眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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試されるエ・ランテル
#22 閑話 カメラの完成


 その日ツァインドルクス=ヴァイシオンは、新たな国の建国の報を複雑な気持ちで受けた。

「まぁ、法国らしいと言えば法国らしいかな」

 巨体からは想像もできないような柔らかな声で呟き、ツアーは竜の重く大きな顔を上げた。

「それでどうするんじゃ?」

 そう返したのは老婆だった。ツアーの住む場所まで来られる者はそう多くない。

「それがね、アインズはどうやらぎるど武器を破壊したようなんだよリグリット」

 リグリット・ベルスー・カウラウ。かつて十三英雄と呼ばれ、世界を魔神から救ったツアーの仲間だった。

 

 リグリットはツアーの体の向こうに隠されるギルド武器を見ようと視線を動かした。

「ぷれいやーの中にはぎるど武器の破壊で強大な力を持つ者がいるとスルシャーナは言っていた。だから、僕はこうして八欲王のぎるど武器を守ってる。彼らは太古の昔、世界を渡る前は皆無垢なヒトだったんだ。力を持てば欲が出る」

「つまり八欲王の再来になってしまうと……?」

「そういうことだね」

 ツアーはうなずいて見せたが、リグリットは八欲王やスルシャーナ、そして今回現れたアインズ・ウール・ゴウンがかつてヒトだったとはあまり信じていない様子だった。

「僕は近いうちにもう一度アインズに会いに行くよ。約束の地とか呼ばれるようになったあの場所に」

 

+

 

 ここ数日、神で王という謎の職業に従事していたアインズは尋常ならざるストレスを感じていた。

 ほとんど理解できない書類が大量に執務机に並び、隣でアルベドがあれこれと詳細情報を教えてくれている。

 当然詳細情報もほとんど理解できない。

 一介のサラリーマン――それも、重職に就いていなかった者には王として国を預かるなどあまりにも難題だった。

 神として勝手に骨の姿をありがたがられるだけならまだ良かった。

 しかし――ギルド武器の破壊を決め、法国から戻ってきたアインズを待ち受けていたのは守護者達による「世界征服計画」が始動してしまったと言う予想外の事態だった。

 その場で王になることが決まり、ギルド武器を破壊して――凡人は神王様に就任だ。

 

「フラミーさん!!もう我慢なりません!!」

 

 ガタリと立ち上がったアインズに、顔を真っ赤にしたアルベドは興味津々な様子で二人を見た。

 

「わっ、びっくりした。アインズさんも食べたいですよね。どうぞぉ」

 

 アインズの執務室で手伝うと言っていたフラミーはソファーで一瞬跳ねた。執務はしなくて良いと断られ、結局いるだけになっていたが。

 副料理長(ピッキー)からおやつのクッキーを受け取っていたフラミーが瞬いていると、ピッキーは「アインズ様も食べたい……!」と呟き、慌てて追加のクッキーを焼きに飛び出して行った。

 

「クッキーの話をしてるんじゃありませんよ!!良い加減にそろそろ――」冒険に行きましょう、と最後まで言わせずにノックが響き、アインズは扉へ視線を送った。

 優雅な足取りで扉へ向かったアルベドが外と取り次いだ。

「――お話中申し訳ありません。パンドラズ・アクターが、アインズ様とフラミー様に、約束の物をと」

 アインズとフラミーはパッと顔を明るくした。

「なに!パンドラズ・アクターがついにやったか!すぐに入れろ!!」

 アインズは指示を出しながらいそいそと執務机を離れ、ソファに腰を下ろした。

 

 背筋をピンと伸ばし、コツコツと靴音を鳴らして入ってきたパンドラズ・アクターは深々と頭を下げた。

「ンァインズ様、フラミー様に置かれましては本日もご機嫌麗しゅう存じます。して、ご希望のものが完成しましたので、本日はお持ちいたしました」

 アインズは良い気分転換が来てくれたと初めてパンドラズ・アクターに心から感謝した。

 

 本当は冒険者をしに行きたいところだが建国したての目が回る忙しさに中々出かけられずにいた。墓地より溢れ出した大量のアンデッドにより滅茶苦茶になってしまったエ・ランテルでは、冒険者の仕事は減るどころか以前よりも増えているようだった。が、種類は少ない。今エ・ランテルでは冒険者への依頼はもっぱらトブの大森林に行く木の切り出し護衛と、街の瓦礫の撤去と瓦礫の破棄護衛だ。復興需要だった。

 

 外貨はンフィーレア救出の報酬でそこそこ獲得できた為、前より少し良い宿屋に部屋を取れるし、あれこれも買ってみたい物もあった。当然、宿屋に取る部屋はナザリックに戻るために転移する場所で、寝たりはしないのだが。それでも、フラミーを汚い場所にいさせたくないアインズとしては嬉しいことだ。

