眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#39 炊き出しの視察

 翌日、双子の様子を見に来た支配者達は、溶岩に蹂躙された街を硬直して眺めた。

 周りには突然人間とハルピュイアが出たとキノコ達が囲み様子を見ている。

 

 アインズは昨日チョウさんを捕まえに行く前の街と明らかに違う様子に物が言えなかった。フラミーも苦笑いを浮かべている。

 殺戮を禁止して出かけたし、どう見ても、守護者達がやったようではないのだ。いや、本気を出せばデミウルゴスなら引き起こせるかもしれないが。

(……これ…チョウさんの…いや、俺のせい…?)

 久しぶりに背を冷や汗が流れて行くと、人の身にオンにしてある精神抑制が働き、アインズはすぐ様起こりかけていた胃痛から解放され――じわりじわりと燻されるように焦りが戻ってくる。しくしくと痛む胃を撫でた。

 

 ここは関係ない振りをするかとも一瞬思うが、結局この溶岩の後を辿ればすぐにバレるだろう。

 チョウさんももう第七階層に回収してしまったし、後戻りはできない。紅蓮にあれだけ仲良くするように言い含め、しかも第七階層をお祭りよろしく練り歩いてしまった。

 

(不味い…不味いぞ…。せめて殺戮を禁止すると言わなければ良かった。なんか泣きたい気持ちだ…。)

 

 子供に仕事を押し付け遊びに行って子供の仕事を増やす大人がどこの世界にいるだろうか。

(ここにいます…。)

 アインズは大きくため息を吐き出した。

 

「…アインズさん大丈夫ですか…?」

「…ま、まぁ…えーっと…。支配者も失敗するって教える良いチャンスなのかもしれません…。」

 頭を撫でてくれるフラミーに顔をゴシゴシと擦り付け、精神の安定化をはかる。

(超凄い支配者から、そこそこの支配者に――遊んだり失敗もするようなそこそこの支配者に評価を改めてもらえば精神的苦痛から解放されるかもしれないもんな…。それに、そうしたほうがデミウルゴスとかも手取り足取り色々教えてくれるかもしれないし…。)

 しかし、支配者レベルを下げると言うのはこの四年間の頑張りを投げ捨てることかもしれない。

 状況を変えることへの不安と、子供達に「じゃあ今までのなんだったの」と言われる恐怖に胃の奥がキュッとする。

 

 アインズが勇気を絞り出そうとしていると、周りで遠巻きに訝しんでこちらを見ているキノコ達を軽々と飛び越える人影が一つ。

「アインズ様ー!フラミー様ー!――…アインズ様、どうかしたんですか…?」

 アウラは支配者達の前に着地し膝をつくと、すんすんとフラミー成分の吸引を行っているアインズにこてりと首を傾げた。

「す、すまん。」

 つい情操教育に悪そうな真似をしてしまっていたアインズが咄嗟に謝っているとキノコ達が二つに割れ、道を譲られたマーレとデミウルゴスが出てきた。

 

「アインズ様、フラミー様。デミウルゴス、御身の前に。」

「あ、あの!おはようございます!御身の前に!」

「デミウルゴスさん、マーレ。おはようございます。…えーっと…<静寂(サイレンス)>。」

 フラミーが辺りに声が漏れないように魔法を掛けると、アインズはそれを皮切りに口を開いた。

「うむ、おはよう…。お前達、早速だが私がこの地で殺戮をするなと言ったのを覚えているな。しかし、ここには溶岩が来ている…。」

 アウラとマーレは何か気付いたというような態度を示し、デミウルゴスは頷いた。

「――…そうだ。私がこの惨状を招いてしまった…。デミウルゴスは解っているだろうが…二人は殺戮を禁じたこの地に私が溶岩を流し込んでしまった事をさぞかし疑問に思っているだろう。」

「いえ!そんなことないですよ!」

「えっと、最初はちょっと驚きましたけど、その、ちゃんと分かってます!」

(――え?も、もう分かってるの?)

 

 アインズは昨日遊んでチョウさんの捕獲を行っていた事を知っている叡智の悪魔へ視線を送った。頷きが返ってくる。

「…デミウルゴス、先に説明してくれたのか…?」

「は!出過ぎた真似かとは思いましたが、昨夜寝る前に二人に聞かせました。」

「おぉ、そうか。お前は本当に良くできた息子だ…。」

 双子が頬を膨らましている。アインズは双子へ頭を下げたいが、周りには依然としてキノコや小人達がこちらの様子を伺っているので言葉だけで許してもらうことにする。

「アウラ、マーレよ。そういう訳だ。すまなかったな…。」

「いえ!あたし達こそ、頼りなくって申し訳ないです。」

「い、いつかアインズ様に本当に全てを任せていただけるように、えっと、が、頑張ります!」

「いや、お前達は実によくやっているとも。」

 アインズは初めて自分のミスをちゃんと謝れたことに満足感を覚えた。

 

 不思議なことに三人の眼差しは、ミスをしただらしない支配者を見る物ではなかった。

 相変わらず尊敬に溢れ――いや、今までよりも尊敬に溢れ、頬は紅潮し、煌く瞳は憧れを物理化した星が飛んでくるようだ。

 遊んで仕事を邪魔した支配者のどこに更に尊敬する部分があったのだろう。

 アインズはフラミーと視線を交わし、分かったかと心の中で聞く。返ってきた無言の返事は「分からない」だった。

 一体何が三人の琴線に触れたのだろうか。

(やはりちゃんと謝れる大人に感心しているのか…?)

