眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#30 閑話 沈黙都市

 風に吹かれガラリと建物の残骸が転がる。

 まるで色を失ったかのようなその街には、生ある者は一人もいない。建物を這う蔦や草木ですらその場所を恐れるかのようにひっそりと身を小さくしていた。

 

 まるで何者かに見つからないようにしようとでも言うように。

 

 沈黙都市。

 

 三体の魂喰らい(ソウルイーター)は一切の魂の震えを感知できなくなったその場所に飽きを感じ始めていた。ここにはもう死体しか転がっていないのだ。

 アンデッドだと言うのに、絶え間なく押し寄せる飢え。

 体を構築するための部品を求めるように三体は都市を駆け巡ったのだ。

 

 三体は決して何かを口にしたことはないが、死を受け入れる直前の絶望の断末魔はおそらく何よりも甘美であると、うっとりとその時を思い出す。

 

 彼らは言葉を持たないが、互いを見合うと、起き上がり、次の蹂躙を求めて歩き出した。

 

 ――ドチャリ。

 

 不意にそう鳴った。決して、風で何かが動かされた音ではない。すぐさま音へ振り返る。

 そこには、死に倒れたはずのビーストマンが起き上がっていた。

 

 ああ、これはどうした事だろう。

 

 側にいても倒れはしないその存在からは魂の気配は無い。次から次へとビーストマン達は起き上がり出した。

 

 三体は面白いと思った。これは見ものだ。

 

 そうして魂なきビーストマン達が次々と起き上がっていく様を眺めていると、いつしか都市には濃い霧がかかるようになっていた。

 その霧はまるで自分達を包む靄のようで、何もなかった場所を何とも居心地の良い場所へと変えていった。

 

 ビーストマン達の死体は音に反応するようで、魂喰らい(ソウルイーター)が自分達の素晴らしい家を守ろうと巡回する後をのたのたと付いてくる。

 可愛くもなんとも無いが、近頃では動く死体ではない者も見かけるようになり始めた。

 街とはこうして出来ていくのだろう。

 

 ある日、縄張りを守るかのように魂喰らい(ソウルイーター)が街を歩いていると、見たことのないおかしな者がいた。

 

「やぁ。随分賑やかだね。」

 

 その者は魂を感じなかった。

 

 しかし、これまでの仲間達とも違う。

 

 魂喰らい(ソウルイーター)は言葉を持たないが、相手の言う事は分かった。そして、これは宣戦布告なのだとも。

 三体は持ちうる力を全て発揮させた。

 

 黒き風が吹き抜けるようだった。

 

 身を小さくしていた草木すら命を奪われた。霧は濃く立ち込め、新たな仲間を歓迎するようだ。

 

「それが君達の能力かい。全く困ったものだ。本当はぷれいやーと関係ない者を切る趣味はないんだけれど、リグリットやインベルンが煩いからね。」

 

 その者は天に向かって手を伸ばした。

「消えてもらうよ。」

 上げられた手に呼ばれるかのように劔や斧が何処からともなく現れ、その者の周りに浮かんだ。

 

 三体は駆け出した。そして、目の前に一瞬火花が散った。

 

 ――ああ、なんて綺麗なんだろう。

 

 誰かがそう思った。そして、全ては終わった。

 ごとりと魂喰らい(ソウルイーター)の首が落ちる。

 

「…残るこれらはどうしたものかな。」

 

 ツアーは纏わりついて来る大量のビーストマンのゾンビの頭を落として踏み付けると睥睨した。

 一体一体倒すには少しばかり骨が折れそうだ。この汚れた街ごと始原の魔法で吹き飛ばすか?

 いや。軽々しく力は使われるべきではないだろう。

「はぁ。全く僕は掃除屋じゃないって言うのに。リーダーの死の悲しみに浸る時間くらいは欲しいものだね。」

 

 アインズ・ウール・ゴウンの転移まであと二百年。

 

+

 

 足元でガラリと建物の残骸が転がった。

 まるで緑のペンキをぶちまけたかのように野生を取り戻したその街には、生ある者は一人もいない。建物を這う蔦や草木は封印を解かれたかのように大きく青々と育っていた。

 

 アインズは廃墟の街でフラミーと手を取り合っていた。木漏れ日の間を時折小動物が行き交うと、その度に二人はそれを指差した。

 

「…しかし何も感じないなぁ。」

 沈黙都市にアンデッド反応はなかった。

「こんなに骨はたくさん落ちてるのに。」

 フラミーがしゃがもうとすると、連れてきたパトラッシュとおにぎり君が急ぎフラミーに骨を手渡した。

魂喰らい(ソウルイーター)くらい誰かがやっつけたんですかね。」

「でも、伝説の化け物なんて呼ばれてたくらいなのに倒せる人がいるんでしょうか?」

 二人はうーんと悩み、プレイヤーという文字が浮かぶ。

「まさかリトルがやっつけたかな?」

「だとしたら、ツアーさんに聞いてみたらわかるかも!」

「そう言えば隣の大陸の竜王の話も聞いてみたいですしね。」

 フラミーの前に無詠唱化された転移門(ゲート)が開くと、パトラッシュとおにぎり君は何の躊躇いもなく中へ駆け込んで行った。

 二人は足を踏み入れる前に、骨の大地の上で静かに口付けを交わした。

「…こんな所ですみません。」

「…いえ、そんな…。」

 顔を赤くしていると、二人の熱を覚ますように静かな風が吹いた。

「文香さん、俺…。」

「悟さん…?」

「好きです…。」

「え、えへへ。私も――」

「それで、僕はどうしたらいいんだい。サトルサン。フミカサン。」

 転移門(ゲート)の前では諦めの境地に達しているツアーが腕を組んで様子を見ていた。

 硬直する二人の周りを飛ぶ蝶を舐めようとパトラッシュ達が駆け回る音がしばらく響いた。

 