 

 パンドラズ・アクターは懐に手を入れると、絶対そこには入っていなかっただろうと思えるかなりの大きさのあるカメラを取り出した。

 

「ンンンカメラでっす!!」

 

 ババーンと音が聞こえてきそうな勢いでフラミーへ差し出された。

 フラミーはそれを受け取ると瞳を輝かせきゃいきゃい喜んだ。ギルメンのそんな姿を見ていると、多少もやもやとした苛立ちが和らぐのを感じる。

「良かったですね、フラミーさん。それで、まずは何を撮りますか?」

 リアルではスマホで何でもかんでも撮れる時代だった。待望のカメラというような様子だった。

「うーん、そうですね。テストで……あ、ズアちゃん、アインズさんの隣に並んでください!」

 少し前にシャルティアがパンドラズ・アクターをズアちゃんと略してから*と言うもの、フラミーは何といい略称だろうと正式採用した。

「ズァッ……はい。フラミー様。それでは、ンァインズ様失礼致します」

 並んだ二人に向かって、フラミーが「はーいちーず」とリアルではお決まりの掛け声をかける。

 意味は分からないが写真を撮る合図だと察したパンドラズ・アクターは一人掛けソファに優雅に腰掛けるアインズの隣で敬礼をした。

 

 チャカっジー――……。

 

 なんともレトロな音が響き、出てきたのはB5ほどの大きさの羊皮紙に見事白黒印刷された写真だった。

 この羊皮紙はエイヴァーシャー大森林で働く双子の手助けをしながら、その傍でデミウルゴスが両脚羊からはいで送ってくるものだ。

 クリーム色の羊皮紙に印刷された写真はどこか古めかしく、エモーショナルな仕上がりだ。

 

「こちらのカメラは魔法詠唱者(マジックキャスター)にしか使えないマジックアイテムでございますので、実を申しますとこれが初めての撮影でした。勝手に至高の御方々に変身するのも不敬かと思いまして」

「素晴らしい!よくやったぞ、パンドラズ・アクターよ!」

「ほんとすごいです!アインズさん、ご褒美あげましょう!ズアちゃんは何が欲しいですか?」

 フラミーの提案にパンドラズアクターは背中にぶあっと薔薇を舞い散らせ、フラミーの手元のそれを指し示した。

 

「畏れながら……ンァインズ様とのツーショット!!そちらを頂きたく存じます!はい」

「パパとのお写真?」

「はい!!」

 

 フラミーはパンドラズ・アクターに写真をペラリと渡した。

 受け取ったパンドラズ・アクターはそれを熱心に見つめ、ほぅっと柔らかな息を吐いた。

「ふふ、嬉しそう」

「ふ、フラミーさん……パパって……」

「家族っていいですねぇ!」

 にこりと笑うフラミーに、アインズがこれは俺の息子なのかと落ち込んでいるとアルベドから大声が掛かかった。

「デミウルゴス!!――が、帰還いたしました」

 不愉快な気持ちを抑えようとしているのを感じ、アインズは僅かに動揺した。

「あ、はい、んん。入れろ」 

 

 頭を下げて入ってきたデミウルゴスの視線がギャンッとパンドラズアクターの手元のものに注がれる。

 フラミーもアインズもヒィと小さな悲鳴をあげた。

 パンドラズ・アクターは創造したアインズと同じく表情はないが、"ほくほく"といった様子で、背に小さな花が咲いては消えていた。

 

「デミウルゴス、つい今しがた聖王国より戻りました」

「よ、よくぞ戻ったな。デミウルゴス。それで、お前がわざわざ顔を出したということは何かがあったのだろう?」

「は。御身のおっしゃる通りでございます。双子よりエイヴァーシャーの森妖精(エルフ)の王――デケム・ホウガンの処遇の相談を受けました」

 

 いつも通りの雰囲気で頭を下げるデミウルゴスだが、尻尾が今にも絡まろうとする様や、オールバックの額に浮かび上がる血管が少しもいつも通りではなかった。

 怖かった。

 

「そ、そうか。奴は絶対的な恐怖と絶望に襲われながら逃走したそうだが……見つかったのか?」

「無事に。現在シャルティアとコキュートスが捕え、アウラとマーレが話をしているようです」

 

「何?あれは双子の教育にあまりにも悪い。あまり双子と話をさせるな。だが、確かあれは七十から八十程度のレベルだったな。初めて見る高位の存在だし殺してしまうのは惜しい。実験したいことは山積みだ」

 

「仰る通りかと思います」デミウルゴスは相槌を打つとパンドラズ・アクターの持つ写真を示した。「あれからは、そちらのように、いい皮も取れるでしょう」

 

