眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#46 使役される人間

 アニラ・ウデ・アスラータは走る。走る。走る。

 汗が大量に流れ、顔を木の枝が切る事も気にしないで兎に角走った。

(早く!もっと早く!!)

 ここまで一直線に無我夢中で走ってきた。

 辺りからは鳥たちがギャアギャアと怯えたように鳴く声が響いていた。

 足がもつれそうになるたびに、後ろからおぞましきアンデッドがその肩をぽん、と叩く想像に背が震える。

 

 アニラは人生でこれ程走ったことはないと言うほどに走り、村に駆け込んだ。

「み、みんなぁ!!大変!!大変だよぉ!!」

 村民に奇異の目で見られながらもぜいぜいと息を切らして警告する。

 

「う、海に!海にアンデッドが!人間が使役されてる!!」

 

 森妖精(エルフ)の住まうウデ=レオニ村は騒めいた。

 ここは村といっても、人間の村のように何かに囲まれて作られているような場所ではない。

 木から家として使っている巨大な丸い籠がいくつも吊り下げられている、自然に溶け込むような村だ。

 余所者は皆ウデ=レオニ村の事をすずなり村と呼んだ。

 果実がすずなりに成るように家の籠が吊り下げられているからだ。

 

 アニラの草原のような若草色の瞳は怯えから震え、涙が浮かんでいた。

 眉上に切り揃えられた金色の前髪は汗や涙、擦り切れた頬から流れた血でべったりと顔に張り付いていた。

 長い耳にも傷痕があり、ここまで如何に急いで帰ってきたのかがよくわかる。

「アンデッドが人間を使役なんてそんな事…。」

「本当なの!おっきなおかしな船も!」

 ざわめきを掻き分けるように村と森の警護をする者達が姿を見せた。

「アニラ!!また一人で村の外に行ったのか!村の外は我々の住む場所じゃないと村長がいつも言ってるだろ!!」

 兄のソロン・ウデ・アスラータ。逞しい肉体には斜めに弓を掛けていて、額には精霊の守りの模様が描かれている。

 ソロンの叱りつける声を聞き流しながら、アニラはその時間を使って息を整えた。

 今更ながらに喉が焼けそうに熱くなっていたことに気がつく。

 数度大きく吸い、吐くと改めてアニラは口を開いた。

「兄さん!そんな事言ってる場合じゃないよ!沢山のアンデッドが人間に命令してて、それで草とか集めさせてた…!使役されてたみたいだった!!」

 ソロンはアニラの言うことが信じきれず、隣に立つ同僚のラウルパ・ウデ・チャーラディと互いを見合った。

「…どう思う、ラウルパ。」

「どう思うも何もないんじゃないかな、ソロン。確かめに行くしかないよ。」

 ラウルパの言にソロンが頷く。

「俺達が見て来る!皆、念の為に家にいてくれ!!」

 村の者達は籠の家から下がっている縄ハシゴを上り、家に入るとハシゴを引き上げ仕舞った。

 これはここの辺りに多いゴブリンに寝込みを襲われないようにするための生活の知恵だ。

 他の森の警邏隊が、この話が聞こえていなかった村人に急ぎ通達に向かった。

「行こう、ソロン。」

「あぁ。――アニラ、お前も家にいるんだぞ。」

「わ、わかった…。兄さんもラウルパも気を付けてね…。」

 ソロンはお転婆な妹の頭をくしゃりと撫で、血と汗を拭うように言うとポケットに入れてあったハンカチを持たせた。

 

 二人が村を出てしばらく森を歩いていると、向かいから走って来る数人の村人が見えた。狩猟隊だ。

 森から毎日恵みを頂戴する神聖な隊だ。

 狩猟隊は警邏隊のソロン達を見付けると、森を渡る技術をフル活用し、音も無く駆け寄ってきた。

「ソロン!!ラウルパ!!アンデッドだ!!海にアンデッドが何体も!!」

「無残に殺されたゴブリンもいたし、もうなんなんだ!!」

「む、村は…村の皆は無事か!?」

 必死の形相だった。

「ウデは無事だ。なんともない。アニラも海でアンデッドを見たと言って帰ってきたんだ。皆にはハシゴを上げさせてる。」

 狩猟隊の顔は真っ青だったが、安堵からか少し血色を取り戻したようだ。

「なぁ、アニラはアンデッドが人間を使役してると言っていたけど、どうだったんだい?」

 ラウルパの質問に狩猟隊は首が取れるほどに何度も頷いた。

「すごい数の人間だ…!それに見たこともない亜人も何人か使役してた…!!とにかく、一度村に戻ろう!!」

「見つかれば奴隷にされる!!」

 一隊は自分達の痕跡や、これまで村人が作ったあらゆる痕跡を消しながら村へ戻った。

 途中狩猟隊は村の周りの痕跡隠しに行き、ソロンとラウルパはまた二人になった。

 

