眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#41 小人の行方

 ムアーとループはエ・ランテル市、トブの大森林に最も近い入都管理の北塔の前で、地下都市ナリオラッタから出発するようになった魂喰らい(ソウルイーター)便を降りるところだった。

「はよう降りるんじゃ!」

「そ、そう急かすない。こう大荷物じゃうまく動けんのじゃ!」

「じゃから先にある程度は送っとけと言ったじゃろが!」

 ひぃひぃと汗をかくループはパンパンに膨らんだバックパックにひっくり返されそうになる体をなんとか起こし、額の汗を拭った。

「こ、これでも……これでも送ったんじゃ!」

「わしは手伝う気はないぞい!」

「ケチじゃのう…!」

 魂喰らい(ソウルイーター)が引く馬車から飛び降りると、よろけるループをムアーが後ろから押しながら巨大な川の手前にある入都管理塔へ向かった。

 

 川にかかる橋にはほどほどに長い列ができていた。

 列の前にいる数名の子供の蜥蜴人(リザードマン)は首に掛けている学生証のようなものを門番に提示し、次の裕福そうな商人の姿をした亜人は軽く積み荷を確認された。

 

 二人はこの待ち時間にしなければならないことがある。

 真っ赤なとんがり帽子を脱ぎ、鞄へしまう。

 その手で鞄から取り出したのは新品の――やはり真っ赤なとんがり帽子。

 しかし、これまでのとんがり帽子より余程長い。

 それを被ると、二人はニヒリと顔を見合わせた。

「おぬし、でっかいのう!」

「おぬしもようでっかくなったわい!」

 くすくすと笑いを漏らしていると、川の門番から「どうぞー」と声を掛けられた。

 

「ようこそ、神聖魔導国ザイトルクワエ州エ・ランテル市へ。えー…地の小人精霊(ノーム)さんですね?」

 番の人間とゴブリンは、ドクターと共に入都した時には地の小人精霊(ノーム)なぞ知りもしなかったと言うのに、今は一目見てムアー達の種族を述べた。

「そうじゃ!わしらはこっちに移住したいんじゃ!」

「かしこまりました。地の小人精霊(ノーム)さん達はエ・ランテルに入ったことは?」

「あるじゃよ!――あ!!」

 手を振る二人の視線の先にはドクターがいた。

「知り合いもいるんじゃ!」

「なるほど、ではお進みください。――次の方どうぞー。」

 二人は友人の下へ走った。

 バックパックの中身がガラガラと鳴る。

 後から入都審査を受けた者は悠々と二人を追い抜き、川を渡った。

「モジット!カイナル!よくきたのう!」

「ドクター!また世話になりますじゃ!」

「家を借りれるようになるまで宜しく頼みますじゃ!」

 もじゃもじゃ顔の三人は再会した。

 

 トブの大洞穴に溶岩が流れ込んだと言うのはエ・ランテルでは有名な話だ。

 この大都市と、山の地表は神聖魔導国の――いや、神の加護の下にある為、何の影響も受けなかったが、地下はその範囲外だったために被災したらしい。

 それを機に大洞穴も神聖魔導国の管理、支配地となったのは記憶に新しい。

 

「おぬしら大変だったと聞いたぞい。」

 ドクターは水上バス(ヴァポレット)に揺られながら、長すぎる帽子を被る二人を案じた。

「まぁまぁじゃな!わしらの家はあのちびっこ――フィオーレ様が溶岩を止めてくれたお陰で何ともなかったからのう!」

「普通に荷物をまとめて出てきてしもうたわい!」

 二人は明るく笑った。

「そりゃ良かった!ここにいるとまるで山の様子はわからんからのう。実はフェオ・ジュラの近くも多少溶岩が流れて少し地形が変わってしもうたみたいで、ここのところはまだ立ち入り禁止での。」

 立ち入り禁止という言葉に二人は分かりやすくショックを受けた顔をした。

「早く稼いで家を借りにゃいつまでもドクターの所に世話になっちまうのう…。」

 ふーむ、と二人が悩む声をあげていると、カラフルな小さな家の立ち並ぶ区画が見え始め、舟は止まった。

「まぁ、居候は気にしないでいんだがな!あれは持ってきおっただろい?」

 ニヒリと笑いを漏らした地の小人精霊(ノーム)はドクターに続いて水上バス(ヴァポレット)を降りた。

 

