眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#22 満月の夜

 連邦議会は朝から盛り上がっていた。

 

 今頃孤立させられたデミウルゴスがワーウルフ達に噛み付かれ、痛みに悶えながら膝をついている頃だろう。

 大陸の半分を手に入れたら、まずは人間種の地位を家畜に落とす事から始めなければ。ビーストマン連邦の未来は明るい。

 

 ギードからの吉報を期待していた議場に残る議員達は、入ってきた最新のニュースを受け――静まり返った。

 状況を離れた場所から監視していた、議会に情報を持ち帰る事を指示されたヒプノックの部下達は報告を終えると皆がその場でさめざめと泣き出し、世界の終わりだと震えた。

 話を聞かされる者達の顔面は蒼白だった。

 やがて、議員達を代表するように一人の議員が叫んだ。

 あまりにも口を大きく開けたため、吼えるようになってしまったが、気にする余裕さえない様子だった。

「嘘だ!!そのような事あるはずがない!!」

 全力疾走した後のように乱れた呼吸を繰り返す。

 生き物は信じたいものを信じるのか、バンゴーは頷く。

「そうだ…あり得るはずがない…。そんな…魂喰らい(ソウルイーター)最低三百など…。こんなものが雪崩を打って攻めてくれば…連邦は…二度と立ち直ることなどできない…。」

「し、しかし…バンゴー様…。それでは…ヒプノック隊の見たものは…。」

「神王の…そう、そうだ…!人間の皮を被った時に使った幻術ではないのか?」

「なるほど!そういう事であれば大いに納得がいく!」

 泣いていたヒプノック隊は議員達の言葉にふっと笑った。

 その笑みに思わず笑みで返してしまった者達は、続く彼らの言葉で凍りつく。

 

「あれは幻術なんかじゃありません…。魂喰らい(ソウルイーター)の駆け回った後には、ワーウルフの絨毯ができあがったのですから。」

 

 議場に再び重い沈黙が訪れる。どれほどそうしていたのか解らないが、バンゴー議長はゆっくりと口を開いた。

「神王殿に…い、いや…神王陛下に…神聖魔導国への合併を願い出よう…。陛下のお国ではあらゆる種族の生を許して下さっているはずなのだから…。」

 反論する者などいるはずもなかった。

 

+

 

 アインズはまずは一国ゲットだと足取り軽く議場に帰った。

 同じ食物連鎖の頂点に位置する厄介者を取り除いたのだからかなり感謝されても良いだろう。

 ギード将軍が議員達と、議員ではないような身なりの者達に熱心に戦場での事を説明している背を愉快に眺めた。フラミーは授乳のため先に帰ってしまったので、デミウルゴスと二人で笑顔を交わした。

 

「アインズ様、次に向かうセイレーン聖国は男性の地位が低いようですので、もしかすると御身に不快な態度を取る者がいるかもしれません。」

「ん?そうか。私は一向に構わん。裏を返せばいつも侮られるフラミーさんを正しく理解する者達がいるということだ。」

 デミウルゴスは数度尾を振った。

「それはそうでございますね。素晴らしい事です。ふふふ。」

「そうだろう。ふふふ。」

 楽しげな笑い声をあげながら、アインズは過激派不敬警察を連れて行かないことにしようと決めた。

 

 そうこうしていると、議員達はアインズとデミウルゴスの前に寄ってきて、跪き、頭を下げた。

 これまでとは違う仕草だ。存分に感謝を感じる。

 今回、ビーストマン達の好感度ゲージ――ペロロンチーノがよくそんな単語を使っていた――は相当上がった事だろう。

 これで次にセイレーン聖国を手に入れたら、まずは魔導学院の設置をさせてもらい、小学校の設置を頼み、神聖魔導国にあるどんなものが食べられるのかを調査して、それから属国に――などと考えていると、バンゴー議長が非常に真剣な面持ちでこちらを見ている事に気がつく。

 

(こ、この目は――国民達の――。)

 

 絶対に変な事を言う。

 神として君臨し続け、これで夏を迎えれば約四年にもなるアインズは、覚えのある気配にまさかと背筋に汗が流れた。

(まだダメだ…ダメなんだ…。デミウルゴスが友好国だって言ったのに――!!)