 村の入り口にはアニラと、アニラが呼んだ様子の長老衆がいた。

 

「家にいろっていったのに…。本当にもう…。」

 ソロンは頭が痛くなりそうだった。

「お前が心配だったんだろ。はは、いい子じゃないか。」

「ラウルパはアニラに甘い。これでアニラのお転婆を見過ごしてアニラに何かあったら困るんだ。」

「…甘いのはどっちだかね。ソロンがそんなんじゃ、アニラを嫁にとる男は大変だよ。」

 ラウルパがおかしそうに笑うのを聞き流す。きっとこの男はアニラを好きなのだろうと思う。

 

 長老衆から村長が一歩前へ出た。

「ソロン!ラウルパ!どうじゃった!」

「じじ様、ばば様。俺達は見なかったんですが、狩猟隊もアンデッドと使役される亜人や人間を見たと言っていました。狩猟隊は今村を隠してくれています。」

「な、なんと…。」

「このまま隠れておれば通り過ぎてくれるかのう…。」

 長老衆の不安げな唸り声が響く。

「既に森に入り込まれているようです。放っておけばここも見つかるでしょう…。」

 ソロンの報告に皆が嘆かわしそうに首を振った。

「…生者を使役するだけの能のある相手じゃ。生半可なアンデッドではあるまい。」

「アニラの見た姿から言っても、おそらくは死者の大魔法使い(エルダーリッチ)やそれに次ぐ存在じゃろう。」

死者の大魔法使い(エルダーリッチ)…。我々のように第三位階を扱う存在ですね。」

 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)と言えば支配階級のアンデッドだが、戦って勝てないことはなさそうだとソロンは思った。

 森妖精(エルフ)は魔法を得意とする存在だ。

「最低でも、じゃな。もし上位森妖精(ハイエルフ)殿達のように第四位階を扱うような事があれば…。」

 一人の長老が言葉を濁すと、村長が続けた。

「――それが一人や二人ではないのだ。暫くは村を隠蔽して息を潜めるしかあるまい。」

 長老衆は村を隠す以外にやれることも思い浮かばない様子だった。

 戦いを挑もうという者は誰もいない。

 魔法や弓に長ける森妖精(エルフ)の民とはいえ、力のない者もいるのだ。

 それに警邏隊や狩猟隊の力ある者が戦いで倒れ、村からいなくなってしまえばゴブリンやオーガ等の潜在的な脅威に足下を掬われかねないし――狩猟の心配もしなければいけなくなる。

 

 しかし、ソロンには案があった。

「俺がアリオディーラ煌王国に行ってきます。アンデッド達は人間を最も使役しているようですし、彼らに協力を申し込み、討伐してもらいましょう。」

 ウデ=レオニ村は二百人程度の小さな村だが、煌王国は人口おおよそ八百万の大国だ。

 殆どの民が人間か、古くに人間と混じり合った半森妖精(ハーフエルフ)だ。

「煌王が森妖精(エルフ)の言葉を聞くとも思えんがのう…。」

「煌王が差別的な男でも、側近までそうだとは限りません。特に、煌王軍をまとめる男はメリットとデメリットを天秤にかけ、冷静な判断を下せる有能な者だとあの方が言っておりました。差別的でない可能性もあります。」

「あの方――上位森妖精(ハイエルフ)のシャグラ様か…。シャグラ様がそう言ったなら…。」

 長老衆はわずかに悩むようにすると、「行ってくれるか」とソロンへ申し訳なさそうな目を向けた。

 本当なら、上位森妖精(ハイエルフ)に助けを求めに行きたいが、ここから上位森妖精(ハイエルフ)の治める地までは何日もかかる。

 

「任せてください。今から出れば夕暮れ時には着けます。皆は家に上がってハシゴを仕舞って待っていてください。」

「ソロン、俺も行くよ。いつも二人で巡回してるし。」

「ありがとうラウルパ。でも、ラウルパは俺の通った後の痕跡隠しを頼む。」

「…分かった。そうだね。」

「兄さん、私も行くよ!二人で行こう!」

「ダメだ。お前はまだ黒豹(パンサー)に乗れないし足手まといだ。じゃあ、ラウルパ、痕跡を消すのだけ頼んだぞ!」

 ソロンは手を振り駆け出した。

 

 村を一直線に抜け、指を口に当てるとピュイーと高音の口笛を鳴らす。

 森を駆けて行くと、並走するようにガサガサと茂みから音が鳴った。

「来たな!頼む!!」

 ガウッと言う肉食獣の獰猛な鳴き声が聞こえると、並走していた音の正体が姿を見せた。

 黒い大きなヒョウがぴたりと寄り添うように走る。

 ソロンはモヒカンのような立髪を掴み飛び乗った。

「アリオディーラ煌王国へ!!」

 

 二人は一つの生き物になったように、風を起こし煌王国を目指した。

 

