眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#38 始めての外

 アインズはフラミーと第七階層に帰ってくると、気絶している巨大チョウチンアンコウをポイっと放り投げた。

 ズズン…と凄まじい揺れが七階層を襲った。

 

 強欲の魔将(イビルロード・グリード)憤怒の魔将(イビルロード・ラース)に先導され、二人は進む。

 アンコウは大量の悪魔達が持ち、その後ろをついて来ていた。

 まるで神輿を運び町を練り歩くお祭りのような光景だ。

「がんばれっがんばれっ!」

 フラミーは五十メートル級アンコウを運ぶ悪魔達に声援を送っていた。悪魔達のやる気は最高潮だ。

「わっしょい!わっしょい!」

 気の抜けるような掛け声に合わせて邪悪なる者達によるわっしょい唱和がしばし続くと、目的の溶岩の川にたどり着いた。

「よーし、止まれー!」

 強欲の指示にいい汗を流した悪魔達は立ち止まった。

 

 溶岩の川からは至高の存在の来訪を感じた紅蓮――超巨大奈落(アビサル)スライムが姿を現した。

 紅蓮は九十レベルの領域守護者で、自分の領域であるこの溶岩の川で戦えば、階層守護者であるデミウルゴスよりも実は強敵だ。

 呼吸を必要としない紅蓮は滅多に川を出ず、攻撃の際も伸縮可能な触腕で相手を溶岩に引き摺り込んで行う。

 溶岩に隠れ、姿も見せないこの領域守護者は通常の手段による戦闘で倒すことはほぼ不可能と言っても過言ではない。

 スライム界の英雄と呼ばれる存在だ。

 

 アインズは姿を見せた紅蓮に手をあげた。

「元気にしているか。紅蓮よ。」

 ぷるぷるっとその巨大な身を震わせることで返事とする。

「そうかそうか。それは良かった。今日良いものが取れたからこれをここで飼おうと思う。立派なもんだろう。」

 再びぷるりと身が震えた。

「何?食べたい…?」

 紅蓮は捕食した相手のレベルに応じてインフェルノスライムを作れる。

 その姿の方が恐らく食費は嵩まないだろうが――アインズは首を振った。

 これはこの世に一体しかいないとループが言っていたのだ。

「ダメだ。仲良く過ごすんだ。えーと、名前はー…――。」アインズはラーアングラー・ラヴァロード等と名前が付いていることも知らずに巨大チョウチンアンコウに振り返った。

(チョウチンアンコウだからな…。コウスケ?チンアン…?なんか武術の達人ぽいな…。珍庵師匠…。)

 短い時間であれこれ考え、結論を出す。

「――チョウさんだ。良いか、紅蓮。チョウさんと仲良くしろよ。」

 哀れ溶岩の絶対支配者ラーアングラー・ラヴァロードはチョウさんになった。

 名付けも済むとチョウさんは悪魔によって溶岩の川に放り込まれた。

 その衝撃で目覚めたチョウさんは暴れようとしたが――紅蓮の触腕に掴まれ、しばし睨まれるとすごすごと溶岩の川の中に消えて行った。紅蓮は常時発動のオーラがあり、一般メイドなどが近距離で遭遇しようものなら深手を負うようなレベルなので、チョウさんもすぐに力量差を理解したはずだ。

「うむうむ。先達としてよく教育してやれ。話は以上だ。行け。」

 紅蓮は触腕で敬礼をするとズズズ…と溶岩の中に消えて行った。

 フラミーは紅蓮に手を振るとアインズへ振り返った。

「アインズさんって、スライムの言葉がわかるんですね。」

 さすが支配者ー!と言うフラミーにアインズは非常に真面目な顔を向け、キラリと瞳の灯火を光らせた。

 

「一言もわかりません。」

 

 それを聞いたフラミーは吹き出し、アインズもすっかり表情を崩すと二人して腹を抱えて笑った。

 骨だったせいで鎮静と笑いを繰り返す奇妙な様子だったが、控えている七階層の僕達も幸せそうに頬を緩めた。

 

