眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#21 神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国

 クレマンティーヌはついに法国は狂ったと思っていた。

 スルシャーナを超える神の再臨なんて夢物語だ。

 だから、法国のそばからとっとと離れたいと言うのに。

 

 追手を巻くための行きがけの駄賃はうまく発動し、このエ・ランテルを蹂躙できたと思ったのに。

 

「ん?お前、クアイエッセに似ているな」

 そう言う目の前の漆黒の全身鎧(フルプレート)の男にクレマンティーヌは鋭い視線を送った。

「……やっぱり法国の関係者なんじゃーん。そうだよー?私は元漆黒聖典第九席次、クレマンティーヌ。覚えなくってもいいよー。だって、あんた、今日ここで死んじゃうんだから!!」

 そう言ってクレマンティーヌはクラウチングスタートの姿勢から勢いよく地を蹴り飛び出した。

 身を低くして駆け抜ける。風すら追い越せるようなスピードだ。

 しかし、『止まってください』と言う命令を耳にすると地面と激突するように無様に転んだ。

 

「な!?何なの!?」

 

 カジットと戦っていたはずの森妖精(エルフ)がこちらを見下ろしていた。

 その瞳の冷徹さにクレマンティーヌは数度瞬いた。

 先程までの雰囲気とあまりにも違い、別の森妖精(エルフ)かと疑う。

「モモンさん、今地下に降りたら半裸の男の子がこれを……」

 その手には、叡者の額冠があり――そして体の陰から青年の死体を放り出した。

「煩かったから殺しちゃいました。……なんでこの世界の人は陰部を晒しがちなんですか?本当信じらんないです」

 その声は明確な苛立ちを含んでいた。

「ちょっとちょっと!あんた慈悲ってもんがないの!?」

 きょとんと首をかしげる森妖精(エルフ)は心底何とも思っていない様子だ。

 すると、戦士が口を挟んできた。

「んん。プラムさん、その子は多分懸賞がかかってた薬師の子です。勿体ないことしちゃダメですよ」

 クレマンティーヌが言えた義理ではないが、こいつらは命を命と思っていない。

「ありゃ、この子がそうでした?写真とかがないから分からなかったです……。あ、パンドラズ・アクターさんがお出かけしてた間カメラの製作って滞ってますよね?」

 よくわからない関係ない話を始めてしまった。

 土が口に入ってきて気持ちが悪い。

 

「いえ、向こうでもちまちま進めてたみたいですよ。とりあえずそれ、頼みますよ。随分良い金額出てたんですからね!名声にも繋がりますよ!」

 漆黒の戦士はどこからともなく布を引き出し、少年の秘部に放った。

「モモンさんと遊ぶためのお金じゃ、仕方ありませんね」

 そして青年は輝き、森妖精(エルフ)はローブを激しくはためかせた。

 その時クレマンティーヌは確かに見たのだ。

 

 とっとと国を見限ってよかったと、国は狂ったと、ずっと思っていた。事実そのはずだった。

 

 しかし――煌めく翼、代償なく息を吹き返す死者。

 そして戦士が手の中で兜を消すと――そこには白磁の輝き。

 

 間違っていたのは自分なのかもしれない

 

+

 

「と〜の〜〜!!ひ〜め〜〜!」

 ハムスケは二人の元へ走った。

「あ、ハムスケ!」

 気付いたプラムもハムスケへ両手を広げて駆け寄り、顔を抱きしめた。

「可愛い可愛い!ハムスケかわいいね〜!」

 よしよしと撫で付けてくる優しい感覚と、メスとして褒め称えられる気持ちの良さにハムスケはふふんと得意げな顔をしてから尋ねた。

「姫、殿はどうしてるでござるか?」

「今は神さましてるから、ここで待ってようね!少し記憶を覗いて書き換えたら戻ってくるからね」

 意味はよくわからないが、モモンの前に跪く薄着の女の姿があった。

「殿は誠に偉大なお方でござるなぁ」

「本当ですねぇ」

「あ、姫も偉大でござるよ?」

「え?はは、私は偉大じゃないですよぉ」

「そうでござるかぁ?」

「そうでござるよ〜」

 二人はしばしモモンの様子を眺めた。

 

