アインズはフラミーより休暇を与えられていた。支配者バトンタッチだ。
誰よりも休暇の使い方がうまい自負のある支配者は、ついに一人座りを覚えたナインズに離乳食を与えていた。
すぐによそ見をするナインズを呼ぶ。ナインズは周りでメイドがアインズの食事を準備したり、お茶を淹れたりするのに気を取られがちだ。
「九太、九太。ほら、ご飯まだ食べるだろ?」
自分がナインズや九太と呼ばれる存在だと理解し始めているので、名前を呼ぶとこちらを向く。
アインズはなんと賢いんだろうと思いながら、自分の向かいに座る分身に引き続き食事を取らせた。
スプーンを奪い、自分で食べようとするがうまくいかずに泣いたりと忙しい。
それに、お喋りも止まらないのだ。
「なんなんなんなん。」
「あぁ。わかってるぞ。この後いないいないアンデッドもしてやるから、まずはちゃんと食べるんだ。」
ナインズは自分の指ごと食べながら食事を済ませた。
お尻が重くないか確認すると、アインズはいないいないアンデッドをし、疲れたナインズを連れて寝室に移動する。
昼寝をする息子の横でダラダラと経営者の本を読んだ。
(俺って経営者的センスも王様的センスも神様的センスもないよなぁ。)
アインズは自分が成長しているのか、いないのか分からなかった。
ナインズの背を叩きながら、時折
鏡の中のフラミーは相変わらず秘書として控えるデミウルゴスと仕事をしていた。
「あっちで寝てたら気が散るよなぁ…。」
アインズはフラミーの近くで昼寝をしたかったが、働いているのに近くで誰かがダラけていたら気分が悪かろうと我慢している。
「何話してんのかなぁ。」
いつもより少しおめかししたように見えるフラミーはデミウルゴスの話を聞き、真剣に頷いていた。
「それでは、参りましょう。もしお分かりにならない事が有ればいつでもお聞き下さい。」
「はーい!お願いします。あ、先にアインズさんにお出かけするって言って来ますね。」
「かしこまりました。」
フラミーはデミウルゴスを連れ、アインズの部屋に入った。
黙ってどこかに行かないと約束したのでお出かけの報告だ。
デミウルゴスは元々アインズの予定だったのだから、解っていると思うと言っていたが、行ってきますを言うことは大切だ。
フラミーが身重だった時に、アインズはフラミーが寝ていてもいつも必ず出かけると挨拶に来てくれたのだから。
アインズ当番とナインズ当番が寝室の方を示すので、フラミーはそっと寝室の扉を開け、中を確認した。
中では
フラミーはこの時間にがっつり寝てはナインズは夜に眠れないんじゃないかと思ったが、休みの日なので好きに過ごしてもらうのが良いかとクスリと笑った。
メモ帳を取り出すと、さらさらと出掛ける旨、大体何時に帰ってくる予定だと書きつけ、一枚破った。
こっそりと寝室に侵入し、サイドボードにメモを置いた。
「よし。」
フラミーは静かに部屋を後にし、デミウルゴスに手を引かれて
その先は神都大神殿の一室。
膝をついて迎えたのは、多くの神官とジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。そして三騎士と――都市国家連合のベバードを治めるカベリア都市長と、以前舞踏会で会ったツルツルした滑らかな白い鱗を持つ耳の尖った亜人の都市長。
「フラミー様。よくぞいらっしゃいました。お呼びだてしてしまい申し訳ありません。」
「いいえ、ジルクニフさん。お久しぶりです。」
フラミーは待つようにしているジルクニフに手を差し出し、手の甲に口付けを送られながら、この人はたまに距離感がおかしいから気を付けようと以前アーウィンタールを訪れた時のことを思い出す。
尊敬のキスを終えるとジルクニフはフラミーの手をそっと離した。
続いて同じく跪くカベリアの前に立つ。
カベリアも恭しく、やんごとなきその手を取った。
「フラミー様、この度は並々ならぬご温情をお掛けいただき、心より感謝申し上げます。」
