眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#37 ラーアングラー・ラヴァロード

 じゃりじゃりと足下が鳴る。デミウルゴスはアウラと連絡を取り合うマーレを横目に固まり掛けの溶岩の様子を見ていた。数度の波が押し寄せるように固まっている。

「…これは…。」

 デミウルゴスは戦々恐々としている茸生物(マイコニド)達に囲まれながら、平気でマグマに触れた。普通の者が触れれば途端に真皮を超える重度の熱傷になるだろう。

「噴火であればこの少量で済む筈もありませんね…。地上には全く何の影響もないようですし……それにこの流れ方…。」

 その頭の中には「御身のご計画」という文字が浮かんだ。

 固まりかけ岩となり始めているものを抉り取るようにすくい上げると、中はまだ高温で激熱を感じさせる色に輝いていた。

「…御身は早急な併呑をお望みか…。」

 デミウルゴスは小さく呟くと、上流へ視線を上げた。

 

+

 

 二時間ほど前――アインズはアウラ達に全てを任せ、その場を離れても大丈夫そうなことを確認すると、道中で聞いた溶岩流に暮らす激レアな魚を見に行こうと転移門(ゲート)でフェオ・ジュラを訪れていた。

 

 何と支配者達は不可知化からここへこっそりと移動してきた為、ついに護衛も連れないお出かけに成功したのだ。奇跡だった。

 

 辺りには人っ子一人おらず、夕暮れを超えて今日の作業を終えたスケルトンが並んでいる。

 スケルトンは産みの親(アインズ)の来訪に心の中では――心があればだが――ソワソワと命令の時を待っている。アンデッドの癖に父との繋がりに思わず浮き足立つ。

 アインズは、もう自分との繋がりを持つアンデッドが多過ぎるために、自分の作り出した者がどれだけいるのか、という細かな把握は困難だ。作られた者達と違いこちらには何の感慨もない。

 

 静かな街で抱きしめ合う二人はもう子供もいるというのに、相変わらず照れ臭そうにしていた。

 フラミーは顔を両手で包まれると数度目を泳がせ、目を閉じると精一杯背伸びをした。

 ねだるような仕草にへらりと顔を綻ばせ、アインズは顔を寄せた。

 爆発しそうになる感情は当然のように付けている精神抑制を前に何度も鎮静されてしまい、少しもったいなかった。

 唇の離れたところから二人分のため息が漏れると二人は目を開けてくすぐったげに笑った。

 フラミーの翼はとろけた心境を表すように地面にペッタリと落ちていて、アインズはしばし背をぽんぽんと叩いた。

 

「アウラ達に任せられて良かったなぁ、はは。」

「ん、ふふ。アインズさん最近疲れ気味だったから、良い息抜きですね。」

 息子に笑われないためとアインズはずっと勉強も支配者ロールも一生懸命だ。

「俺は疲労無効にしてますし、精神抑制もあるから何だかんだ結構大丈夫ですよ。」

「無理しないでね。いつでも私が代わりますから。」

 フラミーが胸に顔を擦り付けると、アインズはくしゃりと頭を撫でた。

「ふふ、ありがとうございます。」

 もう一度愛しむように唇を重ねると、二人は顔を赤くしとろけた瞳を交わした。

 このままではレアモンスターどころではない。

「行く…?」

「…行こっか。」

 

 スケルトン達のトキメキと期待も知らず、創造主は何の命令も下す事なくフェオ・ジュラを後にした。

 

 大裂け目の前に辿り着くと二人は地の底を覗き込んだ。

「そう言えばここも何かがありそうですよね。」

「ユグドラシルだったら絶対何かありますよ!」

 アインズは分かる分かると頷き、かつてフラミーや仲間達と出かけたとんでもない山の冒険を思い出し楽しげに笑った。そして独り言のように続ける。

「ふふ、あの糞運営だったら、降りる途中のどこかに亀裂があったりして、その先でレア鉱石が取れたりするんだぜ。絶対やるな、いや、実際あったな。」

 いつも丁寧なアインズが「だぜ」なんて言うのも珍しい。アインズが開放感に浸っている様子にフラミーは目尻を下げた。

「せっかくですから降りますか?寄り道ですよ!」

「はは、良いですね!じゃあまずは――」

 アインズがフラミーにバフを掛け始めると、フラミーも続いた。

 