 その後、ンフィーレアを横抱きにしたモモンと、ハムスケに横乗りになるフラミーの凱旋は町中の大歓声をもって迎えられた。

 

 しかし、町はボロボロで、いまにも倒壊するのではと危ぶまれるような建物がいくつもある。

 木造建築はアンデッドの行進の前には無力だった。

 そして多くの者が怪我をしたり命を落としたりした。

 全くの無傷でいられたのは、門の外で足止めをさせられていた商人達くらいのものだった。

 

 漆黒の剣の面々は駆け寄ると、モモンと共に生きて再会できたことをひとしきり喜んだ。

 翌日にはモモンが墓を突破して行く凄まじい剣技、魔獣を従えた威風、プラムの見事な魔法――それらはあっという間に漆黒の英雄としてエ・ランテル中に広がった。

 

 事態の収拾に喜んだのもつかの間、国王直轄地エ・ランテルの長きに渡る都市再建が始まる。

 家を失った人々は雨に打たれ、殆どの店が崩壊した街では商売も立ちゆかなくなり、その凄惨な状況に王国の貴族派閥はどんどん力を増していくのだった。

 

「――と、言うことがあった」

 エ・ランテルでの出来事を聞いた守護者は瞠目した。

 転移して数週間、次の都市での名声を欲しいままにした主人達の偉業に、果たして自分たちはどれだけ役に立つことができるのかと焦る気持ちをもって。

 

「で、でも……人間達の中で名声を高めてどうするんですか?」

 マーレの素朴な疑問に今度は支配者達が焦った。

 お出かけ先で起こった事を無垢に発表していただけのアインズはコホンっと先払いをすると頼りになる男へ顎をしゃくった。

「デミウルゴス、マーレに教えてあげなさい」

 その言葉にデミウルゴスは立ち上がる。

「は。今後アインズ様の勢力範囲は法国のみならず――」

「神聖魔導国。デミウルゴス、神聖魔導国よ」

 アルベドの横槍にデミウルゴスはすぐさま頭を下げた。

「これは失礼いたしました。大神殿の破壊とともに神聖魔導国へと改名されるその国、のみならず、アインズ様は王国も早々に手に入れるための布石を打たれたという訳です。貧困に喘ぐエ・ランテルを旧法国出身だと噂される漆黒の英雄が救い、さらに旧法国が今後手を貸していけば――旧法国にアンデッドの王が立つという恐れを薄れさせ、瓦礫の街に暮らす人々は王国への忠誠心が削ぎ落とされていくはず。で、ございますね?」

「……そ、その通りだ。流石はデミウルゴス。よくぞ私の考えを見抜いたな」

「恐れ入ります」

「皆、分かったな?もしまだ分からないことがあれば、今のうちに言っておきなさい」

 アインズは幻の胃痛が治まっていくのを感じた。

 神聖魔導国がエ・ランテルに手を貸せば貸しただけ評価が上がるなら、漆黒聖典や陽光聖典をエ・ランテルに送り、瓦礫の撤去でもさせれば一気に評判が上がるかもしれない。ひと目見て「あれは神聖魔導国の使者だ」とわかることが大事だろう。

(デミウルゴスからのヒントありきだけど、これは中々良いアイデアじゃないか……?)

