眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#40 閑話 その頃のコキュートス

「ココハ我ガ神ノ地トナッタノダ。大人シク従エ。」

 コキュートスはへたり込む単眼巨人(サイクロプス)へ白銀のハルバード――断頭牙を向けた。

 大顎がガチガチと警告音を発している。

 

「こ、降参だ…。」

 その言葉を聞くと、断頭牙を地面に突き立てるように置き、漆黒聖典と陽光聖典に通達する。

「戦闘ハソコマデダ!!全員鉾ヲ収メロ!!」

 

+

 

「今日ハコンナ所ダナ。」

 コキュートスは地図を更に塗り替えられた事に満足すると、後処理を行う死者の大魔法使い(エルダーリッチ)と軽く挨拶を交わし合い、デミウルゴス印の転移門(ゲート)用スクロールを取り出した。

「オット…。ソノ前ニ我ガ配下ノ者達ト応援部隊ヲ労ワナケレバ。」

 コキュートスはスクロールをしまい直し、本日の野営地に向かう。

 

 そこでは漆黒聖典と陽光聖典が各々テントを張っているところだった。

 この四年間、コキュートスは陽光聖典と共に亜人と異形を制圧して歩いているのですっかり配下と認識している。

 一方漆黒聖典はこの沈黙都市周辺の制圧から参加したので、借物の部隊と言ったところだ。

 

「オ前達。今日モ良クヤッタナ。大儀ダッタ。」

 声をかければニグンと漆黒聖典隊長が即座にコキュートスの前へ進んだ。

「コキュートス将軍閣下!お戻りのお時間ですね。」

「コキュートス様、明日は北上しますか?」

 ニグンもやはり、自分の上司と言う思いが強いのかずっとコキュートスを将軍閣下と呼んでいる。漆黒聖典隊長は守護神と位置付けている雰囲気だ。

 

「ソウダナ。明日ハ北へ向カオウ。」

 二名は了解の意を示すと、コキュートスを見送ろうと頭を下げた。

「…オ前達モ毎日神都へ帰ラセテヤレレバ良イノダガ、スマナイナ。」

 毎日帰るのはコキュートスだけだ。転移門(ゲート)のスクロールはもう別段希少なわけでもないが、スクロールもただではない。

「いえ。我々は慣れておりますのでお気になさらず!」

「スマナイナ。デハ、マタ明日会オウ。」

 コキュートスが改めてスクロールを取り出し、燃やすとナザリックへの道が開いた。どこか申し訳なさそうに数度振り返って転移門(ゲート)を潜る武人を見送る聖典の目には尊崇の色があった。

 

 転移門(ゲート)の先はナザリックが第五階層――凍河。

 コキュートス を迎えるは白き絶世の美女達。雪女郎(フロストヴァージン)だ。

「お帰りなさいませ、コキュートス様。」

「戻ッタ。今日ノ分モ問題ナイカ?」

 コキュートスは今日神殿に持ち込まれた死体を雪女郎(フロストヴァージン)達がきちんと氷河に埋められた事を確認する為と、他にもまだ用事がある為にすぐには自分の家である大白球(スノーボールアース)には向かわなかった。

「はい。問題ございません。」

 果てのないように見える凍結する湖は深く、空気一つ含まずにどこまでも透き通っている。

 奥底は光が届かない為に濃紺に、そして黒、闇へと色を変えていく。

 以前、アインズのアンデッド製作についてきたフラミーは、吸い込まれそうだとしばらく氷に座り込み深淵を覗き込んでいた。コキュートスは二人の支配者がこの階層にいる景色が好きだ。

 デミウルゴスも言っていたが、彼らがいればどんな場所も美しくなると思う。だから、常闇との戦いの後に第五階層に氷山の錬成室が造られた時、舞い上がる程にコキュートスは喜んだ。

 

(美シキ第五階層ヨ。)

 

 ひたるコキュートスの足下、凍り付く湖の中で人間、亜人、異形問わず大量の死体が安らかに眠っている。

 どれも安らかな顔をしていて損傷ひとつないのは、死体とは言えこのナザリックに相応しくない様相のままで留めておく事にコキュートスの中で忌避感がある為だ。

 どれも雪女郎(フロストヴァージン)によって身体の損傷を治され、表情も無とされてから氷の中へ静かに納められるのだ。

 