「カベリアさん。その言葉はアインズさんに。今日の私は名代に過ぎません。」
恐れ入りますと告げたカベリアも、フラミーの手の甲に口付けを送った。
カベリアの隣で同じように挨拶をしようとする、白い鱗を持つ男の名前をフラミーはもう忘れた。
「光神陛下。本日の調印式、心よりお待ち申し上げておりました。」
「どうぞよしなに。」
知らない人に口付けを送られ、フラミーは手を引いた。
デミウルゴスは挨拶が済んだのを確認すると、再びフラミーの手を引き、先を勧めた。
フラミーが掛けると、ジルクニフは緊張に固まる部屋を和ませようと再び口を開く。
「フラミー様、ナインズ殿下はお元気でらっしゃいますか。」
「もう元気が過ぎちゃって、たまに困っちゃうくらい。今日もお父さんとお昼寝してますよ。」
「そうですか!素晴らしい光景なんでしょうね。うちの側室も一人身籠ったのですが、毎日が猛スピードに感じます。」
「そういえばお手紙くれてましたね。ふふ、おめでとうございます。本当に毎日が早くってびっくりしちゃいますよね。ナインズも髪の毛が随分ふわふわ生えてきて、ようやく地肌が見えなくなってきたかな。」
二人はハハハと当たり障りない会話に笑い、立っていた者たちは少しほぐれた空気の中、席に着いた。ジルクニフは髪の毛、地肌という言葉にわずかに反応を示し、すっかり生え直した自分の髪にふわりと触れた。
「さて、それでは合併協定調印式を始めましょう。立ち合いはジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。そして神官です。」
デミウルゴスの宣言に、部屋は程よい緊張感を取り戻した。
まずは神官と行政機関長、ジルクニフから合併協議会の経過報告が始まった。
おおよそ一年前、カベリア都市長はアーウィンタールを訪れた。
「商人の方は皆魔導国硬貨しか使わなくて…。」
そう告げる表情は暗い。
今やあらゆる生活必需品の多くを神聖魔導国――バハルス州から輸入する都市国家連合。
商人達は、バハルス州で連合硬貨での支払いを断られがちな為、連合国家内でも連合硬貨での支払いを受け付けない者や、連合硬貨では数パーセント上乗せ価格にする者が増えてきていた。
連合硬貨も別段粗悪な硬貨というわけではないが、神聖魔導国の硬貨は偽造硬貨が一枚もないと信用力が高い。
神殿へ換金に行くと換金料を取られるし、神聖魔導国側の商人としては、わざわざ連合硬貨でやりとりをしたいとは思えないのだ。
そうなると都市国家連合の商人達は神殿へ走った。
魔導国硬貨へ換金を頼み、たっぷりと換金料を払ってバハルス州で仕入れを行う。
必然的に都市国家連合に出回る神聖魔導国の品は多少割高だ。
だが、多くのものを神聖魔導国に依存を始めた都市国家連合はもう止まれない。
神聖魔導国の品の方が良いものだと、国内の生産者を蔑ろにして来たつけが回って来始めたのだ。
必然的に都市国家連合の生産者は薄利多売を目指すようになっていて、国内産の物は粗悪品ばかり。
都市国家連合の生産者達は少しづつ貧困の淵へ立たされ始めていた。
今や都市国家連合は神聖魔導国の物品なくしては暮らせないのだ。
そして、圧倒的に
「エルニクス様、私の都市国家――べバードだけでも魔導国硬貨を公硬貨として使いたいのです。どうか、お口添えいただけないでしょうか…。」
ジルクニフは「ふーむ」と悩むような顔をした。
答えは既に決まっているが、カベリアが不信感を持ったりしないような、好感を覚えるような、カベリアの悩みに寄り添うような雰囲気を纏う。
「良いでしょう。お手伝いいたします。」
カベリアは深く感謝し、その日は大人しくベバードへ帰った。
ジルクニフ――鮮血帝と恐れられた青年は、自分の演技に瑕疵がなかったかを思い返す。問題は一切ない。
ロウネや文官と何度も話し合いを重ね、商人達が連合硬貨を断るように仕向け続けた男は、ついに動き始めた自分の計画をデミウルゴスに報告した。
