眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#36 キノコ会議

 アウラとマーレは縦穴の壁から生えているような通路を歩き、大体二時間ほど行くと大きめの建物の前に辿り着いた。

 エレベーターに乗って降りれば割とすぐだが、アウラ達は歩いた。茸生物(マイコニド)や街の様子をじっくりと見る。文化を調べたりするのも神聖魔導国に吸収するならば大事な事なのだから。

 どの建物も精々三階程度だが、辿り着いた建物は二十階近くあるようだった。 

 

 双子はプラに案内され建物に入ると、身嗜みを整え、胸を張った。背筋を伸ばし、神聖魔導国の使者として相応しい態度だ。

「じゃ、先に自分が行ってきますから少し待ってて下さい。」

「はいはーい。」「お、お願いします!」

「頼むぞい!」「陛下方も通れると良いのう!」

 プラが退出すると、ムアーとループはバックパックを下ろし、アウラとマーレは小声で今後のプランを立て始めた。

「国に入るって言われたら良いけど、嫌だって言われたら、あたしが全員の体麻痺させて動かなくさせるね。」

 物騒だった。

「じ、じゃあ…僕は恐怖公さんの眷属呼ぼうかな…?」

 マーレの提案にアウラはゲェっと顔をしかめた。

「何かもっと違う方法考えておいて!」

「え、えぇ…?」

 どうしようかなぁとマーレが呟いていると、プラは戻った。

「お待たせしました。皆さんどうぞ。」

 

 

 案内された先は大勢の茸生物(マイコニド)が待つ部屋だった。

 

 

 キノコ達は二十名近くいて、皆微妙に色が違うくらいで個人を見分けるための身体的特徴は殆ど無いように見えた。

「こんにちはー!あたし達は神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国から来たアウラ・ベラ・フィオーラと――」

「えっと、ま、マーレ・ベロ・フィオーレです!」

 明るい声の後に、すぐにおどおどとしたような声が続いた。

 

 茸生物(マイコニド)は双子を見ると、久々の闇妖精(ダークエルフ)に沸いた。

闇妖精(ダークエルフ)さん、お久しぶりですね。なんでも、地上で人と国を作ってるとか聞きましたが。」

「人と作ったんじゃなくて、神の国に闇妖精(ダークエルフ)国は入りました!森妖精(エルフ)もね!えっと、いと高き御方は地の小人精霊(ノーム)の国だけでなく、茸生物(マイコニド)にも是非国に所属してほしいと仰ってます!」

 アウラが単刀直入に言い切ると、マーレは杖を小脇に抱えパチパチと手を叩き始めた。

「お、おめでとうございます!」

 

 茸生物(マイコニド)達はプラと地の小人精霊(ノーム)とそうなのかと視線を交わらせた。

「それは…えー…闇妖精(ダークエルフ)さん達がいなくなってからと言うもの、地上があまりにも危険で中々出られなくなってしまい困っておりました。」

 アウラとマーレは瞳を輝かせた。支配者の望みは早々と叶いそうだ。

「じゃあ丁度いいじゃん!神聖魔導国に入るなら知能の低い魔獣やモンスターから国が守ってくれるよ!」

「あ、あの、死の騎士(デスナイト)さんとか、置いてくれます!」

 執政官の一人のキノコは首を振った。

 

「デスナイトが何なのかは知りませんが、我々は今の生活は今の生活でもう馴染んだので、どこかに所属するつもりはないとお伝えしたかったのです。」

 マーレは困ったように眉尻を下げ、上目遣いにキノコを見上げた。

「ど、どうしても…ダメですか…?」

闇妖精(ダークエルフ)さんは闇妖精(ダークエルフ)さんで幸せに暮らしてください。私達はかつて共存関係にありましたが、それもなくなり早幾星霜。昔のよしみであなた達がここを出入りする事はこれまで通りお許しします。ただ、闇妖精(ダークエルフ)さん以外はお通しできません。出入り口をあまり大勢に知られてオークが雪崩れ込むようなことになっては困るんです。」

 

 それを聞いたアウラは中指と親指を合わせ、大きく息を吸って頬を膨らませ、シャボン玉を出すように指の輪を吹いた。フワリと美しい輝く吐息が出ると――街全体がズーン…と音を立てて揺れた。

 まるで地の底に何かがぶつかるような衝撃だった。アウラの吐息は辺りに広がる前に止められてしまった。

「なんだっ!?」

「なんじゃ!?今のは!?」

「地震かの!?」

 茸生物(マイコニド)達、ムアーとループが焦ったような声を出していると、アウラはマーレへ視線を送った。それは「あんたが揺らしたの?」とでも言うようだ。マーレは慌てて首を左右に振る。

 

 たった一度のちょっとした不自然な揺れに二度目はなく、全員がびっくりしたねと言葉を交わし合い、安心したような軽い笑いと安堵の息が部屋に溢れる。

 しかし、ムアー達の表情はすぐに凍り付いた。いや、茸生物(マイコニド)達も凍り付いただろう。黒い傘にはたらりと汗のような物が流れた。

 