+

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層。

 落ち着いたオレンジ色の照明に照らされるショットバーには、この領域の管理者である副料理長のピッキーと、その手伝いを行うボーイのテスカが今日も働く。

「テスカ君がここで働くようになってもう二年かぁ…。早いもんですね。」

「お陰様で馴染ませて頂いております。」

 テスカは照れ臭そうに笑いながら、テーブルや椅子を丁寧に拭いていった。

 ピッキーはお客が来る前の、テスカと共にグラスを磨いたり、氷を砕いたり、おつまみの冷菜を準備するこの時間が好きだ。

 最初は外部のとんでもない男が現れたと思ったものだが、至高の存在によって矯正されただけはある中々良い男だ。

 

「テスカ君はコキュートス様とたまに手合わせしてるみたいだけど、アインズ様とも今もやってるの?」

「はい。たまにモモン様としていらっしゃいます。」

「ははーん、いいねぇ。」

 なんとも羨ましい話だ。

 ピッキーに戦闘能力はないので、そう言う風に役に立つことはできない。

 ほんの僅かな嫉妬を感じながら、テスカの話に耳を傾け、開店に必要な全てが終わったので次なる作業を進める。

 その手には薬草。

 

 実はピッキーも近頃新しい役目を仰せつかっていた。

 それも紫ポーションの作成だ。

 なんでも、魔導省に多額の研究費を与えて作らせ、近頃辿り着いたものだとか。

 材料は全てこの世界のもので、道具もこの世界のものだけで作れるのだ。

 ピッキーは魔法の効果を持つ飲み物を作れるだけでなく、ポーションの製作もできるのだが、こうしてお客が来る前の時間に紫ポーション作りに励んでいる。

 できた紫ポーションは戦闘メイド(プレアデス)が回収に来て、神殿に運ばれる。

(こんなもん有り難がって外の奴らってのは本当に遅れてるんだなぁ。)

 ピッキーの外部への本心はそんなもんだ。

 しかし、アインズに頼まれた仕事なので紫ポーションの製作自体は大変やり甲斐があるし、なんならずっと製作をしていたいと思うほどだ。

 

 いつしかテスカとのいつもと変わらぬ世間話も一区切りがつくと、来客を知らせる鐘がガランガランと鳴った。

 出来上がったポーションを瓶に注ぐ手を止め、薬品の匂いが漏れないように急ぎ蓋を閉める。

 ピッキーとテスカは声を揃えて頭を下げた。

「「いらっしゃいませ。デミウルゴス様。」」

 一人で訪れた常連客は今日はジャケットを着ておらず、ワイシャツの袖もまくり、いつもと少し違う雰囲気だ。しかし、きちんとジレを着こなし、黒い手袋もしている為だらしない印象は一切ない。

 

「やぁ、ピッキー。今日はお客じゃないんだよ。いきなりで申し訳ないんだけど、少し外に付き合ってはもらえないかな?」

 ピッキーは首を傾げた。「外」の意味がわからなかったのだ。

「第九階層の散歩ですか…?」

「あぁ、外、とはね。ナザリックの外に共に来て欲しいんだよ。」

 動揺を表すように、ピッキーの赤い部分はぷるりと僅かに震えた。

「え、わ、私が外にですか?私、一度も外には出たことがなくて…えっと…。」

「分かっているとも。君のことはこの私が責任を持って守り抜くと誓うから、どうか共に来てはくれないかな。――その紫ポーションと、君お気に入りのナザリックの苔から作る苔茶を持ってね。」

 ピッキーはつい今蓋をしたばかりの紫ポーションとデミウルゴスを交互に見た。

「私をどうか信じてくれたまえ。これはアインズ様から頼まれたことでもあるんだから。」

 ――アインズ様から。

 ピッキーは頷くと作ったばかりの紫ポーションと、大好物のナザリックの苔をたっぷりと持ってカウンターから出た。

「い、行きます。」

「ありがとう、助かるよ。じゃあ――後はテスカ、君に任せても良いかな。」

「は。お任せください。」

 テスカならきちんとBARを切り盛りできるはずだ。

 ピッキーもテスカに任せるとでも言うような視線を送った後、デミウルゴスに付き従うようにBARを後にした。

 

