分は我らの物へと変わろう!」

 

 議場にはオォ!と声が上がり、勝利を確信する笑い声が響き渡る。揺れる影も共に笑ったように見えるほどに。

 

 ただ、バンゴーはどこか不安を拭い去ることができなかった。

「とにかく、神聖魔導国へ調査団を派遣しなければ…。」

 

+

 

 神都大聖堂、祝賀会。

「ナインズ、そろそろ休憩させて貰おっか。」

 フラミーは立ち上がり、芸術品のような籠の中を覗き込むと眠そうにしている息子に優しく笑いかけた。

「じゃあ俺も行こうかな。」

 アインズも追うように立ち上がると、フラミーはその胸に顔を埋めるようにすがった。寝不足のフラミーもそろそろ寝たほうがいいだろう。

「アインズさん、そしたらナインズをお願いします。私はここにいますから。」

「一緒に行かないんですか?」

「二人居なくなっちゃったら、お客さんに悪いですもん。」

「それならフラミーさん休んできて下さい。俺がここにいますから。」

 髪に指を絡ませ、毛先へ向けて手を滑らせながらアインズは微笑んだ。さらさらとこぼれていく銀糸は天の川のようだった。

「いいえ、いっつもアインズさんばっかり働いてますから、あなたが休んでください。」

 フラミーはアインズの胸から離れ、うとうとするナインズの入る籠を渡すとポンっと胸を叩いた。

「行ってらっしゃい。」

 

 それを合図にするようにヴィクティムもふわりと浮かび上がり、アインズの後ろに控える。

 アインズがそんな、と言いかけるとフラミーは耳から蕾を引き抜き、疲労無効の効果を使用した。

 光の雨が降り注ぐと、疲れを感じさせていたフラミーの顔は何でもないとでも言うように輝いた。

 

「…ずるいなぁ。」

 何とも食い下がりにくい笑顔だ。アインズはそれならばと会場を見渡す。

 アインズとフラミーのそばにはアウラとマーレ、コキュートス、シャルティアがいるが――もう一人守護者を増やしても良いだろう。

 ぴくりと白金(プラチナ)の鎧が反応し、こちらを向く。二人は視線を交わした。

「じゃあ、ツアーも付けますから、何かあったらツアーを盾にして下さいね。」

「はぁい。」

 フラミーは返事をした後に「盾って」と可笑しそうに笑った。

 桜貝のようなピンク色の唇から漏れる笑い声は優しい歌のようで、それを聞いたナインズはふわりと幸せそうなあくびをした。

「アインズ、僕を呼んだかい?」

 いつも食事もできないというのに、国家行事にはちゃんと顔を出すマメな鎧が到着する。

「あぁ。すまないんだが、フラミーさんを置いて行く。私はナインズを寝かしつけてくるから守護者達と共にここを頼む。まだ外を竜王がうろついているかもしれんし。」

「あぁ、そういうことかい。解ったよ。」

 アインズはフラミー達に見送られ、ナインズを連れてその場を後にした。

 

 しかし、すぐにはナザリックに戻らなかった。

 

 しんっと冷え切った空気の中、口から白く染まった吐息が漏れて行く。

 柔らかく清浄な雪が降り積もる大聖堂の屋根に上がると、アインズは屋根のてっぺんに設置されている一つの像に向かって歩いた。

 新雪にさくさくと一人分の足跡がついて行く。

「ペロさん、ごめん。俺報告があって。」

 目の前には、街へ向け破魔のように矢をつがえる等身大のペロロンチーノ像。雪がうっすらと積もっているが、まるで生きているようだった。

「見てください。この子、俺とフラミーさんの子なんです。名前は…ナインズ。」

 ナインズの頬に雪が一粒降りるとじわりと溶けた。

 いけねっとアインズは慌ててローブの袂で傘を作る。

 舞い落ちてくる冬はアインズに積もった。

「ナインズの事、社会人じゃないのにアインズ・ウール・ゴウンに入れちゃいました。すみませんでした。きっと立派な社会人に育てるんで…許してください。」

 ペロロンチーノ像からは重たくなった雪がズリッと落ち、まるで笑ったようだった。

「…はは、ありがとうございます。ダメだったら、いつでも叱りに来てくださいね。」

 モモンガは暫くペロロンチーノ像を眺めた。

「…さぁ、行こうか九太。付き合わせて悪かったな。」

 アインズは今度こそナザリックに転移した。

 

+

 

「あ、これはアインズ様!」

 

 ナザリックに戻ると、フラミーの部屋の前でデミウルゴスが待っていた。

「あぁ、お前も帰ったのか。」

「は。お待ちしておりました。ビーストマン連邦なのですが、やはり降らないと言っております。そこで友好国に――」

 アインズはさっと手を挙げ滑らかに紡がれる言葉を遮った。

 ここで喋られては困る。内容に付いて行けなくて。

「私はナインズを寝かせたら、再び大聖堂に戻らなければいけない。悪いが、書類で今日の事を提出してもらってもいいか?フラミーさんの意見も聞きたいしな。」

「畏まりました。それでは明日の昼過ぎにはご用意させていただきます。」

 デミウルゴスはアインズのためにフラミーの部屋の扉を開くと見送るように頭を下げた。

「それではナインズ様、おやすみなさいませ。」

「急ぐ必要はないからな。お前も適宜休むように。今日祝賀会に過労でふらふらの者がいたしな。」

 アインズはデミウルゴスと別れ、ナインズを寝かしつける。

 本式に眠りに入るときに泣くため、それに付き合う。

(ビーストマン連邦は友好国か…。)

 報告にあったあの国は少し育ちすぎ(・・・・)ていたはずだ。

 すっかりナインズが眠るとメイドに何かあればいつでも呼ぶように言い残し大聖堂に戻った。




ビーストマン連邦ってところがビーストマンの国と別に存在するんですってぇ。

次回#17 ビーストマン連邦

(完結したのにまた試され始めた)

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