眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#34 雨降りの中で

 翌早朝。約束の時間になるとムアーとループはドクターと奥さんに何度も礼を言ってその家を発った。

 前日の夜には地の小人精霊(ノーム)お得意の刺繍をドクターの一張羅と、奥さんのエプロン、子供達のスクーリングバッグに施した。キノコやネズミ、虫、モグラの細緻な刺繍は一家を感嘆させた。ただ、ドクターは「陛下方の飲む酒を一口舐めさせて欲しかった」と笑ったらしい。

 

 昨日ドクターに教えられたように水上バス(ヴァポレット)の乗り場へ向かってチョコチョコと走る。辺りは赤や黄色、様々な色の山小人(ドワーフ)サイズの家が立ち並んでいる。

 

 まだ夜明け前なので街にはそんなに人は多くないし、二人は本当にあの舟は動いているのかと少し心配になった。

「もし動いてなかったら、あそこまで走らにゃならんのう!」

「時間に間に合うかだけが心配じゃ!」

 

 二人は白み始めた空を見上げつつ、乗り場が見えると速度を落とした。程なくして、朝霧の中を静かに舟がやってきた。

「乗れ乗れ!乗るんじゃ!」

「えっと、ドクターが持たせてくれた船賃を…。」

 ムアーは何かの建物がデザインされた美しい銅貨を四枚取り出し、幽霊船長に渡した。ドクターはムアー達を連れ帰った報奨金を、一緒にいたガゲズやポ、プと分け合うそうで、そこから船賃を持たせてくれたのだ。

 幽霊船長が小さな二人から銅貨を受け取るとドアは閉まった。

 

 特別な抵抗もなく舟が動き出すと、二人は今度はソワソワと――まるで初めての海外旅行のように、降りる停留所を待った。

 そして光の神殿前に着くと、弾丸のように走り出した。

 

 神殿の前に着くと、二人は聖堂の入り口へ向かって突撃した。

 しかし、扉を開く前には互いの身嗜みの確認だ。昨日と同じ服だが仕方ない。

「どうじゃ?」「良いみたいじゃ!」

「わしはどうじゃ?」「良いみたいじゃ!」

 二人は帽子を脱ぐと、聖堂の扉を押した。

 

「あ!アインズ様、フラミー様!来ましたよ!」

「ノ、地の小人精霊(ノーム)です!」

 二人の闇妖精(ダークエルフ)を見ると、ムアー達はオォ!と声を上げた。

闇妖精(ダークエルフ)!ここに暮らしておったんじゃな!大森林から居なくなって久しいが、良かったのう!」

 地の小人精霊(ノーム)は子供が生まれると、親が誕生記念樹を植えに地上に出る文化があったが、それも闇妖精(ダークエルフ)が居なくなってからは無くなっていた。昔は闇妖精(ダークエルフ)の集落の中に地下道を通させて貰っていて、安全の中記念樹を植えられていた。今は魔獣と魔物の蔓延る恐ろしい地表に出られる者はおらず、ずっと記念樹は植えられていない。

「あたし達は別にトブの大森林で暮らしたことなんて一回もないよ。」

「あ、あの、ご挨拶した方が、その、良いと思います。」

 闇妖精(ダークエルフ)の少女はワインや酒が何本も入った重たそうなバスケットを両手で抱えるように持っていた。

 あれが間違いなくご褒美だと、想像よりもたくさんの瓶に思わずやる気も盛り盛りと湧き上がってくる。

 ムアー達はトブの大森林で暮らしていた世代はもうそんなに前かと思いながら、急ぎ王達の前へ走って進んだ。

 

「神王陛下!光神陛下!しばしの旅の間、よろしくお願いいたしますじゃ!」

 王達が振り向くと、その向こうにはしっとりと輝く毛皮をした黒色の巨大な狼。その燃え上がるように赤い瞳には高い知性が宿っていた。

 そして、並ぶようにギョロリと丸い目をした巨大なカメレオン。美しい緑の鱗状の皮膚は実に硬そうで、足は六本もあった。

 

 ムアー達は思わず足が竦みかけた。

「来たな。よろしく頼む。」

「おはようございます。あっちの二人はアウラとマーレ、この子達はフェンとクアドラシル。怖くないですよ。」

 優しい笑みに誘い込まれるようにちょこちょこと近付き、ムアーはフェンと呼ばれた黒い狼に、ループはクアドラシルと呼ばれた巨大カメレオンに、チョンと触る。

「…見た目より大人しいんじゃなぁ。」

「これをどうするんですじゃ?」

「これに乗っていくんだ。私とフラミーさんはクアドラシルに乗ろう。君達はアウラとマーレと共にフェンに乗りなさい。」

 王はそう言うと早速王妃をクアドラシルに乗せ、ふとマーレに手を伸ばした。

「マーレ、土産は私が持とう。お前達は四人乗りになるんだからな。」

「あっ、で、でもそんな、アインズ様に荷物を持たせるなんて。」

「安心しなさい。無限の背負い袋(インフィニティハヴァサック)に入れておくだけだ。」

「じ、じゃあ…。」

 非常に躊躇われながら、ムアーとループの酒は王の手に渡り謎の闇に吸い込まれた。

 