 部屋は赤金に染まっていた。

 縦穴の向かいの壁が眩ゆいまでの光を放ったのだ。

 離れていてもはっきりと見えるほどに輝く、灼熱の川が流れ落ちて行っていた。

「よ、溶岩…?」

 茸生物(マイコニド)の喘ぐような声が聞こえると、ムアー達はハッと我に帰った。

 

「そんな!山の変調は採掘量が増えたせいじゃ!?」

「大変じゃ!!ナリオラッタに流れ込む!!」

 

+

 

 最近ようやく手足が生え揃い、菌床と呼ばれる朽ちた木から剥がれることができた生まれたての茸生物(マイコニド)、パプマはよたよたと両親に向かって歩みを進めていた。まだ殆ど教育も受けたこともなく、この世界には自分の知らない事が山のようにあり、日々が輝いていた。

 パプマの両親はそんな我が子を抱くと黒い傘を擦り付け幸せに微笑んだ。

「ちょっと揺れて驚いたわね。大丈夫よ、パプマ。」

 

 優しい声に安堵したのも束の間、外からの激しい熱に目を奪われた。

 パプマはなにも知らなかったが、数軒先の家々を焼き、溶かし、流れ落ちる自然の強大さを理解し――ようやく歩き出したばかりの赤子だと言うのに――いや、だからこそ死を直感した。生存本能が生き残る道を高速で探しだす。

 だが、赤子のパプマが何か解決方法を見つけるよりも、この家の近くに溶岩が流れ落ちる方が早かった。

 

 激しい熱波が一気に体中を乾燥させ、激痛が走る。

 溶岩そのものに触れたわけでもないのに表皮は爛れ、内皮、肉、神経が焼かれていく。

 逃げ出す間もなく、筋肉は収縮し、一家は体を丸めた奇妙なポーズをとらされた。

「パプマ、愛し――」

 両親がそう言いかけたところで家にはドボリと死の川が降り注いだ。

 

 

 圧倒的な灼熱を前に茸生物(マイコニド)はなす術などあるはずもなかった。

 

 

「早く!もっと早く走って!!」

 同じような声があちらこちらから上がる。

 ピリニには婚約したばかりの愛する人がいる。今日だって、二人で幸せの新居を探しに来たのだ。

 内見していた物件は扉に地の小人精霊(ノーム)が彫り物を施していて、壁には太古の時代の生き物の骨が埋まっている実に趣深いものだった。骨の周りにはほどよく苔も生え、新生活が楽しみになる。

 

 ピリニは「なんて自分は幸せなんだろう」と日々思っていた。新居はそこに決めた。二人はきっと素晴らしい毎日が待っているのだと思っていた。

 あと少しでそうなれるはずだった。

 あと少しだったのだ。

 今ピリニは婚約者の手を引いて、叩きつけられる熱から逃げている。

 しかし、道幅は狭く、下手に周りの者を押すような事をすれば、たちまち街の奈落へ落ちて死ぬだろう。

 周囲は同胞を押さないように気を付けている者ばかりで焦っても中々進まない。

 

 だが、誰かの恐怖が頂点まで達した。

 手を取り合うピリニと婚約者。二人は背後の者に突き飛ばされた。

 一人を突き飛ばせばもうその者は怖い物などないとでも言うように次々に前方の者を突き飛ばし、決して止まらず、振り返らず、走った。新たな死の恐怖に、逃げる者達の統制は失われた。

 二人は地の底へ落ちながら、多くの同胞が次々と降ってくる様を見た。しかし、そんなものは見たくないと二人は互いを見つめ合うことにした。

 そして新しい生活を思い浮かべた。

 互いの胞子を交換し合うその時の幸福が脳裏によぎる。

 同時に、もしかしたら、ここはそんなに高くないのだから二人で生き残れるかもしれないと思った――が、二人は間もなく絶命した。

 流れ落ちたマグマは二人を優しく迎え入れた。

 突き飛ばした者は幸せだ。なぜなら、闇妖精(ダークエルフ)がそれ以上の溶岩の流出を止めてくれて、平然と生き残れたのだから。

 

+

 

「さ、殺戮はダメなんです!!皆さんは神聖魔導国の国民になるんですから!!」

 

 マーレは大地の大波(アースサージ)を使用し、なんとか防波堤を作り出した。まるで誤って漏れ出したかのような溶岩は大した量ではなく、マーレの力で止め切れた。

「お、お姉ちゃん!行って!!」

「解った!地の小人精霊(ノーム)の方は任せて!!」

 双子の周りでは茸生物(マイコニド)二足鼠(ラッティリア)が万歳唱和をしていた。

「で、でもエレベーターも動かないんじゃよ!?」

 ムアーはこの先の自分の街の惨状を思い泣きそうだった。

「諦めないで!!あなた達だってあたし達の国に入ってもらうんだから!!」

「じゃが…じゃが…!!」

 アウラはじゃがじゃが煩いループと、嘆くムアーを小脇に抱えると――奈落へ向かって飛び込んだ。

 

