眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#26 鳥達のさえずり

「申し訳ありませんが、それはできません。」

 

「何?…それはできないとは…我が神聖魔導国には降れない…。貴殿らはそう言うのかな。」

 

 テルクシノエはこの世で最も荒事と無縁そうな美しい王の瞳の中に炎の揺らめきを見た。

「はい。今すぐ降るとお答えすることはできません。」

「…考える時間は十分に与えて来たつもりだが、それは何故かな。」

「私達は――大変恐れながら、神聖魔導国を見たことがありませんわ。それに、評判を聞いたことも…。」

 テルクシノエの言葉にヒメロペーも続ける。

「特に貴国にはもうワーウルフとビーストマンもおります…。このまま、神聖魔導国に併合され、奴隷にされたり、畜肉として扱われるようなことがあっては、私達は…。」

 二人は――いや、周りにいるセイレーン達は生傷に触れられたように苦しげな顔をして黙りこくった。

 国としてそう扱わないと言われたとしても、法の目の届かないところで違法畜肉業者や違法奴隷商にそうされてしまう者が出てしまう可能性だってある。

 

 神妙な顔をして話を聞いていた神王は頷き、口を開いた。

「なるほど。なるほど。我が国もまだまだだな。それは失礼した。では、お見せしよう。」

 そう言い手を差し伸べる。

 この王はつい手を取りたくなるような圧倒的なカリスマ性がある。しかし、それを取ることはできない。

「重ね重ねで申し訳ありませんが、私達はここを離れる事は出来ませんわ。ワーウルフとビーストマンの脅威がなくなったとは言え、我が国の南に遥か広がる海に住む魔物達はいつもこの地を虎視眈々と狙っておりますから…。」

「特に歌に力を持つ私達がここを離れでもすれば、帰ってきた時にセイレーン聖国がないなんてことも…ありえますもの…。そんなの耐えられません…。」

 徳俵に足がかかっていることには違いない。

 テルクシノエは竜を貸してくれないかなと少しだけ思う。ヒメロペーも恐らく同じように思っているだろう。

 しかし、海巨人(シージャイアント)が波を打って攻め込んでくれば、可愛らしい子供に使役されてしまうような程度の強さの竜ごとき一体では太刀打ちできないだろう。

 

 ふぅ、と無情なこの世の理にテルクシノエがため息を吐くと神王が「では」と声を上げた。

 

「その攻め込んで来る者をひとまず討伐か征服して来よう。相手はなんだ?場所は知っているのかな。」

 竜を従えることができる者は気楽なものだ。

「……相手は海巨人(シージャイアント)、シー・ナーガ、シー・トロールですわ。」

「彼らは深い海域に暮らし、とても人や竜が行けるような場所には暮らしておりませんの。」

「ん?海にもトロールがいるのか。どうせ名前が長いだの短いだのと言うんだろうな…。討伐で良いか…?いや、全種コンプリートと思えばやはり征服が正解か…?」

 神王がぶつぶつと一人何かを言い始めると、フラミーが口を開いた。

「テルクシノエ様とヒメロペー様はアンデッドをどう思います?」

 ヒメロペーはフラミーが自分に話しかけた事に嬉しそうに頬を染めたが、テルクシノエは突然のその言葉の意味がわからず何と答えればいいのか悩んだ。

(どう思うとは…?好きな者などこの世にいようはずもないし…なんとお答えすればいいの…?)

 目の眩むような輝く瞳に見つめられ、つい悩みすぎていた事に気がつき、失礼になってしまうと慌てて答える。とにかく常識でもいい。

「…命あるものの敵でございますか…?」

 

 フラミーもなにかを悩むようにした。そして、瑞々しい唇は再び動きだし、両手は何かを掬い上げるように持ち上げられた。

「命あるものの敵のアンデッドもいますけど…、この世に生がずっと先の未来まであり続けることが出来るように、世界を守る優しいアンデッドもいるって言ったら、信じてくれますか…。」

