眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#23 宣戦布告と世界を穢す力

 バハルス帝国、帝都アーウィンタール。

 丁寧に育てられた薔薇園と、美しく刈り込まれた植木が並ぶ前庭を一望できる一室。

 旧スレイン法国を発った早馬はこの部屋の主人、皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスにも手紙を届けた。

 

 使いのメッセンジャーが部屋を立ち去ると、ジルクニフの顔からは笑顔が抜け落ち、書状は机に放り投げられた。

 ばさりと散らばる紙を文官のロウネ・ヴァミリネンが無言で集め、トントン、と机で整える。

 

「なんだあれは。信じられるか、闇の神と光の神の再臨だそうだぞ」

「まーやっこさんらはちーと変わってますからね、元から」

 呆れたようなジルクニフに帝国四騎士の雷光バジウッド・ペシュメルが応えた。

 鮮血帝とも呼ばれる若き皇帝から「ははは」と上がる声は信頼する者達しかいない為か優しげだった。

「違いないな。とりあえず法国――いや、神聖魔導国か。ここには祝いの品をいくらか送っておけ。中身は任せる。ああ、存在するかは分からんが神への貢物も忘れるなよ」

 頭を下げ手元のメモにロウネが書き留めた。

 

「それでは、今年の王国との戦争の話をしようじゃないか」

 ジルクニフの真剣な面持ちに皆姿勢を正した。

 

+

 

 法国の大神殿の残骸の撤去と、残った大神殿と合体させるように作られる大聖堂建設はアインズから齎された労働力によって急ピッチで進んでいた。

 多くの死者の大魔法使い(エルダーリッチ)達の指揮の下、働くはスケルトンと数多のゴーレム。

 音の出ない作業は夜間でも関係なく行われた。

 闇の神、アインズ・ウール・ゴウンを頂点に戴くこの国で、国民達は神が生み出したアンデッドに最初怯えはしたが、忌避感を持つものはいなかった。

 民達は代わる代わる物珍しそうにアンデッド見物をしていた。

 

 半壊した大神殿の前には初めて見る「建築計画概要」「建築許可証」という看板が立っており、中には働く人間の「労災と神官による回復」についてや、どこの大工達が共に取りかかるのか、いつ生み出されたアンデッドが何体いるのか、地下下水道を一部埋める地盤の補強と、それに伴う一時的な断水計画、大体の工期など、初めて聞く言葉も交えながら詳しく書かれていた。

 神の行うことに間違いなどある筈もなく、神聖魔導国では神殿への建築計画の提出が通らなければ建物の建築ができなくなった。

 全てはフラミーの「素敵な街だったら維持させたいですね」と言う一言から始まったことだった。

 いち早く景観を守る建物作りが義務付けられた神都はいつまでも美しくあった。

 

 正面に建築され始めた建物は日々の礼拝ができ、時には神との謁見も可能な大聖堂を予定しており、太陽が最も長い時間当たる位置には美しいバラ窓がはまる構想だ。

 鍛冶長の妙技によって生み出されつつあるそのステンドグラスは、リアルでは大抵中心にイエス・キリストが入っているが、もちろんそこにはアインズが。

 その周りの八つの丸い窓はナインズ・オウン・ゴールの最初の九人の、アインズを除いた残りの者達を。

 そして、周りを囲むように十二人の者達、さらにその周りをフラミーを含む残りの二十人が、加入順に収められていく事を予定している。

 その下には守護者達の姿が縦に入り…正面にはアインズ像とフラミー像。

 そんなパースに、フラミーはとても満足していた。

 

 アインズからはせっかくフラミーの所望で作るバラ窓に、ここにいるフラミーが真ん中から遠いのは如何なものかと言われたが、意味やストーリーのあるものの方が後世に語り継がれやすい、せっかく三年もかけて建てるそれは嘘偽りのないアインズ・ウール・ゴウンの物語で作りたいと本心から断った。

 鍛冶長や共に立ち会った多くの法国の設計者達、最古図書館(アッシュールバニパル)の司書達が既存物件の破壊一週間前から練りに練って提出された設計図には、長く深い奥行きと、高い天井、そしてバラ窓。