 二人は互いを強化し合いながら、暗闇から何かがにゅっと顔を見せる嫌な想像をしては身を寄せ合った。

 ユグドラシルで湖を渡っている最中に巨大な蛇のモンスターがすぐ真下を泳いでいた時のことを思い出させる。あの時は随分と肝が冷えたものだ。

 その後、なんて良い嫌がらせだろうと第五階層の製作時に活用されたのだが――この世界に来てそれが活かされた事はない。

 

「さーて、どんなもんですかね!」

 アインズは戦闘を予想し骨の身になってから<飛行(フライ)>で軽く浮かび、闇の口を開く亀裂の上へ出た。

 暗視を持つアインズでさえ見通すことのできない深き闇にアインズの背は一瞬ぞくりと震えた。

 しかし、フラミーにはそんな怯えを悟らせまいと、平気そうな顔をする。

 翼を広げるフラミーへ手を伸ばすと、その手は取られ二人は下へ降り始めた。

 フラミーの顔には隠すでもない闇への怯えがあった。

 

「怖いですか?」

「私、お化け屋敷叫んじゃうタイプかも…。」

 そう言うとフラミーは困ったように笑った。

 お化け屋敷なんて害される事はないと分かっていても怖いものだ。

 ここにも恐らくではあるが、二人を傷付けられるだけの生き物はいないだろうが怖さは健在だ。

 アインズもバァ!!なんてこのタイミングで何かが出て来れば叫ぶ自信がある。

 

(情けない姿は見せられんな。なんて言ったって俺の方が少しお兄さんなんだから。)

 

 自分の骨の手をギュッと握るフラミーを見ては頬を緩める。

 フラミーの翼からは光の粒がサラサラと落ちていっては消えた。

 随分と降りて来ると、アインズはある事に気づきフラミーの両手を握った。

「ごめん、フラミーさん。」

「ん?どうしました?」

「…飛行(フライ)の効果がそろそろ切れそうです。」

「あら!良いですよ。私は飛行(フライ)じゃないですから支えておいてあげますよ。」

「俺重いかも…。」

 乙女のようにもじもじするアインズは魔法の力が解けかけ高度が落ち始めた。

「ふふ、その骨の姿じゃ私の方が重いです。」

「すみません…。」

「気にしないで下さい。」

 一瞬アインズの体はガクンっとフラミーの両手にぶら下がった。

「<飛行(フライ)>!」

 急ぎその身に魔法を戻すと同時に、フラミーからは「っあ!!」と大きな声が漏れた。

「す、すみません!重かったですよね!?」

 フラミーはアインズの言にぶんぶんと首を振り、前方のそり立つ壁を指さした。

 

 振り返れば横穴があった。

「あ!穴だ!!」

「行ってみましょうよ!!」

 二人は頷き合い、穴へ向かって飛んだ。

「…深そうだな。」

 暗く、明かりが一つもない横穴で、フラミーは杖に付いている青いクリスタルに永続光(コンティニュアルライト)を灯した。紫色のフラミーの肌は不健康に青く照らし出され、アインズはまるきりホラー映画のワンシーンのような存在になった。

 穴は軽い登り坂になっていた。

「ここ、少し暑いですね。」

「本当ですね。熱が溜まりやすいだけじゃなさそうだ。」

 二人が手を取り合い進んでいるとどんどん温度が上がっていく。

 何となく方角的にも二人はこの先がどこなのか想像ができた。

「ゲームみたいには行かなかったか。」

「他の穴には良いものがあったかな?」

 穴の終わりが見え始めた頃にはゴウゴウと燃え盛るような、流れるような音が聞こえ出し、穴の中も赤く照らし出されていた。

 抜けた先は想像通り溶岩地帯。

 アインズはこの穴は誰が何のために掘ったんだろうと振り返ったが、何も分からなかった。

 これはかつて大土蜘蛛と言うモンスターが巣を張っていたのだが、アインズ達には知る由もない。

 

 

 昔はこの穴は裂け目側には通じておらず、山小人(ドワーフ)が溶岩地帯から逃げ込んだり、迷い込んだところを大土蜘蛛が美味しくいただく為の場所だった。

 しかしある日、蜘蛛は裂け目側へ物が落ちていく振動を感知した。

 ドチャリという振動は幾度も届き、それは生き物が落とされる音だとすぐに気が付いた。

 大土蜘蛛は急ぎ裂け目へ向かって穴を掘り進めた。硬い岩盤は中々進まなかったが、何とか貫通させることに成功すると、やはり想像通り大量の山小人(ドワーフ)の死体が降って来ていたのだ。

