#31 土中より
「こっちじゃ!こっちじゃ!」
手招くちんちくりんの老人の名はムアー・モジット。真っ白な髭がヘソまで逆三角形に伸び、先っぽには可愛らしい赤いリボンが結ばれている。
リボンと同じ生地で作られた真っ赤な帽子も三角形。大体髭と同じくらいの長さがあり、まるで育ちすぎたたけのこを被っているようだ。ムアーは実に御歳百十五歳。
「そう急ぐなと言うておろうが!ここまで来ると、もう寒くて寒くてかなわん!」
巨大なバックパックから上着を出すループ・カイナルも同じく百十五歳。二人は幼馴染みだ。
ループはムアーと同じ真っ赤なとんがり帽子をギュッと引っ張り、耳まで隠すと持ってきた手袋を二組取り出し、一つをムアーに投げる。
「若者はこれだからとまた長老達に言われては不愉快じゃろう。ループよ、さぁ早く歩くんじゃ!」
そう。――まるきり老人のような姿だが、この種族の者達――
彼らの働き盛りはなんといっても二百七十五歳。
ムアーの地元では去年の春頃から
万一噴火の兆候だとしたら、危険を承知で引越しを行わなければいけない。
そんな二人が一番最初に辿り着いた場所は隣人で、共生関係にある
ただ、キノコの頭とはいえ地上に普通に生えている軸と傘のある姿とは大きく異なり、ぺちゃりと手で潰したようなゆがんだ球状で、色は黒色や灰白色をしている。
その街は直径一キロの巨大な縦穴の壁に無数の家が張り付くように建てられている。
縦穴の中心にはエレベーターと呼ばれるものがあり、金属のロープで吊り上げられているキノコ型のカゴが、住民達を上から下へ、下から上へと運ぶのに一役買っている。
エレベーターは
そんな彼らの下では、特に何も変わった事はないとその頭の傘をふかふかと振っていた。幻覚を見せる胞子が舞うと二人は慌ててその場を立ち去った。
彼らは基本的に特別群れる事もないが冬越しの時にはこのトンネルにみっしりと詰まって過ごすのだ。
今は外は真夏。トンネルは空っぽだった。
そして二人の目的地は地元からは百キロ以上北上した場所にある、非常に――そう、非常に遠い
「はぁ…本当によう冷えるわい…。前はこんなに寒くなかったと思うんじゃが…やっぱり山に何かが起こっとるんじゃろうか…。」
ループが両手をすり合わせ、鼻の頭を赤くしている。
大きなバックパックから上着を取り出すと、濃紺のスモッグの上から着込んだ。ズボンは茶緑色の吊りズボンで、ベルトには道具袋が下げられている。
良いから早く来いとでも言うようなムアーは強がって寒さを無視しようと努めているようだ。
アゼルリシア山脈辺りまでくれば、夏だろうが関係なく相当に冷える。――特にムアー達
「ムアーよ、それにしても、採掘してる音は聞こえておるが…随分静かだとは思わんか…?」
アゼルリシア山脈には、地表からわずか数キロしか離れていない所にマグマが流れている。
天然の魔法門によって、かなり離れた場所にある溶岩流とこの地の溶岩流が結びついている為だ。灼熱の海に近付くことは
「しっ、声がしておるぞ。」
ムアーは口元に人差し指を当てると耳を澄ませる。
遠くからはツルハシが壁を叩く音の中に、「そこは――」「詰むんじゃ――」「摘み食い――」と幾人かの話し声がした。
都市を中心にいくつもの鉱脈が伸びる、現在の
「兎に角早くこの大裂け目を渡るんじゃ!これだってあんまりもたもたしておったら半日がかりになっちまうぞ!」
「こんな不安定な場所じゃ休みたくもないしのう!」
二人はちょうど人間の成人男性の膝小僧程度しか大きさは無い。その為トブの大森林の地下にあるトブの大洞穴――
ただ、長い帽子を入れればもう少しだけ大きく見える。
吊り橋に足を踏み入れると二人はチョコチョコと走り出した。
「ん!?ありゃ
二人の目の前には鉱石を荷車に積む犬猿の仲の二つの種族がちらりと、大裂け目の向こうの砦の開けっ放しの門扉から見えた。
ずっと
息急き駆ける二人は
とにかく山の様子だけを教えてもらえれば良い。
必死になって橋を渡り切ると、二人は砦の中に入り、ぴたりと硬直した。
「に、逃げるか…?」
「…しかしそれじゃあ山の様子を聞けん…。」
二人がもたもたと迷っている理由は、
そこには見た事もない靄を纏う骨のアンデッドが繋がれていた。
「よーし!今日はここまでだ!スケルトン止まれ!トンネルドクター、やってくれ。」
「ほいほい、今日も随分掘り進んだもんだ。」
「おや?
