第九階層の
そこはベッドルームとリビングルーム、バス、トイレなどがある至高の四十一柱の自室のマイナーバージョンのような造りだ。
リビングに置かれているテーブルは六脚の椅子に囲まれ、現在一脚、ユリの定位置以外は全てが埋まっている。
ユリは招集した姉妹達を見渡すと、コホンッと咳払いをした。
「皆揃っているわね。」
「もー良いところだったんすけどねぇ!」
「本当に。日中に招集なんて、ユリ姉様どうかしたの?」
ルプスレギナとナーベラルが早く戻りたいとでも言うような声を出す。
それも仕方のないことだろう。
ルプスレギナはクレリックなどを修めている信仰系
はっきり言って全メイドの憧れの仕事だった。
「ユリ姉さまぁ!デミウルゴス様の繁殖実験のお手伝いより大切なことですかぁ?」
エントマは相変わらずデミウルゴス牧場の手伝いに出かけることが多い。品種改良は日々進んでいる。
近頃ではアインズがトロール達の実験に来る事も多く、やはりこちらも花形部署だ。お茶汲みの瞬間などたまらない。
「…ケットシー達とエリュエンティウの見回りに行けなかった…。」
シズは双子猫が週に一度、天空城管理者のキイチと鬼ごっこをしに行くタイミングで共に天空城へ上がる。
まずは隅々まで見回りをし、城に変化がないことを確かめる。
ナザリックの全ギミックをその手にしているシズはエリュエンティウの全ギミックももはやその手の中だ。
その後猫達と一緒になって遊ぶ。そんな事をしていると宝物殿の確認に訪れるパンドラズ・アクターと会ったりして、シズはその度に「うわぁ…」と小さな声を上げている。
しかし、猫達と遊ぶときだけはパンドラズ・アクターは猫の姿になる。それだけは可愛らしく、シズは猫の状態のパンドラズ・アクターがお気に入りだ。
「私は終わって帰って来たところだし良いわよ。それで、ユリ姉様どうしたの?」
一人全く構わないというような雰囲気のソリュシャンは、普段ユリと共に国中に設置されている
当然アインズより任命されている仕事の為大変やり甲斐はあるし、これは至高の二柱の神性を高める必要な事だ。
ユリは唇に微かな笑いを浮かべると語り出した。
「アインズ様とフラミー様からの御勅命よ。セイレーンの二名の指導者に、神聖魔導国の案内をするようにと。」
「…ユリ姉。それは全員…?」
シズはこてりと首を傾げた。皆様々な任務に付いてはいるが、
これまで全
「私とルプス以外は指定されなかったわ。」
「ん?私っすか?」
「えぇ。なんでもセイレーンの天敵に
それを聞いたルプスレギナは挑戦的に口角を持ち上げ、獰猛な肉食獣がやるように手首のスナップをきかせて両手をガウッと動かした。
「いひっ!そう言う事っすか!」
「…既に神聖魔導国に所属していて、アインズ様の部下であるあなたには
「失………ま、まかせてほしいっすねぇ。」
ルプスレギナは持ち上げていた口角をぴくぴくと震わせた。隣に座っていたエントマはうりうりと不出来な姉を撫でた。
「それでぇ?私達はぁ、どうしたらいいんですかぁ?」
「アインズ様は私達の他に、行きたいと言う者を連れて行って良いと仰ったけれど、それはつまり御身のお役に立ちたい者と言う意味ではないかしら。だから、敢えて全員を呼ばせてもらったわ。」
ユリは眼鏡のつるをピンと伸ばした指で軽く押し上げた。キラリとレンズが光を反射する。
「それで、御方々のお役に立ちたい者は?」
これまで早く仕事に戻りたそうだった姉妹達は途端に全員手を挙げた。
「「「「はいはいはーーい!!」」」」
「それじゃあ皆支度をして。出掛けるわよ!」
パンパンっと手が叩かれると、愛らしい妹達はバタバタとお出かけ準備を開始した。
「
「私達、国を出るのはこれが殆ど初めてですの。とっても楽しみ!私はヒメロペー。」
二人はエ・ランテルの聖堂で
ここまでアインズの
ちなみにアインズとフラミーは流石に国内をふらふらとうろつく事はできないので、代わりに布教が始まる前のセイレーン聖国を観光しているようだ。
「テルクシノエ様、ヒメロペー様。それでは参りましょう。」
ユリがメイドらしく丁寧に頭を下げると、一行は聖堂を出た。
美しく整備された街には人間を始め、多くの亜人やアンデッド、
