眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#33 二人の小人

 その日の朝、アインズは愛息子の小さな口にスプーンを入れていた。まだ一人座りはうまくできないためフラミーに抱えられている。

 ナインズは徐々にすり潰した野菜や粥も食べるようになってきていて、こないだ小さな乳歯を発見した時には一日中ナザリックはお祭り騒ぎだった。

 どう見てもまだ食べられないだろうと言う物が大量に献上される事件も起きた。

 

「九太、うまいか?」

 アインズはもにゅもにゅと口を動かす自身とフラミーの小さな分身に微笑んだ。まだ母乳の方が好きなのかずっと片手でフラミーの胸をまさぐっている。

「おいしいねぇ。お父さんが食べさせてくれたらなんだって美味しいよねぇ。」

 食事が終われば、二時間ほどコキュートスによる無限いないいないバアタイムだ。その後は沈黙都市の付近の亜人種達の制圧に行かなければいけないので、控えるコキュートスは午前中のこの至福の時をとても大切にしている。――ちなみに向こうでは漆黒聖典と陽光聖典がキャンプをしてコキュートスの到着を待っている。

 が、ふとコキュートスは部屋の端に移動し、こめかみに触れた。

 朝から珍しいなと思いながら食事を済ませると、エ・ランテルから出勤してきたセバスが食器を片付けた。アインズもフラミーもしたい事だけをする生活には未だに慣れられず、なんでもやりっぱなしで片付けて貰えるのは少し居心地が悪い。

 しかし、食器くらい洗うなどと言えば、食器洗いを担当する者が自殺しかねない。仕方なく今日も今日とて下げられていく食器を見送った。

 

「コキュートスはお仕事だからな。よし、九太。よく見てろ?」

 アインズは顔を隠し、「いないいない」と唱え、バァッと顔を出した時には骸骨だった。必殺いないいないアンデッドだ。

 ナインズは生まれたばかりの頃はアンデッドが大嫌いだったが、執務の時に部屋で遊ばせていた為随分慣れ――いや、慣れるどころかすっかりお気に入りだった。

 一瞬口を開けて骸を見た後、おかしくて堪らないとばかりにナインズは笑った。

「きゃー!こわーい!お父さん、死の支配者(オーバーロード)だぁ!」

 フラミーに揺すられると一層笑いは大きくなっていった。

 癒される。何て素晴らしい日常。この素晴らしき日常のたった一つの問題は、ナインズがこれを何時間でもやられたがる事――そして支配者も何時間でもやれてしまう事だ。

 ナインズはいないいないバアだけで三度の飯が食えるほどに、いないいないバアがお気に入りだった。

 骨のまま顔を隠し、今度は人でバァッと見せると、ナインズはそんなに笑って苦しくないのかと言うほどに笑った。そして、再び顔を隠す。指の隙間から見えるフラミーとお揃いのナインズの瞳はバァッの時への期待に輝いていた。

 数度いないいないアンデッドをしていると、爺が戻った。

 

「アインズ様。エ・ランテルノ光ノ神殿ヲ地ノ小人精霊(ノーム)ガ訪レタソウデス。何デモ、トブノ大洞穴ヨリ来タト。」

「何!でかしたぞ!!」

 トブの大洞穴。第六階層に連れ帰り育てられているマンドレイクを発見した時に、アウラとマーレから報告としては上がっていたが、未だ小さな生き物が出入りできる程度の入り口しか見つかっておらず、これ程近距離だと言うのに手を出せていなかった幻の巨大空間。

 それは、トブの大森林の地下からアゼルリシア山脈に向かって伸びているらしいと言う情報だけがあった。

 

 骨だと言うのに目尻が下がっているように見えたアインズの顔は途端に引き締まった。

 

「会ってみようじゃないか!」

 

+

 

 ナインズとの別れを散々惜しんだ支配者達は転移門(ゲート)を潜った。ナインズは人の顔が判別できるようになって来たようで、近頃は両親と離れる時に泣いてしまう。泣き止むまで当然のように出かけられない。

 

 アインズは目の前で座り込む小さな生き物を前に首を傾げた。周りの参拝客が熱心に祈りを捧げてくるのは華麗に無視する。

(……何でこの二人は座り込んでいるんだ?地の小人精霊(ノーム)は座り込んで話すのが作法なのか?)

