眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#17 ビーストマン連邦

 バンゴー連邦議長と、ビーストマン連邦軍の最高指揮官ギード将軍は再び首都ギルステッドにある議場に集まっていた。

 建物の中は春を迎えようとしていると言うのに未だひやりと肌寒い。

 

「バンゴー殿、本当にここに来るんでしょうか。」

「…わからん。しかし、ここに集合だと言っていた以上、ここで待つしかあるまい。」

 

 二人は付き合いを始めた神聖魔導国の王と王妃の到着を待っていた。

 神聖魔導国とはかなり距離がある為付き合いを始めたと言っても、神聖魔導国の使者が何度か往復しただけだ。

 どうやって行き来しているのかはわからないが、いつも使者は突然現れる。

「果たして王はどの様な者達なのだろうな。」

「恐らく力はあまり無いでしょうが、ある程度の名君では無いかと自分は思います。あの男――デミウルゴスは力で従うタイプではないでしょうし。」

「やはりそう思うか。どれほど内乱が起こっているかは分からんが…大陸の半分を治めるだけの力量はあるのだろう。」

 

 ギードは突然くつくつと笑い出した。闘争心を抑えきれないような雰囲気だ。

「その名君を討ち取れば一気に瓦解するような国だと良いのですが。」

「…そうするためにはあのデミウルゴス殿を討たねばならん。わしはあれを千人のビーストマンに匹敵するとみている。」

「ふふ、私は五千と見ていますよ。」

 バンゴーは目を剥いた。

 ギードはまだ若いが非常に優れた勇将だ。家柄も親の血も素晴らしく、まさしくビーストマンのサラブレッドだ。

「そ、それほどか…。」

「えぇ。なので、私はワーウルフ王国への出兵時にデミウルゴス殿を連れて行くのが良いかと思っております。」

「――なるほど、噛ませるか。」

「そうです。水狂いの事は黙って連れて行くのが良いでしょう。それで命を落とせば我らのせいではありません。」

 ずっと不安だったが、バンゴーの中には僅かに希望が見え始めた。

 水狂いは中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)病気治癒(キュア・ディジーズ)での回復が出来ないため、水を恐れ出せば必ず死ぬおぞましい呪いだ。しかし、必ずなるものではない為、何度も噛まれるように群れの中に孤立させる必要があるが。

 

 二人が牙を剥き、吠えるように笑っていると、部屋の中に何もかもを吸い込むような漆黒の闇が開いた。

 何事かと二人が椅子から腰を上げれば、その中から染み出すようにデミウルゴスが現れた。

「おや、立って迎えて下さるとは良い心掛けですね。そのままで御方々も迎えて下さい。」

 変わらず優雅な仕草だが、いつもと違い尻尾が左右に揺れている。

 ビーストマンなら喜びに満ちている証拠だがこの者はどうだろうかとバンゴーは考える。まるで違う種族なのだから文化も違うだろう。

「デミウルゴス殿、この魔法は一体…。」

「御方のお力ですよ。それより、お見えになります。」

 

 デミウルゴスに続くように現れたのは、若く整った人間だった。

 毛の色は珍しいが、ともすれば肉屋で売られていても何の違和感もない。

 これからこの家畜を友好国の王と見なして、頭を下げなければいけないのかと思うと僅かに気分を害された。

 余談だが近頃は人間の肉もあまり見ない。

 ほとんどの人間の肉は竜王国で取れた天然物で、ビーストマンの国から輸入されて来ていたものが多かった為だ。

 人間は家畜として育てるには成長スピードが遅すぎる為ビーストマン連邦では人間の牧場はごく僅かだ。

 

「出迎えご苦労。確かに竜王国を襲っていた者達よりも賢そうだな。」

 

 バンゴーは驚きに目を剥いた。

 一言喋っただけで生来の支配者だという事がハッキリと解ったのだ。

 感じるプレッシャーはまるで桁外れ。

 油断すればやはり従属をと願い出てしまいかねない。

 

 これは羊の皮を被った竜だ。

 

 二人は揃って頭を下げた。人間の王はぐるりと辺りを見渡すと、出てきた闇へ両手を入れた。

 その手に引かれて出てきたのは紫色の肌をした多くの翼を背に持つ、セイレーンに似た者だった。

 弱く脆そうな美しい生き物は上等な蜂蜜のように輝く瞳でバンゴーとギードを捉えた。

 

 目が合った瞬間、ゾクリと背を何かが這い上がった。

(強い――?)