「神王陛下、今更遅いとお怒りになるかもしれませんが、宜しいでしょうか…。」

 ダメです。そう言えたら世界はどれだけ素敵になるだろう。

 アインズはデミウルゴスを見ることも出来ず、現実逃避をやめ、微笑みとともに「言ってみなさい」と答えた。

「感謝を…。我々ビーストマン連邦は神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国への併合を願います…。」

 ビーストマン達が手を胸の前で組む。

「………………やっぱり。」

 アインズは想定通りの言葉に思わず小さく声を漏らした。

 なんでいきなり合併なんだと、思わずバンゴーの額に手を当てたい気持ちになる。

 とりあえず重要な事をアインズ一人で決めるのはまずい。

 ここはデミウルゴスに任せるべきだ。

 アインズは言葉を選びながら慎重に口を開く。

「これ程重要な話を口頭だけで進めるのは危険だ。貴国は広いのだから。せめて文面に起こさねばな。なぁ、デミウルゴス。」

「は。心得ております。」

 デミウルゴスがごそごそと書類を取り出すと、え?準備してるの?とアインズは問いかけたくなるが、人の身にきちんと付けている鎮静化をもって何とか飲み込むことに成功する。

 先ほどまであった嫌な動悸はすっかり収まった。

(…人間で来るんじゃなかったな。でも、こいつらうちの国民と違ってアンデッドの体嫌いだからなぁ…。)

 アインズがどんな姿でいても諸手を挙げて歓迎してくれる神聖魔導国の国民達が恋しい。

 狂信的でどこか怖いが、アインズは国民を結構気に入っていた。

(……いや…これからはビーストマンも国民か…。)

 アインズは精神的な動揺は収まっているが、何で突然こんな申し出をしてくるのか解らないまま、隣で書類を見せ、難しい言葉を喋り続けるデミウルゴスをちらりと見る。

 デミウルゴスは実に爽やかな笑顔をアインズに返した。

 嵐の前の静けさ。

 この後デミウルゴスに「どうやってこんなに生き物飼うの!」と捨て犬を勝手に拾ってきた子供のように叱られる未来が見えると、アインズは再び現実逃避を始めた。

 

 逃避を続け、適当なタイミングで相槌を打っていると、デミウルゴスとビーストマンの間での長時間に及ぶ話は終わった。

 続きはまた明日神官も交えてと、デミウルゴスを連れナザリックに帰ったアインズは、ハラハラしながら第九階層の廊下を進んだ。

「…デミウルゴスよ。」

「は。」

 いつもと変わらない様子なのが逆に怖い。アインズは慎重に言葉を選んだ

「ビーストマンは降ったな…。」

「はい。これほどまでに早々と落ちるとは。このデミウルゴス、想像もしておりませんでした。」

 すみませんでしたと謝りたくなる。

 アインズは何が原因でこうなったか解らないが、デミウルゴスのカレンダーでは併呑はまだまだ先のはずなのだ。

 やはりアインズが何か余計な事をしたのだろう。

「…わざわざお前が色々と考えていたのに悪かったな。」

「いえ、滅相もございません。素晴らしいお点前でした。あの様な方法で、まさかニカ国いっぺんに心を打ち砕くとは思いもしませんでした。」

 今回ビーストマンの死者はゼロだ。

 ワーウルフは降らせるつもりではいたが、ビーストマンの心が打ち砕かれるタイミングは――何度考えても存在しない。

 あれこれ色々と言葉の意味を考えたが、アインズが叡智の悪魔へ送れる言葉はこれだけだ。

「……そうか。」

 アインズはデミウルゴスの発言の深追いはしない。

 彼ほどの智慧者に対し、下手に食い下がれば危険だから。

 

