眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#23 閑話 亜人だらけ会議

 アインズはこの一週間ビーストマン州とワーウルフ州の後処理と、国内のちょっとしたいざこざ(・・・・)でいっぱいいっぱいだった。

 一度に二カ国もの大国を吸収したのは初めてで、大量の書類仕事に追われているわけだ。

 今アインズの目の前には、合併同意書、合併に関する話し合いの議事録、被合併国の持つ文化のまとめ、これまでの国家運営方法、これからの税金の徴収と施行の執行猶予、それぞれの州の州法、地名の変更による新たな地図など、関係書類がごまんと積まれている。

 

 神官達と死者の大魔法使い(エルダーリッチ)も忙殺されていた。

 ただ、忙殺と言っても神聖魔導国は労働時間に非常に煩いため、皆定められた時間以上の労働はできないのだが。

 そんな中で、「もっと働かせてくれ」と言う者も多くいる。が、当然それを許す神ではない。

 

 余談だが、以前エ・ランテルのドワーフ街(トゥーンタウン)が完成した頃にフラミーと様子を見に行ったところ、殆どのルーン工匠は寝る間を惜しんでルーン技術の復活と発展を目指し、働きに働きまくっていた。

 彼らは建築や舗装の指導を行うこともあり、非常に忙しい。そこでアインズが定められた時間以上働くなと言ったところ、「ワシらは好きで働いとるんじゃ、ほっといとくれ」とえらい喧嘩になったものだ。

「もっと働かせてくれ!!」と髭面のちっこい山小人(ドワーフ)に迫られながらも、アインズは当然首を縦には振らなかった。

 その際にはこんなやり取りもあった。

「お前達がそれだけ働いていれば、周りの者も同じだけ働かなければと思うだろう!そうなったらどうだ!!世界には労働するために生きると言う地獄が訪れるぞ!」

「それのどこが地獄なんじゃ!!ワシらは陛下のために、ルーン技術の発展と向上のために、命を掛けたっていいんですじゃぞ!」」

「わぁ…守護者みたいな事言ってる…。でも皆さん、本当によく寝てよく食べてから働いて下さい。体を大切にして。」

「あ、は、はい。光神陛下、ワシらは別に体を粗末にしているわけではないんですじゃよ…?」

 山小人(ドワーフ)達は自分達を復活させたフラミーに非常に弱い。

「いいや、粗末にしてる。とにかく定めた時間以上は働くな。」

 そして大ブーイングだ。大企業の社長は辛い。

 

 今日も社長は書類に目を通して判子を押す。

 ポンっと小気味良い音がなると、床に転がっているナインズが口を開けてアインズの方を見た。

 床には複雑な模様の描かれた美しい絨毯が敷かれ、ナインズが遊ぶための場所になっていて、フラミーもそこで昼寝をしている。その上はもちろん土足厳禁だ。

 

「ふふ、かわいいな。父ちゃん働いてるぞー。」

 

 表情の崩れたアインズが労働アピールの後再び書類に目を通し始めると、ナインズはヴィクティムの頭上に輝く天使の輪を口に入れて遊んだ。

 ヴィクティムは柔らかくてお気に入りのようで、歯のない小さな口で、よくその腕にかぶりついていた。

 

「あぁ…本当にお可愛らしくて…私もあんな風に…。」

 隣に立つアルベドからほぅっと言う甘い吐息が漏れると、側で様子を見ていたセバスがジリリと身動ぎした。とは言え、流石に赤子を襲う統括ではない。

 ヴィクティムは恍惚の表情をし、でろでろに溶けていた。

 

 ナインズの、ともすれば鳴き声のような「あぅあ〜。あぁっ!」というお喋り(クーイング)を聞いていると、アインズはそれだけで仕事の疲れも吹き飛ぶようだった。ナインズ当番が一生懸命神話を読み聞かせている所だけが気掛かりだが。

 アインズが心温まるBGMに耳を傾けながら、解るような解らないような小難しい書類に目を通していると、ノックが響く。

 これまでお喋りをしていたと言うのに、ナインズは急に黙り細かい呼吸をした。

 フラミーも目を覚まし、やおら体を起こす。

「よしよし、アンデッド怖くないよぉ。」

 