 破壊時に残った神官長達の部屋や神官達の出勤する部屋のある古い大神殿と新設の大聖堂はうまく繋がれ、デザインも実用性も新旧合わさった優れた設計だ。

 ――神官達の部屋は若干減ったが、四大神信仰はこれにてお取り潰しとなる為問題はないだろう。

 各小都市に残るそれぞれの四大神の建物は順次役所を兼ね備えた闇か光の神殿へとなっていく。

 

 神聖魔導国を象徴するに相応しい美しい建物となるだろう。

 フラミーは完成予定の三年後へと想像の翼を広げる。

 人間もアンデッドも亜人も異形も竜も関係なく、多くの者達がここへ集う様が見え、フラミーは設計図で口元を隠すようにふふ、と笑った。

 その後、完成に至るまで実に三年間。

 フラミーはたびたびここに来て、建材が減るたびに新たな建材を生み出しに来るマーレ、働く神官達やアンデッドなど日々進む建築の写真を撮っていった。

 フラミーが現れるたびに周りの人々は傅き、熱心に平和への感謝を送った。

 大聖堂へ行けば運がいいと神と目見えると評判になり、実際に多くの者達に愛されるようになるその大聖堂には、フラミーの撮り続けた写真が後世展示される。

 それを見た人々がマジックアイテム・カメラを作ろうと躍起になるのはまた別のお話。

 

+

 

 リ・エスティーゼ王国にはいつもよりも少しだけ早いこの時期にカッツェ平野での戦争の書状が届いた。

 バハルス帝国から届いたそれには――ズーラーノーンによって引き起こされたエ・ランテルの惨状を知っているようで、今年で決着を付けると言わんばかりの雰囲気の文章が綴られている。

 王は頭を抱えていた。

 

 今年はそれだけでなく、旧法国――神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国から、貧困と生活困難に喘ぐ民を助けるためと称しエ・ランテルとカルネ村付近の割譲を要求されていた。

 そして、そもそもそこは旧スレイン法国の持ち物なのだから正当な所有者への返還だとも。

 

「戦士長殿のいう通り、確かにアインズ・ウール・ゴウンと言うものは王だったようですな」

 そう吐き捨てたのは果たしてどの貴族か。

「しかし戦士長の言うには、旧法国の手先のものが村々を襲っていたのだろう?それを旧法国の王が助けた?全くとんだ笑い話だ」

「考えてみれば少なくともカルネ村を攻撃されているのですから、こちらから法国――んん。失礼。神聖なんたら国でしたかな?それに攻め入ってはいかがでしょうか」

 ガゼフ・ストロノーフは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 忌々しげに語らう貴族達を、年老いた王が諌める。

 

「やめよ。今は目の前の帝国との戦だ」

 

 そうは言ったが、正直エ・ランテルは今住んでいる者達も食事に困るような有様だ。

 いつものようにそこを中継地にして戦争へと行くと言うのは無理がある。

 逆に兵糧を町の者たちに配れば王への支持は高まるが、他の貴族は自分の領民()に食わせない気かと反対してくるのが目に見えている。兵と言っても、専業兵士ではない一般の農民達を集めて編成する部隊なのだから。

 もはや八方塞がりだ。

 それでも、やるしかない。

 

「いつもの通り、帝国をあの平野で迎え撃とう。準備を進めるのだ」

 

 王の号令は弱々しかった。

 

+

 

「ほう、戦争ですか」

 冒険者組合で漆黒の剣と話をしていたモモンは口に手を当てた。

「そうなんですよ。帝国と毎年やっていた戦争が今年も始まるようです」

 ペテルがそう言うと、ルクルットはつまらなそうに机に頬杖を付いた。

「俺は帝国と戦争してる間にエ・ランテルをスレイン法――じゃなくて、神聖……国に掠め取られるんじゃねーかと思うわ。おーやだやだ」

「ルクルット、神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国ですよ。僕は何もしないで民から搾取するだけ搾取する王国の貴族が何もしてくれないなら、もう帝国か神聖魔導国に吸収された方がいいんじゃないかと思っちゃうな」

