大神殿中庭。
ニンブルは眼前の状況に目を輝かせていた。
ゆったりと張られたタープの下で三騎士が囲むテーブルの上には、上質な紙の様に薄い茶器が置かれている。花器と生けられている花は互いへの視線が通るように低く仕上げられていた。
どの茶器にも見事と言うほかない絵付けがされていて、秋晴れの今日によく似合う柄だ。
「お前は本当に好きだなぁ?」
同じテーブルにつくバジウッドに苦笑されるが、軽い調子で返す。
「今度うちで開く茶会にまた招待してあげますよ。」
ニンブルの趣味は茶会を開くことと、美味しいお茶探しだ。
「マナーには煩く言わないでほしい所だな。」
はははと声を漏らすバジウッドは旧帝国の平民、それも裏路地の出身なのでそう言うことには疎いし、そう教養があるわけでもない。
裏路地での生活では野垂れ死にの未来しか無いと悟り、騎士を目指し頭角を現した彼は見事旧四騎士の座に着いた。
ニンブルは貴族だし、正反対の二人だ。
しかし、騎士になった時から仲だけは良い。
身分で差別をする事のない絶対君主の下に就くニンブルは、バジウッドの生まれに当然偏見を持たなかったから。
それにニンブルの家は、貴族のお家お取り潰しが多かった中で鮮血帝から手を下されなかった良き家だ。
彼の人格は育ちの良さから来るものもあるのだろう。
「煩く言われた甲斐があったじゃないですか。こんな席で昔やったみたいな事をしていればエルニクス様に後でたっぷりどやされる事になったんだから。」
「まぁ…それはそうだな。」
隣のテーブルには、フラミーとジルクニフ、カベリアと白鱗の亜人が座っている。
バジウッドはチラリとそちらの様子を伺い、相変わらず女神とテーブルを囲む事に何の躊躇いも感じさせない自分達の主人に感心する。
カルサナスの二人の手は震えている様だった。
見える場所でデミウルゴスが
「陛下は流石だなぁ。こう言う時、しみじみそう思う。」
「だからエルニクス様とお呼びしろって言ってるじゃないですか。」
「……しかり。」
ようやく口を開いたナザミの手はプルプルと震えていた。
「…ナザミ、お前緊張してんのか。…頼むからそれを落とさないでくれよ…。」
そうなっても無理もない。
カップ一つとってもどれほどの値のものか想像もつかない。
割ってしまったら、何年ただ働きをすれば買えるだろう。
「とは言え、お茶会は茶器を楽しむのも一つなんですからもう少し肩の力を抜いた方が良いんじゃないかな。」
「楽しむって言ってもコップをどう楽しめって言うんだよ…。」
「手触りや絵付けや見所はたくさんあるでしょ。こんな良いもの滅多に見られないんだから、二人とももっと楽しんだ方が良いですよ。」
「手触りねぇ…。」
手の中のカップはぎゅっと握れば即座に砕け散りそうだった。
ニンブルは一通り香りを楽しむと、うっとりとしながら一口含んだ。
「……わぁ。」
育ちも趣味もあり、色々なものを飲んできたが、その口から出た物は感嘆のため息だけだった。
ジルクニフの呼ばれる神々の催すパーティーにも全て出ているのだ。決して経験不足と言うことはないはずだったし、神々の出す物にはもう十分慣れたはず。
しかし、ニンブルの知る世界はまた広がってしまった。
「…美味いな。ニンブルの所で出てくるのより美味い…。」
バジウッドの呟きに呆れる事もできない。
「神々の口にする物は別格ですね…。」
ニンブルはこんなお茶は自分の茶会では一生かかっても出せないなと確信してしまう。
「ははは。お前出涸らしもらって帰ったら良いんじゃねえか?」
「………そうしようかな…。」
バジウッドはからかって言った言葉だったが、ニンブルは本気で出がらしを持って帰るか悩み始めてしまった。
三人はしばし静かにカップへ口をつけ過ごした。
そしてニンブルは呟く。
「決めた。出涸らし貰って帰ろう。」
「まじか!?」
バジウッドは思わず大きな声を出すと、ジルクニフから視線でうるさいと言われた。
バジウッドがぺこぺこと頭を下げていると、ニンブルはサービスワゴンのそばで控えるメイドを呼んだ。
「すみません。この紅茶を出した茶葉、持って帰りたいんですけど。」
「かしこまりました。そのように手配いたしますので少々お待ちください。」
長いスカートをひらりと翻し、メイドがサービスワゴンへ戻っていくとニンブルは頼んでみて良かったとほくほくと頬を緩めた。
「ふふふ。神々の茶葉、研究させてもらおう。」
「やれやれ。ニンブルの紅茶への熱意には感服するな。」
「バジウッド。テーブルに肘をつかないで下さい。」