 フラミーの言葉を聞きながら、アインズ当番に入室の許可を出す。

 来訪者はシャルティアだった。

 入室したシャルティアはいつもの漆黒のボールガウンのスカートを指でつまむと、片脚を引いて膝を曲げながら恭しく頭を下げた。

「アインズ様、フラミー様、ナインズ様、ご機嫌麗しゅう存知んす。」

「シャルティア、お前もな。それで、どうだった。」

「おかえりなさい。」

 フラミーに揺すられるのが嬉しいのかナインズはさっきよりも大きな声であぅあぅと再び喋り始めた。

 するとシャルティアは何も言わずにじっと過ごした。

 ナインズが喋っているため、シャルティアはそれが終わるのを待っているのだ。

 至高のお世継ぎの言葉を遮ることはできないと、守護者はナインズが喋っている間は許可を出さなければ喋らなかった。

 最初は何事かと戸惑ったものだ。

 

「シャルティア、ナインズの言うことは気にせずとも良い。さぁ、聞かせなさい。」

「それでは失礼しんして。――君命により行なっていたブラックスケイルの民の説得の御報告に参りんした。」

「そうか、ご苦労だったな。アルベド、こちらの仕事は後だ。シャルティアの報告を聞こう。」

 アインズは執務机から応接セットへ移動し、シャルティアに席を勧めた。

 ビーストマン連邦の併呑にブラックスケイル州は揺れていた。

 ビーストマンをどうして神が絶滅させてくれないのだろうかと納得いかない様子で、ビーストマン州には反神聖魔導国の勢力は現れていないと言うのに、悲しきかな国内から反ビーストマン勢力が現れてしまっていた。軽いデモのような真似も起こっている。

 あの州の民はシャルティアを強く信頼しているため、ビーストマンの新規参入の理解を求めようとシャルティアは奔走していた。

 シャルティアがいなければ一体どれ程大変な事になっていただろうか。

 恐らく、戦争を仕掛けビーストマン連邦のビーストマンを大幅に減らさなければ、抑えがきかずに大規模なデモ行進や暴動が起きていただろう。

 あの時、シャルティアの影響力を高めると言っていたデミウルゴスの働きが無駄にならなかった事にアインズは密かに安堵していた。

 

「やはりどの国民達も納得いきんせんようでありんした。旧竜王国と戦争していたビーストマン国はアインズ様が滅ぼしんしたし、ビーストマン連邦は無関係だと言って聞かせて来んしたけれど――心からそれを受け入れられたかは分かりんせんところでありんす。ただデモは今日で解散、表面上は分かったと言っておりんした。」

 

「暴動のような事にはならなそうだな。よくやったぞ、シャルティア。お前の存在はあそこの民を癒そう。悪いがまた暫くブラックスケイルの行脚を頼む。」

「かしこまりんした。それから、雑種が会談に臨めるスケジュールも聞いてきんした。」

「そうか。アルベド、シャルティアから日程を聞いてスケジュールを組め。」

 アインズの指示に従い、アルベドとシャルティアが日程の調整を始めるとアインズはその場を離れ、 幸せの園になっている絨毯に向かった。

 

 靴を脱ぎフラミーの隣に座る。

「休憩します?」

 フラミーに瞳を覗き込まれると、アインズの胸は小さく高鳴った。

「します。フラミーさん成分下さい。」

 手をしっしと振り、メイドやセバスに見るなと伝える。

 アインズがフラミーの柔らかな髪の中に手を絡ませるように頬に触れると、フラミーは数度恥ずかしそうに瞬きをしてから目を伏せた。

 鼓動が早まる。どうして何百回もしているのにいつまで経ってもこんなに心臓がうるさいんだろうか。

 アインズはそっと唇を触れさせた。

 満足すると離れ、二人して照れ臭そうに笑った。

 ふと視線を感じ、ちらりとそちらを伺うと、ナインズがヴィクティムをしゃぶりながら興味深そうにじっと見つめていた。

「……九太にもしてやる!」

 アインズはヴィクティムの手をナインズの口から出し<清潔(クリーン)>を掛けると、ナインズに髪の毛を掴まれながら、腹にこれでもかとキスをした。

 

+

 

 数日後、ブラックスケイルの城の玉座の間にはバンゴーとルキース、それぞれの州から数名の重鎮、神都から神官長達、アベリオン丘陵亜人連盟から亜人王と呼ばれる者達とその側近が揃っていた。当然、ドラウディロンと、宰相と呼ばれ続ける男も。