「フラミー陛下がそう仰るなら、いますのね!」

 明るい声を出すヒメロペーの前に手を挙げ、黙らせる。

 何か重要なことを伝えようとしているという事がテルクシノエには分かったのだ。

「生があり続けるように…世界を守る…でございますか?」

「そうです。信じてくれますか…?」

 嘘を言う人ではない気がした。

 まだ会って大した時間は経っていないが――それでも、何故だか目の前の人はひどく無垢に見え、「女神だ」と神王が言った、なぞらえただけの比喩の言葉が何度も頭の中を駆け巡った。

 

「……信じます。」

 

 フラミーはニコリと笑うと、神王の目の前へふわりと浮かび上がった。

 その浮かび方は、空の人(シレーヌ)とはまるで違う、翼を動かす浮かび方ではなく、魔法の力を感じさせるものだった。

 そして、王を優しく抱きしめた。

「あなた。私はここで待ってますから、テルクシノエ様と行ってきて下さい。」

「わかりました。何だかありがとうございます。ちょっと働いてきますね。」

「はい。気をつけて下さいね。」

「あなたも。早く終わらせて戻りますよ。」

 二人は頬を軽く擦り付けあってから離れた。

 

「テルクシノエ殿。地上にはフラミーさんと双子を置いていく。共に海へ出てほしい。」

「…あの…人には――」言いかけ、まさかと神王を見ると――神王はまるで違うものになっていた。

 頭蓋骨むき出しの顔。両の目には赤い輝きが――人の瞳の奥に揺れていた輝きが――灯っていた。

 まさにアンデッドと呼ぶにふさわしい外見だ。

 おぞましいはずの目の前の存在だが、フラミーの言葉のせいか、不思議と恐怖を覚えなかった。いっそ――神々しさすら感じられる。

「ま…参りますわ…。」

「助かる。」

 

 そして、神王は唱える。

 

「<第十位階死者召喚(サモン・アンデッド・10th)>。」

 

 言葉が染み込んだ瞬間全身の筋肉がみるみるうちに冷え固まっていく。

 足元から背筋へせり上がる震えは竜に見込まれたネズミが命を奪われる瞬間に感じるようなものだった。

「第十位階!?嘘だわ!!そんなものがこの世にあるわけが無い!!」

「ありえない!!そんなものを使えるとしたら、神王陛下は――!?」

 恐ろしい。人が考えられる範疇にいない存在。超越者。

 ――よもやこれが「神」と呼ばれる存在かと心の底から悟る。

 神王の隣にいるフラミーと、今呼び出されたばかりの見たこともないアンデッドの事も忘れ、その場にいた全てのセイレーンは超越者に釘付けになった。

 

破滅の王(ドゥームロード)よ。これより海へ潜る。共に来い。」

 錆びついたような王冠を戴き、血色に染まるマントを羽織る者は恭しく頭を下げた。身に付ける全身鎧(フルプレート)の隙間からは僅かづつ黒い靄が漏れ出ている。

「畏まりました。我が神よ。」

「アウラ、マーレ。私はこれを連れて行く。お前達はフラミーさんの側にいろ。何かが起こるような事があればナザリックへ帰還して良い。」

 

 闇妖精(ダークエルフ)は逡巡してから頷いた。

 

+

 

 フラミーは水中都市に最も近い場所でヒメロペー、双子と共に、アインズとテルクシノエを見送った。

 腰まで水に浸かって、ローブは海に吸い込まれるようにふわりと波に揺らされた。

 大したものはいないだろうが、何かがあれば第四階層の地底湖に眠るゴーレムの守護者――ガルガンチュアを起こし送り込めば良い。不安はない。

「行きましたね。」

「はい。…フラミー陛下は神王陛下を本当に愛してらっしゃるんですのね。」

 ヒメロペーの頬には妖精の足跡のような小さなえくぼが出ていた。フラミーははにかんだ。

「私の全て――いえ、半身なんです。」

 今のフラミーにはナインズもいる。アインズを全てと言うのは些かの語弊があるだろう。

「素敵なことです。私、中々男というので気にいる者はおりませんの。」

「あらぁ…ヒメロペー様程美人だったら、中々釣り合う人もいませんよねぇ。」

「フラミー陛下ったら。あまり美しい方がそう言っては嫌味になりますのよ。ふふ。」

 二人は子供同士のように、胸の周りから起こる小波に任せ笑った。

「私、陛下なんて付けてもらわなくっても大丈夫ですよ!」

「でしたら、私のことも様なんておやめになって下さいまし。」

「ヒメロペーさん。」

「フラミー様。」

 二人の間を吹き抜けた海からの風は友達の始まりの匂いがした。

 