後日、「都市国家連合を離脱し、神聖魔導国に入るならば、国が責任を持って連合硬貨を魔導国硬貨に両替する」「生産者への支援も国から行う」と言う答えを受けたカベリアは、連合議会で連合離脱を表明した。
しかし、周りの連合国家がそれを許すはずもなかった。
べバードは特に輸入商の多い都市国家なので、周りの都市国家は、そこで連合硬貨が一切使えなくなるであろう事を嫌ったのだ。
――輸入商が多い為、早いうちから神聖魔導国と深い繋がりを持つ都市として、過去にはここで神を呼んだ舞踏会も開かれたわけだ。
周囲の都市国家達はそれぞれ生活必需の特産品をべバードへ売る事を拒否すると言う経済制裁をもって、べバードの神聖魔導国行きを阻止した。
そうなるとベバードの輸入商の動きは苛烈になった。最も魔導国硬貨への公硬貨変更を望んだ者達は彼らなのだから。
輸入商は神聖魔導国からの物品輸入を更に強めた。
周辺都市国家が売ってくれないならば神聖魔導国から買うしかないと言うのもある。
べバードは痛くも痒くもないとばかりに神聖魔導国との関係を深めた。
――が、ベバードの輸入商達は、神聖魔導国からベバードへ帰るために通る都市国家群より、多額の通行税を掛けられるようになった。
通行税まで加算した神聖魔導国の物品の購入は庶民の財布には大打撃だった。
そうしてべバードは神聖魔導国行きを一時諦めるのだった。
カベリア都市長は早まったとベバードの民から強いバッシングを受けた。
結果的にベバードは経済危機を迎え貧富の差が激しくなってしまったのだから。
その時、ジルクニフは州としてベバードへ経済支援を行なった。
神聖魔導国からも通行税を取られないように
カベリアが肩身を狭くするある春先のこと、ベバードには再びの転機が訪れる。
家畜を多く所有する都市国家に、魔導国硬貨が大量に流れ始めたのだ。
神聖魔導国のさらなる拡大――ビーストマン州、ウェアウルフ州の統合によって、家畜の輸出が大幅に増えたある都市国家は、やはり神聖魔導国硬貨への公硬貨変更を神聖魔導国へ申し出る。
そして二つの都市国家は二つの都市と神聖魔導国だけで完結するように生活を送りだし――――。
カベリアと白鱗の亜人が国璽を捺し、フラミーも神聖魔導国の国璽を捺した。
そしてそれぞれのサインが入り、最後に立会人の印を集める。
デミウルゴスが記入漏れや捺印漏れがないかを慣れた手つきで確認していく。
「――以上です。お疲れ様でした。」
トントン、と書類がまとめられ、持ち帰る用の書類をそれぞれに渡す。
「では、カルサナス州の州都はベバードと言うことで。しばらくは大変かと思いますが、国としても支援を惜しまないつもりですので頑張りましょう。」
デミウルゴスは州知事になったカベリアと、都市長の白鱗とそれぞれ握手を交わした。
「感謝いたします。」「これからどうぞよろしくお願い致します。」
「感謝はアインズ様とフラミー様へ。」
カルサナスの二人は頷くと、流れるようにフラミーの前に跪き、順番にドレスの裾に口付けを送った。
デミウルゴスとジルクニフはやり切ったと言うような顔をした。
特にジルクニフは実に晴れやかな顔をしている。
結構好きなカベリアを割と平和的に神聖魔導国へ入れることができたのだ。実によくやった。
しかもデミウルゴスからの評価をある程度上げることができたはずだ。
(やった…。必ずバハルス州をスレイン州に次ぐ存在に――そして、アーウィンタールを神都に次ぐ存在にしてみせるぞ。)
ジルクニフには相変わらず野望はきちんとある。
鮮血帝は上を目指すのだった。
「それでは、カルサナスへ配備するアンデッドを送り出します。」
デミウルゴスの言にフラミーはうなずいた。
「――…じゃあ、アンデッドの準備ができるまでお茶会にしましょっか!」
都市国家連合、久しぶりに見たなぁ!
ジルジル、頭復活したし、新しい平和な野望に燃えてるけど、ちょっと頭髪の話題にはないーぶ!!
次回#43 閑話 中庭のお茶会
【挿絵表示】
ユズリハ様にトリックオアトリートもらいました!!!!かわいいねぇ!