 アインズは後でこの案をもう少しよく練っておこうと決め、全員を見渡した。

 

 ――すると、遠慮がちにシャルティアが手を上げた。

「だとしたら、何故フラミー様もご一緒に行かれたんでありんすか?それも、森妖精(エルフ)の姿で」

 フラミーは「えっ」と声を上げそうになった。

 そんなのはただこの世界になじみそうな格好で遊びにいくためだ。デミウルゴスの話を聞いて「アインズさん、そこまで考えてるなんて賢いなぁ!」と思っていたフラミーに素敵な言い訳の持ち合わせはない。

「――それはもちろん、今後の慈悲深さを印象付けるためですよ」

「慈悲深さ、でありんすか……?」

「ふふ。まぁ、時期にわかることですよ。ですよね?フラミー様、アインズ様」

 デミウルゴスは良い笑顔で二人に振り返り、二人は目を見合わせ、下手くそな笑いを浮かべた。

 

 その後、双子は魔導国改名後エイヴァーシャー大森林へ派遣されることが決まった。スレイン法国に楯突いていた森妖精(エルフ)たちは、そのまま神聖魔導国へ楯突いてくるだろうから。

 同時にコキュートスは蜥蜴人(リザードマン)の集落へ、デミウルゴスは聖王国付近へ。

 シャルティアは地表に近い階層と言う事もありアルベドとともにナザリックの警護運営を任されたのだった。

 皆、何か困ったことがあればすぐに情報共有を行い、助け合うように言い添えられて。

 

+

 

 大神殿破壊の日。

 神の上に立つ神の降臨によって始まる新時代を前に、道行く誰もが希望に溢れた顔をしていた。

 

 神官長達の挨拶が始まった通行止の大通りには、国中から人が来たのではないかと思うほど多くの人でごった返していた。

 次々と神官長達が挨拶をする中、闇の神官長はスルシャーナがアインズ・ウール・ゴウンを崇拝する"ひこうにんふぁんくらぶ"という神々で構成された組織の一員だった事を申し述べ、神官長の列に戻った。

 

 侵入禁止の大神殿の前に、深く静まり返る海の底のような闇と、山の頂を照らし出す夜明けのような光が現れた。

 

 そして、腰から黒い翼を生やした聖母のごとき笑みを浮かべた美しき従属神――いや、守護神が剣を持って現れる。

 剣は神の前に浮かべられ、守護神は頭を下げて裾にはけていった。

 

「これより、古き時代と法国の罪を灑ぐ」

 

 その声は不思議とどこまでも遠く、誰の耳にも届いた。

 

 アインズは魔法攻撃力を上げる魔法達を次々と唱え始めた。

 脇に立っていたフラミーもアインズに向けて攻撃力に寄与する魔法を次々と掛け――最後の魔法を、期待を込めて送り出した。

 剣と改めて向き合ったアインズからフラミーが数歩離れると、アインズは杖を前に掲げ、渾身の力で魔法を放った。

 

 ――現断(リアリティスラッシュ)

 ――現断(リアリティスラッシュ)

 ――現断(リアリティスラッシュ)

 

 壊れるまで続ける。

 まるでそれは、そう簡単には灑ぎ切れない罪と向き合う、神聖な儀式のようだった。

 硬質な物がぶつかり合う澄んだ音が、大神殿前に幾度も響いた。

 だが、当のアインズは思ったよりもギルド武器が硬かったことに焦り、早く壊れてくれと心の中で祈っていた。

「――<現断(リアリティスラッシュ)>!!」

 魔力の底が見え始めてしまった頃、剣にヒビが入り、カァッと光が漏れ出た。

 余りの眩しさに、人の残滓がアインズの目を細めさせる。

 剣は光の中砕け散った。

 アインズは人の身であれば肩で息をしていただろう。

 

 数秒の間を明け、ズズズ……と地鳴りが響く。大神殿の最奥が崩壊した合図だ。

 その場に居合わせる者達が一人残らず大神殿を眺めた。

 誰かがゴクリと唾を飲み込む。

 ――次の瞬間、猛烈な土煙を上げ、轟音と共に大神殿の一部は崩れ去った。

 土埃は式典の場まで勢いよく届こうとしたが、フラミーの魔法によって生み出された透明の防壁によって食い止められた。

 