 かつて聖王国を襲った亜人王達は山羊人(バフォルク)の王"豪王"バザー、蛇王(ナーガラージャ)の"七色鱗"ロケシュ、獣身四足獣(ゾーオスティア)の"魔爪"ヴィジャー・ラージャンダラー、魔現人(マーギロス)の女王"氷炎雷"ナスレネ・ベルト・キュール、石喰猿(ストーンイーター)の王"白老"ハリシャ・アンカーラ、他にも"獣帝"、"灰王"、"螺旋槍"と呼ばれる名だたる者達が揃っていた。

 ちなみに聖王国を襲っていないオークの代表者ディエル・ガン・ズーと藍蛆(ゼルン)の王ビービーゼー、数名の丘小人(ヒルドワーフ)も来ている。この三つの種族はコキュートスと陽光聖典の亜人捜索隊によって一足先に神聖魔導国に降っていた。聖王国の復旧作業に大層尽力した亜人達だ。

 

 ルキースは、獣人の上半身と四足の肉食獣の下半身を持つ、鮮やかな黒い体毛に身を包む獣身四足獣(ゾーオスティア)のヴィジャーと互いの見事な黒毛を褒め合い、バンゴーは純白の長い毛を持つ猿にも似た石喰猿(ストーンイーター)のハリシャと縁側で将棋を指す老夫のような会話を繰り広げている。

 ドラウディロンは神官達に何か諌められている雰囲気だった。

 皆がガヤガヤと近くの者と話す。

 側近達もいる為かなりの人数の者が揃い、囁き声は重なり喧騒を生み出していた。

 しかし、扉が開かれると途端にしん――…と部屋は静まり、部屋にいた者は一斉に膝をつき頭を下げた。

 ただ、バンゴー達とルキース達は一拍遅れ、慌てて周りを真似た。

 

「アインズ様とフラミー様のご到着でありんす。おんしら、呉々もご無礼のないよう気をつけなんし。」

 シャルティアの宣言を以ってアインズとフラミーは現れた。

 

 アインズは真っ直ぐ空席の玉座へ向かい、座した。

 玉座を持つ者達は神聖魔導国に併呑されてからは玉座に座ることをやめている。

 フラミーが玉座の肘置きに座ると頭を下げている者達をゆっくりと見渡す。

「面を上げ、楽にせよ。」皆が慣れた様子で顔を上げると、慣れない新人達はおっかなびっくりに顔を上げた。「――皆、よく集まってくれたな。まずは礼を言おう。」

 骨の指で肘置きをコツコツと数度叩き、バンゴーとドラウディロンを交互に見た。

 

「さて、今日は他でもないビーストマンへの差別問題について話し合いたい。ここブラックスケイルでは、ビーストマン国との戦争が長きに亘って続いてきたが、その相手のビーストマン国は既にない。私が消滅させたからだ。だが、州民達はビーストマン連邦のビーストマンを受け入れられぬと、特にビーストマン国との戦線が近かった――現在黒き湖に近いところに住む者達は未だに抗議活動をしている。」

 

 それを聞くと亜人王達は信じられないとでも言うように互いの顔を見あった。

 聖王国を襲った亜人達は、種を保つのに必要な数まで大幅に数を減らされ、聖王国の国民ももうそれで許すと気持ちに折り合いを付けている。

 亜人達の他に、悪魔という憎む対象がいて――紫黒聖典の奔走の甲斐あってではあるのだが。

「私は悲しい。ビーストマンだから受け入れないというのは暴論だとお前達も思うだろう。」

 亜人王達は頷いた。そして、ハリシャが手を挙げる。

「言ってみろ。」

「ヒヒヒ。神王陛下、我々は街の復興を手伝いました。ビーストマンもそのようにされては?」

 アインズは口に手を当て一瞬考えた。

 しかし――「ダメだ。ビーストマン連邦はビーストマン国と無関係だと言うのに、人種が――いや、種族が同じだったと言うだけで他国の罪を背負う必要はない。それは間違っている。」