「す、すごい…この光景は…。それに、あの荷馬…。」
「沈黙都市の…伝説の魔獣…。」――
ヒメロペーとテルクシノエは口を開けて目の前を通り過ぎる
従順に荷車を引く伝説の化け物の姿は夢かとすら思う。
他にも川を小さめの幽霊船が行き交ってそこに人々が乗り込んでいたりと、まるで趣味の悪い御伽話の世界に入り込んでしまったようだ。
だと言うのに、どこを歩く物達の表情も明るく、皆一様に自分の幸せな未来を信じている様子だった。
街は非常に活気に溢れていて、人も亜人も異形も関係なく暮らしている様に、テルクシノエはハッとしメイド達へ振り向いた。
「もしや、神聖魔導国とは昔アーグランド評議国と呼ばれていた場所でしょうか?」
ナーベラルはそれを聞くと、冷たい視線をテルクシノエへ送った。そして視線通りの冷たさを感じる声音で答える。
「違います。ここはそんな蜥蜴の国ではありません。」
「でもぉ、評議国も神聖魔導国の一部ぅ!属国だからぁ!」
エントマがぴこっと手を挙げるとテルクシノエはなるほどと理解した。
「私、神王陛下に神聖魔導国の評判を聞いたことがないと言ってしまいましたが、昔評議国の噂を聞いたことがありましたわ。亜人達が手を取り合う素晴らしい場所だと。」
「…ここは評議国よりずっと良い場所。神々の座す神聖なる国。」
シズがえへんと胸を張っていると、
彼女達にとっては見たことのない亜人だが、とても自分達と仲良くするような生き物には見えなかった為だ。
ソリュシャンがコホン、と咳払いをする。
「彼らは決してお二人を襲ったりはしませんわ。少し呼んでみましょう。」
「えっ、い、いえ。別に…。」
ヒメロペーが結構ですと首を振るのを聞かずに、それは良い案だとルプスレギナは
「なんだ?どうかしたのか?」
「悪いっすねー!このセイレーンの子達とちょーっとでいいから話して欲しいんすよー!」
「セイレーン…。この間の会議で陛下が仰っていたな。」
「あ?なんすか?もしかして君らこないだアインズ様がやってらしたビーストマン差別対策会議に出た
「そうだ――いや、そうです。俺はヴィジャー・ラージャンダラー。こっちはムゥアー・プラクシャー。」
「…君達は
神を「アインズ様」と呼ぶのは神直々に生み出される守護神か守護神に次ぐ存在だけだと思い至ったヴィジャーはすぐ様態度を改めていた。
「ありがとうございます。セイレーン、神聖魔導国の民となったらビーストマンやワーウルフを差別するなよ。気をつけろ。では我々はこれで。」
二人の獣が立ち去ろうとすると、ヒメロペーが慌てて口を開いた。
「お待ちください!お二人は、セイレーンや人間を食べる種ではありませんの…?」
ヴィジャーは意味が分からないとばかりに振り向いた。
「だとしたらなんだ?」
「いえ…周りにはこんなに人間がおりますのに…。」
「お前は弱肉強食という言葉も知らん赤子か?この世は弱肉強食だ。」
「それでしたら、尚のこと何故…?」
ヴィジャーがヒメロペーに鬱陶しそうな視線を返しているとムゥアーはカカカッと爽快に笑った。
「セイレーン、ここはヴィジャーの言う通り弱肉強食の国だ。しかし、強者と言うのはこの世においてただお二人。あとは皆弱者にすぎん。そこで強者の意に反する事をすれば――皆平等に食われる時を迎えるだけよ。」
「お二人…?お一人は神王陛下で、もうお一人はどなたなんですの…?」
一瞬、ヴィジャーとムゥアー、そして
いや、それどころか近くを通りかかった
「おいおい、嘘だろ…?これは――何か?俺達は陛下に試されてんのか?」
ヴィジャーが訳が分からないとでも言うように近くの
再びヒメロペーに視線を戻せばヒメロペーもテルクシノエと何がなんだかわからないと、戸惑うようにヴィジャー達を見ていた。
「…本当に神王陛下の他にどなたが強者か知らないのか…?」
「も、申し訳ありません…。私、神王陛下とフラミー様、それからベロフィオーレ様とベラフィオーラ様にしかまだお会いした事がありませんの…。」
こりゃもうだめだとヴィジャーは顔に手を当てる。
「お前はそれでどうして生きる事を許されているんだ?もしかしてお前達セイレーンは光神陛下のお気に入りか何かか?」
「光神陛下…それはどなたですの…?神王陛下のお父様…?」