 これで法国は許された。

 

 今日この時をもって、スレイン法国は神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国へとなったのだ。

 

 早馬が各国へ発つ。

 スレイン法国の改名と、新たな国のトップの降臨を伝えるために。

 

 もうもうと土煙が立ち昇る中、アインズは構えていた杖を下ろした。

「おめでとうございます!アインズさんっ!」

 ワッと駆け寄ってくるフラミーにアインズは振り返った。

「フラミーさん。ありがとうございます。でも、頼みますよ。俺一人じゃ王様も神様も……務まるとは思えないんですから」

「ははは。神様が早速泣き言ですか?大丈夫ですよ。ずっと一緒にいますから」

 そんなことを言っていると、アインズの体が光り出し、軽く浮かび上がった。

 

 神官長も国民も跪きながら、忘れたくないとその姿を目に焼き付ける。

 漆黒聖典の末席に戻ったクレマンティーヌは兄、クアイエッセと抱き合って喜び合っていた。が、すぐに我に帰りクアイエッセをぎゅうぎゅうと押し返したが。

 漆黒聖典・隊長の横で、神と言葉を交わすチャンスをもらえずに不貞腐れていた番外席次もその姿を忘れないようにと手を前に組んで、まるで敬虔な信徒が祈るようにアインズを見つめた。

 

「あ、アインズさん!?」

 フラミーの切羽詰まった声が響く。

 強大な何かを破壊すると輝きの中元の世界へ戻って行ってしまうと言うのは異世界転移もののお約束だ。

「ま、待ってください!行かないで!!」

 このままではアインズが消えると思ったフラミーはアインズの脇腹に抱きついた。――いや、締め上げた。

「モモンガさん!いやー!!」

「あ、あの、フラミーさん?」

「――はぇ?」

 フラミーがアインズを見上げると、アインズを包んでいた光は何事もなく収まっていた。フラミーは慌ててアインズから離れ、まごまごと何かを違う違うと言っていた。

「はは。あの、どのクラスに反応したのか分かりませんけど、どうやら俺強くなったみたいですよ!」

 その言葉を聞くや否や、フラミーはやっぱりアインズの首に飛びついた。

「おめでとうございます!おめでとうございます!!これでアインズさん、たっちさんを超えたんですね!!」

 ワールドチャンピオンを超える存在になった、本当にそうなんだろうか。

「わかりませんよ、それはたっちさんがこっちにきて、俺と戦って初めてわかることです」

 ふふと笑うとフラミーの背中を軽く抱きしめ、一回ポンッと叩くとアインズはその身を下ろした。

「でも、これで守り切れるはずです。フラミーさんも子供達も!」

 その言葉にフラミーは目を細めた。

 

 闇の神を光の神が祝福するその姿は画家達の定番のモチーフとなり世の中に大量に出回る。

 それを見たフラミーとアインズが頭を抱えて唸り声を上げるまであとわずか数ヶ月。

 

 土煙を上げながら崩れ去った旧法国神殿を背に、アインズは国民へ口を開く。

「我が民よ。これよりすべての生あるものはアインズ・ウール・ゴウンの庇護の下、繁栄の時を迎えるだろう!!」

 

 守護者も、神官も、衛兵も、町の人々も歓喜に声を上げた。

 

 ――アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!!

 ――アインズ・ウール・ゴウン万歳!!

 

 その唱和に、初めてこの世界に来た玉座の間でのことをアインズは思い出した。

 

 そして――「ここで生きていくんですね」

 脳裏によぎったフラミーの言葉。

 

(皆があっと驚くような成果を上げて見せる。そして皆に言わせるんだ、ここで生きていくと)

 

 アインズは拳を固く握り締め、それを掲げた。




やったー建国できたよモモンガさん!

ンフィーレア君、ギリギリノトコロヲ助ケテ貰エテ良カッタネ。
きっとすぐに彼も元気になりますとも!

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