ムアーは弾かれたように腰に携えている道具袋から料理用のペティナイフを抜いた。ヤスリやハンマーも入っているが、一番良いのはナイフだろう。
「
「そ、そうじゃ!このアンデッドは――」
カチャンッと音を立てて、言いかけたループの手からはペティナイフが落ちた。
坑道からゾロゾロとスケルトン達が大量に出てきたのだ。
地下生活はアンデッド一人湧いてしまえば途端に崩壊する。地上程逃げ場は多くないのだ。
「あ…あわ…あわわ…。噴火より悪い…。」
「もうだめじゃ…もう…もう…。」
「わしはトンネルドクターだ。その他系の
水脈やガス溜まりがないかの確認もしておる、と胸を張るトンネルドクターにムアーは何とか正気を取り戻した。
「そ、そんなことを聞いておるんじゃないわい!!わしが聞きたいのは、そ、そ、その、アンデッドの方じゃ!!」
「…何?おぬしらはスケルトンを知らないのか…?」
「…と言うことは…。」
大きな生き物の走るスピードとは凄まじく速い。いや、
「ひ、ひぃえぇー!来るな!」
ムアー達は慌てて砦へ向かって駆け出すが、
「下ろせ!下ろせーい!」
「い、今のうちに逃げるんじゃ!!」
「あ!置いてくな!助けんかい!!」
わたわたとループは手足を動かし、目の前の巨大なモグラに向かってポケットに入っているあらゆる物を投げつけた。
「わしはタダでは食われんぞ!!この!これでどうじゃ!!」
「っあ、っい、いてっ。お、落ち着け。食べやしない。下ろすから。下ろすから。」
ループは地に足をつくと、途端にムアーを追って駆け出した。しかし、その先には荷車をくくり付けられていた靄の骨が先回りした。
「あぁっ!おぬしが食われておれば!!」
「わし一人でこやつらの腹が満ちると本気で思っておるならおぬしは四十歳から頭が成長しとらんようじゃ!!」
二人が罵り合っていると、気付けばスケルトンに取り囲まれていた。そして
「そう怯えんでくれ。わしらは何もせん。それより、おぬしらその様子じゃ神聖魔導国を知らんのだろう?」
「そんなもん知らんわい!こいつらを退かせ!」
「わしらは山の調子を見に来ただけじゃ!!」
「山の調子…?抜群だと思うがのう…?兎に角、おぬしらには悪いが一回国に付いてきて貰うぞい。国を知らん者を連れ帰れば褒賞金が出るしのう!」
「つ、連れ帰るじゃと!?
「いいや。生と死を司る神々の国よ。さぁ、お連れするぞい。」
ムアーとループは何やら不穏な空気を察知した。
トンネルドクターの指示に従い、スケルトン達が途端に手を伸ばしてくると、二人は何も乗っていない荷車に積まれた。
仕事がない様子の
「せ、せめてどこに行くのかくらい教えんかい!」
「ん?だから神聖魔導国だよ。」
「それはどこなんじゃ!!」
「地下道を出て、山道を南に大体――」
「ち、地下道を出るじゃと!?」
ムアーの酷く音階の崩れた声が響く。トンネルドクターはひとまず仕事だと坑道に入って行ってしまった。
「そうだ。
「嫌じゃ!嫌じゃ嫌じゃ!!食われる!」
「外はペリュトン、ハルピュイア、イツマデ、ギガントイーグル!何でもおるじゃないか!!」
アゼルリシア山脈の地上を行くとすれば、モンスターや大型飛行動物の襲撃に怯えなければいけない。特に小型の
「安心しろ。どれも神聖魔導国の国民だ。無駄に誰かを傷付けたりはしない。」
「な、なんじゃと!?いつの間に山はそんな国になっておったんじゃ…。」
俄かには信じられない。ムアーとループはここを連れ出すために嘘をつかれているのではないかと思った。
そしてトンネルドクターが戻り荷車に乗り込むと、スケルトン達を取り残し、馬車――のようなものは出発した。
セイレーンから打って変わって髭面のおじさんばっかりの絵面!!
大好き!( ˊ̱˂˃ˋ̱ )んふんふ
次回#32 地上より
お口直しのピッキーをいただきましたよ!!©︎ユズリハ様です!もう書かなくてもわかるな!
【挿絵表示】
おデート御方々@McDnld
かわいいわねぇー!