「楽しみだのう!」

「早く帰って開けたいもんじゃ!」

 二人でクスクスとその時に思いを馳せながら笑みを溢していると、アウラが手招いた。

「じゃ!ムアーとループはこっちおいで!」

「頼むぞい!」

 マーレに持ち上げられ、フェンの背に乗せられると、長く美しい毛に二人は掴まった。二人は未だかつて、どんな地の小人精霊(ノーム)も体験したことのないであろう冒険を前にドキドキと胸を躍らせた。

 

「<転移門(ゲート)>。では、神官達よ。私達は行く。」

「お気をつけて!!」

 

 ムアー達はズンズンと魔獣が闇へ向けて歩き出すと、扉に向かわなくて良いのかと首を傾げ――その先は木々の広がるまだ眠る大森林だった。

 

「なんじゃなんじゃ!!もうトブの大森林についておる!!」

「これはもしかして出かける時に長老達が言っておった魔法か!!」

 二人がやいのやいのと大盛り上がりを見せていると、横についたクアドラシルの上から声が飛んでくる。

「お前達の長老は転移門(ゲート)を知っているのか?」

「そんな名前かは知らんのじゃが、ラッパスレア山とフェオ・ジュラの近くが自然的に出来た魔法の門で繋がっておるらしいんですじゃ!」

「そこから溶岩が流れ込んできおって、物凄い魚の化け物が泳いどる!そいつはこの世にたった一匹しかおらんらしいんですじゃよ!本当はそれの確認に行くはずだったんですじゃ!」

「ラッパスレア山の激レアモンスターか…面白い話だな…。以前山小人(ドワーフ)の旧王都を奪還した時に通りすぎた溶岩地帯、あそこがそうだったかな。欲しいな…。」

 王は浸るように一瞬目を閉じると、すぐに目を開いた。

「さて、雨はもう降っている方がいいかな?」

 王に後ろから包まれるように魔獣に座る王妃も続ける。

「範囲は広い方が良いですか?」

 二人は悩んでから「今すぐの方が」「広い方が」と控えめに申し述べた。

 水を散布するような広さでは少し心許ない。なるべく早いうちから雨が降って、胞子が落ちるようにしたいところだ。

 だが、日が昇り始めた空はとても雨が降る様子はない。

 

「どうなさるんですじゃ?」

 ムアーが心配そうな声を上げると、すぐ後ろに乗っているアウラはシッと声を上げた。

「良いから見てなって。」

「そ、そうかいの…?」

 見ていると王と王妃は真剣な顔で相談を始めた。そして、一行を包むように青白い巨大な円の立体魔法陣が現れた。

「すみません、ちょっと待ってくださいね。砂時計がもったいないですから。」

 王妃にアウラ達がはーいと元気な声を返すのを聴きながら、ムアーとループは生まれて初めて見る美しい光景を口を開けて眺めた。

 

 王はクアドラシルの背から降り、辺りに何かが居ないかを確認した。

 そして、双子に守れと伝えると空高く飛び上がっていってしまった。

 

 どれほどそうしただろうか。

 いつまでも飽かずに眺めていると、魔法陣は強く輝いた。

 

「――<天地改変(ザ・クリエイション)>。」

 

 王妃の静かな声が響くと、力が吹き出すように空へ光が上り、弾けた。

 これまで夏の暑さの猛威を振るおうとしていた空には黒雲が立ち込め始め、ゴロゴロと今にも泣き出しそうになると――雨は降り出した。

「なんちゅうこっちゃ…。」

 二人はバックパックから急ぎ水を弾く魔法がかけられた大きな外套を取り出し、バックパックごと覆うように着込んだ。

 そして空から声が響く。

「アウラ!マーレ!!地図を出し、今から言う場所にマークを付けろ!」

 双子達は声が聞こえるたびに急ぎ何かを書き込んで行く。

 それは、子供には大変なんじゃないかと思うようなやりとりだったが、ムアーとループの頭からそんな思考はすぐに追い出された。

 

 クアドラシルの背で雨に打たれて目を閉じる王妃――いや、女神の美しさはとてもこの世の物とは思えなかったから。

 

+

 

 別に超位魔法を使わなくてもマーレの天候操作(コントロールウェザー)でも良かったが、範囲が狭いため、効果範囲を出るたびに使うのでは手間だろう。

 それに、範囲確認も行いたかったのだ。アインズ達がナザリックで行った実験では第八階層を丸ごと覆うだけの成果を上げた。では、外ではどうだったかと言うと、見事に「大森林」と思われる場所は雲に覆われた。

 効果範囲ははっきり言って広すぎる。この超位魔法の行使には十分な注意が必要のようだ。

 