 続いてナスレネが四本腕の一本を上げた。

「ビーストマン国もビーストマンももう十分に罰を受けた…、であれば――ここはビーストマンを受け入れぬと言う愚かな者を断罪してしまってはいかがでしょうかのう。」

 それを聞いたドラウディロンはカッと顔を赤くした。

「何だと!!州民の感情も仕方のない事だろう!我々は食われ続けたんだ!その相手が自分達よりずっと多い人口で国に参加したんだぞ!?」

「おぉ、こわやこわや、雛っこがさえずるわい。ここの知事殿は短気じゃな。」

 ナスレネがくく…と笑うとバザーが咳払いをした。

「やめろ。無意味に煽るな。陛下方の御前だ。」

「バザー殿、私はナスレネ殿の意見に賛成ですな。何と言っても抗議活動をしている人間達は神聖魔導国の人権の法に触れているように思う。」

 七色の鱗を怪しく煌めかせてそう言うロケシュはかつて亜人連合軍十傑の総指揮官を貪食(グラトニー)より言い渡されただけあり、力だけでなく頭脳もある。

 あまり考えることが得意ではないヴィジャーも口を開く。

「俺は放っておけばいいと思います。エ・ランテル市に住む山小人(ドワーフ)土堀獣人(クアゴア)が時間を置いて勝手に和解を始めたと聞きましたぜ。」

「彼らは人口が少なかったですからねぇ。しかし、時が解決する場合もあるにはありますよね。」

 そう言った神官達は亜人王達とネーとどこか可愛らしく首を斜めにし合った。

 神官と亜人王の仲睦まじい姿はアインズが訪れる前のスレイン州の者達が見れば悲鳴を上げただろう。それだけ、神聖魔導国の者達は過去と折り合いをつけ、真っ直ぐ神の教えに従い意識を切り替えているのだ。

 

 その後、神官達と亜人王達が侃侃諤諤と議論を交わしていくが、どれも良いと思える案ではなかった。

 そして、ルキースの「そもそも今すぐ差別をやめさせる必要があるんで?」と言う言葉で議論は一時止まった。

 バンゴーは苦笑している。

 

 アインズはゆっくりと口を開いた。

「差別は始めれば、無理矢理やめさせなければ根が深まる一方だ。いつか差別していることにも気が付かぬ所まで行くだろう。次の世代の為にも差別の根は早々と断ち切らねばならん。――差別とは非常に気持ちがいいものだからな。」

 リアルでも様々な差別が横行していた。同じ人間種だったので一層たちが悪いといっても過言ではないかもしれない。

 

 神官達と亜人王達がうーむと悩むと、ドラウディロンも手を挙げた。

「陛下、我等旧竜王国民はビーストマンにほとんど全てを奪われたんだ…。どれ程の血が流れたかわからない…。…もちろん…悪魔も出てしまったが…。」

 アインズはフラミーの召喚した悪魔の話はまずいと骨の手を挙げる。

「ドラウディロンよ。悪魔のことは良い。」

「…陛下…ありがとうございます。」

「それより、ビーストマンに奪われたんじゃない。旧竜王国民の命を奪ったのはビーストマン国だ。ビーストマン連邦は関係ないと何度言ったら分かるんだ。」

「申し訳ありません…。しかし…私達には、ビーストマン国のビーストマンと、ビーストマン連邦のビーストマンを見分けることはできません…。」

「見分けが付こうが付くまいが、ビーストマン国にはもう罰を与えている。ドラウディロン、私はお前もブラックスケイルも特別扱いする気はない。他州のように過去は過去だとちゃんと割り切れ。ここをどこだと思っている。」

「は…。神聖魔導国です…。」

 人間国家間で戦争をすれば、相手国家を嫌っても人間其の物を嫌うことは無いだろう。

 ビーストマンが相手だと全く無関係なビーストマンすら嫌ってしまうなど、アインズから言わせれば「失望」の一言に尽きる。

 ここは全ての種族が手を取り合う"アインズ・ウール・ゴウンの国"なのに。

 

 アインズが不愉快げな仕草をすると、フラミーはそのつるりとした骨の頭を撫でた。

「アインズさん、今日は多分もう結論も解決方法も出ない気がします。食べられる側の人も少ないですし。」

「…そうですね。仕方ない。終わりにしましょうか。」

 アインズは困ったなぁと心の中で呟くと、立ち上がり、フラミーに両手を広げた。ふわりと浮かび上がったフラミーを抱えると、通達する。

「今日はここまでだ。今後降すセイレーン聖国はビーストマン連邦とワーウルフ王国に食われ続けて来た。そのセイレーン達も恐らく同じ問題にぶつかるだろう…。先に解決しておきたかったが――セイレーンを含めて再び会議を行おう。悪いがお前達には近いうちに再び集まってもらうことになるだろう。」

 

+

 

 その日の帰り道、バンゴーとルキースは本当に色んな種族がいましたねと、馬車の中で話をしながら帰って行った。

 同じ恐怖に当てられたビーストマンとワーウルフは、不覚にも仲間意識を感じており、仲良くできそうだった。




受け入れられなぁい
ふー、亜人王達全員出せたぁ

次回#24 使者の来訪

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