眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#32 地上より

 ムアーは揺れる馬車の上で、辺りをキョロキョロと見渡していた。一行はフェオ・ジュラから程近いところに開いていた大穴からすぐに地上に出ていた。山の地下が前よりも寒いのはあの大穴のせいだったらしい。

「おぬしらは木を切っておるのか?」

 眼前には一本道に切り開かれた山。こんな物があちらこちらにあるのか心配になった。

「この道だけだのう。神聖魔導国の法律でここは伐採を禁じられておる。」

「なんて言ったっけか?セイタ・イ・ケイ?」

 土堀獣人(クアゴア)のプ・リミドルの氏族、プ・ラムルズが耳慣れぬ言葉を言う。プはムアーが寒くないように肩に手を置いていてくれていた。ループもポ・グズアの氏族、ポ・ガンタの股の上に座らせて貰い、ゴワゴワと硬い毛に包まれ、凍えずに山を降りていた。

 地上に出てからはプもポも黒い色眼鏡を掛けている。地下で他の班とも合流し、一大部隊となっているが、どの土堀獣人(クアゴア)もそれぞれ違うデザインの物を掛けており、それが土堀獣人(クアゴア)流のお洒落なんだなと思わされる。

「そうそう、セイタ・イ・ケイ。まぁ、難しい事はわしらには解らん。トブの大森林の計画伐採地区だけは建材の確保の為に切られとるがな。そっちは長老達が植樹しとるそうだよ。」

「長老?」

「トレントの爺様のことだぞい。」

 十年前に旅に出かけた者の話には出て来なかったような言葉ばかりでムアーもループも地の小人精霊(ノーム)が世の中について行けていない気がして恥ずかしくなった。なんとも居た堪れない。

「まぁ、兎に角飲めばえんだ。話はそれから。」「ほれ、おぬしらは飲んでおれ。わしはまだ仕事がある。」

 ドワーフのガゲズと、通称ドクターに勧められ、恐る恐るカップを受け取る。星屑を砕いて溶かしたようにトロリと金色に輝く蒸留酒は、恐る恐る舐めるように口にした二人を夢中にさせた。

「おっ、おぬしらいける口とみた!うまいじゃろう!」

「うまい!本当にうまいのう!地上の酒なんて初めて飲んだぞ!」

「こりゃウチの長老達にも飲ませてやりたいのう!」

 夢見心地だ。旨い酒に、地上にいると言うのにモンスターを警戒しないでも良い気楽さ。

 すっかり良い気になって飲んでいると、イツマデ!イツマデ!とおどろおどろしい鳴き声が響いた。

「っひぇ…イツマデが鳴いたなんて、どこかで死人が出たのかのう…。」

「襲って来ないんじゃよな?」

 ムアーは道の向こうで鬱蒼とする木々の群れに視線をやった。そこからは今にも恐ろしい魔物が飛び出して来そうだった。せっかく良い気持ちで酒を楽しんでいたのに。

 

「あぁ。何もしやしない。それよりドクター、もうやめておけ。」

 ポに言われ、ドクターは不承不承今日掘り進めた分の坑道地図を書く手を止め、それをしまった。

「もう少しだって言うのに!イツマデめ!」

「なんじゃなんじゃ…?」

 訳がわからないとドクターを見ると、ドクターは実に詰まらなそうに語り出した。

「ありゃ労働時間を大きく超過した山小人(ドワーフ)を一週間見張る糞モンスターだ。いつまで働いてるんだと言って回りおる!!」

 憤慨した様子で、頭上を怪鳥がくるりと回るのを見送った。鬼の顔、蛇の胴、巨大な翼を持つ実に気味の悪い生き物だ。地の小人精霊(ノーム)に伝わる話では、死体を放置していると現れる怪鳥のはずだ。肉食だし、天敵ではあるが、人によってはアンデッドの発生を最小限に留めるために必要な妖精だなんて言う者もいる。

 

 ドクターは誰がチクリおったんだとぶつぶつ続けた。

「…あんなものが付き纏ったら、そりゃ嫌じゃのう…。」

「…わしらなら食われるかとヒヤヒヤしそうなもんじゃ…。」

 辺りは顔と乳房だけが人間で、あとは全身が羽毛に覆われるハルピュイアがハープを奏でる優しい音が満ち、遠くには落ちゆく日が一行の行先に妖艶な影を生んでいた。

 