「そりゃもちろんじゃよ!!」

「まぁ皆でちょぴりと舐めた残りじゃがな!!」

 地の小人精霊(ノーム)は被災した者も、していない者もお祭り騒ぎだった。

 ムアーとループが褒美として貰った酒を少しづつ分け合ったのだ。

 舐めればほっぺたが落ちるような美味に、皆もう少しとねだったが、これは果敢にもラーアングラー・ラヴァロードの様子を見に行き、地上まで世界の確認を行なった二人の褒美なのだからと長老に嗜められていた。

「それを飲ませてくれりゃいつまで居てもろうても構わんぞい!」

 現金な笑いを漏らすドクターだった。

 

 その後二人は鉱山組合に所属し、鉱脈を聞く力を遺憾なく発揮することによって世間のアダマンタイト不足を解消する一助となった。

 冒険者組合から表彰され、百十五歳の若者は見事に神聖魔導国ドリームを掴み取る。

 しかし、良いことばかりではなかったらしい。

 エ・ランテルに来た二人は、噂を聞きつけた山小人(ドワーフ)達と褒美の酒を開けてしまったのが運の尽き。

 神の酒はわずか一週間でなくなってしまったとか。

 ――という建前の下、二人はこそこそと隠れるように週に一度布団の中で天上の美味に舌鼓を打ったのだ。

 二人は生涯一番の親友としてちっちゃな大騒ぎの中幸せに生きる。

 

 地の小人精霊(ノーム)達はムアーとループに続き、エ・ランテルに移住する者も出た。勿論、引き続き大洞穴に暮らす者もいる。

 地上に出てきた者は皆一様に長すぎるとんがり帽子を被り、踏み潰されないように自分達の存在を主張した。

 地の小人精霊(ノーム)達の鉱山組合への所属によって、アゼルリシア山脈だけでなく、他の山脈や鉱山の採掘も始まる。

 様々な都市の鉱山組合に所属するようになった地の小人精霊(ノーム)はエ・ランテルだけでなく他の都市に住む者も多く居た。

 そしてある日、深く、深く、掘り進んだ先で、ついにはアダマンタイトを超える硬度を持つ凄まじい鉱石が見つかる。

 とても普通のツルハシでは採掘できず、国へ力を貸して欲しいと報告が上がり、視察隊が送られてくるのだが――それはまだ何年も何年も先のお話。

 地の小人精霊(ノーム)は山の近くの都市以外にも広がって行った。

 衣服の仕立て屋に一人は地の小人精霊(ノーム)がおり、高級既製服(プレタポルテ)には必ず彼らの素晴らしい刺繍が入っているのだ。

 最初の頃はモグラや蝶、キノコばかりだったが、いつしか神々を描いた素晴らしいタペストリーを刺繍する者も出る。

 四百年の寿命を持つ彼らは、数十年かけ、三枚一組の巨大タペストリーを完成させた。

 一枚には双子に傅かれる神々、一枚には自然の脅威を支配するような神々、一枚には慈愛で世界を包む神々。

 そのタペストリーは故郷を守った神々への感謝として遅れ馳せながらも神都大神殿に寄贈されたらしい。

 いつしか美術館という物も建つようになっていたので、他の都市に慎重に運ばれ、展示されたりもするようにもなる。

 

 神聖魔導国の文化、芸術は更に花開いて行った。

 

 が、地の小人精霊(ノーム)が子供を産むたびに記念樹と言って、街中に大きく育つ木を植えてしまうことが社会問題になるまであともう少し。

 

 

 一方茸生物(マイコニド)達は日の光が不得意だった為に、外に特別移住する者はいなかった。

 彼らは相変わらずトブの地下大洞穴に暮らし、たまに地上に出ては麻を育てている。

 中にはトブの大森林の計画伐採地区で、植樹を行うトレント達を手伝いに出勤する者も出るが、殆どの者の生活は変わらなかった。

 暫くは流れ込み固まった溶岩の撤去に追われていたようだ。

 

 プラも相変わらず、あの裂け目の入り口に立っているのだが、今では胞子を撒く係ではなくなった。

 入都管理官として、人々を地下へ迎え入れる都市の顔だ。

 魂喰らい(ソウルイーター)を毎日大洞穴へ見送る生活を送っている。

 魂喰らい(ソウルイーター)茸生物(マイコニド)の顔のカケラ(・・・)を積んであちらこちらへ運んでいる。

 歳を重ねた茸生物(マイコニド)にはオデキができるのだ。

 それをポコリと外し、麻と共に地上へ出荷している。

 それは土堀獣人(クアゴア)山小人(ドワーフ)にとっては何も珍しくない、たまに地下に落ちている物だが、エ・ランテルやバハルスでは大変貴重なキノコとして有名だ。

 「黒い宝石」と呼ばれる香り豊かなキノコは高額でやり取りされた。

 