 初めてのナザリックの外だ。

 

 BARの外に開かれた転移門(ゲート)に、ピッキーは恐る恐る足を踏み入れた。

 

+

 

 神聖魔導国の炊き出しカウンターがパクパヴィルに設置されたのは、地の小人精霊(ノーム)達がアウラの勧めでパクパヴィルに辿り着いてから一時間もしない夜の事だった。

 パクパヴィルは五分の一ほどが被害にあっていて、溶岩が流れ込んできたところから一番遠い場所にある広場に、炊き出しと避難所の設置が行われていた。

 そこには、食事が欲しい人だけではない少し変わった――茸生物(マイコニド)による人集りが出来ていた。

 

 やれ神の造形だの、美しき紅玉だの、蚕のようにサラリと白き地肌だのとすごい反応だ。

 

 キノコの人集りの中心にはピッキーがいた。

 

 ピッキーはせっせとナザリックの苔を煮出し、ナザリック地下大墳墓に生える苔から生まれる苔茶を作った。

 アインズ達はこれが大の苦手だ。

 特にフラミーなどは出されたときには「う、うわあ"あ"!」と顔をくちゃくちゃにし真っ直ぐにその味の感想を表現した。貧困女子が「残す」という行為を受け入れられるはずもなく、アインズも見たことがないような顔をしながら必死に飲み切ったらしい。

 しかし、そんな苔茶も茸生物(マイコニド)からは大絶賛されていて、出来上がったものをアウラが順次手渡していく。

 茸生物(マイコニド)達は苔を食べる習慣がある為、煮出した後の苔は捨てずに浮いたまま提供されている。

 怪我人には苔茶に更に紫色のポーションを少量ブレンドし、味は全く保証できないような恐ろしい物を渡しているが、こちらも茸生物(マイコニド)達には好評で、こんなにうまい物は初めてだと喜びそれを飲んだ。

 ちなみに地の小人精霊(ノーム)達はフラミー同様顔をしわしわにしかめた。

 しかし、良薬口に苦し。皆我慢してそれを飲んだ。

 もちろん地の小人精霊(ノーム)達には普通の食事も出された。彼らは苔は食べないのだ。

 

 炊き出しが行われている場所の向かい側では、マーレが冷え固まった溶岩と、溶岩を止めるために作った堤防の片付けを行なっていた。

 デミウルゴスにほどほどで良いと言われているので、適当にほどほどに片付ける。

 茸生物(マイコニド)地の小人精霊(ノーム)もマーレの力を目の当たりにし、マーレの庇護下にいれば溶岩も怖くないと、ひとまず何処かへ引っ越しをするつもりはなくなったようだ。

 

 そして、寝なければいけない言い付けの時間が来ると、守護者達三人はジャンケンをする事にした。

 ピッキーを守る為に起きている者を選出するのだ。当然勝った者がピッキーを守ると言う仕事を行える。

 三人の仕事を奪い合うジャンケンは熾烈を極めた。

「悪魔の諸相:八肢の迅速!」

 デミウルゴスは速度を上げることで二人が出す手を見極め、高速後出しジャンケンを行うと同時に自分が出す手が予測されないようフェイントを出し続ける。

「<影縫いの矢>!」

 アウラはデミウルゴスの高速で動く手を止めさせる為スキルを放つ。

 マーレは常時発動させている超知覚の精度を高め、二人が行う全てを見極めた。

「「「じゃんけんぽん!!!」」」

 マーレが勝つと、デミウルゴスは眼鏡を押し上げた。

「…まぁ、三人で順番に起きれば良いだけの話だったね。」

 そう言った。

「え、えぇ〜!ず、ずるいですよ、デミウルゴスさん!」

「じゃ!二時間ごとって事で!」

 

 眠る守護者はピッキーを二人で挟み、交代で見張りをしながら肩を寄せ合い眠りについた。




次回#39 炊き出しの視察

イケメンキノコ!!

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