「はい。やはり私はまだまだアインズ様の足元にも及んでいないと痛感いたします。」

「そんな事はない。お前はいつでも私を超えている。」

 デミウルゴスから苦笑が漏れる。

「そのような。」

 二人はフラミーの部屋の前で立ち止まった。

「いいや。私はいつでもお前に助けられている。また、明日からも頼むぞ。」

 アインズはデミウルゴスに頭を下げられると、フラミーの部屋の扉を軽くノックしてから開いた。

 部屋の中では、また大きくなったナインズを抱くフラミーが二人へ手を振った。ナインズは自分の指を舐めながらフラミーの服を掴んでいた。

「二人ともおかえりなさぁい。」

 アインズはこの世でただ一人、言葉を全て理解し合える人に微笑む。

「ただいま。」

「帰りました。それでは、アインズ様、フラミー様、ナインズ様、私はこれにて。」

「あぁ、よく休め。」

 

 デミウルゴスは扉が閉まると、BARナザリックへ向かった。

 

 来客を知らせるように扉についた鐘がカランカランと軽やかに鳴る。

 そこにはアルベドとパンドラズ・アクター。

「帰ったのね。――その様子、まさかもうビーストマン連邦は降ったの?」

「ふふ。降ったとも。やはり、ビーストマン連邦へただ戦争を仕掛けなくて良かった。人口も減らなかったですしね。」

 デミウルゴスが得意げにメガネを押し上げ店内に入ると、パンドラズ・アクターは早く座ってじっくり聞かせろと言わんばかりに、アルベドと自分の間にある椅子の座面を叩いた。

「ワーウルフ王国でデミウルゴス様を攻撃、セイレーン聖国で父上に向かって魅了の歌を聞かせ――最後は父上が死亡させられたと噂を巻き戦争をする事になり併呑へ行き着くと思っていましたが…。噛まれました?」

「いいや、全く。アインズ様は以前、熱心に汚らしい地図をご覧になっていたんだけれど、どうやらそこから、あの地方の者達への決定的な切り札を導き出されたようでね。今日ワーウルフ王国とビーストマン連邦二ヶ国へ決定的な一手を打たれていたよ。」

 知恵者二名は口に手を当てそれぞれ思考を巡らせていく。

「――デミウルゴス様が旧竜王国でシャルティア様の影響力を高めて行くのを、使わない計画だと父上が切り捨てずにいたのは、この日のためでしたか。」

 突然のパンドラズ・アクターの発言に、ピッキーは「何の話?」と思わず顔を上げてしまった。

 しかし、知恵者達は「その通りだね」「素晴らしい手腕だわ」と通じ合っていたようだった。

 

+

 

  海の人(シレーナ)テルクシノエ、空の人(シレーヌ)ヒメロペー。

 二人の麗しき指導者――いや、巫女と言った方が正しいのかもしれない――は両手を胸の前に組み、宮殿中央にある水庭にて、大儀式を行なおうとしていた。

 

【挿絵表示】

 

 その場所は眩いまでの白さをたたえた大理石の床が広がり、中心には海の水を引き込んでいる真四角のプールがある。

 プールは満月を写し、青白く発光していた。

 辺りには水場を囲むように多くの海の人(シレーナ)空の人(シレーヌ)が男女問わずに並び控える。

 海の人(シレーナ)は二股に別れた長い尾鰭で、ナーガのように器用に立っていた。

 皆一様に胸の前で手を組み、祈るようなポーズをしている。

 それぞれの額には汗が光り、どんどん顔面は蒼白になっていく。魔力欠乏から起きる身体不調だ。

 ふと、水面に波が立つ。

 波は階段上にいる二人の巫女へ向かうように沸き立った。

 周囲に立つ者達が次々と膝をつき始めると、テルクシノエとヒメロペーは声を揃えて詠唱する。

 