 

 街に着けば既に夜を迎えようとしていて、神殿に行くと言われていたが、その日はもう神殿に行くことはできなかった。

 しかし、街は夜闇を追い出し、優しい魔法の光に包まれていた。

 

 

 ムアーとループはドクターの家のリビングのソファに一泊した翌日、バックパックを二人してひっくり返し、極力綺麗な服を着込んだ。前日の夜にはドクターと共に銭湯にも行ったし、浴びるほど酒も飲んだ。

 ――ともかく、久々に文化的な存在になれた気がする。

 朝食のいい匂いがするダイニングのテーブルに近付くと、ドクターの奥さんが拾い上げて赤子用の椅子に乗せてくれた。テーブルにはトマトのスープとパン、新鮮そうなサラダと、目玉焼き。

 二人の分は小皿に少しづつ取ってくれてあり、すっかり恐縮した。

 ドクターは昨日山で会ったときとは打って変わって、赤茶色の髭を丁寧に三つ編みにし、髪を撫でつけ、まるで社交界にでも行くように身綺麗な格好をしていた。

「待たせたのう。さぁ皆席について。手を合わせるんだ。」

 ムアーとループは、ドクターと奥さん、それから慌てて席についた三人の子供―― ドクターには年子で兄、妹、弟と三人の子供がいる――を真似て胸の前で手を合わせると目を閉じた。

「神王陛下。良い眠りと夜をありがとうございました。光神陛下。今日も生きる道を照らし、旨し糧を下さいますことを感謝いたします。御身に呼び戻された命を、今日も大切に生きることを誓います。」

 呼び戻された命だなんて聞いたことのない祈りだと思っていると、ドクターは続けた。

「いただきます!」「いただきまーす!」

 ドクターの掛け声に奥さんと子供が続く。ムアーとループも一応真似をし、「いただきます」と言ってから朝食に手をつけた。途端に賑やかな食卓だ。

 

「ほいで、おぬしらは山の様子を見にきたのなんのと言っておったが、一体何がどうしたんだ?」

 むしゃむしゃと草原のようなサラダを食べるドクターに、ムアーとループは答える。

「それが、去年の春からどうも山の様子が変わったようだと鉱石が言いおってな。うちの長老達は噴火の前兆じゃあるまいなと思った訳じゃよ。トブの大洞穴とは言え、噴火なんかしおったら一たまりもないからのう。」

「でも様子が変わった理由がわかったわい。おぬしら、去年の春から採掘のスピードか方法を変えたじゃろ。地の小人精霊(ノーム)の勘が騒いで騒いでしょうがないんじゃよ。」

 ループの言を聞くとドクターはひとつ頷いた。

「そう言う事か。去年の春、防衛点検ってのがあったんだがのう。アダマンタイトが足らんくて世の中大変だぞい。掘ってみるしかないからのう。」

「アダマンタイト?あそこの鉱脈はもっと下に掘らにゃアダマンタイトはないはずじゃ。」

 ムアーが呆れ混じりに言うとむむっとドクターは唸り、食事の手を止めた。二人から見ればどんぶりのような量のスープはすっかり空だ。大きな生き物はすごい。奥さんは子供達のまだ短い口髭についたスープを拭ってやっていた。

 

「おぬしら、今日神殿で種族のご報告をしたら、その後はわしらと働かんか?」

「地上で?」

「いや、アゼルリシアの坑道でだ。地の小人精霊(ノーム)の鉱脈を聞く能力があれば、相当稼げるぞい!別に出勤は地の小人精霊(ノーム)の街から来てええんだから!」

 ムアーとループは思いもよらない新たな人生を想像して瞳を輝かせた。が、地の小人精霊(ノーム)の街――ナリオラッタからフェオ・ジュラは遠い。出勤のために数ヶ月かけていたら馬鹿だ。もし働くと言うならば、この凄まじい魔法都市に暮らすことになるだろう。

 

「…面白そうな話じゃが、難しいじゃろな。」

 ムアーは昨日、すれ違った亜人達について思い出す。その中でも一番驚愕したのは霜の竜(フロストドラゴン)霜の巨人(フロストジャイアント)がそこら辺で普通に過ごしている事だ。空を飛んでいたり、氷売りとして歩いていたりする。