 語るニニャには尋常ならざる恨みのようなものが立ち込めていた。ダインは空気をよくする為かコホンっと軽く咳払いをした。

「街の復興はまだまだかかりそうであるな。しかし、エ・ランテル都市長殿の働きは見事である」

「そうだなー。豚みたいなおっさんだけど、まぁちゃんとやってるよな」

 二人の評価をモモンは心の中に書き留めた。

「戦争が始まるまでは暫くは荷馬車の出入りが多いから護衛任務がたくさんあるけど――モモンさん達はそんな仕事やりたくないですよね?」

 ペテルの視線はモモンとプラムの胸に輝く冒険者プレートに注がれた。

 王国三番目にして、エ・ランテル初のアダマンタイト級冒険者の証。冒険者の最高位の存在だ。

 都市を半壊させ、大量の死者を出したズーラーノーン事件をわずか二人で解決に導いた大英雄。モモンとプラムはカッパーからアダマンタイトへと異例の大昇格を以って名声を欲しいままにしていた。

「いえいえ、我々は何でもやりますよ。――困っている人がいるなら、助けるのは当たり前ですから」

 モモンは自分のかつての友の背を思い出し、そう言った。

「いい言葉である。さすがモモン殿であるな」

「私の言葉じゃなくて、私が弱かった時に私を救ってくれた私の憧れの人の言葉なんですけどね。素晴らしい仲間でした」

 少しだけ寂しくなる。

「――素晴らしい仲間ですよね」

 はっとモモンは隣に座るプラムを見た。

「ね、モモンさん」

「はい、プラムさん」

 二人は目を細めた。

 

 それから数週間が過ぎ、王国と帝国は開戦した。

 

 その年の戦争は実に悲惨だった。

 王国の兵は敗走したが、敗走した先に待つものも、ボロボロのエ・ランテルだった。

 今まではカッツェ平野だけで行われていた戦争だが、じりじりとエ・ランテルに近付いてくる帝国兵の様子からいって、これでは終わらないだろう。

 

 戦争に出ていた戦士長のガゼフはこの不毛な戦争に付き合わされて死んでいった無辜の民を思い、血が滲むほど手を握りしめた。

 そして、帝国兵に取り囲まれ、脱出も進入もできないこの都市は――急激に増えた人口に耐えきれず悪臭が漂い始めていた。

 ガゼフは一体何をどうしたら人々を救えるのかと考えを巡らせる。

 共に戦に出ていた王だけでも先に逃がしたい。

 しかし、どの問題にもいい案は何一つ浮かばなかった。

 もっと色々学んでくればよかったと、ガゼフは剣しか知らない我が身をいくら呪っても呪いきれなかった。

 

 誰もが疲労困憊と言う雰囲気の中、旧法国のものだと分かる装束に身を包んだ一行と、てんでバラバラな見た目の団体が帝国兵をすり抜けてエ・ランテルへの入都を申し入れてきていた。

 国名改名の書状にあった奇妙な紋章の織られた見事な旗を掲げて。

 

 帝国との戦争状態に臆することもなく進んできたその厚かましさに、王は笑うしかなかった。

 

 このままエ・ランテルを寄越せとでも言うのだろうか。

 帝国も今、わざわざ戦争をしてまでこのエ・ランテルを欲していると言うのに。

 

 神聖魔導国の使者と門番が入れろ入れないの押し問答をしていると、遠くから地響きが聞こえてきた。

 城壁の上高いところにいた者達が口々に叫ぶ。

「なんなんだあれは!?」

「山が歩いてる……!?」

「よく見ろ!!木だ!!枯れ木が歩いてきてるんだ!!」

 低いところにいる帝国兵は地響きとその異様な様子にただただ戸惑っていた。

 

+

 

 ツアーはリグリットとともに"約束の地"を訪れ、アインズとフラミーのことを考えていた。

「神聖魔導国を君達はこれからどこへ導いて行くんだ……」

 その呟きはツアーの本体が発したもので、鎧は何も言わずにリグリットと共に巨石を眺めていた。

「ツアー、こんな物を投げつけたゴーレムを操るアインズ・ウール・ゴウンがもし邪悪なものだったらわしらは……」

 リグリットの背筋に冷たいものが流れる。

 すると、その言葉に呼ばれたかのように邪悪な気配がツアーとリグリットを襲った。

 広がるトブの大森林の先に、その巨大樹はいた。

 ツアーは確信する。

「世界を汚す力――」

 進行方向は、エ・ランテル。




大きな薔薇窓と大聖堂、皆さまお気づきかと思いますが、ノートルダム大聖堂イメージでした。
フランスとシンガポールしか殆ど渡ったことのない男爵は、大聖堂や大神殿というとすぐにフランスにあるゴチック建築が思い浮かびます!

ノートルダム大聖堂の一日も早い復旧、復興をお祈りします。

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