 見極められずにいると、それはにこりと笑った。

 

「こんにちは。お邪魔しますね。」

「ど、どうも…。よくぞ…いらっしゃいました…。」

 バンゴーが飲まれかけていると、隣から軽く肘で小突かれた。

 ハッとし、咳払いを一つ。

「んんっ。わしは連邦議長を務めているイゼナ・バンゴー。こちらは将軍のステットラ・ギード。今後貴国とは末永くお付き合いをお願いしたいものですな。ゴウン魔導王殿と――王妃殿。」――であっているのだろうか。

 

「あぁ。今日は三人で世話になる。聞いているだろうが私は神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王。我が国の者は皆私を神王と呼ぶ。君達もそうしてくれ。そしてこっちは私の…妻――」王はポッと顔を赤くした。「神王妃。フラミーさんだ。」

 それがどう言う表情なのか種族があまりにも違いすぎるためにバンゴーにはわからなかった。いや、そんな事よりも己の名前をまるっと国名にするとは何とも変わった王だ。

「フラミーです。よろしくお願いします。」

 同じくわずかに顔を赤くした王妃が頭を下げると、二人も頭を下げた。

 

「さて、それでは見せてもらおうか。バンゴー議長、ギード将軍。」

「貴国がどれ程のものかは存じませんが、驚かれましょう。」

 五人は腹の中を探りあうように笑い合った。

 

+

 

 アインズは議場から出ると街を見渡した。

 手先があまり器用ではないためか、街の作りそのものは無骨だが、衛生的に保たれ、行き交うビーストマンは清潔な装いをしている。

 ただ時折、まるでコンビニで肉まんを買ったような感覚で、何かの生き物の腕や足を手に持ちモリモリ食べながら歩いているビーストマンもいるが。

 やはり、竜王国を攻めながら兵を貪っていた者達とルーツが同じなだけはある。

「デミウルゴスの言う通りよく管理されているな。」

「我々は魔法は得意ではありませんが、こと技術と文化という点ではそこいらの国には負けませんぞ。」

 道こそ舗装されていないが、魔法を得意としないなりの多くの工夫のようなものが感じられた。

 

「アインズさん、あれって。」

 手を繋ぐフラミーの指差す方には巨大な細い橋がかかっていて、近くに回る水揚水車から水を注がれている。

「――上水道か。」

 ビーストマン達が清潔な装いをしている訳にも納得だ。恐らくあれだけのものがあれば公衆浴場などもよく整備されているだろう。

「ほう。博識でらっしゃる。貴国にも水道が?」

「いや、我が国は下水道は通してあるが上水道は通していない。"魔法の蛇口"が普及しているからな。ここは各戸に水を引いているのか?」

「いえ、先人が川のない州へ通し始めたのが始まりなのですが、三百年掛かりで連邦中へ通し、広場に水場を作りました。皆朝になるとそこに水を汲みに行くのです。今は各戸への引き込みに尽力しておりますよ。」

 バンゴーは自慢げだ。当然だろう。リアルでもローマ帝国時代の水道は現在も一部生きていたのだ。そして水車は初めてこの世界で見る原動機だ。

 小屋などはなく、水を上げる事だけに使われている様子だが放っておけば工業用原動力となり産業革命の一助になるだろう。

 この国も早く魔法頼りの生活に押し戻さなければいけない。

 技術を磨き知識を深める必要はないのだ。

 公衆衛生の概念も行きすぎれば科学へ行き着く。

 アインズはわずかに悩んでから己の無限の背負い袋(インフィニティハヴァサック)に手を突っ込んだ。

 

「そうか、では貴国には試しにいくつか"魔法の蛇口"を渡そう。一日に出る水量に上限はあるが、上水道のように管理やメンテナンスが必要ないし、低コストで各家庭に分配できる。あれは日照にも悪影響だろう。上水道には戻れない素晴らしいマジックアイテムだ。」

「…なるほど?気に入れば国中の民のために大量に買い取れということですな。神王殿は商売上手な方よ。」

「その通りだ。ふふふ。」

 そうではないが、そう思わせておくのがいいだろう。

 本当なら上水道と水車撤去のためタダでもいいから今すぐ全戸設置と行きたいところだが、何もいらない、なんていう都合のいい話はない。タダより高いものはないという言葉があるのだ。

 デミウルゴスが友好国としてせっかく交渉してきたと言うのに力を削ぐつもりかと警戒されてしまう。

 安売りでもいいから、対等に取引をしたと相手に思わせれば、まさかこちらが技術潰しの文明巻き戻しを行おうとしているなどとは思わないだろう。

 