 そんな街で、暮らしていける自信はなかった。いつかぺちゃんこに踏みつぶされ、煎餅になるのが関の山だ。

「…そりゃ残念だのう…。まぁ、気が変わったらいつでも言うてくれ!」

 二人は頷くと食事を済ませた。

 

+

 

 ドクターは国営小学校(プライマリースクール)に行くと言う子供達三人が友達の蜥蜴人(リザードマン)と、人間の可愛らしい双子の下へ駆けていくのを見送ると、ふんすと息を吐いた。

「さて、それじゃわしらも神殿に行くかいのう。」

 ゆっくりと歩くドクターに二人は早足で着いて行く。おっかなびっくりで幽霊船に乗ると、水の流れる巨大な枯れ木の北側から、すぐに光の神殿前と呼ばれる停留所に着き、三人は降りた。

 白亜の輝くような見事な神殿は二つ入り口があり、一つは開け放たれていた。ムアーとループは当然開いている方に行くのだろうと短い足でチョコチョコと歩き出した。

「あ、待つんじゃモジット!カイナル!」

「なんじゃ?」「なんじゃ?」

「そっちは聖堂じゃ。後で行くからまずは神殿に行くんじゃ。」

 違いがわからないが現地民の言うことを聞くかとドクターの後を追う。二人は何となく世界を知った気になり始めていた。

「わしは帰ったら長老達にこれでもかと文句を言うつもりじゃったが、今回ばかりは選ばれて良かったのう!」

「ほんとじゃのう!若いうちに見聞を広めるって言うのは悪くないことじゃ!」

 百十五歳の若者達はうきうきと神殿に踏み入れた。

 ドクターが神官達と何かを話しているのを横目に、二人は初めてみる凡ゆる物に興奮していた。

「天井迄凝っておるのう…。」

「わしらの力じゃあんな石は掘れん。」

 暫しの時間が流れると、浮き足立つような雰囲気のドクターが戻ってきた。ドクターと話すときはとんと首が疲れる。

「それで、わしらはどうしたらいんじゃ?」

「それが連絡を取ったら陛下方が直々にいらっしゃるそうだ!聖堂でお待ちするぞい!」

 数度神官に頭を下げると、三人は移動した。

 

「その陛下っちゅーのは陛下っちゅーくらいじゃから、王様かいの…?」

「わ、わしらは王に謁見できるほどまともな格好はしとらん!」

 ムアー達は自分ばっかりちゃんと相応しげな格好のドクターをどこか恨めしげに見た。地の小人精霊(ノーム)の代表として地上の王に恥ずかしいところは見せられない。

 とは言え、長くフサフサの白い髭で見えていないが、そのスモッグには紫色のステッチが施されていたり、そこそこ凝ってはいる。山小人(ドワーフ)の摂政会のお偉方に会う為に持ってきた服なのだから。

「大丈夫、大丈夫。陛下方は実に寛大なお方達だからのう!」

 二人は聖堂の一番前に置かれている美しい女神像の前で、仕方なくそのまま互いの身なりを確認した。ドクターは二人を見ながら、自分の髭をしごいた。

「しかし、州知事殿くらいとは会うつもりだったが…陛下方は地の小人精霊(ノーム)がお好きなのかの?」

「なんじゃて!っくそぅ、それなら尚の事こんな格好じゃお会いできん!」

「わしらは一回大洞穴に帰る!!」

「あぁー!待て待て!もういらっしゃるはずなんだから!」

「嫌じゃ!!悪い印象を持たれとうない!!わしらは代表として――」

 視界の端に映った存在にムアーとループが目を丸くする。表情が一瞬で驚く程多様に変化した。困惑、驚愕、恐怖、そして――

 

「うひゃぁぁあぁあぁあ!!」

 ドクターが身構えてしまうほどの奇声をあげたかと思うと、二人は互いの身を抱いてペタリと床に座った。

 

「賑やかじゃないか。それが地の小人精霊(ノーム)か。」

「ふふ、可愛い妖精さん。」




やっぱりちっちゃいのにどこかやかましいw

次回#33 二人の小人


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