 巣に溜まっていた骨を裂け目に捨てて掃除すると同時に、大土蜘蛛は裂け目へ降り山小人(ドワーフ)を味わった。

 当然仲間達も大量に集まっており、一大御馳走地帯となった。

 大土蜘蛛達はひとまず食べきれるだけ食べると、今度は()だ。

 これだけ栄養を蓄えたらやるべき事は繁殖。

 大量の食事に囲まれながら繁殖を始めたある日、空から大量の悪魔が降りて来た。

 大土蜘蛛はフラミーとデミウルゴスのスキルで喚び出された最低位の大量の悪魔達によって皆殺しとなった。

 裂け目下の山小人(ドワーフ)達は骨も食い掛けも皆拾われ、フラミーの手で復活させられたが――この巣穴の持ち主はいなくなった。

 この場所に生息していた大土蜘蛛達は誰に顧みられる事もなく、密かに絶滅した。

 まだ支配者達に生態系と世界を守る自覚が芽生える前の出来事であった。

 

 

 アインズとフラミーは流れる溶岩を覗き込んだ。

 川幅は非常に広く、時折ゴポリと泡が弾けていて、魚が跳ねるように炎が立ち昇っては消えた。

「これって、さすがに触ったら火傷しちゃうかな?」

「危ないですよ。炎系のダメージを食らうかもしれませんから、あんまり近付かないようにして下さい。」

 それこそ茸生物(マイコニド)の穴を探すために使った天地改変(ザ・クリエイション)はこう言うタイミングで使う魔法だった。

 アインズは大切なものが痛みを感じないように抱き寄せた。

 ふと、二人の眺める溶岩に濃い影が見えた。

「ん?今のが噂のレア――」

 目を凝らそうとした瞬間、猛スピードで巨大な手のようなものが二人に迫った。

 ザバンっと激しくマグマを散らした手は、よく見るとフサのようにも見えた。人の身ほどの太さの触手の先にフサがついているのだ。

 

「っ!危ない!!」

 アインズは咄嗟にフラミーを突き飛ばすと、そのフサに掴まれ――すぐさま出て来た巨大すぎる魚の顎門(あぎと)に放り込まれた。

 その顔、形状はさながらチョウチンアンコウ。

「アインズさん!!」

 フラミーの悲鳴のような声が響く。

 アンデッドは炎系のダメージに弱いのだ。

 特に今の二人は異種属との会談に備えた見た目重視のいい加減な装備。

 フラミーの背筋には冷たいものが流れた。今のモンスターが果たしてどれほどの力を持つか分からないがとにかく救出を――。

 

 フラミーが魔法を唱えようとしているそばから、巨大アンコウは溶岩の深い場所へ潜り姿を消した。

「っあ、あぁ!待って!!」

 まずはマップの改変要求――天地改変(ザ・クリエイション)だと、フラミーが魔法陣を纏い、砂時計を取り出した瞬間、少し離れた場所で巨大アンコウが壁に激突した。

 まるで地震のような激しい地響きを起こし、大量の溶岩が流れ出た。

 フラミーの身の回りには魔法陣が出ていたが、衝撃で尻餅をつき魔法陣は砕けた。

 慌ててもう一度と――顔を上げると溶岩の上流で提灯部分のフサを握り締めて浮かぶアインズがいた。

「っあ、あは!アインズさん!!」

 フラミーにまるで何ともなさそうに手を振るアインズはどこか得意げだった。

 アインズが「見てください」とでも言うように巨大アンコウを示すと、音は届かないかもしれないが、フラミーはすごいすごいと拍手を送った。

 アンコウは大きすぎて身体の半分以上が溶岩に浸かっているので、全貌は見えないが、五十メートルは超えるだろうと思える。実に二十五メートルプール二つ分のサイズ感だ。

 新鮮そのもののお魚はビチビチと暴れ、身をよじらせるたびにマグマが溢れ流れ出た。

 アインズが暴れる愛らしい魚をポコリと殴りつけると魚は気絶し、動かなくなった。

 