「……おう。」
バジウッドがテーブルから腕を下ろしているとメイドが戻ってきた。
「アノック様、お待たせいたしました。」
「ああ、ありがとうございます。」
振り向いたニンブルは小さな紙袋を受け取り、満面の笑みで中を覗くと硬直した。
中にはターコイズブルーの小さなティーキャニスター。
キャニスターを取り出し、金具をゆっくり外すと蓋を開けた。
「こ、これは…。」
二十杯程度は淹れられそうな――ケチればもっと淹れられそうな量の新品の茶葉を見たニンブルは思わずにひりと口元を緩めた。
茶葉からは芳醇な香りが昇った。
「…おいおいおいおい。それはちょっとまずいんじゃねぇか…?」
「…しかり。」
「…ば、ばじうっど…なざみ……。きちんと光神陛下にお礼を申し上げて帰ります…。」
「ニンブル、目を覚ませ!――メイドさん、こいつは出涸らしで良かったんすよ!」
バジウッドがメイドを手招き直す。
「フラミー様にきちんと確認しておりますのでご安心ください。アノック様には恐怖公様と眷属の者がお世話になったとの事で、このくらい当たり前と。」
ニンブルは今後、出没するゴキブリにお礼も言おうと決めた。
「ありがとうございます!恐怖公さんにもよろしくお伝えください。」
「かしこまりました。」
ニンブルはフラミーと目が合うと、何度も頭を下げた。
優しい笑顔で小さく手を振ってくれる隣のテーブルのフラミーにうっとりと「女神…」と声を漏らした。
隣のジルクニフはカベリアと白鱗の亜人と何かを話していて、こちらのやり取りに気付いていないようだった。
「ああ!!陛下の許しなく勝手に物なんか貰って陛下がハゲたらどうすんだ!!」
「だから陛下じゃないって言ってるでしょ!」
――流石に大声だった為、ジルクニフはそれが耳に入るとむせた。
その姿を見て、声を上げた者が一人。
「あら…?三騎士だわ。」
中庭を囲む屋外回廊を行くレイナースは細かいスパンで建てられている柱から顔を覗かせた。
その声に続くように、共に歩いていた紫黒聖典達も庭を見る。
訓練に向かう途中だった為、皆揃いの稽古着である黒い長袖のTシャツに、黒いパンツ姿だった。
手には黒い布の手袋。いつもガントレットの下に着けている体に馴染み切っているものだ。
ここの所紫黒聖典は――主にネイアは――ブラックスケイルについている守護神、シャルティア・ブラッドフォールンと共に州を回り、ビーストマン州への理解を促して回っていた。
しかし、向こうも落ち着いて来たので紫黒聖典は神都とブラックスケイルの間にある巨大な湖に新たに生まれた航路を渡り、昨日神都に帰ってきた。
「三騎士?あんたが放棄した昔の職場の同僚?」
「…そうだけど言い方は考えて欲しいわね…。あ!そんな連中より――」
レイナースがある人物に気が付くと同時に番外席次もそれに気付き声を上げた。
「フラミー様!クインティア、私はフラミー様に拝謁するわ。」
「えっ、でも番外席次さん。光神陛下にご迷惑なんじゃ!」
ネイアが止めるのも聞かず、レイナースと番外席次は庭へ躍り出ていった。
ネイアの手が宙を泳いでいるとクレマンティーヌはその肩に手をポンとおいた。
「…ネイア、あんたは間違ってない。」
「…はは。」
二人は苦笑を交わすと、前方の二人を追うように駆け出した。
「それでね、アインズさんったらそのお魚連れて帰りたいなんて――あら?」
何かを楽しげに語っていたフラミーは紫黒聖典の到着に気付くと話を中断した。
「「フラミー様!」」
レイナースと番外席次は子犬のようにフラミーに駆け寄った。
「あ、皆ブラックスケイルから帰って来たんですか?おかえりなさぁい。」
慈母の微笑みに二人がとろけた顔をすると、ジルクニフはレイナースの見たこともない表情に若干冷たい視線を送った。
「陛下!お話中なのに申し訳ありません!あんたらどう見ても陛下は今忙しーんだから!行くよ!!」
「皆様もすみません!」
追いついたクレマンティーヌとネイアは即座に頭を下げた。
「良いんですよ。レイナースさんはジルクニフさんと昔馴染みですしね。」
「…まぁ、契約関係でしたけどね。しかし――レイナース、久しいな。随分元気そうじゃないか。」
「ふふ、エルニクス様も。この通りフラミー様のおかげで体もすっかり良くなりましたので。」
レイナースは今は視線を敵に読ませない為に伸ばしっぱなしにしている前髪をさらりと払った。
紫黒聖典四人で暮らしている家では髪の毛は全部上げて過ごしている。