 目を大きく開けているし、地の小人精霊(ノーム)特有の表情だったら嫌だなとアインズが思っていると、フラミーはその前にしゃがみ込み、にこりと微笑んだ。

「こんにちは!ちっちゃな妖精さん!」

 恐らくここまで案内したであろう山小人(ドワーフ)はそっとフラミーを手のひらで指し示した。

「この方が光神陛下だぞい。わしらに再びのお命を下さった女神様じゃ。」

「っあ、は、はぁ!こりゃ失礼しましたじゃ。王妃陛下――いや、光神陛下はすごいアンデッドを使役されとるんじゃな。それに、この像は光神陛下じゃったか…。」

 また使役かと苦笑する。別に悪い気はしないし、自ら尻に敷かれに行くアインズはある意味フラミーの使役アンデッドだ。

(そう思うとフラミーさんは超高レベルの死霊使い(ネクロマンサー)だな。)

 アインズは一人下らない考えに笑うと、話にならなそうなので"いないいないアンデッド"スタイルをやめ、フラミーの隣にしゃがむと人になり手を差し出した。

 引っ張って起こすと言う意味にも、友好の握手にも見えるように注意する。地の小人精霊(ノーム)は困惑したようにアインズの顔と手を交互に見た。

「なんじゃ!?幻覚なんて趣味が悪い!」

「こりゃ、モジット!こちらのお方が神王陛下だぞい!」

 白い髭面が驚きに染まる。

「お、王様じゃったか…!でっかいがツルッとしておって赤ん坊みたいじゃな…。」

 二人の小さな小人達は天を仰ぐようにアインズを見上げた。アインズはもしかしてヒゲとか生えている方が威厳があって良いかとちょいと顎を触る。しかし、フラミーもナインズも髭は嫌いそうだ。ほっぺすりすりはアインズの生き甲斐の為思考を破棄する。

「そうだ。私こそ神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国が王、神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王である。こちらの女神は我が伴侶、フラミーさんだ。さぁ、地の小人精霊(ノーム)よ。名乗るが良い。」

 アインズはしゃがんでいながらも、目一杯王様らしい動きと言葉――だと思っている――で、相手の自己紹介を促した。

「あ、わ、わしは地の小人精霊(ノーム)のムアー・モジットですじゃ。」

「わ、わしはループ・カイナルですじゃ。」

 二人は慌てて長いとんがり帽子を脱ぎ名乗るとアインズの大きな手を取った。ナインズのように小さな手に可愛らしさを感じかけてしまいながら、手を引き、二人を立たせた。

 立たせたが、しゃがむアインズとフラミーの方が余程大きい。帽子を脱ぐとなおさら小さく感じる。会いに来たが、アインズ達が地下へ入れるような入り口を知っているとはあまり思えなかった。

 

「モジット、そしてカイナル。君達はトブの大森林の地下から来た、そう聞いているのだが間違いないかな?」

「そうですじゃ!わしらは、生まれも育ちもトブの大洞穴ですじゃ。」

「アゼルリシア山脈がこの一年様子が変わりおったから、様子を見に行ったところでドクターに会ったんですじゃよ!」

 アインズはドクターと呼ばれている山小人(ドワーフ)を確認し、ふむふむと頷いていると、膝の上に頬杖をつくようにしているフラミーが首を傾げた。

「アゼルリシア山脈の変化って何ですか?」

「噴火するんじゃないかと思ったんじゃが、ただ採掘量が増えただけで、何も変わっとりゃせんかったです。」

「なんだ。それなら良かったぁ。」

 フラミーが笑うと、周りでアインズ達の視線に合わせてしゃがむ信者達もつられるように笑った。聖堂に人が来ては皆そそくさとしゃがむと言うおかしな光景が続く。

「それで、わしらは地の小人精霊(ノーム)がいると神殿で申告したんじゃが、これでもう帰ってもいいんですかのう?」

「こんなかっこじゃし…。王様に会うってわかっとったら…もっといい服も持ってきたんじゃが…。」

 二人はもじもじと恥ずかしそうに深緑のスモッグを引っ張った。

 