ヒメロペーが不安そうにヴィジャーを覗き込むと、ナーベラルが誰にも聞こえないような音でチッと小さく舌打ちをした。
「フラミー様です。この世に陛下と呼ばれるべき存在はアインズ様とフラミー様しかいません。」
「フラミー様がお強い…?」
当たり前だと言う雰囲気でヴィジャーとムゥアーは頷いた。
「光神陛下も神王陛下と並ぶ絶対強者であり、お二柱はこの世の理そのものだ。」
「フラミー陛下が…あの神王陛下の絶対的なるお力と並ぶ力をお持ち…。」
テルクシノエは言葉を反芻しながら、海に神と潜った事を思い出す。そして、僅かに顔に熱が溜まり慌てて首を振った。
「常識だろ。じゃあ、もう本当に行くぜ。――メイドの皆様も俺達はこれで失礼します。」
ヴィジャーは何て恐ろしい会話だったんだろうかと歩き出し、ムゥアーもすぐにその後を追った。
二人はブラックスケイルで再び会議が開かれるまでエ・ランテルで過ごす予定だ。他の亜人達はブラックスケイルに泊まっている者や、一度アベリオン丘陵まで帰った者と様々だ。
ヴィジャーは会議で
理由は割りとすぐに分かった。生活圏の奪い合いをしていただけの両者は神聖魔導国と言う良い住処を与えられた事で、火種となる問題が根本から解決し、時間によって和解できたのだ。
街の中心にそびえるザイトルクワエに
「戦争でぶつかったんじゃなくて、食った食われたってのは難しい問題なんだなぁ?」
「食欲かぁ…。しかしビーストマンには同情する。種としてあれだけの罰を受けたのにな。」
「陛下がお怒りになる訳も分かるぜ。確か――許すってのが教えだろ。」
二人はやれやれと息を吐いた。
テルクシノエはそんな二人の背を見送りながら呟く。
「あの方達はビーストマンやワーウルフとはまるで違いますわね。」
「テルテルとロペっちはビーストマンとワーウルフが怖いっすか?」
「て…てるてる…――んん。怖いですわ。」
素直に肯定すると、ルプスレギナのこれまで丸く天真爛漫に輝いていた瞳は細く尖り、口元には薄い笑みが浮かんだ。
ぞくりと背が震えるほどに妖艶だった。
「実は私も
「ぞ、存じ上げず…。失礼いたしましたわ…。」
「そんな事は構わない。だけど、私と過ごす今日を――」途端にルプスレギナは明るいいつもの顔をした。「忘れないで欲しいっすねー!こーんな
任務をやり切ったルプスレギナは、姉妹達と
セイレーン達は国へ帰ると神聖魔導国を信じてみようと思うと、アインズに伝え、晴れて傘下に入ったため
セイレーン州は近海のシー・ナーガや
ル・リエーには大量の
外洋の敵から守ると言われ、人口の大流出も起こったル・リエーで、特別行政機関も無かった為に容易に併呑は成ったらしい。
「これはたまらんものっすね。うひひひ。」
「ルプス、顔が崩れてるわよ。」
「おんやー?一番よく働いたで賞が私だったからユリ姉は嫉妬してるんすかー?」
「違うわよ。あなた、何か悪いこと考えてない?」
「そっすねー?悪いことっすかー?」途端に明るい美貌にはヒビ破れるようにおぞましき笑みが浮かんだ。「セイレーン達は新しい歴史、可能性の始まりに立ったのよ。でも、この最高のタイミングで、もし信じてみようと決めた者によって国が襲われ、全てが炎の中に消えるとしたら、あの二人の指導者はどんな顔をするんだろう。」
その顔を見た十人中十人が邪悪と判断するような表情だった。
「あなたはあの二人と心から仲良くしていたように見えたけれど、それは本音?」
「そうよ、ユリ姉さん。本音。私が仲良くしてあげたあの生き物達が虫ケラのように暴力で潰されていく姿を想像すると、すっごくゾクゾクしてくる。」
「サディスト、ここに極まれりね。ソリュシャン、ナーベラル。ルプスの話を聞くのを代わって。私の救いはシズだけよ。」
ブイサインを送るシズの隣でエントマはこてりと首を傾げた。
「私はぁ?」
「エントマもそんなに悪い子じゃないわね。」
ルプスレギナとソリュシャン、ナーベラルは嗤う。
「襲うとしたら二足歩行の狼の姿に決まりっすねぇ。」
「やっぱりじわじわ殺すのがいいわよね〜。」
「魚や鳥なら意外に美味しいかもしれないわね。もしその日が来たら、エントマにお土産として持って帰ってあげるわ。」
「あー。国、滅びないっすかねぇー!」