 当然アインズの頭には友好国相手だと言うのに破壊という選択肢もよぎった。

 しかし、ビーストマンの国の何倍もある広さの国土を焦土にしてはもはや環境破壊などという言葉では言い尽くせないだけの有り様になる。

 マーレに草木を生やさせたとしても、暮らしていた生き物は元には戻らない。それに、奪われれば取り返したくなるのが生き物というものだ。

 アインズは何とか破壊以外の方法でこの場所を手に入れる必要がある。

 早急に信用を勝ち得、国営小学校(プライマリースクール)を設置し、魔法に頼る事の素晴らしさを教え、魔導学院も設けてビーストマン達に少しでも魔法を使えるようにさせなければ。

(国営小学校(プライマリースクール)と魔導学院は建てなくちゃならんが…友好国に神聖魔導国の国営の物建てるなんてそんな真似できないよな…。)

 アインズはどうしたら良いんだと頭を抱えかける。

 デミウルゴスが友好国だと言ったのに、勝手に属国化や併呑を進めては大変な事になるだろうか。

 いや、それよりデミウルゴスがそうしなかったのだから、何か大いなる理由があるのだろう。

 

 アインズが一人焦っていると、フラミーは辺りを見渡し口を開く。

「ここは医療はどうしてるんですか?皆さん魔法は得意じゃないんですよね?」

「我が国とて神官がいない訳ではありません。病の時には数少ない神官の下へ行きますし、怪我には錬金術師の作るポーションもあります。」

「ミノタウロス達みたいに手術はしないんですか?」

バンゴーは僅かに牙を剥いた。

「我々をあのような野蛮な畜生と同じにされては。」

「…そうですよね。手術は野蛮です。やるべきじゃないです。」

 フラミーが手をギュッと握ってくる。アインズは何か言いたげな視線の中に含まれる全ての言葉を掴み、頷いてみせた。

(やはり早く世界中を統治下に置かなければな…。)

 魔法が不得手な者達が科学を求めない保証はどこにもなかった。

 

 

 一行は街を一回りし、再び議場のある建物に戻った。

 

 

 控え室をあてがわれたアインズとフラミー、デミウルゴスは盗聴に対抗するあらゆる魔法をかけてから口を開いた。

「デミウルゴス、よくやった。やはりここは少し育ちすぎているようだ。」

 一番神聖魔導国から近かったのはル・リエーから程近いセイレーン聖国だが、わざわざビーストマン連邦へ最初にデミウルゴスを送ったのには理由がある。

 セイレーン聖国とワーウルフ王国はデミウルゴスの一番最初の報告では悪い方向への発展を感じなかったからだ。

 一番にビーストマン連邦を取り込む必要性を感じ、デミウルゴスを使者として送り出したが、予想通りの事態だった。破壊対象になる前でよかったと思うしかない。

 

「恐れ入ります。このデミウルゴス、徐々にではありますが、アインズ様とフラミー様が何を世界から取り除こうとされているのか分かり始めたように思います。」

「…そうか。お前もあまり追求するなよ。」

 当然、とデミウルゴスは頭を下げた。

「とにかく魔法とナザリック、神聖魔導国に依存させろ。全ての生き物は愚かでいい。」

「おぉ。流石アインズ様…!あなた様はなんと…!」

 なんと何なのだろうか。アインズはキラキラお目目のデミウルゴスから目をそらした。コツンコツンと星のような輝きが顔にぶつかってくるような幻覚さえ見えてくる。

 膝に乗せたフラミーの翼を弄んでいたが、顔にぶつかる幻覚の星を払った。

 

「ビーストマンの国、見もせずに壊しましたけど、あそこもこれだけ発展してたんでしょうか?」

 フラミーの呟きはアインズも思ったことだ。

「いえ、私も見ませんでしたが、恐らくこのような街ではなかったかと思います。と言うのも、ビーストマン国はこのように広い国ではありませんでしたし、先程の上水道などは不要だったかと。同じ人族の者達でも国家の形態やその技術、街づくりが大きく違うように、ビーストマンも国が違い、距離も遠ければまるで違う国を作るのでしょう。旧カルネ村と旧帝都を思い出して頂ければご納得頂けるかと。」

「…そっか。ここは広くて魔法もほとんどないから、仕方なく水道通したんですもんね。」

 ふむふむとフラミーが真面目そうに唸ると、アインズは思った。

 

(俺の嫁は子供を産んでも可愛いなぁ。)

 

 何も関係なかった。

 すると部屋にノックが響き、無為な時間は終わりを告げた。

「構わず入ってくれ。」

「恐れ入ります。議員が集まりましたので、議場へご案内いたします。」




ローマ帝国並みの発展ぶりに、御身もヒヤヒヤ
水狂い…うーん狂犬病!!

次回#18 連邦議会

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