「さぁ、フラミー様!神王陛下とテルクシノエ様がお帰りになるまで、宜しければ私が街をご案内いたします!」

 ヒメロペーは翼を大きく広げ数度羽ばたかせた。

 その周りには小さなつむじ風が巻き起こり、魔法の力と物理的な力が混ざりあうような様子だった。

 フラミーも翼を広げるとふわりと浮かび上がり、走って付いて行こうとする双子へ指差した。

「<集団飛行(マス・フライ)>。」

 礼を言う双子に笑いヒメロペーを追って飛んだ。

 

 降りた先でフラミーは恍惚に「ああ」と声を上げた。

 服屋があった。

 ショーウィンドウに貼られた窓ガラスは技術が未熟なために歪みがあるせいで、静かな湖面のように揺らめき、飾られている服が水中に沈められているように見えた。

「ご覧になっていかれます?」

「良いですか?」

「それはもう、もちろん!」

 双子がさっと店内に入り、危険の確認を行う。

「フラミー様は国宝のようなお洋服をお召しになってるのに、こう言う普通の服もご覧になりますのね。」

「私こう言うのしか持ってないんです。良いなぁ。ここって神聖魔導国硬貨は使えないですよね…?」

「ふふ、羨ましいお悩みです。硬貨でしたら私が両替いたしましょう。」

 フラミーは無限の背負い袋(インフィニティハヴァサック)から取り出した――冒険者をしてた時以来ほとんど使っていない財布の中をちらりと覗いた。

 その中にはモモンガの紋章とフラミーの紋章がそれぞれ片面づつにデザインされた白金貨、骨のアインズの横顔がデザインされた金貨、フラミーの横顔がデザインされた銀貨、ナザリック地表部がデザインされた銅貨。

 白金貨以外は全て裏に神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国の紋章が刻まれていた。

 税金として入ってきた硬貨は全て鍛冶長の下で働く炎の蜥蜴精霊(サラマンダー)達が鋳造し直し、世に出直している。

 王国硬貨や帝国硬貨、交硬貨は神聖魔導国内ではほとんど見なくなってきている。

 

 手を差し出して待っているヒメロペーに渡すと、その目は驚愕に染まった。

「まぁ…美術品のようですのね…。貴国ではこれほどの物が普通に出回ってますの…?」

 硬貨を手に取り、まじまじと見るヒメロペーに頷くと、「こう言うのもありますよ」と華奢な手の上に二枚の白金貨を追加して置いた。

「あら、これは?」

「アインズさんと結婚した時の記念硬貨と、うちの子が生まれた時の記念硬貨です。」

「まぁ!私、買いますから、頂きたいわ!銀貨も!」

「はは、まだまだ取ってあるんであげますよ。両替料です!」

「よろしいんですの?」

 ヒメロペーがまるで宝石でも見るように瞳を輝かせて三枚の硬貨に視線を落としていると、店内から双子がひょいと顔を出した。

「フラミー様!中は安全です!」

「あ、あの、でも、フラミー様に相応しいようなお洋服は、その…ありません。」

 フラミーは良いの良いのとウキウキしながら店内へ進んだ。

 

 中には背鰭や翼を出すための穴の開いた服が様々なデザインで置かれていた。

 全ては「水を吸わない」と言う魔法の効果がたった一つ付与されている。武器屋や防具屋にいけば、もっと違う効果のある服もあるそうだ。

 フラミーはヒメロペーとあちらこちらで買い物をし、半水没都市を満喫した。

 

 帰ってきたアインズが羨むほどに。




あらぁ、ヒメちゃんかわいいわね〜!!

次回#27 魚の青

セイレーン可愛いわね〜!!©︎ユズリハ様
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