ムアーとループは
とは言え、パクパヴィルに行こうと言うのではない。パクパヴィルに着くまでは二人の足では数時間程度かかる。休まずに走り続ければもう少し早く行けるかもしれないが、とても他所の国の――それも
息急き駆けていたムアーは、ふと立ち止まった。
「おーい!いるんじゃろー!」
ムアーが両手を口に当て中へ向かって大きな声を上げると、曲がり角から
ここで胞子を出す係の、いわば門番のようなものだ。
「
「ここから来るなんて珍しいですね。」
「地上から来たんですか?」
次々と質問が飛んで来ると、ムアーとループは一つづつ、質問について答えて行く。
「エレベーターはエレベーターなんじゃが、今すぐじゃないんじゃ。」
「実はわしら、地上にある神聖魔導国帰りなんじゃ!」
三人は首を傾げてから目を――恐らく――見合わせた。
「なんですか?そりゃ。」「神聖…なんです?」
ムアー達の視線は自慢したいとでも言うようだ。地下世界で今この二人は一番進んでいる。
「わしら
「じゃけど、王様達はあんたらみたいにでかいんじゃ!じゃから、パクパヴィルを通らせてもらえんかのう!」
「
「そう言わずに!通らせてくれるだけで良いんじゃ!」
「ここでだめじゃなんて言われてしもうたらわしらは地下の恥さらしになってしまう!」
二人の必死さに苦笑するときのこ達はヒソヒソと話し合い、一人が一歩前へ出た。
「相手はどんな種族なんですか?」
「人間の王陛下と、天の使いの王妃陛下、それからお供の
「天の使い…?オーガはいないんですね?」
オーガは人食い鬼として有名だが、
「もちろんじゃ!」
「取り敢えず、
別の
「自分はここで胞子撒きを続けます。」
最後の一人は背を向けると両腕を曲げ、走り出すポーズをとった。
「自分が執政会に人間の通行許可を取ってきます。」
「おぉ!感謝じゃ!感謝じゃ!」「頼むぞーい!」
確認係が走り出すと、胞子係を残してムアーとループ、説明係は外に向かった。
「今度からは自分達で道掘って下さいよ。手伝ってあげますから。」
「解っておる解っておる!」
「本当に解ってるのかなぁ…。」
しかし、こと裁縫や細かな細工物にはめっぽう強く、
パクパヴィルで共存している、エレベーターを動かしてくれる
大洞穴の住民達はいつでも手を取り合い生活している。
出口が近くなると三人は身嗜みを確認した。ムアー達は随分走ったので、自慢のお髭の様子を大層気にした。
外に近い場所――洞窟内に軽く一歩踏み入れている場所に神聖魔導国の一行はいた。
外はいつの間にか雨が上がったようで、血のように赤い西陽が差し込み、外を地下とはまるで別の世界のように感じさせた。
「陛下方、戻ってきましたぞー!」
ムアー達はテテテと走り出した。が、歩く
「どうも人間さん。それから、
男とも女とも取れない声で話すと、
「やぁ、私は神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国の王、アインズ・ウール・ゴウンだ。それから、この人は王妃のフラミーさんだ。ハルピュイアではない。」
「人間の王様、自分はパクパヴィルから来たプラです。」
アインズが手を伸ばすと、それが何を意味するかを理解したプラはズボンでささっと手を拭き、二人は握手を交わした。
「プラよ。我が国はここの地上――トブの大森林にまで及ぶ。その地下に住む君達と気持ちの良い関係を持ちたいのだが、ここを通してはくれないかな?」
「えっと…今仲間が通しても良いか執政会に確認に行ってます。どれくらい掛かるかはわかりませんけど。でも、
アインズにあまり良くない答えを返したプラに分かりやすく不快げな顔をしたアウラとマーレが動き出そうとしたのをアインズは手で制した。アインズにとってはむしろ好都合だ。
「そうか。ではこのアウラとマーレだけ頼む。時間もかかりそうだから私達は一度帰ろう。大切なのは使者を送ることだからな。」
「えっ!良いんですか!?アインズ様!?」
驚いているアウラの頭をポンポン叩くとアインズはかがみ、アウラとマーレをハグし、小さな尖った耳に口を寄せて小さな声で告げる。
「アウラ、マーレ。かつて
双子の視線は熱を感じるほどにギラリと輝き、大きく頷いた。しかし、返事をする声はきちんと抑えられていた。
「お任せください。」
「か、必ず手に入れてきます。」
アインズはどうやら小難しい交渉から逃れることに成功したようだ。少しフラミーと遊び歩きたい。溶岩のレアモンスターがアインズを待っている。