「ムアー、ループ。どうだ?」

「むぅ、陛下。申し訳ないんじゃが、地面を歩いてもいいですかいのう。」

「どうも視線が違って難しゅうなっておりますわい。」

 異論などあるはずがない。

「良いだろう。ただし二人だけでは進まないようにしろ。狐や蛇、知能の無いモンスターには我々が何者なのかは分からないのだから。」

「かしこまりましたじゃよ!」

 二人はフェンの毛を掴み、すべるようにその背を降りた。サラサラと雨が降る中、ぱちゃんと小さな水が跳ねる音がする。二人は地面にしゃがみ込むと小石を拾い二人で耳を近づけた。

「可愛いですね。飼いたいなぁ。」

「あれがいたらナインズが咥えちゃいますよ。」

「ふふ、確かに。きっと噛み噛みしちゃいますね。」

 ちらりとフラミーの犬歯が見えると、アインズは濡れたフラミーの顔を掴み口を寄せ掛け――やめた。

 様子をじっと見てきている双子の情操教育に悪い気がしたのだ。双子はお揃いの黄色い雨合羽を着ていて、いつもよりもさらに幼く見えた。アインズとフラミーもそれぞれ黒と赤紫の外套を着ている。

 アインズが笑うフラミーに照れ臭いような情けないような顔を返していると、クアドラシルはじっくりと動き出した。

「こっちですじゃ!」「こっちですじゃ!」

 クアドラシルの六本の足の下をチョコチョコと地の小人精霊(ノーム)達は走り出した。付いていくクアドラシルは非常に遅々とした歩みだ。踏み潰さないよう、追い抜かないよう、まるでスローモーションのような動きで進んで行く。

 

「おっ!こりゃ、わしらの誕生記念樹じゃ!!」

 二人は大きな声を上げ一本の木を叩いた。

「こんなに大きくなったんじゃなぁ!!」

 小人達は頬と鼻の頭を真っ赤にして嬉しそうに木を見上げ、そしてアウラとマーレに視線を送る。

「ここは昔闇妖精(ダークエルフ)の村だったところじゃよ!」

「ふーん?もう何もないね。」

 興味のなさそうな声だ。辺りは人の手が入れられていた形跡を失い、木々がよく成長している。

「なんとも無情な風景じゃな。さ、こっちじゃ!」

 二人は再び走り出した。

 

 牛のような歩みでゆっくりと移動をしながら途中巨大な木の(うろ)で食事をとると、地の小人精霊(ノーム)はうまいとフラミーの弁当に飛び上がった。

 その後再び、茸生物(マイコニド)の洞窟の入り口を探して移動を始めたが、早朝に出たというのに――雨が降っているせいもあるが、世界は徐々に薄暗くなり始めた。

 

 そして、アゼルリシア山脈の麓の、木々が密集した場所で二人はぴたりと立ち止まった。

「ここですじゃ!」

 言うや否や二人は木の間に身を滑らせて行った。アインズ達もそれぞれ魔獣から降り、ナザリックへ魔獣を返して後を追った。

 そこには洞窟というよりは裂け目のような穴が開いていた。

 

「それじゃ、わしらは隣人に通行許可を貰って来ますじゃ!」

「あぁ、頼んだぞ。」

 アインズは外套を脱いで髪を絞るフラミーのローブの乱れを直しつつ地の小人精霊(ノーム)達を見送った。

「あ、あの、アインズ様、いいんですか?」

 双子もフードは被っていたが想像よりも長時間の移動を行ったせいで髪がびっしょりと濡れている。

「ん?何がだ?」

「このまま逃げちゃうかもしれませんよ!」

「はは。ここまで来れば、もう逃げても良いだろう。その時には、褒美も受け取らずに立ち去ってくれるなんて親切な小人だったと褒めれば良いさ。」

「あ、そっか!」

「さ、さすがアインズ様です!」

 アインズは笑いながら一人づつ<乾燥(ドライ)>を掛けた。最近覚えた生活魔法だ。頭を乾かす為に魔法が生まれるわけもなく、これは干し肉やドライフルーツを量産するためにある魔法らしい。難なく全員の髪を乾かす事に成功した。

 少し前にフールーダに魔導書――と言う名のゲーム設定資料集を渡しに行ったところ、この春からフールーダの所には、アインズとフラミーのたった一日の学友であるジーダ・クレント・ニス・ティアレフがいた。インターンシップらしい。

 そこで「お前の理解度を試す」と言うお決まりの台詞で、ちゃっかり一つ生活魔法を教えてもらいアインズは帰って来た。ちなみに生活魔法以外の魔法の習得は未だ成っていない。

 アインズはジーダに会うためにもう少しフールーダに構ってやっても良いかも知れないと、非常に現金なことを考えたらしい。

 

 四人の身嗜みが整うとキノコ頭の人間を引き連れ、ムアーとループは戻って来た。

 

 アウラとマーレは小さく「戻って来ちゃったね」「ご、ご褒美狙いだね」と呟き笑った。





次回#35 全てを任せる

ジーダくん、元気そうですね!
フラミーさんのびしょびしょ透け透けスタイルを見たと言うのに!(言い掛かり

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