「「<魔法上昇(オーバーマジック)>。」」

 

 それは膨大な魔力を消費する代わりに、本来であれば使えないはずの二つ上の位階魔法を無理矢理発動させる魔法だ。

 セイレーンは魔法が得意な種族で、巫女の二人は第五位階まで習得している。――とは言え、第五位階は死者復活(レイズデッド)しか使えないが。

 

「「<第七位階天使召喚(サモン・エンジェル・7th)>。」」

 

 その呼び声に応じるように、爆発的に光が広がる。

 輝きを纏う多くの翼を持つ最高位天使は二人の巫女の前に姿を現した。

「あぁ…なんてお美しいの…。」

 ヒメロペーの熱に浮かされたような言葉が響き、テルクシノエは最高位天使へ指示を出す。

威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)!ワーウルフを迎え撃つわ。共に来なさい。」

 

 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)は煌めく光の軌跡を残すように二人に追従する意思を見せた。

 

「これで今宵は超えられる筈ですわね。」

「少しでも数を減らしていただきましょう。」

 二、三万のビーストマンが殺されたのではないか、その為アンデッドが湧いたのではないか、と言う報告があった日の翌日。

 セイレーン聖国と戦端を開いていた全てのワーウルフとビーストマンは撤退して行った。

 同時にワーウルフとビーストマン達の戦線も全てが解散した。

 これまで様々な場所に割かれていた兵力も初めて全てが国に帰ってきている。

 多くの実力者達を魔力欠乏へ追い込んでしまう為、これまで威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を戦場へ投入できたのは片手で数える程度の回数だが、今は全ての戦線がなくなっているため踏み切った。

 

 セイレーン達はこの六日間、束の間の安らぎの日々を過ごした。

 両国の街の上まで飛ぶと集中的に射られる危険性がある為調査隊を出していないが、この静けさ。――二国の勝敗はついに決してしまったのだろう。

 

「ねぇ、テルクシノエ様。後は私が行きますから、あなたはどうか水中都市へ。」

「どうしてそのような事を?私達二人の歌がなくっちゃきっと抑えきれませんわ。」

 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)の力は凄まじいが、範囲攻撃というよりも、単体への攻撃に長けた存在だ。

 連れてはいくが、多くの数で乗り込んでくるであろう相手を前に、全てを任せられる戦力にはならない。

 それに、広い国の広い防壁の一箇所を完璧に守っても、他所が落ちれば無意味だろう。

「私達空の人(シレーヌ)は危なくなったら空へ上がれるけれど、海の人(シレーナ)は逃げ切れませんもの。だから、お願い。」

「――…嫌よ。地上が落ちれば結局水中都市だっていつかは蹂躙されてしまいますわ…。」

 水中都市の外海には海巨人(シージャイアント)やシー・ナーガ、シー・トロールがいる。

 急襲される時には陸に上がり皆で歌を歌い、空の人(シレーヌ)の空からの攻撃で何とか追い払っていた。

 セイレーンの敵はビーストマンとワーウルフだけではないのだ。

 特に海巨人(シージャイアント)は強く、かつてル・リエーから訪れていた半魚の行商人も皆馬車で地上を通っていたくらいだった。

 ちなみに海底石造都市ル・リエーの位置する場所は湾になっているため比較的安全だ。

 

 テルクシノエの透き通る海のような瞳は覚悟の色に染まっていた。

 なんと説得しようかと悩む様子のヒメロペーの手を取る。

「行きましょう。まずはこの夜を越えなくちゃ。」

 

 二人は多くの仲間と共に戦地になるであろう市壁へ向かった。

 

 その満月の晩、全てのセイレーンが強い覚悟を持ってワーウルフの襲来を待ったが、遥か美しい緑の野が広がるばかりで何も訪れることはなかった。




アインズ様、デミデミに怒られたことないのに怒られちゃうんじゃないかヒヤヒヤ可愛いね!

次回#23 閑話 亜人だらけ会議

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