+

 

 ピッキーは暫くテスカに任せっぱなしにしてしまったBARナザリックへ帰った。

「いらっしゃいま――おかえりなさい!ピッキー様!」

「ただいま、テスカ君。僕がいない間どうだった?」

 やはりナザリックの空気は最高だ。

 茸生物(マイコニド)達はピッキーが帰るとき、それはそれは別れを惜しんだそうだが、ピッキーは早くナザリックへ帰りたくて仕方がなかった。

 テスカの「特に何も無かった」と言う報告に安心しながらいつもの仕事に戻る。

 自慢の苔茶を入れながら、ピッキーは思った。

(まぁ、たまには外も悪くなかったのかな。)と。

 

 通常営業に戻ったピッキーが紫ポーションの製作をしていると、ガランガランと来客を知らせる鐘の音が鳴った。

 薬草の匂いが漏れないように、鍋に素早く蓋をし、ポーションを片付ける。

 ピッキーとテスカは声を揃えて頭を下げた。

「「いらっしゃいませ。シャルティア様。」」

 シャルティアがいつも通り優雅にカウンターへ進んで来るのを見ながら、ピッキーはやはりここは最高だと――「テスカ、いつもの出しなんし!!」思っていると、シャルティアの荒れたような声が響いた。

 何事かとテスカを見れば、手際良く「いつもの」を作り始めた。

 ほぼ原液のアルコールに青色一号を垂らしただけの恐ろしいカクテル――いや、アルコールだ。

 テスカは優しくそれを差し出した。

「…っふ…。役立たずの階層守護者にはこれがお似合いでありんすね。」

 シャルティアはそう言うと、ゴッゴッゴと喉を鳴らし、げふーとアルコール臭い息を吐いた。

 ピッキーはテスカに顔を寄せた。

「…これ、どうしたの?」

 それを聞いたシャルティアはどこか虚げな視線をピッキーに送った。

 「私に聞いて」とでも言うような雰囲気なので、シャルティアに聞き直す。

「…どうかしたのですか?シャルティア様…。」

 待ってましたと言わんばかりに口を開いた。そう見えたのは邪推だろうか。

「……ごめんなさい、言いたくない事なの。」

 ふざけんなよ。

 ピッキーの額には筋が出たが、茸生物(マイコニド)の表情をシャルティアは読めない。

(言いたいなら言えばいいじゃないか。なんてうざいんだ。こう言った店に似合うのはダンディな男と淑女だけだ。)

 

「はぁ…少し酔っちゃいそう…。」

「…酔ってしまうと大変ですよ…。」

 アンデッドのシャルティアが酔うはずもないのだが、遠回しにお帰りを願う。

 しかし、グラスを指でいじるシャルティアにその気はまるでなさそうで、ほぅ…と物憂げなため息を吐くばかりだ。

 ピッキーはグラスを磨きながらテスカに視線を送った。

「シャルティア様はここの所悩まれ続けてらっしゃいます。」

「テスカ…言わないでくれなんし…。」

「……何があったんですか?」

 もう一度訪ねてみたが、ふぃ…と視線を外すシャルティアは、自分に酔っているようだった。

 

 BAR通いをするようになった日、シャルティアは自分の階層に置かれるようになった子山羊を久しぶりに遊ばせてやるため、第六階層に子山羊を連れて降りた。エルビスは兄弟子山羊と歌を歌うのが大好きなのだ。

 そこで、パクパヴィルから一時戻ったアウラに会った。

「シャルティア珍しいじゃん。あたしは新しい都市を手に入れるの任されてるからもう行くけど、好きにしていいから!っんじゃね!」

 何の悪気もないただの報告のはずのその言葉に、シャルティアの背にはピシャリと雷が落ちた。

 

 大変なことに気が付いたのだ。

 

 国や都市を手に入れることを任されたことが一度もないと言うことに。

 

「はぁ…妾の何がダメなんでありんしょう…。」

 シャルティアは呟くと、支配者語録を取り出した。

 これはアインズが言った言葉、行った行動を全て書き連ねた物だ。

 それをパラパラめくり、見ながらシャルティアは声を漏らした。

「あぁ…あいんずさまぁ…。」

 情欲に濡れた瞳で支配者を思い出す顔はだらしなかった。

 じゅるりと垂れた涎を拭う。

 

 ピッキーはこれはダメだと、しばらくのBARの安寧を諦めた。




シャルちゃんww
最近出番ないもんね…

次回#42 閑話 その頃の都市国家連合
おっと?その頃シリーズか?

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