 コキュートスは本日の死した者達へ敬意を払い目を閉じ黙祷を捧げた。

 その後ゆっくりと足元を見渡した。

「…ム。蜥蜴人(リザードマン)ガイルナ。」

「本日持ち込まれたものです。老衰だそうで、以前緑爪(グリーンクロー)族の長老として信仰系魔法を使っていたババ様だとか。」

「ソウカ。明日ニデモシャースーリューニ見舞イノ品ヲ渡ソウ。」

「何をお渡ししますか?」

「外ハ真夏ダ。氷ヲ送ロウト思ウ。子供達モ喜ブダロウ。」

 雪女郎(フロストヴァージン)は良い案ですと賛成し、頭を下げた。

「サテ、私ハ今日ハアインズ様ニ御報告ニ上ガラナケレバ。」

「かしこまりました。行ってらっしゃいませ。」

「引キ続キ任セル。」

「は。」

 コキュートスは階層ごとを繋ぐ転移門へ向かった。

 

 第六階層に降りると、そこは円形闘技場(アンフィテアトルム)

 闘技場へ出ると、八匹の子山羊がコキュートスへ駆け寄った。夕方になると闘技場にはこうして子山羊達が集まり、夜になれば皆で身を寄せ合って眠っている。日中は第六階層を駆け回り、柔らかい草を食むのだ。

「アア。出迎エゴ苦労。気ニシナイデ過ゴシテクレ。」

 子山羊達は幸せそうにメェェエェェエと鳴いた。本当にコキュートスを気にすることをやめた子山羊達は合唱を始めた。

 以前フラミーがよく歌っていた鼻歌だ。

 コキュートスは子山羊達の歌を聞きながら――小さくそれを真似て鼻歌を歌いながら――円形闘技場(アンフィテアトルム)を後にした。

 早くアインズの下へ行きたいが、必要な寄り道だ。

 

 足下からサクサクと草を踏む音が鳴る。コキュートスは辺りを見渡した。

「…双子ガイナイトハ珍シイナ。」

 いつも闘技場の転移門に動きがあるとどちらかがすぐに様子を見にくるものだが、どうやらナザリックに今双子はいないらしい。

 ずんずん向かい進んでいく先は、湖のほとりに建てられている一郎の木造コテージだ。

 オレンジ色の柔らかな光が漏れ出していて、中からはバタバタと慌ただしい音がしている。

 蜥蜴人(リザードマン)の出張コテージには今日は誰も泊まっていないので、一郎と二郎のコテージしか明かりは灯っていない。

 蜥蜴人(リザードマン)は今も週に二泊三日程度はここに泊まり、一郎二郎兄弟にレベルアップを手伝われている。しかし、族長達は皆成長限界まで来たのか力が止まってしまった。

 今はザリュースとクルシュの間にできた子供のレベル上げ実験を始めたり、ネクストステージだ。ちなみに子供は早朝から魂喰らい(ソウルイーター)便に乗り、エ・ランテル市の北の橋からカルネ区に入り、カルネ区に建つ小学校に通っていた。エ・ランテルには他に三ヶ所小学校が建っている。

 

 コキュートスは三段程度の階段を上がり、戸を叩いた。

「一郎ヨ。私ダ。コキュートスダ。」

 中の慌ただしい音は更に大きくなり、コキュートスは一歩扉から引いた。

 その瞬間、バンっと激しい勢いを持って扉が開かれた。

「こったま!!」

「一郎太!!やめんか!!あぁー!もう!!」

 一郎太はまだ生まれて一ヶ月だが、もう歩くし言葉も喋る。ミノタウロスは生まれて二時間もすれば歩き出すのだ。ちなみに名付けは当然アインズだ。

 生まれて七ヶ月経つナインズはまだ座る事を覚え始めたばかりだと言うのに、実にたくましい。

「申し訳ありません、コキュートス様。」

「フフフ、良イノダ。一郎太ヨ、今日モ元気ダナ。変ワリナイカ。」

「こったま!!いちろーた!んーーげんき!」

「ウムウム。来月カラハレベルアップノ実験モ始マルノダカラ、沢山乳ヲ飲ンデ大キクナルノダゾ。ザリュースの子達――シャンダール、ザーナン兄弟モ相手ニナル者ヲ望ンデイル。」