「うひゃぁああぁあぁああ!!」

 二人の悲鳴が地の底へ向かって響き、いつしか遠くなり、聞こえなくなった。

 

 マーレは自分の作った防波堤が燃え、溶かされる様を見ながら、この二波目が来るような事があれば恐らく止めきれないだろうと確信した。

 溶かされては新たな防波堤を作り直す。

「あ、アインズ様にご連絡を――」

 こめかみに触れた時、マーレは思い出した。

 

(良いか、デミウルゴスに相談するんだぞ。)

 

 あの時のアインズの顔は実に真剣そのものだった。アインズはこうなることが解っていたのではないだろうか。そうでなければ炎獄の造物主をあれ程推しただろうか。

 故に、伝言(メッセージ)の相手は――『はい。デミウルゴスです。』

「デ、デミウルゴスさん!ぼ、僕です!」

『マーレが私に伝言(メッセージ)なんて珍しいね。どうかしたのかな。』

「あの、た、助けてください!!」

 伝言(メッセージ)の向こうには一瞬戸惑うような雰囲気が漂い、すぐに返事は返った。

『こちらは拷問の悪魔(トーチャー)に任せます。今どこに。』

「えっと、トブの大洞穴です!」

 

+

 

 アウラはすでに冷えて固まり始めた灼熱の細い川の脇を駆け抜けていた。

 抱えられているムアーとループは舌を噛み、口を押さえて今は静かにしていた。

 

「この穴どっち!!」

 アウラの叫びに、二人は揃って右の洞窟を指さした。

 進めば進むほど、どんどん洞窟の天井が低くなり始める。しかし、百六十センチ程度はある茸生物(マイコニド)の出入りもある通路はアウラが走るには十分だ。

「あれじゃ!見えた!!」

 ここまで来れば、もう溶岩は非常に細く、そう多く流れ込んだ様子はない。

 しかし、冷め始めたとはいえ、溶岩は未だ高温を放っていた。

 ムアー達の額には玉の汗が浮かんでいる。それが暑さからなのか、街を想ってなのかアウラには分からなかった。

 

 街には、固まった溶岩を観察する大量の地の小人精霊(ノーム)がいた。

 建物は粘土を乾燥させて作っているのか半円のものが大量に並んでいて、パクパヴィルに続く道の近くに建っていた建物は溶岩に飲み込まれていた。

 男は皆もしょもしょの白い髭を蓄えて赤いとんがり帽子を被っている。女は緑や紺色のとんがり帽子で、皆ふっくらとふくよかだった。

「おーい!皆ー!」

 ムアーとループが手を振り始めると、アウラは二人を半ば放るように下ろした。ごしりと額の汗を拭う。

 アウラの額に浮かんでいたものは、アインズの望みを叶えられない結果になってはいないかと言う焦りから生まれたものだ。

 しかし、地の小人精霊(ノーム)達は無事なようだった。

 

 転びそうになりながらも駆け出した二人は、白く長い眉毛と口髭でほとんど顔が見えていない、特に歳を重ねたように見える者に駆け寄った。

「ほっほ!ムアー!ループ!生きておったんしゃな!」

 前歯がほとんどないのか、空気の抜けたような声を上げた。

「長老ー!街は無事だったんですじゃな!」

「溶岩かこの量て止まってくれたおかけしゃ!しかし、次か来る前に引っ越しを始めなけりゃいかん。」

 よく見れば皆、バックパックをしょっていて、避難を始める様子だった。

 

「それにしても、そっちの子供は闇妖精(タークエルフ)しゃな。随分久し振りにみたもんしゃ。おぬしも住処か焼けてしもうたのか?」

「この闇妖精(ダークエルフ)の妹が溶岩を止めてくれたんじゃよ!!」

「な、なんしゃと…!それてこの量て済んたと…?」

 

 アウラは視線を向けられると、出かける前にフラミーがハーフアップにしてくれた髪を撫で付けた。

 ここまで走ってきて、流石に髪が乱れたので、名乗る前に身嗜みを整える。

 一呼吸置いてから口を開いた。

 

「あたしは神聖魔導国のアウラ・ベラ・フィオーラ。ここを出ていくなら、地上のうちの国においでよ!」

 

「…地上ては暮らせんなぁ。わしらはお主ら闇妖精(タークエルフ)かおらんようになってからは殆と外にも出ておらん。」

「でも――」

 言いかけたアウラのドングリのネックレスが光った。アウラは慌ててそれに耳を寄せた。

「マーレ!どうかした?こっちは地の小人精霊(ノーム)の所についたけど。」

 地の小人精霊(ノーム)達は兎に角どこかへ逃げねばと相談を始めた。

 

「…ん?そっか!デミウルゴスが来てくれたんだ!」




あら、デミデミお久しぶり!

次回#37 ラーアングラー・ラヴァロード

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