+

 

 ソロンは宣言通り夕刻前に煌王国の城壁前に着いた。

「お前はここにいてくれ。」

 黒豹(パンサー)は闇に紛れるように草むらに身を伏せた。

「よし、行ってくる。」

 堅固な城壁はモンスターや異形、敵対している亜人が入り込まないようにぐるりと国全体を囲っていた。

 上着をかけ、耳を隠すようにフードをかぶると入国希望者の列に並んだ。

 中々進まない列に焦っているとソロンの番になった。

「――森妖精(エルフ)か。煌王国に何か用か。」

 番人の人間はソロンを見下すように眺めた。

「煌王軍、大将閣下のお耳に至急入れたい話があります。どうかお通し下さい。」

 プライドをかなぐり捨て頭を下げる。

 

 ウデの民だけでなく、森妖精(エルフ)達は皆煌王国と仲が悪い。

 この厳しい世界で生き残る為に人間は魔法の腕を磨き続けてきた。

 かつては煌王国も森妖精(エルフ)の出入りが盛んだった為、森妖精(エルフ)達は知る魔法の多くを人間に教えた。

 共に新しい魔法を作ったり、少しでも高位階の魔法を使えるようにしようと手を取り合い魔法の研究を重ねたものだ。

 しかし、人間達は寿命が短く、第三位階に辿り着く頃には高齢になりすぐに死んでしまう為、森妖精(エルフ)はいつしか人間と魔法の研究をする事に疑問を感じるようになった。

 人間がいると教えるばかりに時間を取られ、実りが少ないのではないかと。

 そうして森妖精(エルフ)は人間の研究者を締め出した。

 すると、魔法を独占して研究するようになった森妖精(エルフ)達を煌王国の人間達は危険視し始めた。

 他の亜人や上位森妖精(ハイエルフ)のように、いつかは人間の脅威になるのではないかと誰かが言った。

 上位森妖精(ハイエルフ)の下では人間は奴隷なのだ。

 疑心と不信の渦はいとも簡単に広がり、人間達は森妖精(エルフ)の迫害を始め、煌王国に森妖精(エルフ)は顔を出さなくなった。

 森妖精(エルフ)は煌王国を見下しているし、煌王国民も森妖精(エルフ)を見下している。

 両種族の根は深い。

 

森妖精(エルフ)がウェルド・グラルズ大将閣下に用だと…?土下座して靴を舐めるってなら、俺達が代わりにその用件を伝えてやる気になるかもしれんなぁ?」

 ソロンの顔は不愉快げに歪んだ。

「お?気に食わないなら帰りな。別に取り継がなくても俺達は構いやしないんだぜ。」

(下衆な生き物が…。)

 ソロンは大きく息を吸い、語り出した。

 

「ウデ=レオニ村からほど近い海に複数のアンデッドが出た。奴らは人間を使役している。こちらこそ人間が奴隷にされ、嬲られて殺されていようと構いやしないんだ。しかし、お前達が大将閣下――ウェルド・グラルズ閣下に取り継がなければ、アンデッドはいつか人間を求めてここへ来るぞ。」

 

 門番達はポカンと口を開け――大声で笑い出した。

「ひひひ!はは!!ひーっひっひ!」

「ひははは!く、苦し、聞いたか?今の!」

「アンデッドが!人間を使役!!」

「もう少しましな嘘つけよ!上位森妖精(ハイエルフ)の爪の垢でも煎じて飲んだらどうだ!」

 

 ソロンは下唇を噛んだ。

 すると、背後から声がかかった。

 

「君、その話は本当か?」

 

 差別の色のない声音で聞いたのは半森妖精(ハーフエルフ)の女だった。

 すらりと長い手足に短めの尖った耳。そして人間の血のまざりが多いのか大きくたわわな胸をしていた。分類は半森妖精(ハーフエルフ)だが、もう何世代も前の混血だろう。

 門番達がざわめきの後に居住まいを正す様子がその半森妖精(ハーフエルフ)が決して身分の低い者ではないと語る。

 

「誓って真実です。何人ものウデの民がそれを見ました。」

 

 半森妖精(ハーフエルフ)はふむ、と一つ頷くと門番へ告げた。

「このウデの民は私が預かる。おい、行くぞ。グラルズ閣下の下へ連れて行く。」

 

 ソロンはようやく煌王国に入った。




エルダーリッチさんめっちゃ怖がられてますがな!!

次回#47 怒号

たくさん人と場所が出てきたぁ!
ウデ=レオニ村はエルフ200人のちっちゃな村ですね!
アニラちゃん、第一発見村人!
ソロン君、アニラの兄だ。
アリオディーラ煌王国は800万人も住んでる!でっかぁい!
(リ・エスティーゼは900万人いたらしいですよ!)

そしてユズリハ様に11/4のフラミー様いただきました!!
良い推しの日…素晴らしい…素晴らしい……。

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