「レイナースさん、ジルクニフさんにたまにはちゃんとお手紙出したりしないとダメですよ。ねぇ、ジルクニフさんも昔の部下が元気か気になりますよね?」
「――ま、まぁ。そうですね。」
レイナースは絶対ジルクニフは自分に興味はないと思ったが、フラミーの言う事ならなんでもする気概がある。
「では、たまには手紙をしたためます!」
「本当にたまにで良いぞ。お前も忙しいだろう。ところで、防衛点検の時には三騎士達と話もしなかったそうじゃないか。久しぶりにあいつらとも話して行ったらどうだ?」
ジルクニフは三騎士へ顎をしゃくった。
三騎士には興味はないが、レイナースはフラミーの近くにいる良い口実かと頷いた。
「そうですわね。そうします。」
「ちょっとー。この後訓練するっつーのに。」
クレマンティーヌからのクレームを聞くと三騎士は立ち上がった。
「逆に俺たちが訓練所へ行って付き合っても良いぜ、神様お抱えの女の子がどんな訓練してんのか気になるしな。」
クレマンティーヌの視線がギラリとバジウッドへ向けられる。
「あぁ?女の子ぉ?てめー私ら紫黒聖典を女の子扱いしようってーのか?」
「せ、先輩。性別言われただけで何怒ってるんですか。」
「ネイア。このケツの青い騎士様ごっこしてる奴らに思い知らせてやらなきゃ聖典の名折れだっつーの。」
フラミーにマフィンを"あーん"され、尻尾を振っていたレイナースと番外席次もやる気なのか戦士の顔になった。
「そうね。クレマンティーヌの言う通りだわ。フラミー様の前でそんな風に言われちゃあね。」
「私もクインティアに賛成。まぁ私から見たらはっきり言ってこんな三騎士蟻以下だわ。後悔させてあげる。」
番外席次の三騎士への挑発を聞きながらクレマンティーヌはニヤリと笑うと、黒い手袋を手から抜き三騎士の足下へ投げた。
「決闘。飲むしかねーだろ?騎士様よぉ!」
「バジウッドのせいですよ。――でも、やりますか。今ならなんでもお受けしましょうとも。」
そう言うニンブルは相当機嫌が良さそうだ。
三騎士と紫黒聖典が向かい合うように立つと、フラミーも立ち上がった。
「じゃあ、三対四になっちゃいますから、私が三騎士に入りますね!番外席次ちゃんは強いですし!」
「「「「えっ!?」」」」
驚愕の声はその場にいた全員から上がった。
ニンブルはジルクニフからの「何やらせてんだ」とでも言うような視線を感じると慌てて口を開く。
「光神陛下!陛下はスカートでらっしゃいますし、危のうございます!」
「攻撃魔法は使わないから、誰も死にませんよ!万一死んだり怪我したりしたら私に任せてください!」
そう言うとフラミーは闇から白い杖を引き出した。自分が危ない目に遭わされるとはカケラも思っていないせいで、ニンブルの言いたかったことはまるで伝わっていなかった。
明らかにフラミーの方が強いとしても騎士としてドレス姿の女性と、それも女神と共に女の子と戦うと言うのは如何なものかと三人はまごついていた。
「しかし…陛下…。」
フラミーはぼそりと何かを唱えた。
「悪――諸相――八――速。」
煮え切らない様子のニンブルにフラミーは飛び出した。
ドンッと蹴られた地はえぐれ、翼が旋風を起こす。
「は、早――」
"激風"の二つ名を持つニンブルは
「スカート履いた女の子だって強いんですよ!なんてね。」
この杖が顔に当たっていれば死んでいたというのに、フラミーがうふっと笑うと、ニンブルは顔を赤くし、その愛らしい生き物を前にドキリと心臓が跳ねた。
紫黒聖典がキャー!と黄色い歓声を上げる。
「し、失礼いたしました…。」
「じゃあ、頑張って紫黒聖典倒しましょうね!」
「は、はい。」
ネイアが急ぎとって来た訓練用の木刀が全員に配られる。
フラミーは不思議なことにそれを振るおうとすると必ず落としてしまい使えなかった。
一人だけ杖だ。
ネイアはそれを見た時、光の神は人を傷付ける物には触れることもできないのかと、その神聖さに涙ぐんだ。
両チームは程良い距離に離れ、フラミーとネイア以外は腰を落とした。
「いざ!尋常に勝負!!」
バジウッドの宣言で戦いの火蓋は落とされた。
フラミー「それでね、熱帯魚だねーってアインズさん言ってたんですよぉ!」
ジルジル「ふ、フラミー様…。熱帯魚は溶岩に住む魚ではないのでは…。」
+
ニンブル、お土産もらっちゃったなぁw
ネイアちゃん〜また新しい神話の一ページに気付いてしまった…?
次回#44 閑話 中庭の決闘
そして11/1の犬の日にちなんだナイスな絵をいただきました!!
【挿絵表示】
©︎ユズリハ様ですばい!