街に入れば、真っ白な建物が立ち並ぶ眩しい景色が広がっていた。
建物の屋根は全て緑――いや、植物が生えている。
建物の壁には屋根から覆いかぶさるように蔦が下りてきて絡まり、不思議な赤い実を付けていた。
色取り取りの
中には
他にも水面から顔を出して様子をうかがう者や、
深い所は蒼く染まっているが、どこも光を通す程に澄んでいて、小舟はまるで空に浮かぶようだった。
馬車は先導するセイレーン達を追うようにふくらはぎ程度の深さの水をかき分けていき、空を映す水面を揺らした。
地面は一面が白いブロックタイルで舗装されていて、いっそ巨大な鏡のようにも見える。
水の中にはまるで低木の街路樹のように珊瑚が道を囲んでいた。
フラミーは馬車の窓を開け、透き通った水面を覗き込む。そこには小魚が群れをなして、光を反射し煌めいていた。
「わぁ!綺麗!」
床上浸水する街には海上都市で見た上半身が魚の半魚人達もおり、「あ」という顔をする者もいた。海上都市でアンデッドと共に行動し悪目立ちしていたフラミーを覚えている者もいるのかもしれない。
身を乗り出してしまいそうなフラミーは興奮しているようで、翼がわさわさと揺れていた。
アインズが双子に迷惑がかからないように翼を抑え、撫で付けていると揺れていた翼は大人しくなった。
「そろそろ馬車は無理か、浮きそうだな。」
気付けば馬車の中にも水が浸入を始めていた。扉が開かなくなる前に降りた方がいいだろう。
「あ、アインズ様、あの、降りますか?」
「そうしよう。さぁ、フラミーさんも降りますよ。」
「はーい!」
それを聞いたマーレは急ぎ扉を開き、アウラと共にぴょんと外へ出た。
水が跳ねる音が鳴ると、「舟もご用意がありますが」と告げるセイレーン達の声が聞こえる。
「じゃ、アインズ様達の御御足が汚れないように舟出して!」扉の外で張り切るアウラは言い切ると、馬車の中の二人へ振り向いた。「――アインズ様、フラミー様、少しお待ちください!」
アウラの伸ばしかけの髪の毛が一瞬風でさらりと流れた。髪は肩口程度まで伸び、少年のような愛らしさの中に、女の子らしい魅力を感じさせるようになった。
アインズは微笑み、任せるとでもいうように数度頷いてみせる。
程なくして、馬車に舟が横付けされた。
半水没都市スァン・モーナ。
昔いた凄まじい歌の力を持った指導者二人の名前を取って付けられたその地はセイレーンの誇りと絆そのものだ。
スァンナーリーといえばそれはそれは美しい
セイレーン達はビーストマンとワーウルフを降したと言う王に興味津々だった。
王が乗っていると思われる宮殿へ向かう馬車は多くの目に晒されて進んでいた。
「
まだ幼さの残る
「本当にあんな弱っちそうな種族の王があいつらやっつけたのか?」
「違うって!やっつけたのは竜だもん!」
声変わりを迎えていない高い声がきゃんきゃんと響く。ラーズペールの反論にライドネーはなるほどと相槌を打った。
「テルクシノエ様が前に歌って下さってた評議国の人達なのかな?」
「でも神聖魔導国だってヒメロペー様が言ってたよ?」
レウコシアの疑問にテレースが答える。
「神聖魔導国なんて聞いたことないね。」
「どんな国なのかなぁ。」
「きっと竜がたくさんいるんだぜ!」
「違うよ、竜は一匹で
子供達は水に体を浸し、顔だけを水面から出して好き勝手噂しあった。
馬車に舟が横付けされると、中からは流星のように輝く銀色の髪を靡かせる人間が顔を出した。
誰かの夢から出てきたと言われれば納得してしまいそうな程の圧倒的な美しさは、どこか作りものめいてすらいる。
「あわぁ…。」「はぇ〜…。」
女子の熱に浮かされたような声に男子がつまらなそうな顔をした。
「あれが王様?羽も鰭もなくて、てんで弱っちそう。」
「
王は舟に片足だけを乗せると何かの手を引いた。
「ん?あれはなぁに?」
「なんだろう?」
「今度こそ
「静かに!出てくるぞ!」
その手はまるで夜明けの空のような浅紫色に染まっていて――その姿が露わになるとセイレーン達は絶句した。
光の軌跡を残すようにすら見える五対の翼はどんな
先導していたセイレーン達もあんぐりと口を開けてその人を目で追った。
「あのお方がきっと王様よ!女王様!人間は…ペット?」
女の方が力を持つセイレーン達は確信した。
「あんなに綺麗なもの、もう二度と見れないかも…。」
「すんげぇ翼ぁ…。信じらんねぇ…。」
平凡ないつもの街が別世界のようにすら見える。
女王は手を引かれて舟に座ると、ふと水に手を浸し、正面に座る人間に向けて水を掬うように掛けた。
「っあ!人間が粗相をしたんじゃない!?」
あの美しい人間が食べられてしまうと一瞬のざわめきが起こるが、人間も挑戦的な顔をすると女王に水を掛け返した。
おかしそうに笑う二人の上には小さな虹がかかり、舟の後ろをついて歩く
じゃれ合いが終わると人間は濡れてしまった女王の顔や翼を丁寧に拭き上げた。まるで国の最秘宝を磨き上げるような優しい手付きだった。
どんどん離れ行く背を見送る。
その頃には全てのセイレーンはあの二人への認識を改めた。