「っんん、ツアー。お前に聞きたいことがあってな。」

「なんだい。それよりフラミー大丈夫かい。」

 フラミーはしゃがんで顔を覆っていた。

「…あぁ…フラミーさん!ツアーの来るタイミングが悪いから…。」

 慌ててアインズはフラミーの背をさすった。

「ゲートで僕を呼んだのは君達だろう。それよりもう少し迎えは邪悪じゃない者でお願いしたいところだね。」

「かわいいだろう?私達が生んだ子山羊だ。」

 可愛くないと息を吐きながらツアーもフラミーの前にしゃがみ、適当に足元に咲いていた花を摘んで差し出した。

「ほら、フラミー花だよ。」

「うぅ…つあーさぁん…お花なら何でもいいんじゃないんですよぉ。」

 フラミーは渋々顔を上げるとツアーから雑草の花を受け取った。

「そうかい?でも君は顔を上げたじゃないか。」

「…お前はフラミーさんをなんだと思ってるんだ。」

「この世界そのものだと思っているよ。」

 ツアーは家で寝ている本体でうーんと伸びると、大きな口を開けてあくびをした。

 ギルド武器もなくなったのだから、外に出かけることはできると言うのに、ツアーは評議員会議以外大して出掛けもせずに家で寝ていることが多い。

 

「思っているよ、じゃない。ところで、ここは――」

「沈黙都市だろう。ここには随分アンデッドがいたよ。懐かしいね。」

「ん?お前は知っているのか?」

「知っているよ。セイレーン聖国を通って、ビーストマン連邦を――いや、まだ昔はビーストマン連合と名乗っていたかな。ともかく、それを通ってここに来たものだよ。」

 ツアーが立ち上がると、アインズもフラミーを支えて立たせた。フラミーはなんだかんだ言って花を大切そうに持っていた。

魂喰らい(ソウルイーター)はどうした?お前が来た時はまだいたのか?」

 何それとでもいうような雰囲気のツアーのために、アインズはアンデッド創造を行う。大量の骨の一組が黒いモヤに包まれると、魂喰らい(ソウルイーター)は姿を現した。

「こいつが魂喰らい(ソウルイーター)だ。」

「あぁ。三体いたよ。僕が一人で殺した。ダメだったかい?」

「いや。むしろ助かる。うちの魂喰らい(ソウルイーター)が暴れ回ったとでも噂が流れたら不愉快だからな。」

 アインズは言いながらフラミーの手の中の花をその尖った耳に掛けると、反対側に掛けられているデミウルゴスの蕾を引き抜いた。

「っあ。」

「たまにはこう言う花も似合いますよ。」

 微笑んで見せるとフラミーは浮かび上がり、アインズの手の中の蕾を取り返そうと目一杯手を伸ばした。

「っんもう!返してください!すぐにしまっちゃおうとするんだから!」

「ははは。いいじゃないですか。」

「ダメです!返してくれなきゃお弁当お預けですよ!」

 アインズはぴたりと止まると、素直に蕾を返した。

「……返します。それじゃ、そろそろお昼にしましょうか。」

「ツアーさんも一口あげるから良かったら竜の身で来てくださいね。」

「それは嬉しいね。」

 開きっぱなしの転移門(ゲート)に鎧が戻っていくと、はち切れんばかりに闇は広がり、ツアーは出てきた。

 木陰に入ると尻尾で骨をざらりと退け、身を伏せる。アインズとフラミーはツアーの顔に寄り掛かって座るとサンドイッチの詰められたバスケットとワインを取り出した。

 

 昼食をとり始め、フラミーがサンドイッチをいくつかツアーの口に入れると、アインズは勿体ないと嘆いた。

 いつも会に来ても飲み食いできなかった可哀想なツアーには、小さすぎるサンドイッチも、少なすぎるワインも、どれも新鮮な驚きがあり、また美味だった。

 

 食事が終わると、フラミーはツアーのひやりと冷たい鱗を撫でた。

「ねぇツアーさん。隣の大陸の竜王ってどんな人達ですか?」

「隣の大陸の?こっちの者達と大して変わらないけれど、どうかしたのかい?」

「――そうだった。出した使節団が全滅したようでな、竜王がやったと決まったわけではないんだが、聖王国から一番近い所に住む者の情報を一応聞いておこうと思ったわけだ。」

「そうかい。でも、聞く限りではそれは竜王じゃなさそうだね。」

「と言うと?」

「皆自分勝手ではあるけれど、別に残酷なことが好きなわけではないからね。使節団をわざわざ殺しに出掛けるような趣味のある竜王に心当たりはないよ。どうせ人間と亜人の混合チームだろう?虫が庭を横切るくらい見逃してくれるはずさ。」

 アインズはアルベドの言葉を思い出す。「傲慢な者」の線が否定されたので、相手は「知能の低い者」となる。

 

「やっぱり一発殴らなきゃだめか…。」

 

 アインズは死者の大魔法使い(エルダーリッチ)だけでなく自らも守護者を連れ殴り込みに行く必要があるかと一人悩んでいると、フラミーとツアーはいつの間にか寝息を立て始めていた。

「やれやれ。二人とも命を奪い合ったろうに。」

 呟くと、アインズも少し笑い、目を閉じた。

 

 廃墟の街で、白金(プラチナ)の竜と銀色の髪を揺らす二人は眠った。葉が擦れ合う音と、鳥の鳴く声、眩しく世界に満ちる光。

 戦う者たちの休息は、静かにすぎた。




次回#31 土中より

廃墟のお昼の光景大好きマン
シノヒメ…いったい何歳…

そして殴り込みには爺を連れて行きたいですね!

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