「格好は気にする事はない。それより、私達は実はそのトブの大洞穴と――そう、地の小人精霊(ノーム)と国交を開きたいと思っていたところなんだが、帰るついでに案内を頼めないだろうか。褒美には欲する物を渡すと約束しよう。」

 地の小人精霊(ノーム)は分かりやすく目に期待の色を映した。

「なに!それなら、地表のうんまい酒を持って帰りたいんですじゃ!神聖魔導国の酒はすごかった!」

「少しでもいいんですじゃ!長老や兄弟に飲ませてやりたいんですじゃ!」

 アインズは即座に了承すると、影のように控えていたセバスに視線を送った。

「セバス、私達が普段口にする中でも上等な物を出せ。地下世界への案内人への礼だ。あぁ、そう。常温で味わえる物をな。」

「かしこまりました。では、戻り次第いくつかご用意いたします。」

 聖堂内がざわめき、神の飲む酒を口にできる地の小人精霊(ノーム)への嫉妬とも、羨望とも付かない声が溢れた。

「褒美は、今の内容と言うことでどうかな?」

「もちろんお受けいたしますじゃよ!!国交が開かれればうまい飯も食べられそうじゃ!」

 二人は嬉しそうに手を挙げ、まるで宣誓するように大きな声で返事をした。

「よし。頼もう。念の為に聞いておきたいのだが、君達は私達が入れるような場所を知っていると思っていいかな…?」

「そりゃもうもちろん知っとりますぞ!じゃが、そこは茸生物(マイコニド)の街に続く通路で、着いたら一応通してもらえるか聞く必要がありますじゃ。」

 茸生物(マイコニド)に通行を断られる可能性もありそうだが――

「兎に角行ってみるしかないな。さて、君達はいつなら出発できるかな。」

「今すぐにでも行けますじゃ!」

 ループがビシッと敬礼すると、ムアーはパッとループの前に身を乗り出した。

「あ、いや!流石にドクターと奥さんに礼をしてからじゃなきゃいかんので、二時間はいただきたいですじゃ!」

「うむ、うむ。それは大切なことだ。では、明日の早朝でどうかな。」

「もちろん!感謝いたしますじゃよ!」

 ムアーが両手で帽子を握り、腰から恭しげに頭を下げた。

「でも、今日はよく晴れておりますし、明日も雨は降らなそうですのう。降るまで近くで野宿になってしまうかの…。」

 アインズは雨を求める意味がわからず、説明するように二人の小人へ視線を送った。

「あ、こりゃ失礼いたしましたじゃ!入り口には幻覚を見せる胞子がずっと飛ばされておって、雨で胞子が落とされないと入り口は見えんのですじゃ!」

 レベルの低い者に捜索させても見つからないわけだとアインズは思った。

「地上は景色がすぐに変わるもんじゃから、わしらも雨の日じゃなきゃ行き着けんかもしれんのですじゃよ。延期されますかの…?」

 

 それを聞くと、アインズとフラミーは笑った。不可解そうな視線を向けられると、フラミーはパタパタと顔の前で手を振った。

「あ、いえ。すみません。お二人を笑ったんじゃないんですよ。気を悪くしないで下さいね。」

「ふふ、モジット、カイナル。天気は心配するな。私達が雨だと言えば雨。晴れだと言えば晴れ。全ては我が手の内だ。」

 

 アインズは胸の前で手を握ると、最高に決まったと思った。




「わぁ!ズアちゃんみたぁい!」
 アインズは握った手の行き場を失い、最高に恥ずかしくなった。

次回#34 雨降りの中で

ナインズきゅん、ついに離乳食かぁ…もうこんなにおっきくなって…(親戚並み感想

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