それに、宮廷作法はなにかと面倒だ。全てを任せると言ってしまえば気楽なものだ。
(まぁ俺は王様じゃなくて神様だから何でもセーフだけど…。)
神様を傘にアインズは自分の振る舞いを正当化した。神が白を黒だと言えば黒になるのだ。
「よし。マップの作成を忘れるな。もし何か困ったことがあればデミウルゴスに相談してもいい。…私は用事があるからな。良いか、デミウルゴスに相談するんだぞ。」アインズの顔は
言い切るとマーレに褒美の酒が入った籠を渡し、双子から離れた。アインズは双子に仕事を押し付け面白おかしく過ごすのだ。
「ムアー、ループ、そしてプラよ。この子達は私達の大切な子だ。呉々も頼むぞ。」
フラミーが良いのかと視線を送ってきているが頷いて見せると、アインズの企みに思い至ったのか、心得たとばかりに晴れやかな笑顔を作った。
「か、かしこまりましたじゃ!」
「お主達、小間使いの子供だと思っておったが、お偉いさんだったんじゃな。」
「僕ら、
アウラとマーレは何度も振り返りながら出かけて行った。
地下道を進む一行は、青白く発光する――人型ではない背の高いキノコに照らし出されていた。キノコが多数生えているところでは、キノコ同士が互いの影を生み出し、まるで何か怪物のように見えた。
プラとムアー達は柔らかい何かの動物の毛皮でできた靴を履いているが、アウラ達はソールが硬質に作られている為、二人分の足音だけが反響した。
「ねぇねぇ、プラ達は地下に籠もって暮らしてて大変じゃない?」
アウラの真っ直ぐな問いに、プラは少しも、と首を振った。
「僕らは日光が苦手ですし、ここにいるのが一番性に合ってますよ。それより、
「
「え、えっと、
ムアー達は口を開け目を見合わせた。
「わしらはもしかしてすごく遅れておったのか…?」
「やばいのぅ…。」
「ははは。
「い、いますよ!
プラは、胞子撒き係として残ってた者と軽く手を振り合い、どんどん奥へ進む。
「そうなんですか?他所に住んでる
「えっと、その、ナ、ナザリック地下大墳墓に住んでます!」
マーレがそう言うと、プラはおぉ!と声を上げた。
「地下大墳墓!!なんと栄養のありそうなところなんでしょう。きっと素晴らしい場所なんでしょうね。」
双子は途端に気を良くした。
「まぁねー!」
「そ、それはもう!あの、すっごく良いところです!」
プラはじめじめして沢山の死体があって…と楽しそうに地下大墳墓に思いを馳せた。
途中何度もムアー達の休憩に付き合いながら、アウラ達は随分と時間をかけて地底の縦穴式都市にたどり着いた。ここまでずっと下り坂だったので、久々の真っ直ぐな地面だ。出た場所は、見方によっては広いバルコニーだが、おそらく広場なのだろう。
上にも下にも巨大な縦穴の壁に家が張り付くように建設されていて、方々にここに似た通路の穴が空いている。
アウラは腰を下ろし、穴の底へ目を凝らした。
人間の街なら柵が必須だろうが、そういうものはない。壁から生えているように見える道にも手すりや柵はない。
発光キノコに光源を頼る薄暗い地下では縦穴の都市の底までは光が届かず、どれだけの家々が壁に張り付いているのかも、どれほどの深さがあるのかもアウラ達の目には分からなかった。
マーレは落ちていた小石を取ると放り投げた。しばらく耳を澄ますと、極めて小さな音が二人の耳に届いた。
「ふ、深いんですね。」
「
「そうじゃよ!エレベーター…――昇降機に乗せてもらえばすぐじゃ!」
アウラ達はふむふむと頷きながらも、アインズに「地下洞穴を手に入れろ」と言われたことを思い出す。キノコ達も手に入れなければ。
「――そっか!でも、せっかくだから歩いて降りようかな!」
「大変じゃよ?」
「いいのいいの!」
話を聞いていたプラは縦穴の中腹へ向け、斜め下を指さした。
「取り敢えず執政会に行って、人間の王様はお帰りになったと伝えて良いですか?そこでもし人間を入れても良いと言うなら、
「そ、そうですね!えっと、そうします!」
「助かるのう!感謝じゃ!」
「いえいえ。どうってことないですよ。」
念の為不可知化して付いて来ていたアインズは本当に任せて大丈夫そうだなと安堵した。手を繋いでいるフラミーもうんうんと何度も頷いている。
難しいことを子供に押し付ける大人は溶岩地帯を目指し出発した。
フラミーはマーレが石を放り投げる時、慌てて止めようとした。
「っあぁ!下に人がいたら大変!!」
「わわ、やっぱり双子にも学校とか行かせないとだめだな!?」
支配者達は双子の将来を危ぶんだ。
次回#36 キノコ会議
私たちは一度帰ろう(帰るとは言っていない