「そういうことにも使えるな。では、やつをナザリックに入れる事を許可する。行き先は氷結牢獄だ。私も実験を行うが、お前がやりたいことは遠慮なくなんでもやるがいい。もし普段の管理がニューロニストだけでは荷が重そうなら担当者を増やせ。ただし、なるべく双子とは関わらせるな。いいな」

「かしこまりました。そのように取り計います。それでは御前失礼致します」

 

 頭を下げたデミウルゴスはもう一度だけパンドラズ・アクターの手元を見ると早々に立ち去ろうとし――フラミーはその背を引き止めた。

「デミウルゴスさん、待ってください」

「は、フラミー様。いかがなさいましたか?」

「デミウルゴスさんもせっかく良いところに来たんですから、一緒にお写真撮っていきますか?」

 あまりにも欲しそうで、可哀想になったのだ。

 アルベドとパンドラズ・アクターからは驚愕の声が上がった。

「ふ、フラミー様……?パンドラズ・アクターはそのカメラなるアイテムを作った褒美にアインズ様との尊きお写真を下賜されたのですよね……?何もしていない(・・・・・・・)デミウルゴスにはいささか分不相応なのでは……?」

 

 アルベドもアインズと撮ってあげようと思ったが、そう言われてみれば確かにパンドラズ・アクターの褒美の価値が下がるかとム……と考え直した。

「――アルベド、そちらのオシャシンに用いられている紙は私がナザリックに供給しているものです。その褒美と言うことなら、異論はないね?」

「っく……パンドラズ・アクターに比べて働きが少なすぎるのではなくて?」

 デミウルゴスとアルベドの抵抗が始まる。なんと言ってもアインズはナザリック一のアイドルだ。

 

「じゃあ、アインズさんとのお写真は少しご褒美過多なんで、私と二人という事でどうです?」

「フラミー様、是非お願いいたします!」

 ハンカチを噛むアルベドをよそに、デミウルゴスは立ち上がったフラミーの横にいそいそと身なりを整えながら並んだ。

「ふむ、それでは私がシャッターを押そう」

 アインズは全てが整った様子にカメラを構えた。

「はい、二人ともこっち向いてー。はい、チーズ」

 

 チャカっジー――……。

 

 写真が吐き出されていくとフラミーはワクワクしそれを覗き込んだ。

 手を前で軽く合わせるフラミーの斜め後ろで、にこりと目を細めるデミウルゴスが写っていた。

 フラミーはその写真を見て、思った。

 

 やっぱり悪魔のコンビはカッコいい。それに私のアバターは可愛い――と。

 

 そして、デミウルゴスの創造主で悪魔の師匠だったウルベルトとあちこち出かけてはスクリーンショットをたくさん撮ったのを思い出した。しょっちゅう「フラミー、もっと悪魔らしい格好しろよ」と怒られたものだ。

 フラミーは写真を眺めながら呟いた。

「――すみません、アインズさん、私の分も撮ってもらって良いですか?」

 

「「「「えっ!?」」」」

 

 アインズ、アルベド、パンドラズ・アクター、デミウルゴス、果ては控えていたメイドに天井のアサシンズまでもが声をあげた。

「え?あの、ダメ……ですか?」

 印刷されて出てきた写真を一緒に囲むように眺めていたデミウルゴスはフラミーに見上げられた。

 想像より近い距離にデミウルゴスは狼狽えて二、三歩後ずさってしまった。

 

「え!?だ、いや、ダメなわけありませんとも!んん。アインズ様、畏れながら、も、もう一枚、お願いいたします」

 膝をついて、震える両手でカメラをアインズに差し出すデミウルゴスに、あぁ……と生返事をしたアインズがカメラを受け取る。

 

 そして、さっきと違って宝石の目を開いたデミウルゴスと、若干ドヤ顔のフラミーの写真が撮れたのだった。

 

「おぉ!これは素晴らしいものだぁ!!」

 写真を見て声を上げるフラミーに、デミウルゴスは自分の分の写真を胸に抱え、深く深く頭を下げてから退室した。

 カラー印刷を所望する二人の声が扉が閉まるまでの数秒聞こえた。

 デミウルゴスは廊下で写真をしばし眺めると、右手薬指の指輪をそっと撫で赤熱神殿に帰還した。

 

 その後、クッキーをいっぱいに入れたカゴを副料理長と料理長が持って戻ってくると、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)に引きずられたアルベドがどこかへ連れて行かれるところだった。




*不死者のohの最新巻、特に外堀を埋めるお話のおかしさにしばらく笑ってました( ´ ▽ ` )ははははは

2019.06.04 kazuichi様 誤字報告ありがとうございます!適用させて頂きました!

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