 だとすればアインズにはお手の物だ。

 

 アインズが考えていると、デミウルゴスが続けた。

「征服については引き続き我々にお任せ下さい。とはいえ、せっかくですし、アインズ様とフラミー様は視察をされては如何でしょうか。私がご案内いたします。」

「あ!デミウルゴスずるい!」

「ぼ、僕たちもご案内します!お、お仕事も今はひと段落してますし!」

 ちっとも怒っている様子のない三人に安堵しながら、アインズは頷いた。

「皆で行こうか。」

 

+

 

「ピッキーって、キノコの中ではとってもイケメンだったんですねぇ。」

 フラミーのそれを聞きながら、アインズは尋常じゃなく褒め称えられているピッキーを観察した。

「本当ですねぇ。それにしても――あいつ、やるな。」

 アインズはやっと人の身の時に、見た目を大絶賛されても狼狽ない――ふりができるようになってきたが、今ピッキーは自分がそう扱われ、褒めそやされることが当然とばかりに胸を張っている。

「私は至高の御方に生み出されているので当たり前です。」と言っているのは想像がつく。

 アインズとフラミーは「CGでできているので当然です」と思う事はあれど、胸を張ることはできない。

 ピッキーはたまに贈り物を受け取ったりしていて、相当モテているようだ。

 支配者達に女と男の見分けはつかないが。

 

 黄色い歓声の中で働くピッキーの様子を暫し眺めた。

 被災していない茸生物(マイコニド)と、同じく被災していない地の小人精霊(ノーム)達がピッキーを手伝っている。

 そしてその周りにはピッキーを守る大量の八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)

「あれは魔導省で開発した紫ポーション――と、ナザリックの苔か?」

「そ、そうです!キノコさん達が苔を食べてるって、その、街を見ながら執政会に行くときに知ったんです!」

「だから、あたし達が苔茶提案したんですよ!」

「ほう、よく調査をしていてえらいじゃないか。」

 食事は種族によって大きく異なる場合が多いので、一番に確認しなければいけない問題だ。

 フラミーと手を繋ぐ双子は嬉しそうに頬を緩めた。

 

 しかし、紫ポーションと苔茶のブレンドは実に不味そうだった。

 紫ポーションはンフィーレア・バレアレがバレアレ薬品店の傍ら、週に一度魔導省の研究機関で製作と研究を手伝い近頃完成した物で、味が最低だと評判だ。

 

 アインズは紫ポーションの献上時にフールーダから聞かされた話を思い出す。

(…バレアレは夫婦の夜の生活の悩みをフールーダや高弟のゾフィに相談しているんだっけか…。)

 なんでも第一村人だったエンリは、気持ちがいいこと(、、、、、、、、)だと知ったせいで、複数回求めるとかで、バレアレ家の夜は大変だとか。

 ゾフィは女だし、セクハラ的な相談で悩んでいる――と言われるなら良かったが――フールーダとゾフィ、そして神官は瞳を輝かせてアインズにその話をしてきたものだ。

 そして、話の終着点は「男のナイトポーション――滋養回復系をバレアレ君が多数作ったから是非使ってみてはどうか」という物だった。セクハラされる神様だ。

 アインズは紫ポーションを受け取った際に、そのまま一緒に受け取り、しまいっぱなしの男ポーションを思い出す。

 無限の背負い袋(インフィニティハヴァサック)のいつでも出せる場所にきちんとしまったはずだ。

 

 ちなみに青い一番安いポーションは金貨一枚と銀貨十枚で、さらに第一位階ポーションは金貨二枚、第二位階ポーションは金貨八枚。紫ポーションはなんと金貨二十枚――つまり、白金貨二枚だ。

 国庫から研究費を出しているが、できることなら研究費の回収もしなければいけないし、この値段設定になってしまった。

 アダマンタイト級くらいしか買う者はいない。

 

(技術の発展は最初に軍事、次にエロと医療だったか…。しかし羨ましい話だ…。)

 疲労無効にしているアインズの夜に死角はない。

 しかし、大抵アインズが求めすぎてフラミーがへばるし、求めてしまうせいで中々求められるンフィーレアのような状況にはならない。

 たまにねだられると、これでもかと抱いてしまい暫くは良いと満足されたりもする。

(…男用じゃなくて女用のものを作ってくれないかな…。)

 そんな事を頼めばフラミーがどんな目で見られるか分からないので頼めないが。

 

 アインズは、ピッキーがせっせと苔茶を煮出していく姿を眺めるフラミーの様子をちらりと伺った。

 視線に気が付いたフラミーはニコリと微笑んだ。

「どうかしました?」

「あ、いえ。何でもないですよ。」

「ん?あ、わかりましたよ。」

(――え?わ、わかったの?)

 アインズが本日二度目の疑問を心に浮かべるとフラミーはハイファイブを交わすようにアインズに手のひらを向けてきた。

 取り敢えずタッチすると、フラミーは瞳に闘志を燃やした。

「支配者、バトンタッチです!アインズさんは休んでくださいね!」

 

「――え?」

 

 フラミーはやるぞー!と肩を回した。




ふらら頑張る!!

次回#40 閑話 その頃のコキュートス

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