 ミノタウロスは僅か二ヶ月で離乳を迎え、その後は普通に大人のミノタウロスと同じ物を食べる。この子は大切な――実験体だ。

「いちろーた!!おっきなる!!」

「ナインズ様ノオ役ニ立テル事ヲ喜ブノダ。」

「あーい!いちろーた、ないたまのためにがんばう!」

 コキュートスは自分が救いたいと求めた命から更に命が生まれた事にナインズへ向けるものとは違う感動を覚えていた。

 これは弟子でもある。

「デハ、一郎太ノ顔モ見タ事ダ。私ハ行ク。」

「わざわざありがとうございます。神王陛下とフラミー様にも宜しくお伝えくださいませ。」

「ウム。任セテオケ。」

 小さな赤毛の美しい子牛を撫でるとコキュートスは踵を返した。

 再び円形闘技場(アンフィテアトルム)へ向かい、入ってきた所と反対側の選手入場口を潜る。

 子山羊達は相変わらず合唱していた。

 

 第七階層に降りれば、激しい熱にコキュートスの額にはわずかに汗が滲んだ。

「これはコキュートス様。第九階層へ?」

 迎えたのは憤怒の魔将(イビルロード・ラース)だった。

「アァ。憤怒ヨ。アインズ様へ本日ノ御報告ニ行ク所ダ。」

 転移の指輪を貰えていないのでコキュートスがここを通るのは日常だ。

「本日もお疲れ様でした。どうぞこちらへ。」

 憤怒に第九階層へ直接行ける新たな転移門へ案内される。現在ナザリックは第八階層は支配者の許可無く立ち入れない禁所となっている。

「イツモスマナイナ。一人デモ行ケルノダガ…。――所デデミウルゴスハイナイノカ。」

「はい、デミウルゴス様はアウラ様とマーレ様によるトブの大洞穴の支配のお手伝いにお出かけになっているんで、ここ数日はお帰りになってないんです。」

「ム、泊マリガケカ。」

「えぇ。なんでも大洞穴側がアインズ様とフラミー様の入洞を拒否したとかで、直ぐに支配下に入るようアインズ様が手を下したそうなんですよ。そこでデミウルゴス様もなるべく早く結果を出したいとか。」

「ナルホド。地の小人精霊(ノーム)ガドウナッタカオ前ハ知ッテイルカ?」

「俺も詳しいことは知りませんが、聞いたところによると溶岩や地上の脅威から身を守る為に神聖魔導国の傘下に入って庇護を受ける事にしたそうですよ。他にも茸生物(マイコニド)がいたとかで、同じく支援と庇護を受けるそうです。」

「デハ又デミウルゴスハ世界征服ノ一助ヲ担ッタカ。」

 憤怒はどこか誇らしげに頷いた。

 デミウルゴスは親友でありライバルだ。コキュートスもこうして日々勢力拡大に努めているが、面積で言えばデミウルゴスの方が広いだろう。

 細かく手に入れて行くコキュートスと、一気に巨大な国を飲み込むデミウルゴス。

(私モモット頑張ラネバナ…。)

 日々欠かさず出かけてはいるが、当然一日一集落と行くはずもなく、集落を探して丸一日聖典達と歩くだけと言うこともよくある。ただ、支配する者がいない地は着実に神聖魔導国のものとして手に入れて行ってはいるが。

 

 コキュートスは転移門に着くと憤怒へ礼を言い、神々の住う階層へ降りた。

 第九階層を行く。まだ沈黙都市周囲の全てを手に入れるには暫くかかるが、今日は一集落を手に入れたのだから、アインズへ報告に上がるべきだ。

 アインズの部屋の前に着くと、己が配下のクワガタ型モンスターの前で正面、側面、背面、そしてまた側面と一周回った。

「問題ナイカ。」

 血や土、埃が無いかを確認させると、配下の者達は頷いた。

「本日も美しい外皮でございます。」

「ム、ソウカ。武人健御雷様ニ感謝シナケレバ。」

 コキュートスにとって自分が褒められるのは全て創造主のお陰だ。この武人は日々感謝の中生きている。

「ンン。ヨシ。」

 コキュートスは聖域の扉を叩いた。

 

 中からメイドが軽く顔を出す。

「アインズ様ニ本日ノ御報告ヲ。」

「かしこまりました。お待ち下さいませ。」

 ぱたりと静かに扉が閉められる。

 コキュートスは何度訪れ、何度顔を合わせてもドキドキと、高鳴る鼓動を止められない。

 

 扉が改めて開かれると、中には美しき白磁の支配者と、輝かんばかりの煌めきを放つ主人。そして、今コキュートスを誰より夢中にさせるお世継ぎ。

 

 コキュートスは胸を目一杯張って、中へ踏み入れた。

 

「アインズ様、フラミー様、オボッチャマ。コキュートス 、御身ノ前ニ。」




コキュートスかわいいなぁ!
ちゃっかりミノタウロスに子供が生まれている…!
そして成長スピードがまるで違う!

次回#41 小人の行方

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