「王様と女王様は仲良しなのね。」
「女王様はきっとすんげー強いぜ!」
王と女王の噂は国中を駆け巡った。
「よくぞいらっしゃいました。神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下、神聖フラミー・ウール・ゴウン魔導王妃陛下。私はテルクシノエ。」
「セイレーン聖国はお二人を歓迎いたします。私はヒメロペー。」
初めて聞くフラミーの呼び方だった。
「もてなし感謝する。テルクシノエ殿、ヒメロペー殿。」
「こんにちは。お邪魔しますね。」
目の前に座る二人のセイレーンは実に美しかった。そして優雅だ。
身に付ける物のセンスも人間の感覚とそう乖離しておらず、へそから下にスリットが入ったドレスは魔法の力を感じさせる。
この国の者達は微弱に魔法の力を感じさせる服を着ていた。
恐らく水がこれだけ近い生活をしている故、魔法の装備でなければ水を吸い重くなったり透けたりしてしまうのだろう。他にもブラジャーの様なものしか身に着けていない者、――全裸の者もいた。
デミウルゴスから全裸の者の報告がなかったのは、おそらく局部が鱗や羽毛で隠れているためだろう。
フラミーは「毛の生えていない生き物全般」の露出を許さない。
アインズとデミウルゴスは初めて牧場を訪れた時のトラウマを抱えていた。
あの時も局部を隠す事で対応したし、フラミーも特別セイレーン達に不快感を露わにはしなかった。
ワーウルフ達もズボンは履いていたが上半身は革の硬いベストのようなものを着ている程度だったし、亜人達は露出が多いことがままある。
アインズは何となくヘソから下のスリットを見れなかった。
この二人はパンツを履いていないのだ。
羽毛に包まれた鳥の足でも、鱗に包まれた魚そのものでも、極力視線を下げないように、アインズはまっすぐ二人を見つめた。紳士の嗜みだ。
テルクシノエとヒメロペーと真っ直ぐ目が合う。
「さて、我々も忙しい合間を縫って時間を作ったのだ。できれば無駄な時間――持って回った言い方やおべんちゃらを言うことなく、腹を割って話しを進めたいのだが、異論は?」
「何一つとしてございませんわ、神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下。」
「…それでは長かろう。私のことは神王と呼んでくれ。それから、フラミーさんの事は――」アインズは隣で微笑む誰よりも美しい妻に振り返った。「――何て呼ばれるのが良いですか?」
「あ、フラミーで大丈夫です!」
「フラミー陛下ですわね。」
テルクシノエが頷くと、ヒメロペーはおずおずと手を挙げた。
アインズはどうぞと軽く手をあげ促す。
「申し訳ございません。早く話を進めようと神王陛下は仰ったばかりですが――」
何事かと目を細める。アインズは王らしい動きで腕を組んだ。
「あのう、フラミー陛下はお美しくって、私、ふふ。ドキドキしてしまいますわ!その翼、キメ細かい毛並みも、その真珠のような光沢も…風切り羽の大きさも、ラインの美しさも、どうしてそんなに素敵でらっしゃるの?足首のちっちゃいのまでお綺麗なんて、ふふっ。女神様みたい!」
きゃー言っちゃったー!と頬に手を当ていやんいやんと顔を振る様は愛らしい。アインズの中でヒメロペーの好感度は急上昇した。
「えっ、そ、そんなことないですよ!」
フラミーが照れ臭そうに手を振るとアインズは片眉を上げた。
「そんなことない?何言ってるんですか。」
「そうですわ!何をおっしゃっるんです!」
「そうですよ、フラミー様!」「そ、そうです!」
「え、ええ!?なんで!?皆どしたの!?」
フラミーは元CGの凄さを痛感した。もはや皆何か魅了の魔法にかかっているのではないかとすら思う。
「ヒメロペー殿。フラミーさんは美しいだろう。この人は君の言う通り女神なんだ。誰よりも優しく思いやりがある。素晴らしい女性でな――」
アインズはドヤ顔でフラミーの良いところを朗々と語り出した。
この男にフラミーを語らせると長い。
忙しいと言ったくせに「まぁ!」だの「素敵!」だのと相槌を打つヒメロペーを前にその語りは進むばかりだった。
フラミーは突然始まってしまった嫁自慢をやめさせようとアインズのローブから垂れている細い帯をビンビン引っ張った。
「アインズさん、アインズさんったら!」
「しかもフラミーさんは――え?なんですか?」
「もうおしまいにしてくださいよぉ。」
「まぁ…もうおしまいですの…。」
アインズも何故かヒメロペーも不完全燃焼だった。しかし、忙しいと言った手前このくらいにするかとアインズは切り替えた。とにかくヒメロペーはいい奴だ。
「…んん。それでは、改めて問おう。私とフラミーさんの統治する神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国にセイレーン聖国も降って欲しい。」
さっきまで盛り上がっていたヒメロペーは指導者の顔をし、テルクシノエと頷きあった。
「申し訳ありませんが、それはできません。」
「何?」