 アインズは提灯のフサを握りしめたままふわりとフラミーの前に降りた。アンコウは溶岩にプカリと浮かんでいる。

「フラミーさん!こいつ、持って帰ろうかな!」

 その骨の顔はさながら昆虫採集中の小学生だ。

 そのチョウチンアンコウ――ラーアングラー・ラヴァロードはオリハルコンを遥かに凌ぐ鱗を纏い、長く生きる事で元の種からは大きく乖離した一種一体の存在となった。

 天然の転移門で結ばれるラッパスレア山の三大支配者と言えば――天空を支配するポイニクス・ロード、地上を支配するエインシャント・フレイム・ドラゴン、そして地下溶岩を支配するこのラーアングラー・ラヴァロードだ。

 冒険者の難度で言えば百四十に相当し、戦いとなればまず生きては帰れない――はずだが支配者の目に映るラヴァロードは珍しいお魚だ。

「良いと思いますよ!でも、ちゃんとデミウルゴスさんに第七階層で飼って良いか聞いてね。」

「はい!」

 アインズ少年はワクワクとこめかみに触れた。

 ナザリックを強化するのに良い生き物が手に入ったのだ。きっとデミウルゴスも喜ぶだろう。

 デミウルゴスに伝言(メッセージ)を飛ばすと、一瞬の間も開けずにデミウルゴスと通話が繋がる。まるで待っていたかのように、あまりにも早すぎる反応だ。

 アインズは僅かに疑問を感じながら口を開く。

「デミウルゴスか?」

『左様です、アインズ様。お待ちしておりました。溶岩の件ですね?』

 アインズは瞳の灯火を明るくした。この男は本当に賢い。

「その通りだ。よく分かったな?お前に任せたい生き物がいるんだが、良いか?」

『それはもう、もちろんでございます。』

「ふふふ、お前は本当に賢いな。全く私も鼻が高い。」

『いえ、そのような。』

 伝言(メッセージ)の向こうのデミウルゴスは照れ臭そうな声を出していた。

「ちなみに今お前はナザリックにいるのか?」

 アインズは第七階層にアンコウを放り込む際、フラミーと二人でうろうろしていた事が守護者にバレると痛いので、居場所の確認を怠らない。

『いえ、今はマーレに呼び出され現場に来ております。』

 双子はきちんと困り事を叡智の悪魔に相談しているらしい。これはもう地下世界も手に入ったも同然だ。

「そうか。じゃあ頼むぞ。あ、こちらで適当にお膳立てはしておくから第七階層のことは心配するな。」

『ふふ、流石でございます。アインズ様。』

「何。このくらい当然のことだ。お前はそちらで十分に双子を補佐してくれ。」

『畏まりました。』

「では頼んだぞ。」

 アインズは清々しい顔で伝言(メッセージ)を切ると、フラミーに報告をする。

「あいつ、すごいですよ。すぐにこっちの状況がわかっちゃうんだから!しかもアウラ達の手伝いでちょうどナザリックを出てるらしいです!」

「ふふ、デミウルゴスさんって本当に頼りになりますよね!流石ウルベルトさんの息子!」

 息子を自慢する気持ちで振った話だったが、フラミーの口から「頼りになる」「流石ウルベルトさん」と言う言葉が出ると嫉妬した。

「…俺よりウルベルトさんの方がフラミーさんの育成手伝いましたしねぇ。頼りになりますよねぇ。」

 支配者は少しだけ拗ねた。

 フラミーはまだ大天使だった頃にウルベルトに連れてこられたギルドメンバーだ。当時ナザリックに天使はヴィクティムとフラミーの二人がいた。しかしすぐにウルベルトの勧めで堕天して悪魔になってしまうのだが。

 

「ふふ、たしかにウルベルトさん――師匠には本当お世話になっちゃいましたね。でも、アインズさんが昔から一番頼りになりますよ!」

 アインズはすっかり機嫌を直した。




「っくし。」
デミウルゴスが鼻を抑えるとマーレは回復魔法をかけた。
「すまないね。」
「い、いえ!地下は埃っぽいですから!」

次回#38 初めての外

「レア鉱石が取れたりするんだぜ」って、原作に書いてあったんだぜ!
御身ってだぜって言っちゃうんだぜ!!(何

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